茜 灯里
<「宇宙飛行士候補者」から「宇宙飛行士」になって一番変わったこと、宇宙空間での実験をデザインできるとしたらどんな考察をしたいか、宇宙開発におけるAIと飛行士の棲み分けとは...認定直後の記者会見、独自インタビューで2人に聞いた>
今秋は、日本の宇宙開発に関する嬉しいニュースが続いています。
4日には次世代の大型基幹ロケット「H3」4号機が打ち上げに成功、搭載していたXバンド防衛通信衛星「きらめき3号」を軌道に投入しました。
この成功で「きらめき」は1~3号の3機体勢になり、太平洋からインド洋に及ぶ自衛隊の主な活動地域で高速大容量の通信が可能となります。これまでは民間衛星を一部利用していましたが、統合幕僚監部の一元運用になることでセキュリティが向上し、陸海空自衛隊を統合した指揮運用が容易になります。
一方、10月21日には、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士候補者だった米田あゆさん(29)と諏訪理さん(47)が約1年半の基礎訓練を終え、宇宙飛行士として正式に認定されました。
2人は2023年2月、4127人という過去最多の選抜試験受験者の中から宇宙飛行士候補に選ばれました。晴れて認定を受けたことで、歴代のJAXA宇宙飛行士は13人となり、7人が現役として活躍しています。米田さんは最年少、諏訪さんは最年長での認定といいます。
JAXAの宇宙飛行士募集は13年ぶりで、専門性が緩和され、初めて学歴不問になったことも話題となりました。ただ、合格した米田さん、諏訪さんが2人とも東京大学の卒業生だったことから、「結局、学歴も大切だったのではないか」という世論も少なくありませんでした。
けれど、候補生決定時から取材する筆者は、「米田さん、諏訪さんは、分かりやすい学歴がなくても、きっと合格しただろう」と信じています。「コミュ力おばけ」が集まる宇宙飛行士の中でも、ひときわコミュニケーション力に優れていて、発言の節々に「次世代型宇宙飛行士である」と感じられ、ワクワクするからです。
今回、筆者は、宇宙飛行士認定直後の記者会見に参加し、米田さん、諏訪さんへの独自インタビューの機会も得ました。2人の宇宙飛行士としての自覚と責任感、和気藹々とした雰囲気などを伝えます。
23日に行われた記者会見の冒頭挨拶で、2人はそれぞれ次のように語りました。
「今、宇宙開発は激動の時代にあると思う。今後アルテミス計画のもと、月そして火星に向かっていく中で、私自身がどのように活躍していけるのか、しっかり考えながら、そして何よりこれから活躍していくであろう若い世代に向けて、宇宙の魅力や、何かに一生懸命取り組むことの楽しさを伝えられる、そんな宇宙飛行士になっていきたい」(米田さん)
「宇宙開発は過渡期にあり、国際宇宙ステーションの時代から探査の時代に入ってきている。そこに様々な商業的なプレイヤーの参入もある中で、変わっていく環境に適応しつつ、貢献できる宇宙飛行士を目指したい。また、その中でしっかりと科学的な成果などを創出し、それを地球に届けるといったことにも貢献していける宇宙飛行士になりたい」(諏訪さん)
「月面に降り立つ最初の日本人」になる可能性
また、2人は選抜の段階から、月面探査を想定した募集・試験となっていました。米国が主導する国際有人月探査「アルテミス計画」に参加する日本は、4月に米国側と日本人飛行士2人が月面着陸することを正式に合意しました。米田さん、諏訪さんは、月面に降り立つ最初の日本人になる可能性があります。
月面探査への思いについて、2人は次のように回答しています。
「基礎訓練の間は、天文学や惑星科学を学んだり、実際にローバーが開発されている現場で開発者とお話ししたりした。日本人宇宙飛行士のうち、誰になるかはまだ分からないが、我々のチームの中の誰かが月に行くことになるので、月に行くにあたって何が必要なのか、改めて考えさせられると思っている」(米田さん)
「月探査へ向けての技術開発が進む中、それを間近で見ながら基礎訓練ができたというのは本当に幸せなことだったなと思っている。月を目指すことは科学的な意義もあり、そのこと自体がわくわくする。今後10年、20年の大きなプロジェクトになっていくので、その中で自分ができることは何なのかを常に考えて進めていこうと気持ちを新たにした」(諏訪さん)
記者会見の質疑応答で、筆者は「認定を受け、"候補者"から"飛行士"になって、自分の中で何が一番変わったか」について尋ねました。
諏訪さんは「訓練はこれからも続いていくし、より難易度の高い訓練に挑んでいくことになる。今まで基礎訓練で学んだことをベースに頑張っていかないと、と気分を新たにしたところだ」と回答。
「これまでは一方的にインプットをいただくだけであったのが、今後はちょっとずつアウトプットも求められる、そんなフェーズになってくると思うので、今の立場で何ができるのかを考えながらやっていきたい」
米田さんは「候補者だったときには、まず宇宙飛行士になるための訓練を積むところに主眼が置かれていて、本当にたくさんのことを学んだ。そして今回、宇宙飛行士になってからの数日間は、宇宙飛行士としての責任は何なのかを考えることがあった」と答えました。
「これまで教えていただいたことを糧に、私は何が恩返しできるのか、それを考えながら責任を果たしていきたいと思っている」
◇ ◇ ◇
これらのやりとりを踏まえて、記者会見の数日後に独自インタビューを行いました。取材用の部屋で待っていると、定刻にJAXAのブルースーツ(訓練やオフィシャルな場で宇宙飛行士が着用する青いツナギ)を身にまとった米田さんと諏訪さんが、「よろしくお願いいたします」と元気に登場しました。
──私の「おふたりがすごくユニークだな」って思うところの1つに、「自分たち宇宙飛行士が専門性を活かして、今後の宇宙開発にどんな研究が必要なのか考えていきたい、提案していきたい」という気持ちを強く感じることがあります。今までの先輩宇宙飛行士たちは、「与えられたミッションをしっかりこなしたい」っておっしゃる方が多かったので、「面白いな」と思って、久留さん(靖史・有人宇宙技術部門宇宙飛行士運用技術ユニット長)に「どうして2人は次世代型の考えをしているのか」と聞いてみたんです。そうしたら「2人は先輩の積み上げた高いところからスタートできるから、より遠くまで見渡せる」とおっしゃったんです。
米田・諏訪 (「おおーっ」という感嘆の声)
──はい、私も「おお、これは!」と思ったのですが、ぜひ、このコメントに対する感想と、ご自身で宇宙空間での実験をデザインできるとしたら、どんなことをして、どんな考察をしたいのか伺ってみたいです。
独自インタビューに応じる2人 筆者撮影
諏訪 本当に、やっぱり宇宙開発って、今までのながーい積み重ね、ISS(国際宇宙ステーション)に限らず、もう1957年にスプートニクが飛んでからの人類の努力の結晶だと思うんですよね。そこの上に我々の仕事が成り立っていて、ちょっとでも先に進めていくっていうのが新しい世代の宇宙飛行士、また我々の次の世代の宇宙飛行士も、そうやって歩を一歩ずつ進めていく、つまり、積み上げたものの上にさらにちょっと積み上げていくってことが、我々にとって重要な課題なのかなと思っています。
無重力の中での実験のデザインって、これは非常に難しいお題をいただいた気がするんですけれども、ISSから探査の時代になるっていうことを見据えて、私が地球科学をやっていたこともあると思いますが、今後、探査をしていく上で必要な技術を開発していくことは非常に重要だと思っています。今だったら、例えば水の再生利用システムをISSで実験しますが、そういう技術的な裏付けがあって初めて、月やその次の火星探査に活用できるというところがあります。
そして、月や火星でサンプルを採って持ってきて、地球や太陽系の惑星の成り立ちの理解をよりよく深めていく。地球の成り立ちをより詳しく知って、地球上の持続可能性に繋げていくっていうところに非常に興味があります。
そう考えると、惑星探査でどのようにサンプリングの戦略を立てればいいのか、というのも重要ですね。アポロ時代もいっぱいサンプルを持って帰ってきましたけれど、それでもやっぱり有限です。きっと、現地でできる分析を駆使して、どうしても持って帰らなくてはいけないサンプルを探ることが必要です。それを最も効率的にこなすにはどうしたらいいのかっていうのを、研究者の方々と議論しながら考えていけたら面白いんじゃないのかなと思いました。
──諏訪さんだったら、ちゃんとかんらん岩(※月や惑星の起源や進化を調べるのに適したかんらん石を豊富に含む岩石)を選んで持って帰ってきてくれそうですね。
諏訪 ああ、かんらん岩なら私、オリビン(かんらん石)が一番好きな鉱物なんでね。あれ、どこかで話したことがありましたっけ?
──いえ、私も地球科学出身なので、つい、諏訪さんなら良いサンプルを拾ってきてくれそうと思ってしまっただけです。
諏訪 鋭いな、と思いました。
──米田さんはいかがですか?
米田 久留さんの言葉は、少しびっくりしました。先輩宇宙飛行士の方々からいろんなアドバイスをもらって、「少しでも先輩たちのようになれるように、一人前になれるように、必死に頑張って追いつこう」という感覚があったので、ユニット長からそういった言葉があったというのは、嬉しくもあり、同時に愛情を持っての期待感のある言葉だなと背筋が伸びました。「ここからさらに、これまでの宇宙飛行士にはなかった、新しい宇宙飛行士像を我々も作っていかないといけないな」っていう新しい気持ちが今、芽生えました。
宇宙空間での新しい実験っていうところで言うと、無重力では、体の筋肉とか骨とかが衰えて、老化現象に似たことが起こります。それはリスクと捉えられていたり、あとは宇宙空間での(強い)放射線のことがあったりするのですが、「宇宙空間は、良くないことが起こりうるから、それにどう対応していこうか」という目線での研究が、これまでは進んできたんです。
だから私は、「逆に、宇宙空間だからこそ、地球よりも人間の体にいい働きをすることってあったりするのかな」って考えてみたいです。微小重力もそうですし、今後、月や火星に行くときに、たとえば(月の)6分の1重力では、重力が小さいことで色々な体の変化っていうのがあると思うんです。分子的なレベルだったり、精神的な変化だったり、6分の1だからこそ動きやすいっていう側面もあったりすると思うので、宇宙環境をネガティブな高リスクな場所と捉えるんじゃなくて、宇宙空間でのポジティブな体の働きっていうのがどういうものなのかは非常に興味深いです。
また、そういったポジティブな面が見えてくると、地球では無重力は作り出せないにせよ、ポジティブさを活かすことはできないかっていう発想にもなってくると思います。
──面白いですね。宇宙空間というと、いつも放射線が強いとか、筋力衰えるとか、そんなことばっかり言われて、「宇宙で暮らすのは怖いのかな」という気がしてしまいがちです。米田さんらしい、すごく前向きで素敵な提案をしていただいて、わくわくしてきました。
米田 ありがとうございます。
──ところで、今月(注:2024年10月)の大きなニュースの1つに、今年度のノーベル物理学賞がAIの研究に与えられたことがあります。米田さん、諏訪さんは、宇宙開発はAI任せにできると思いますか。それとも、「やっぱり宇宙飛行士がいないとダメだ」と思われているでしょうか。AIと飛行士との棲み分けや、「こういう部分で人間が必要だ」と思うところがあれば教えてください。
諏訪 宇宙開発の長い歴史で、色々なテクノロジーを徐々に取り込んでいったという史実があると思うんですよね。アポロの時代に、最初にコンピュータを導入してプログラミングしたものが何かするっていうことに、パイロット出身の方の中には最初すごい抵抗があった方もいらっしゃったみたいな話を聞いたことがあります。
今はもちろん、コンピュータが何かをするっていうのが当たり前の時代になってきていて、宇宙開発にももちろん使われてるわけですけども、きっと同じようなことがロボットにも今起きつつあって、AIにも起きてくるんだろうなと思っています。
なのでAIと一緒に何かをしていくっていう事態は、いずれ遅かれ早かれ来ると思うんですが、その棲み分けがどうなっていくのかっていうのは、AIがどれだけ信頼のおけるテクノロジーになっていくのかっていうことと比例して変わっていくのかなという気がしています。
最初のうちは、たぶんちっちゃいところでAIを使ってみて、宇宙飛行士のクールタイム(休息時間)って非常に貴重なので、AIに任せられるところは任せて、人間は他のところをやりましょうっていうふうになっていくと思うんです。AIの担当部分はだんだんと増えていくと思いますが、人間に残る部分は、例えば感覚、「何か違うぞ」という直感的なものとかではないでしょうか。直感は、ある程度の経験に裏打ちされていると思うんですけれども、それによってより良い判断ができるというのは、まだまだ人間に優位性があると思います。そしてやっぱり、何かを見て「綺麗だ」とか「美しい」とか、言葉で感動を伝えるっていう部分は、人間が残っていくんじゃないでしょうか。
100年後どうなってるかは分からないですけれど、少なくとも今後20年30年を見据えて考えると、まだまだ人間がやらなきゃいけない部分があるし、AIとの協力関係みたいなものができていくのではないかと個人的には思っています。
米田 私も、AIはどんどん使っていくべきだと思うんですね。AIを使わない人間よりも使った人間のほうが、より色々なことができるようになるし、技術的な側面でも分野の広がりという意味でも、AIと協働したほうがより幅広く進んでいけると思います。
ただしAIを使って何をするのか、地球にとってより良いことだったり、人類が成長したりするためにどう使っていくのかという方向性を決めていくのは、人類が決めていくことだと思います。
もう1つは諏訪さんとも重なりますが、宇宙の魅力だったり宇宙から見たこと、経験したことを伝えたりする言葉を地球にいる人類の皆さんに贈る時に、AIと人間のどちらに発してもらいたいですか、となると、やっぱり人間の言葉を聞きたいかなって思うんですよね。なので、自分が感じたこと見たこと経験したことを、自分の言葉で地上の皆さんにしっかりと伝えたいなと思っています。
(後編に続く)
<「宇宙飛行士候補者」から「宇宙飛行士」になって一番変わったこと、宇宙空間での実験をデザインできるとしたらどんな考察をしたいか、宇宙開発におけるAIと飛行士の棲み分けとは...認定直後の記者会見、独自インタビューで2人に聞いた>
今秋は、日本の宇宙開発に関する嬉しいニュースが続いています。
4日には次世代の大型基幹ロケット「H3」4号機が打ち上げに成功、搭載していたXバンド防衛通信衛星「きらめき3号」を軌道に投入しました。
この成功で「きらめき」は1~3号の3機体勢になり、太平洋からインド洋に及ぶ自衛隊の主な活動地域で高速大容量の通信が可能となります。これまでは民間衛星を一部利用していましたが、統合幕僚監部の一元運用になることでセキュリティが向上し、陸海空自衛隊を統合した指揮運用が容易になります。
一方、10月21日には、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士候補者だった米田あゆさん(29)と諏訪理さん(47)が約1年半の基礎訓練を終え、宇宙飛行士として正式に認定されました。
2人は2023年2月、4127人という過去最多の選抜試験受験者の中から宇宙飛行士候補に選ばれました。晴れて認定を受けたことで、歴代のJAXA宇宙飛行士は13人となり、7人が現役として活躍しています。米田さんは最年少、諏訪さんは最年長での認定といいます。
JAXAの宇宙飛行士募集は13年ぶりで、専門性が緩和され、初めて学歴不問になったことも話題となりました。ただ、合格した米田さん、諏訪さんが2人とも東京大学の卒業生だったことから、「結局、学歴も大切だったのではないか」という世論も少なくありませんでした。
けれど、候補生決定時から取材する筆者は、「米田さん、諏訪さんは、分かりやすい学歴がなくても、きっと合格しただろう」と信じています。「コミュ力おばけ」が集まる宇宙飛行士の中でも、ひときわコミュニケーション力に優れていて、発言の節々に「次世代型宇宙飛行士である」と感じられ、ワクワクするからです。
今回、筆者は、宇宙飛行士認定直後の記者会見に参加し、米田さん、諏訪さんへの独自インタビューの機会も得ました。2人の宇宙飛行士としての自覚と責任感、和気藹々とした雰囲気などを伝えます。
23日に行われた記者会見の冒頭挨拶で、2人はそれぞれ次のように語りました。
「今、宇宙開発は激動の時代にあると思う。今後アルテミス計画のもと、月そして火星に向かっていく中で、私自身がどのように活躍していけるのか、しっかり考えながら、そして何よりこれから活躍していくであろう若い世代に向けて、宇宙の魅力や、何かに一生懸命取り組むことの楽しさを伝えられる、そんな宇宙飛行士になっていきたい」(米田さん)
「宇宙開発は過渡期にあり、国際宇宙ステーションの時代から探査の時代に入ってきている。そこに様々な商業的なプレイヤーの参入もある中で、変わっていく環境に適応しつつ、貢献できる宇宙飛行士を目指したい。また、その中でしっかりと科学的な成果などを創出し、それを地球に届けるといったことにも貢献していける宇宙飛行士になりたい」(諏訪さん)
「月面に降り立つ最初の日本人」になる可能性
また、2人は選抜の段階から、月面探査を想定した募集・試験となっていました。米国が主導する国際有人月探査「アルテミス計画」に参加する日本は、4月に米国側と日本人飛行士2人が月面着陸することを正式に合意しました。米田さん、諏訪さんは、月面に降り立つ最初の日本人になる可能性があります。
月面探査への思いについて、2人は次のように回答しています。
「基礎訓練の間は、天文学や惑星科学を学んだり、実際にローバーが開発されている現場で開発者とお話ししたりした。日本人宇宙飛行士のうち、誰になるかはまだ分からないが、我々のチームの中の誰かが月に行くことになるので、月に行くにあたって何が必要なのか、改めて考えさせられると思っている」(米田さん)
「月探査へ向けての技術開発が進む中、それを間近で見ながら基礎訓練ができたというのは本当に幸せなことだったなと思っている。月を目指すことは科学的な意義もあり、そのこと自体がわくわくする。今後10年、20年の大きなプロジェクトになっていくので、その中で自分ができることは何なのかを常に考えて進めていこうと気持ちを新たにした」(諏訪さん)
記者会見の質疑応答で、筆者は「認定を受け、"候補者"から"飛行士"になって、自分の中で何が一番変わったか」について尋ねました。
諏訪さんは「訓練はこれからも続いていくし、より難易度の高い訓練に挑んでいくことになる。今まで基礎訓練で学んだことをベースに頑張っていかないと、と気分を新たにしたところだ」と回答。
「これまでは一方的にインプットをいただくだけであったのが、今後はちょっとずつアウトプットも求められる、そんなフェーズになってくると思うので、今の立場で何ができるのかを考えながらやっていきたい」
米田さんは「候補者だったときには、まず宇宙飛行士になるための訓練を積むところに主眼が置かれていて、本当にたくさんのことを学んだ。そして今回、宇宙飛行士になってからの数日間は、宇宙飛行士としての責任は何なのかを考えることがあった」と答えました。
「これまで教えていただいたことを糧に、私は何が恩返しできるのか、それを考えながら責任を果たしていきたいと思っている」
◇ ◇ ◇
これらのやりとりを踏まえて、記者会見の数日後に独自インタビューを行いました。取材用の部屋で待っていると、定刻にJAXAのブルースーツ(訓練やオフィシャルな場で宇宙飛行士が着用する青いツナギ)を身にまとった米田さんと諏訪さんが、「よろしくお願いいたします」と元気に登場しました。
──私の「おふたりがすごくユニークだな」って思うところの1つに、「自分たち宇宙飛行士が専門性を活かして、今後の宇宙開発にどんな研究が必要なのか考えていきたい、提案していきたい」という気持ちを強く感じることがあります。今までの先輩宇宙飛行士たちは、「与えられたミッションをしっかりこなしたい」っておっしゃる方が多かったので、「面白いな」と思って、久留さん(靖史・有人宇宙技術部門宇宙飛行士運用技術ユニット長)に「どうして2人は次世代型の考えをしているのか」と聞いてみたんです。そうしたら「2人は先輩の積み上げた高いところからスタートできるから、より遠くまで見渡せる」とおっしゃったんです。
米田・諏訪 (「おおーっ」という感嘆の声)
──はい、私も「おお、これは!」と思ったのですが、ぜひ、このコメントに対する感想と、ご自身で宇宙空間での実験をデザインできるとしたら、どんなことをして、どんな考察をしたいのか伺ってみたいです。
独自インタビューに応じる2人 筆者撮影
諏訪 本当に、やっぱり宇宙開発って、今までのながーい積み重ね、ISS(国際宇宙ステーション)に限らず、もう1957年にスプートニクが飛んでからの人類の努力の結晶だと思うんですよね。そこの上に我々の仕事が成り立っていて、ちょっとでも先に進めていくっていうのが新しい世代の宇宙飛行士、また我々の次の世代の宇宙飛行士も、そうやって歩を一歩ずつ進めていく、つまり、積み上げたものの上にさらにちょっと積み上げていくってことが、我々にとって重要な課題なのかなと思っています。
無重力の中での実験のデザインって、これは非常に難しいお題をいただいた気がするんですけれども、ISSから探査の時代になるっていうことを見据えて、私が地球科学をやっていたこともあると思いますが、今後、探査をしていく上で必要な技術を開発していくことは非常に重要だと思っています。今だったら、例えば水の再生利用システムをISSで実験しますが、そういう技術的な裏付けがあって初めて、月やその次の火星探査に活用できるというところがあります。
そして、月や火星でサンプルを採って持ってきて、地球や太陽系の惑星の成り立ちの理解をよりよく深めていく。地球の成り立ちをより詳しく知って、地球上の持続可能性に繋げていくっていうところに非常に興味があります。
そう考えると、惑星探査でどのようにサンプリングの戦略を立てればいいのか、というのも重要ですね。アポロ時代もいっぱいサンプルを持って帰ってきましたけれど、それでもやっぱり有限です。きっと、現地でできる分析を駆使して、どうしても持って帰らなくてはいけないサンプルを探ることが必要です。それを最も効率的にこなすにはどうしたらいいのかっていうのを、研究者の方々と議論しながら考えていけたら面白いんじゃないのかなと思いました。
──諏訪さんだったら、ちゃんとかんらん岩(※月や惑星の起源や進化を調べるのに適したかんらん石を豊富に含む岩石)を選んで持って帰ってきてくれそうですね。
諏訪 ああ、かんらん岩なら私、オリビン(かんらん石)が一番好きな鉱物なんでね。あれ、どこかで話したことがありましたっけ?
──いえ、私も地球科学出身なので、つい、諏訪さんなら良いサンプルを拾ってきてくれそうと思ってしまっただけです。
諏訪 鋭いな、と思いました。
──米田さんはいかがですか?
米田 久留さんの言葉は、少しびっくりしました。先輩宇宙飛行士の方々からいろんなアドバイスをもらって、「少しでも先輩たちのようになれるように、一人前になれるように、必死に頑張って追いつこう」という感覚があったので、ユニット長からそういった言葉があったというのは、嬉しくもあり、同時に愛情を持っての期待感のある言葉だなと背筋が伸びました。「ここからさらに、これまでの宇宙飛行士にはなかった、新しい宇宙飛行士像を我々も作っていかないといけないな」っていう新しい気持ちが今、芽生えました。
宇宙空間での新しい実験っていうところで言うと、無重力では、体の筋肉とか骨とかが衰えて、老化現象に似たことが起こります。それはリスクと捉えられていたり、あとは宇宙空間での(強い)放射線のことがあったりするのですが、「宇宙空間は、良くないことが起こりうるから、それにどう対応していこうか」という目線での研究が、これまでは進んできたんです。
だから私は、「逆に、宇宙空間だからこそ、地球よりも人間の体にいい働きをすることってあったりするのかな」って考えてみたいです。微小重力もそうですし、今後、月や火星に行くときに、たとえば(月の)6分の1重力では、重力が小さいことで色々な体の変化っていうのがあると思うんです。分子的なレベルだったり、精神的な変化だったり、6分の1だからこそ動きやすいっていう側面もあったりすると思うので、宇宙環境をネガティブな高リスクな場所と捉えるんじゃなくて、宇宙空間でのポジティブな体の働きっていうのがどういうものなのかは非常に興味深いです。
また、そういったポジティブな面が見えてくると、地球では無重力は作り出せないにせよ、ポジティブさを活かすことはできないかっていう発想にもなってくると思います。
──面白いですね。宇宙空間というと、いつも放射線が強いとか、筋力衰えるとか、そんなことばっかり言われて、「宇宙で暮らすのは怖いのかな」という気がしてしまいがちです。米田さんらしい、すごく前向きで素敵な提案をしていただいて、わくわくしてきました。
米田 ありがとうございます。
──ところで、今月(注:2024年10月)の大きなニュースの1つに、今年度のノーベル物理学賞がAIの研究に与えられたことがあります。米田さん、諏訪さんは、宇宙開発はAI任せにできると思いますか。それとも、「やっぱり宇宙飛行士がいないとダメだ」と思われているでしょうか。AIと飛行士との棲み分けや、「こういう部分で人間が必要だ」と思うところがあれば教えてください。
諏訪 宇宙開発の長い歴史で、色々なテクノロジーを徐々に取り込んでいったという史実があると思うんですよね。アポロの時代に、最初にコンピュータを導入してプログラミングしたものが何かするっていうことに、パイロット出身の方の中には最初すごい抵抗があった方もいらっしゃったみたいな話を聞いたことがあります。
今はもちろん、コンピュータが何かをするっていうのが当たり前の時代になってきていて、宇宙開発にももちろん使われてるわけですけども、きっと同じようなことがロボットにも今起きつつあって、AIにも起きてくるんだろうなと思っています。
なのでAIと一緒に何かをしていくっていう事態は、いずれ遅かれ早かれ来ると思うんですが、その棲み分けがどうなっていくのかっていうのは、AIがどれだけ信頼のおけるテクノロジーになっていくのかっていうことと比例して変わっていくのかなという気がしています。
最初のうちは、たぶんちっちゃいところでAIを使ってみて、宇宙飛行士のクールタイム(休息時間)って非常に貴重なので、AIに任せられるところは任せて、人間は他のところをやりましょうっていうふうになっていくと思うんです。AIの担当部分はだんだんと増えていくと思いますが、人間に残る部分は、例えば感覚、「何か違うぞ」という直感的なものとかではないでしょうか。直感は、ある程度の経験に裏打ちされていると思うんですけれども、それによってより良い判断ができるというのは、まだまだ人間に優位性があると思います。そしてやっぱり、何かを見て「綺麗だ」とか「美しい」とか、言葉で感動を伝えるっていう部分は、人間が残っていくんじゃないでしょうか。
100年後どうなってるかは分からないですけれど、少なくとも今後20年30年を見据えて考えると、まだまだ人間がやらなきゃいけない部分があるし、AIとの協力関係みたいなものができていくのではないかと個人的には思っています。
米田 私も、AIはどんどん使っていくべきだと思うんですね。AIを使わない人間よりも使った人間のほうが、より色々なことができるようになるし、技術的な側面でも分野の広がりという意味でも、AIと協働したほうがより幅広く進んでいけると思います。
ただしAIを使って何をするのか、地球にとってより良いことだったり、人類が成長したりするためにどう使っていくのかという方向性を決めていくのは、人類が決めていくことだと思います。
もう1つは諏訪さんとも重なりますが、宇宙の魅力だったり宇宙から見たこと、経験したことを伝えたりする言葉を地球にいる人類の皆さんに贈る時に、AIと人間のどちらに発してもらいたいですか、となると、やっぱり人間の言葉を聞きたいかなって思うんですよね。なので、自分が感じたこと見たこと経験したことを、自分の言葉で地上の皆さんにしっかりと伝えたいなと思っています。
(後編に続く)