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新たな大谷翔平伝説が始まる...「ますますリスペクトされる選手に」

ニューズウィーク日本版 2024年11月13日 18時40分

スコット・ミラー(MLB専門スポーツジャーナリスト)
<左肩の負傷後も存在感を発揮し、初めてのポストシーズンを最高の形で締めくくった大谷翔平の栄光への軌跡を写真で読む>

10月26日夜、MLBワールドシリーズ第2戦で盛り上がる満員のドジャースタジアムで一瞬、時が止まった。高揚感は恐怖に取って代わられ、歓喜は不安の渦にのみ込まれた。

その瞬間まで、全てはロサンゼルス・ドジャースのペースで進んでいた。ニューヨーク・ヤンキースとの第1戦は、足首を捻挫しているフレディ・フリーマンが延長10回裏にワールドシリーズ史上初のサヨナラ満塁ホームランを放ち、6対3で勝利。第2戦も7回裏の時点で、4対1でドジャースがリードをしていた。

7回裏、スーパースターの大谷翔平がフォアボールで出塁。2アウトとなり、テオスカー・ヘルナンデスが打席に立つなか、大谷は二塁に向かって走り出した。

今シーズン、59盗塁、54本塁打の驚異的な活躍を見せた大谷だが、このときはタッチアウトで盗塁失敗。さらに悪いことに、スライディングをした際に地面に左手を不自然に突き、痛そうな様子でその場に転がり込んだ。

歴史的なシーズンを戦い抜き、チームの悲願だったワールドシリーズ出場を果たしたというのに、ドジャースと10年で総額7億ドルの超大型契約を結んだ大谷の1年目はこれで終わってしまうのか。

突然に、こんなにも早く? 静かに、しかも、栄光を手にしないままで?

大谷はドジャース移籍1年目でワールドシリーズ優勝という子供の頃からの夢をかなえた DANIEL SHIREYーMLB PHOTOS/GETTY IMAGES

日本のテレビ放送では、大谷がトレーナーに向かって左肩が外れたようだと日本語で伝えた音声が中継された。その瞬間、ドジャース関係者も野球ファンも最悪の事態を覚悟した。ワールドシリーズの残りの試合にはもう出場できないだろう......。

その後、大谷のけがは「左肩の亜脱臼」と発表されたが、この偉大な男の偉大なキャリアを目撃してきた私たちには分かっていた。打席に立とうと、マウンドで投げようと、トレーナールームで治療を受けていようと、大谷を決して過小評価してはならない、ということを。

大谷は常に期待を上回るキャリアを築いてきた。そして、ドジャースはこの後すぐ、彼の最新の魔法を目の当たりにすることになる。

ロサンゼルスで2連勝した後、ニューヨークへ向かったチームメイトの元に、精密検査のため同行しなかった大谷からグループチャットでメッセージが届いた。自分は大丈夫で、第3戦で合流する予定だ、という内容だった。彼は仲間に心配をかけたくなかったのだ。

チームを救った機敏な走塁

肩の負傷はドジャースが公表した以上に深刻だった(優勝から6日後、左肩の関節唇損傷の修復手術を受けた)が、大谷はヤンキー・スタジアムでの3試合に、いつものように1番指名打者でスタメン出場。それは印象的で、感動的で、まさに大谷らしい光景だった。

10月26日、大谷は盗塁に失敗し左肩を負傷 GINA FERAZZIーLOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES

大谷にとってMLB初のポストシーズンは大成功だった。サンディエゴ・パドレス、ニューヨーク・メッツ、そしてニューヨーク・ヤンキースとの対戦を通じて3本塁打、10打点を記録し、四球で13回出塁。ドジャースをフルシーズンとしては1988年以来初となるワールドシリーズ優勝に導いた(チームはコロナ禍でシーズンが短縮された2020年にも優勝している)。

ポストシーズンの初戦となった地区シリーズのパドレス戦では2回裏に同点3ランホームランを放って、7対5で逆転勝利するきっかけをつくった。続いて、ナショナルリーグの頂点を決めるメッツ戦では、6試合で打率3割6分4厘(22打数8安打)、2本塁打、6打点、出塁率5割4分8厘を記録して、メッツを圧倒した。

ワールドシリーズでは珍しく振るわなかったが(打率1割5厘、長打は5試合で二塁打1本のみ)、存在感は変わらず、ドジャースの優勝に大いに貢献した。

ワールドシリーズ第1戦は、大谷の機敏な走塁がなければおそらくドジャースが負けていただろう。8回裏1アウト、2対1で負けていた場面で、大谷は二塁打を放ち、送球がそれる間に三塁に進塁。続くムーキー・ベッツの犠牲フライで同点のホームを踏んだ。

大谷が機転を利かせて三塁に進んでいなかったら、このイニングもヤンキースがリードしたまま終わっていたかもしれない。そうなれば、その時点の勝率から考えて、ヤンキースが初戦を制した可能性が高かった。

10月25日、フレディ・フリーマンが逆転サヨナラ満塁本塁打を放つ MICHAEL OWENSーMLB PHOTOS/GETTY IMAGES

「彼は全く動じない」と、ドジャースの二塁手ギャビン・ラックスは初のポストシーズンを戦う大谷について語った。「あの二塁打もあと6インチ(15センチ)でホームランだった。しかも、あの抜け目ないプレーで1点をもぎ取ってくれた」

さらに、大谷は肩を負傷した後も先発出場を続けた。最後の3試合は11打数1安打に終わったが、フォアボールとデッドボールで2度出塁し、ドジャースの切り札であり続けた。

出場したいという大谷の意思は固く、打撃練習を見たデーブ・ロバーツ監督も、たとえ100%の状態でなくとも大谷の存在がチームに役立つと最終的に判断した。

「いいスイングもあれば、少し違和感のあるスイングもあった」とロバーツは語ったが、結論は決まっていた。「彼が打席に立てば、チームにとって有利になるのは間違いない。ピッチャーが(けがのせいで)大谷に制約があると思うか、ないと思うか、どちらにしても、(真っ向勝負の)リスクを冒そうとする投手は多くないだろう」

「ストライクゾーンに集中して、いい球を見極め、打ちやすい球に反応してくれれば十分だ。改めて、彼がスタメンにいることを非常にありがたく思う」

勢いに乗ったドジャースは、その後も快進撃を続け、ヤンキー・スタジアムでの3試合中、2試合に勝利。優勝を決めてシャンパンファイトに酔いしれた。

10月26日、山本がワールドシリーズ初登板でほえる USA TODAY SPORTSーREUTERS

ドジャースはあらゆる面でヤンキースを上回り、ドジャーブルーに染まった大谷の初シーズンは、契約を結んだ昨年12月(わずか10カ月前だ)に思い描いていたとおりのフィナーレを迎えた。

「ドジャースが最も長くプレーしたシーズンに加わり、チームをよく知ることができて良かった」。ドジャースが敵地で行われた第5戦でワールドシリーズ優勝をもぎ取った後、大谷は通訳のウィル・アイアトンを通じてそう語った。

「入団1年目でワールドシリーズ優勝を経験できたことはとてつもない名誉だ」

今季のワールドシリーズはスーパースターだらけの象徴的な対戦で、とりわけナ・リーグとア・リーグのMVP受賞が確実視されている大谷とアーロン・ジャッジの対決が注目されたこともあり、アメリカでは多くの野球ファンがテレビにかじりついた。

シリーズの平均視聴者数はここ7年で最高の1581万人を記録。さらにMLB関係者を喜ばせたのは、日本でも平均視聴者数が1200万人以上に上ったことだ。これはMLB史上最多の快挙である。

大谷と山本由伸が活躍するとあれば、日本のファンが熱狂するのも無理はない。山本は今季、肩の負傷で3カ月間マウンドを離れたが、9月に復帰。ポストシーズンの試合には出場できた。ドジャースは投手陣が負傷続きで先発ローテーションが組みにくい状況にあり、山本の復帰で関係者は胸をなで下ろした。

10月11日、地区シリーズでダルビッシュと大谷が対戦 GINA FERAZZIーLOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES

「ドジャース野球の黄金期」

山本のポストシーズン初戦は地区シリーズの第1戦。パドレス相手に3回5失点と投球は振るわなかったが、それでもドジャースは7対5で勝った。地区シリーズの天王山となった第5戦で、山本は同胞のダルビッシュ有と相まみえた。

ドラマのような名勝負で、両者とも好投し、甲乙つけ難かった。ダルビッシュは7回途中まで投げて2失点、2回と7回にソロホームランを浴びた。

このときダルビッシュは地区シリーズでの対ドジャース戦で2回目の先発だった。2回ともドジャースの強打線を向こうに回し、合計13.2イニングでわずか3失点と、38歳の今なおチームに貢献できる剛腕ぶりを見せつけた。

だが、第5戦で山本はそのダルビッシュを上回る快投で、5回無失点に抑えてみせた。ドジャースはナ・リーグチャンピオンシップシリーズに駒を進め、そこで山本は1試合だけ登板。

メッツ相手に5回途中2失点でリードを死守し、ドジャースは10対2で勝利してリーグ優勝に王手をかけた。続くワールドシリーズでは第2戦の先発を務め、ポストシーズンの自身の登板では最も長い7回途中まで投げて被安打1で1失点と、ヤンキース打線を黙らせた。

ポストシーズンもドジャースの快進撃は止まらなかった。地区シリーズ第1戦でロバーツ監督とハイタッチする大谷 KEITH BIRMINGHAMーMEDIANEWS GROUPーPASADENA STAR-NEWS/GETTY IMAGES

これだけでは山本がシーズン前にドジャースと交わした12年間で総額3億2500万ドルの契約を正当化できないかもしれないが、今後何年も山本とドジャースのパートナーシップが数々の勝利をもたらすことは期待できる。

MLB1年目でワールドシリーズ優勝のタイトルを獲得した26歳の山本は、WBCでの優勝、日本シリーズでの優勝、そしてオリンピックの金メダルと4つのタイトルを持つ史上初の野球選手となった。

「すごく楽しみにしていて、うれしかったし、いろんな気持ちが入り乱れた」と、ワールドシリーズで初めて勝利投手となった後、彼は通訳を介して語った。「だがその後は試合に出ることに集中しようと努めた」

ドジャースにとっても、山本にとっても、さらにとりわけ大谷にとっても、この忘れ難いポストシーズンとワールドシリーズの数々の場面はこれからも長い間、折につけて心に浮かぶ輝かしい思い出となるだろう。ドジャースのアンドリュー・フリードマン編成本部長が述べたように、今また「ドジャース野球の黄金期」が到来しているのだ。

大谷の存在そのものが力に

今のドジャースはまさに黄金のように輝いている。3月に韓国で行われた対パドレス戦で開幕した今シーズンは、7カ月後ニューヨークの大舞台で幕を閉じた。その間に大谷は誰も予想し得なかった偉業をやってのけた。

MVPは11月21日に発表されるが、レギュラーシーズンの活躍ぶりから、大谷の2年連続3度目の満票受賞となるのはほぼ確実だろう。

ワールドシリーズ優勝後のビールでのシャンパンファイト DANIEL SHIREYーMLB PHOTOS/GETTY IMAGES

ワールドシリーズ終了2日後、ドジャースは地元に凱旋し、36年ぶりに優勝パレードを行った(前回に優勝した4年前にはコロナ禍のためにパレードは見送られた)。ロサンゼルスの通りを埋め尽くしたファンは推定25万人。大谷は愛犬のデコピンを抱いて2階建てバスに乗り込んだ。

「ここにいるファンの多さにびっくりしている」パレード中にドジャース傘下のテレビ局の取材を受けた大谷は、そう言って目を丸くした。

そして、ロサンゼルスにとって、自分がどんな存在か知っているかと聞かれると、「(地元に)貢献できてとてもうれしい。ここに集まった人たちはみんな、とても温かく僕らを迎えてくれている」と答えた。

祝賀イベントはその後、ドジャースタジアムでクライマックスを迎えた。選手たちが一人ずつ感謝の気持ちを述べると、満場のファンが惜しみない拍手を送る。

大谷は公の場ではたいがい通訳を介して話すが、ここでは英語で直接ファンに語りかけた。

「この場にいること、このチームの一員であることをとても名誉に思います。おめでとう、ロサンゼルス! ありがとう、ファンの皆さん!」

■【動画】珍しく英語で挨拶した大谷翔平 を見る

イベントが終わり、スタンドから人影が消えた後も、スタジアムの内外、いやロサンゼルスの街中が感動の余韻に包まれていた。

ドジャースの関係者、ロサンゼルス市民、日本中の人々、そして大谷と山本をはじめ、この偉業を成し遂げた選手たち全員がこの日共有した熱い思いを永遠に忘れないだろう。

大谷が初めて出場したワールドシリーズはファンが思い描いていた展開とは少し違う形で終わったかもしれない。だが野球史に残る多くの場面と同様、ドジャースの劇的勝利は人々の記憶に刻まれ、今後も輝かしい大谷伝説が紡がれてゆくはずだ。

「ショウヘイがラインアップに残ったこと、そして彼の存在そのものがチームの力になった」と、ロバーツ監督は負傷後もプレーを続けた大谷をたたえた。

「片腕でプレーし続ける彼を、選手たちはますますリスペクトするようになったと思う」

珍しく英語で挨拶した大谷翔平

Shohei Ohtani speaks in English to Dodgers World Series rally crowd/ KTLA 5

 

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