木村正人
<国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)で野心的な排出削減計画を発表したイギリス。脱炭素化で新しい産業と雇用を生み出せるか>
[バクー発]アゼルバイジャンの首都バクーで始まった国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)のリーダーズサミットで12日、キア・スターマー英首相が「気候対策こそが経済成長への道」と2035年までに温室効果ガス排出量を1990年比で81%削減すると表明した。
第二次大戦以来の英米「特別関係」を誇る米国ではドナルド・トランプ前米大統領が復活、石油・ガス・石炭を増産する体制を整える。脱炭素化で新しい産業と雇用を生み出せるのか、それともコストを押し上げるだけなのか、世界は岐路に立たされている。
スターマー首相は「気候に関する行動を起こすことがエネルギーの安全保障、より良い雇用、長期的には国家の安全保障につながる」と強調した。スターマー政権は公営クリーンエネルギー企業「グレート・ブリティッシュ・エナジー」を設立し、クリーンな電力を起こす。
ロンドン証券取引所を通じ最大750億ドルを動員
未来のグリーン産業と雇用に投資するため国富ファンドも創設した。「化石燃料からの脱却」というCOP28での合意に沿って、9月末には英国最後の石炭火力発電所を閉鎖し、主要7カ国(G7)で初めて石炭火力発電を廃止した。新たな北海油田・ガス田の開発は許可しない。
116億ポンドの気候資金を途上国に提供するとともに気候投資基金(CIF)資本市場メカニズムも立ち上げた。途上国の気候変動関連プロジェクトに民間資金を動員するための金融イニシアチブだ。ロンドン証券取引所を通じ最大750億ドルを動員する可能性があると期待する。
欧州連合(EU)からの離脱で地盤沈下が著しい世界的な金融センター、ロンドンの地位を取り戻す狙いもある。スターマー政権は脱炭素経済への移行は約7兆ドルの投資機会をもたらし、グリーン経済は年率7~11%で成長すると見込む。
収入は増えないのにコストだけは膨れ上がる
世界的なネットゼロ(実質排出ゼロ)への移行を可能にする商品やサービスの供給は30年までに英国企業に1兆ポンドの価値をもたらす。英国ではすでに約64万人がグリーン産業で働いており、20~22年にかけ20%も増加しており、英国全体の雇用の4倍のペースで成長している。
脱炭素経済への「バラ色の移行」が実現するのかは分からない。クリーンエネルギーや電気自動車(EV)を購入する負担が有権者の生活にのしかかれば、スターマー首相は4~5年後の総選挙で米民主党のジョー・バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領の二の舞いを演じるだろう。
英国ではコロナ危機やウクライナ戦争の5年間で25%近く物価が上昇した。英国の政策金利は4.75%、長期金利はレイチェル・リーブス財務相の財政拡張で4.53%にハネ上がった。企業も世帯も収入は増えないのにコストだけは膨れ上がるスタグフレーションの兆候に苦しんでいる。
脱炭素化は化石燃料とは違った地政学を引き起こす
スターマー政権を一言で表現すれば「愚直」である。EU離脱を選択した16年の国民投票以降、悪酔い状態が続いた前保守党政権に比べて政策が予測可能な範囲で安定し始めた。英国内企業や外資にとって投資環境が良くなったのは間違いない。
再生可能エネルギーや原子力発電などクリーンエネルギーへの移行は欧州全体としてロシアや中東へのエネルギー依存を減らし、欧州の安全保障を向上させる。しかし長短金利が大幅に低下し、インフレの後遺症が薄まらなければ、新しい産業や雇用を生み出すのは難しくなる。
原子力発電にはウラン、太陽光発電や風力発電にはリチウム、銅、コバルト、ニッケル、マンガン、希土類元素が必要だ。脱炭素化は化石燃料とは違った地政学を引き起こす。バイデン大統領、中国の習近平国家主席ら主要国首脳がCOP29を欠席したこと自体がその複雑さを物語る。
<国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)で野心的な排出削減計画を発表したイギリス。脱炭素化で新しい産業と雇用を生み出せるか>
[バクー発]アゼルバイジャンの首都バクーで始まった国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)のリーダーズサミットで12日、キア・スターマー英首相が「気候対策こそが経済成長への道」と2035年までに温室効果ガス排出量を1990年比で81%削減すると表明した。
第二次大戦以来の英米「特別関係」を誇る米国ではドナルド・トランプ前米大統領が復活、石油・ガス・石炭を増産する体制を整える。脱炭素化で新しい産業と雇用を生み出せるのか、それともコストを押し上げるだけなのか、世界は岐路に立たされている。
スターマー首相は「気候に関する行動を起こすことがエネルギーの安全保障、より良い雇用、長期的には国家の安全保障につながる」と強調した。スターマー政権は公営クリーンエネルギー企業「グレート・ブリティッシュ・エナジー」を設立し、クリーンな電力を起こす。
ロンドン証券取引所を通じ最大750億ドルを動員
未来のグリーン産業と雇用に投資するため国富ファンドも創設した。「化石燃料からの脱却」というCOP28での合意に沿って、9月末には英国最後の石炭火力発電所を閉鎖し、主要7カ国(G7)で初めて石炭火力発電を廃止した。新たな北海油田・ガス田の開発は許可しない。
116億ポンドの気候資金を途上国に提供するとともに気候投資基金(CIF)資本市場メカニズムも立ち上げた。途上国の気候変動関連プロジェクトに民間資金を動員するための金融イニシアチブだ。ロンドン証券取引所を通じ最大750億ドルを動員する可能性があると期待する。
欧州連合(EU)からの離脱で地盤沈下が著しい世界的な金融センター、ロンドンの地位を取り戻す狙いもある。スターマー政権は脱炭素経済への移行は約7兆ドルの投資機会をもたらし、グリーン経済は年率7~11%で成長すると見込む。
収入は増えないのにコストだけは膨れ上がる
世界的なネットゼロ(実質排出ゼロ)への移行を可能にする商品やサービスの供給は30年までに英国企業に1兆ポンドの価値をもたらす。英国ではすでに約64万人がグリーン産業で働いており、20~22年にかけ20%も増加しており、英国全体の雇用の4倍のペースで成長している。
脱炭素経済への「バラ色の移行」が実現するのかは分からない。クリーンエネルギーや電気自動車(EV)を購入する負担が有権者の生活にのしかかれば、スターマー首相は4~5年後の総選挙で米民主党のジョー・バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領の二の舞いを演じるだろう。
英国ではコロナ危機やウクライナ戦争の5年間で25%近く物価が上昇した。英国の政策金利は4.75%、長期金利はレイチェル・リーブス財務相の財政拡張で4.53%にハネ上がった。企業も世帯も収入は増えないのにコストだけは膨れ上がるスタグフレーションの兆候に苦しんでいる。
脱炭素化は化石燃料とは違った地政学を引き起こす
スターマー政権を一言で表現すれば「愚直」である。EU離脱を選択した16年の国民投票以降、悪酔い状態が続いた前保守党政権に比べて政策が予測可能な範囲で安定し始めた。英国内企業や外資にとって投資環境が良くなったのは間違いない。
再生可能エネルギーや原子力発電などクリーンエネルギーへの移行は欧州全体としてロシアや中東へのエネルギー依存を減らし、欧州の安全保障を向上させる。しかし長短金利が大幅に低下し、インフレの後遺症が薄まらなければ、新しい産業や雇用を生み出すのは難しくなる。
原子力発電にはウラン、太陽光発電や風力発電にはリチウム、銅、コバルト、ニッケル、マンガン、希土類元素が必要だ。脱炭素化は化石燃料とは違った地政学を引き起こす。バイデン大統領、中国の習近平国家主席ら主要国首脳がCOP29を欠席したこと自体がその複雑さを物語る。