ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
<IQ160、世界最高の頭脳とも称されるオードリー・タンの生き方から、一般人が学べることは実は多い。独学する者は孤独に耐えろ――ではない>
オードリー・タン(唐鳳)、43歳。
パンデミックが世界を覆っていた頃、「コロナ対策の成功例」といわれた台湾でITをフル活用した対策を牽引し、世界の注目を集めたのが、当時デジタル担当相を務めていたオードリー・タンだった。
若き天才と呼ばれたオードリーは、8歳から独学でプログラミングを学び、14歳で中学を退学、15歳で起業している。
オードリーは言う。
「ソーシャルコミュニティの時代、真の成功とは、価値の『共創』により達成されるものだ」
オードリーが考える「共創の精神」とはどのようなものか。果てしないネットの海と複雑化する世界の中で、右往左往せず生きていくにはどうすればいいか。
働き方から学び方、時間の使い方、心の整え方まで、世界最高の頭脳から人生の質を高める方法を学べる最新作『オードリー・タン 私はこう思考する』(かんき出版)より、一部を抜粋・再編集して紹介する(本記事は第1回)。
◇ ◇ ◇
独学は「孤独」ではできない
14歳のときに学校へ行くのをやめ、独学の道を進んだオードリー・タンは、独学では「孤独にならないことが最も重要」だと強調する。また、「問題解決の責任を一個人に負わせない」ことが重要だともいう。将来、新しい壁にぶつかっても、その重責は自分一人の肩にかかっていて、なんとしても自力で解決しなくてはいけないと考える必要はない。
独学をする者にとって、「孤独にならない」「問題解決の責任を一個人に負わせない」と意識することが重要なのはなぜだろうか?
台湾では、ホームスクーリングでの学習者が年々増えており、2019年には8000人あまりに達した。そのとき、台湾で最も有名かつ早くから独学の道を切り開いていたオードリーは、「独学者がまず克服しなければいけないのは孤独という感情だ」と考えた。
自分の居場所を探していたころ、互いに信頼し合えるコミュニティが一つもなかったとしたら、たとえオードリーであってもあらゆる方面に思考を巡らせることは難しかっただろう。思考は個人の経験の範囲内に限定され、その深さも制限されてしまうからだ。
自分は何の後ろ盾もない孤独な存在だと感じずにすむところに、コミュニティに参加するメリットがある。
競争より共創という考え方
本人が語っているように、14歳で旧来の教育システムを離脱してから、オードリーは大学で聴講するほかに、老舗の茶館「紫藤廬(ツートンルー)」でプログラミングの愛好家たちと定期的に集まったり、プログラミング言語「パール(Perl)」の世界的なコミュニティにオンラインで参加したりしていた。
このコミュニティを通じて、国の垣根を越え、世界各地から集まったプログラミング言語のマニアたちと出会えた。それ以上に重要なのは、共に何かを作り上げる仲間ができたことで、毎朝、目覚めるのが楽しみになったという点だ。毎日、少しでも自分の能力を生かして貢献することができる。
たとえ今日、問題の解決方法が見つからなくても、コミュニティの誰かが一緒に考え続けてくれる。ほかの誰かが解決方法を見つけたら、自分もさらに思考を深め、別の問題解決に貢献することができる。このコミュニティでは、みんなが互いのアイデアを結びつけることで、よりよい結果を生み出していた。
「別の言い方をすれば、ヒーローへの幻想を捨てることです。ある特定の分野に力を捧げることは、ずば抜けた才能を持つ一部の人だけにしかできないわけではない。競争より共創という考えにより、直線的な教育の束縛から逃れることができました」
小学2年からギフテッド・クラスで学び、つねにトップの成績を収めていたオードリー。同級生からカンニングを要求されるも拒否したことで、数人に追いかけられ、蹴られたこともあるという。このころは、まだテストの点数を気にかけていた。しかし、中学2年になるころには、成績に対する考え方は百八十度変わっていた。答案を白紙で提出し、順位を争うこともしなくなった。
ギフテッド・クラスの生徒は統一入試を受ける必要がなく、学期中に実施される定期テストの成績に応じて高校への推薦が決まる。白紙の答案を出すことによって、高すぎる成績をつけられることを避け、ほかの同級生の希望する進路に影響を与えないようにしていた。
インターネットが提供するコミュニティ
中学2年で学校を中退するまでに、オードリーは六つの小学校に通い、そのうち1年間はドイツでも学んでいる。欧米の教育の洗礼を受けたことで、成績に対する考え方は完全に変わった。工場の生産ラインのように規則的な作業を求められ、規定の時間内に定められた学習内容を順序どおりに完了させなければならない旧来の教育システムは、まったく合わなかった。
9歳の1年間を両親と共にドイツで過ごしたのちも、ずば抜けた才能を見せたことから、名門校への進学をすすめられるものの、すべて断った。旧来の教育システムのなかに、自分に適した道は存在しないことがわかっていたからだ。
「1位だの2位だのという順位のプレッシャーがなくなって、初めて自分の進むべき方向が見えてくる。順位は他人がつけるものであり、それにとらわれることは、つまりは他人が示した道を進んでいるに等しいのです」
北政中学に在学しながらのホームスクーリングで取り組んだ、「ネット上では、人はなぜすぐに相手を信頼したり憎んだりするのか」といった研究テーマも、台湾の小中高生が参加する科学コンクール「科展」で選んだテーマも、高校受験にも大学受験にも役に立たない、完全に個人の興味が高じた自発的な探求だった。
ホームスクーリングを始めたオードリーが出会ったのは、大量の哲学思想だけにとどまらない。1990年代はインターネットとワールドワイドウェブが急成長した時代で、おびただしい量の情報が潮のごとくネット上にあふれ、人々を興奮させた。
オードリーは、「インターネット世界がすばらしいのは、実名を出しても出さなくても、世界のどこかで必ず意気投合する相手を見つけられる点です」と語る。独学をする者が何かに関心を持ち、それにまつわる組織やコミュニティを作りたいと考えたとき、その実現のために最適な場を提供してくれるのがインターネットなのだ。
精神的柔軟性と情緒的なバランスが必要
独学をする者にとって、孤独を克服し、意気投合する仲間を見つけることと同じくらい重要なのは、大量の情報のなかからいかに自分だけの知識体系を作り上げていくかという問題だ。
2020年にオードリーとのオンライン対談で、テクノロジーの未来について独自の見解を示した、新鋭の歴史学者で思想家のユヴァル・ノア・ハラリは、著書『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社)の冒頭にこう書いている。「的外れな情報であふれ返る世界にあっては、明確さは力だ」
明確さが重要なのはなぜか? ハラリはこう述べている。私たちが暮らす世界は未曽有の困難に直面している。大量にあふれ返るフェイク情報が、人々に誤った選択をさせ、明確なビジョンを持ち続けることは難しくなっている。詰め込み式の教育は洋の東西を問わず、依然として現代教育における最大の欠点だ。
欧米で盛んな自由主義教育は、学生たちに自ら思考することを促す。だが、膨大なデータを学生たち自身に自由に消化させつつも、系統立った世界観を構築するよう求めるのであれば、それもまた詰め込み式教育にほかならない。
産業革命の時代、詰め込み式教育により、知識は工場の生産ラインのように自動的に伝承され、蓄積されて、工業化を推し進める力となった。だが、現在の人類は、急速な気候変動・AI・ビッグデータ・遺伝子工学・アルゴリズムなど、かつてないほどさまざまな課題を抱えている。
過去の知識をいくら蓄積しても、未来の問題は解決できない。現代社会を生きる者は、どんな年齢層であっても、つねに新しいことを学び続け、未来に対する認識をアップデートしていくことが求められる。
「そのような世界で生き延び、栄えるには、精神的柔軟性と情緒的なバランスがたっぷり必要だ」この言葉は、オードリーがこの世界を理解したり、知識体系を構築したりするときの心境を表現するのにぴったりだ。
『オードリー・タン 私はこう思考する』
オードリー・タン [語り]
楊倩蓉[取材・執筆]
藤原由希[翻訳]
かんき出版
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オードリー・タン
元台湾デジタル担当政務委員(閣僚)。台湾初のデジタル大臣、台湾の無任所大使である。1981年、台湾台北市生まれ。幼少時から独学でプログラミングを学習。14歳で中学校を自主退学、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。19歳のとき、シリコンバレーでソフトウエア会社を起業する。2005年、プログラミング言語Perl6開発への貢献で世界から注目を浴びる。トランスジェンダーであることを公表。2014年、米アップルでデジタル顧問に就任、Siriなどの人工知能プロジェクトに加わる。その後、ビジネスの世界から引退。蔡英文政権において、35歳の史上最年少で行政院(内閣)に入閣、デジタル政務委員に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担った。2019年、アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』のグローバル思想家100人に選出。台湾の新型コロナウイルス対応では、マスク在庫管理システムを構築、感染拡大防止に大きく寄与した。
<IQ160、世界最高の頭脳とも称されるオードリー・タンの生き方から、一般人が学べることは実は多い。独学する者は孤独に耐えろ――ではない>
オードリー・タン(唐鳳)、43歳。
パンデミックが世界を覆っていた頃、「コロナ対策の成功例」といわれた台湾でITをフル活用した対策を牽引し、世界の注目を集めたのが、当時デジタル担当相を務めていたオードリー・タンだった。
若き天才と呼ばれたオードリーは、8歳から独学でプログラミングを学び、14歳で中学を退学、15歳で起業している。
オードリーは言う。
「ソーシャルコミュニティの時代、真の成功とは、価値の『共創』により達成されるものだ」
オードリーが考える「共創の精神」とはどのようなものか。果てしないネットの海と複雑化する世界の中で、右往左往せず生きていくにはどうすればいいか。
働き方から学び方、時間の使い方、心の整え方まで、世界最高の頭脳から人生の質を高める方法を学べる最新作『オードリー・タン 私はこう思考する』(かんき出版)より、一部を抜粋・再編集して紹介する(本記事は第1回)。
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独学は「孤独」ではできない
14歳のときに学校へ行くのをやめ、独学の道を進んだオードリー・タンは、独学では「孤独にならないことが最も重要」だと強調する。また、「問題解決の責任を一個人に負わせない」ことが重要だともいう。将来、新しい壁にぶつかっても、その重責は自分一人の肩にかかっていて、なんとしても自力で解決しなくてはいけないと考える必要はない。
独学をする者にとって、「孤独にならない」「問題解決の責任を一個人に負わせない」と意識することが重要なのはなぜだろうか?
台湾では、ホームスクーリングでの学習者が年々増えており、2019年には8000人あまりに達した。そのとき、台湾で最も有名かつ早くから独学の道を切り開いていたオードリーは、「独学者がまず克服しなければいけないのは孤独という感情だ」と考えた。
自分の居場所を探していたころ、互いに信頼し合えるコミュニティが一つもなかったとしたら、たとえオードリーであってもあらゆる方面に思考を巡らせることは難しかっただろう。思考は個人の経験の範囲内に限定され、その深さも制限されてしまうからだ。
自分は何の後ろ盾もない孤独な存在だと感じずにすむところに、コミュニティに参加するメリットがある。
競争より共創という考え方
本人が語っているように、14歳で旧来の教育システムを離脱してから、オードリーは大学で聴講するほかに、老舗の茶館「紫藤廬(ツートンルー)」でプログラミングの愛好家たちと定期的に集まったり、プログラミング言語「パール(Perl)」の世界的なコミュニティにオンラインで参加したりしていた。
このコミュニティを通じて、国の垣根を越え、世界各地から集まったプログラミング言語のマニアたちと出会えた。それ以上に重要なのは、共に何かを作り上げる仲間ができたことで、毎朝、目覚めるのが楽しみになったという点だ。毎日、少しでも自分の能力を生かして貢献することができる。
たとえ今日、問題の解決方法が見つからなくても、コミュニティの誰かが一緒に考え続けてくれる。ほかの誰かが解決方法を見つけたら、自分もさらに思考を深め、別の問題解決に貢献することができる。このコミュニティでは、みんなが互いのアイデアを結びつけることで、よりよい結果を生み出していた。
「別の言い方をすれば、ヒーローへの幻想を捨てることです。ある特定の分野に力を捧げることは、ずば抜けた才能を持つ一部の人だけにしかできないわけではない。競争より共創という考えにより、直線的な教育の束縛から逃れることができました」
小学2年からギフテッド・クラスで学び、つねにトップの成績を収めていたオードリー。同級生からカンニングを要求されるも拒否したことで、数人に追いかけられ、蹴られたこともあるという。このころは、まだテストの点数を気にかけていた。しかし、中学2年になるころには、成績に対する考え方は百八十度変わっていた。答案を白紙で提出し、順位を争うこともしなくなった。
ギフテッド・クラスの生徒は統一入試を受ける必要がなく、学期中に実施される定期テストの成績に応じて高校への推薦が決まる。白紙の答案を出すことによって、高すぎる成績をつけられることを避け、ほかの同級生の希望する進路に影響を与えないようにしていた。
インターネットが提供するコミュニティ
中学2年で学校を中退するまでに、オードリーは六つの小学校に通い、そのうち1年間はドイツでも学んでいる。欧米の教育の洗礼を受けたことで、成績に対する考え方は完全に変わった。工場の生産ラインのように規則的な作業を求められ、規定の時間内に定められた学習内容を順序どおりに完了させなければならない旧来の教育システムは、まったく合わなかった。
9歳の1年間を両親と共にドイツで過ごしたのちも、ずば抜けた才能を見せたことから、名門校への進学をすすめられるものの、すべて断った。旧来の教育システムのなかに、自分に適した道は存在しないことがわかっていたからだ。
「1位だの2位だのという順位のプレッシャーがなくなって、初めて自分の進むべき方向が見えてくる。順位は他人がつけるものであり、それにとらわれることは、つまりは他人が示した道を進んでいるに等しいのです」
北政中学に在学しながらのホームスクーリングで取り組んだ、「ネット上では、人はなぜすぐに相手を信頼したり憎んだりするのか」といった研究テーマも、台湾の小中高生が参加する科学コンクール「科展」で選んだテーマも、高校受験にも大学受験にも役に立たない、完全に個人の興味が高じた自発的な探求だった。
ホームスクーリングを始めたオードリーが出会ったのは、大量の哲学思想だけにとどまらない。1990年代はインターネットとワールドワイドウェブが急成長した時代で、おびただしい量の情報が潮のごとくネット上にあふれ、人々を興奮させた。
オードリーは、「インターネット世界がすばらしいのは、実名を出しても出さなくても、世界のどこかで必ず意気投合する相手を見つけられる点です」と語る。独学をする者が何かに関心を持ち、それにまつわる組織やコミュニティを作りたいと考えたとき、その実現のために最適な場を提供してくれるのがインターネットなのだ。
精神的柔軟性と情緒的なバランスが必要
独学をする者にとって、孤独を克服し、意気投合する仲間を見つけることと同じくらい重要なのは、大量の情報のなかからいかに自分だけの知識体系を作り上げていくかという問題だ。
2020年にオードリーとのオンライン対談で、テクノロジーの未来について独自の見解を示した、新鋭の歴史学者で思想家のユヴァル・ノア・ハラリは、著書『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社)の冒頭にこう書いている。「的外れな情報であふれ返る世界にあっては、明確さは力だ」
明確さが重要なのはなぜか? ハラリはこう述べている。私たちが暮らす世界は未曽有の困難に直面している。大量にあふれ返るフェイク情報が、人々に誤った選択をさせ、明確なビジョンを持ち続けることは難しくなっている。詰め込み式の教育は洋の東西を問わず、依然として現代教育における最大の欠点だ。
欧米で盛んな自由主義教育は、学生たちに自ら思考することを促す。だが、膨大なデータを学生たち自身に自由に消化させつつも、系統立った世界観を構築するよう求めるのであれば、それもまた詰め込み式教育にほかならない。
産業革命の時代、詰め込み式教育により、知識は工場の生産ラインのように自動的に伝承され、蓄積されて、工業化を推し進める力となった。だが、現在の人類は、急速な気候変動・AI・ビッグデータ・遺伝子工学・アルゴリズムなど、かつてないほどさまざまな課題を抱えている。
過去の知識をいくら蓄積しても、未来の問題は解決できない。現代社会を生きる者は、どんな年齢層であっても、つねに新しいことを学び続け、未来に対する認識をアップデートしていくことが求められる。
「そのような世界で生き延び、栄えるには、精神的柔軟性と情緒的なバランスがたっぷり必要だ」この言葉は、オードリーがこの世界を理解したり、知識体系を構築したりするときの心境を表現するのにぴったりだ。
『オードリー・タン 私はこう思考する』
オードリー・タン [語り]
楊倩蓉[取材・執筆]
藤原由希[翻訳]
かんき出版
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オードリー・タン
元台湾デジタル担当政務委員(閣僚)。台湾初のデジタル大臣、台湾の無任所大使である。1981年、台湾台北市生まれ。幼少時から独学でプログラミングを学習。14歳で中学校を自主退学、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。19歳のとき、シリコンバレーでソフトウエア会社を起業する。2005年、プログラミング言語Perl6開発への貢献で世界から注目を浴びる。トランスジェンダーであることを公表。2014年、米アップルでデジタル顧問に就任、Siriなどの人工知能プロジェクトに加わる。その後、ビジネスの世界から引退。蔡英文政権において、35歳の史上最年少で行政院(内閣)に入閣、デジタル政務委員に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担った。2019年、アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』のグローバル思想家100人に選出。台湾の新型コロナウイルス対応では、マスク在庫管理システムを構築、感染拡大防止に大きく寄与した。