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スキージャンプ髙梨沙羅と行くパラオ、気候変動危機の最前線に迫る【大統領インタビューも実現】

ニューズウィーク日本版 2024年11月11日 11時30分

※JICAトピックスより転載
<300以上の島々から構成される群島国家パラオでは今日、観光や開発による環境破壊に加えて、暴風雨や高潮をはじめ気候変動の負の影響が現れている。パラオの生態系の貴重さや気候変動の具体的な影響、日本の協力について、現地を訪れた髙梨沙羅さんと学ぶ>

降り注ぐ太陽、青く澄んだ海、そして豊かな自然──。「太平洋の楽園」と称される一方で、気候変動の影響を大きく受けるパラオ共和国を、スキージャンプ選手の髙梨沙羅さんが訪れました。気候変動対策の現場を巡り、携わる人々の想いに触れる中で、髙梨さんはどのような気づきを得たのでしょうか?

>>【動画はこちら】髙梨沙羅さんと学ぶパラオの気候変動アクション

美しいだけじゃない サンゴやマングローブの重要性とは?

「実際に近くで見ると、海の透明度が素晴らしいですね。森の自然もとても豊かで、犬や他の動物も人と共に自由に暮らしているような、明るい雰囲気を感じます」。現地に降り立った髙梨さんは、初めて見るパラオの風景に目を輝かせます。

パラオは、沖縄本島から南におよそ2千キロに位置し、300を超える島々から構成される群島国家です。サンゴ礁やマングローブなどの美しく雄大な自然に貴重な生態系が分布しており、数百の島々からなるロックアイランド群と南ラグーンは世界複合遺産にも登録されています。

マングローブ林のそばにある海域には海藻やサンゴ礁が広がり、美しいグラデーションを描いている

「パラオには非常に多様な種のサンゴが生息しており、ハードコーラルは約400種、ソフトコーラルは約300種もあります。そしてそこには魚や海藻をはじめとする何千種類もの海洋生物が暮らしています」。国際サンゴ礁センター暫定CEOのキャリン・ルコン・コシバさんは、パラオの生態系の貴重さを髙梨さんにそう話します。

近年パラオでは、観光や開発による環境破壊に加えて、海水温上昇によるサンゴの白化現象など気候変動の負の影響が現れています。国際サンゴ礁センターは、1998年に起こった大規模なサンゴの白化を契機に、2001年に日本の協力で設立されたサンゴ礁研究の拠点です。サンゴ礁の生態系の保全のために、サンゴ礁のモニタリングや、パラオの内海の一部に生息する、高い海水温でも白化しにくいサンゴの生態研究などを進めています。

コシバさんは、サンゴ礁だけではなく、サンゴ礁からマングローブに至るまでの沿岸生態系(エコシステム)全体の保全が非常に重要だと話します。「サンゴやマングローブは、高波や津波の被害を防ぐ防波堤・防潮堤の役割を果たしています。また、マングローブの根は、土砂の流出による堆積物からサンゴを守ってくれますし、マングローブの葉は、水に落ちて分解され、マングローブに住むカニや他の小動物の餌になります。そして、私たちパラオの人々はそこで育った魚介を食べて暮らしています」。

コシバさんの話を聞き、「サンゴだけではなく、マングローブや、そこに生息する魚も含めて全部が生態系として大切で、何か一つ欠けてもダメなんですね」と髙梨さん。沿岸生態系の重要さと、パラオの人々がそこから受けている恩恵に、想いを巡らせているようでした。

コシバさんから説明を受けながら、国際サンゴ礁センターを見学

(左)水族館としても楽しめる国際珊瑚礁センター(右)白化したサンゴ。この状態が長く続くと死んでしまう

カヤックツアーでマングローブエコシステムを肌に感じる

マングローブエコシステムの重要性を身をもって知るため、髙梨さんはカヤックでマングローブ林を巡るエコツアーに参加しました。このエコツアーは、バベルダオブ島東部のニワール州にJICAが協力して開発を進めているもの。マングローブエコシステムの保全のため、JICAはマングローブ林のモニタリング体制の構築とその重要性を啓発する教育活動に協力しており、エコツアーもその一環で行われています。

「エコツアーのガイドとモニタリング活動は、地域のレンジャーたちが担っています。州の人口は200人ほどですが、これまで20人近くがエコツアーガイドになるための講習を受けており、今後もその数を増やしていきたいと思っています」そう話すのは、JICA専門家の板垣佳那子さんです。

「レンジャーはどのような調査を行なっているんですか?」という髙梨さんの質問に対し、「保護区内のマングローブの状態を把握し、健全な生態系を維持・管理していくために、マングローブの樹種や倒木の調査、幹の太さの測定などを行なっています」と板垣さん。

「マングローブは、熱帯雨林の3倍以上炭素を貯留することができると言われていて、気候変動対策としても非常に重要な生態系なんです。国際サンゴ礁センターとも連携して、エコツアーで子どもたちにマングローブエコシステムの面白さと重要さを伝える活動もしています」

(左)「マングローブ林にいるだけで癒されますね」と髙梨さん。板垣さんと一緒に初めてのカヤックに挑戦した(右)レンジャーの調査の様子。若いレンジャーも増えており、自分たちの土地や自然、マングローブについて学ぶことで、愛着を持って「守りたい」という意識が育まれているという

大統領へのインタビューが実現! パラオの脱炭素の取り組みとは?

これまで、気候変動の影響に適応するための取り組みをたどってきた髙梨さん。気候変動自体を緩和するための「脱炭素」の取り組みについても話を聞くため、スランゲル・S・ウィップス・ジュニア・パラオ大統領へのインタビューが実現しました。ここではそのインタビューの一部をご紹介します。

髙梨さん 太平洋の島国であるパラオは気候変動の影響を特に受けやすいのかなと思いました。具体的にどのような影響が生じていますか?

ウィップス大統領 直接的な影響として、暴風雨と高潮が挙げられます。以前は来なかった大型台風で学校や家屋が破壊されており、高潮でもパラオの東海岸全体が被害を受けました。また、海面上昇によって、タロイモの生育地(湿地帯)に海水が入って塩害が生じています。さらに海水温上昇の影響で、クラゲと一緒に泳ぐことができる「ジェリーフィッシュレイク」のクラゲの数も減っています。

私たちは主要産業である観光に依存しており、また主食であるタロイモにも依存しています。嵐や高潮で破壊されるたびに再建しなければならないとなると、私たちの生活は後退してしまいます。

髙梨さん 聞くのも辛いお話です。パラオにとって脱炭素が重要な理由を改めて教えてください。

ウィップス大統領 私はいくつかのCOP(気候変動枠組条約締約国会議)に出席してきましたが、最初に出席したCOPで「(気候変動を傍観して)我々がゆっくり苦しみながら終わりを迎えるのなら、今終わらせるためにいっそ爆弾を落とせ」という声明を出しました。気候変動の影響は緩慢な「死」のようなものだからです。二酸化炭素の排出量を削減するために、再生可能エネルギーの使用や輸送エネルギーを使用しない地産地消の選択など、誰もが決断し、役割を果たすことが必要です。

髙梨さん 日本の協力はパラオの気候変動対策にどのように役立っていますか?

ウィップス大統領 パラオは2032年までに再エネ比率を100%にすることを目指しています。現在、JICAの協力で導入に向けた調査が進められている海洋温度差発電(OTEC)*は、クリーンで安定したエネルギー源であり、脱炭素化に役立つでしょう。OTECを進めている久米島(沖縄県)から学んだことは、電力だけではなく、海洋深層水を活用した産業の発展も望めるということです。ぜひそれをパラオで実現し、脱炭素化を世界に示したいと思っています。

テスト運行中の路線バスシステムも、人々の車依存を減らし、二酸化炭素の排出量を減らすために有効です。将来的には、電気(EV)バスや水素バスを使用するなど次のステージに進めたいですね。

*海洋温度差発電(OTEC)...表層海水と深層海水の温度差を利用する発電システム。沖縄県久米島で、発電の際に汲み上げた海洋深層水を飲料水や養殖業、農業に活用する実証事業が進められており、電気と共に産業も生み出す「久米島モデル」として注目を集めている。

(左)大統領執務室で行われたインタビュー後、大統領から髙梨さんへ、パラオを紹介する書籍がプレゼントされた(右)太陽光蓄充電システムを搭載したEV自動車を観光に活用する「姫島モデル」も、パラオへの導入が検討されている。日本のスタートアップT-PLAN社が大分県姫島村で実施する取り組みで、2023年4月にはパラオで試乗会も実施された。写真は大統領の試乗の様子

(左)車依存社会のパラオで、国民の主な移動手段は自家用車。JICAの協力による環境配慮型公共交通システムの整備に向け、現在路線バスがテスト運行中(右)路線バスに乗車した髙梨さん。私生活ではよくバスを利用するそう

自然の中で暮らす私たちがやるべきことは?

パラオのさまざまな場所で、気候変動対策に関わる人たちに話を聞いてきた髙梨さん。「至る所にJICAの協力があって驚きました」と話します。

「私自身、気候変動を深刻な問題と捉えていて、雪不足でスキージャンプの試合が中止になることや人工雪をジャンプ台に貼り付けて開催することも増えてきており、この現状に危機感を持っています。今回のパラオ訪問で、雪や山だけにフォーカスするのではなく、『世界をもっと広く見なければ』という意識を持ちました。海や山を含め、私たちの生活は自然に守られていると思います。その中で生活している以上、私たち一人ひとりが気候変動問題に取り組んでいく必要があると思いました」

髙梨 沙羅(たかなし・さら) スキージャンプ選手
1996年生まれ。小学2年生からジャンプを始め、2018年平昌冬季五輪で銅メダル獲得、国際スキー連盟(FIS)ワールドカップで男女通じて歴代最多の通算63勝をあげるなど世界で活躍を続けている。各国を転戦する中で、雪山への影響をはじめとする気候変動問題に危機感を持ち、2023年に「JUMP for The Earth PROJECT」を立ち上げ。自ら積極的に環境保護活動に取り組んでいる。

(関連リンク)
気候変動に対する強じん性を高める沿岸生態系の管理能力向上プロジェクト
パラオでのJICAの取り組み
パラオが導入に向け調査を進める「久米島モデル」とは
髙梨沙羅さんが取り組む「JUMP for The Earth PROJECT」

◆第1弾:「髙梨沙羅さんと学ぶ パラオの気候変動アクション ~サンゴ礁とマングローブ林の保全~」

◆第2弾:「髙梨沙羅さんと学ぶ パラオの気候変動アクション ~持続可能な未来へ向けて~」

※当記事は「JICAトピックス」からの転載記事です。



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