サム・ポトリッキオ(本誌コラムニスト、ジョージタウン大学教授)
<黒人や中南米系も味方に付け、総得票でもハリスを上回り、共和党の支持基盤を広げた。トランプの歴史的勝利を徹底分析>
アメリカの大統領が「非連続」の2期8年を務めるのは異例中の異例、19世紀のグローバー・クリーブランド(第22・24代大統領)以来のことだ。1930年代のニューディール政策時代と同じくらいに、この「トランプ時代」はアメリカの歴史に名を残すことだろう。
地位と権力と権勢にひたすら執着するドナルド・トランプ前大統領にとって、この世で最高に重要な人物となることは無上の喜びであるに違いない。しかも細かくちぎれて分断された有権者層の全てで前回よりも支持率を上げた。まさしく前代未聞、想定を超える大勝利だ。
アメリカでは普通、長く表舞台に立つ人ほど人気が下がる。ところがトランプ人気は上がる一方。共和党の大統領候補が一般投票(全米の総得票数)でも勝利したのはジョージ・W・ブッシュの2選目以来20年ぶりのことだ。
10年近く前に初めて大統領選に出馬したときメキシコからの移民を「強姦魔」と罵ったトランプが、今回は中南米系の男性有権者からの支持率で民主党のカマラ・ハリス副大統領を10ポイントも上回った(前回は23ポイントの大差でバイデンに負けていた)。
トランプは共和党の伝統的な支持層を塗り替えた。黒人男性からの支持は従来の倍近くに増えた。ロードアイランド州やニュージャージー州、ニューヨーク州といった民主党の牙城でも、共和党大統領候補としては数十年来の好成績を収めた。
民主党はトランプをファシストで男尊女卑の人種差別主義者と非難してきたが、それで票が動くことはなかった。逆に、20年前には絶滅の危機と評されていた共和党の支持基盤が広がった。
かつての民主党は、黒人や中南米系など人口増加の著しい有権者層を味方に付けていた。共和党が21世紀を生き延びるにはリベラル寄りに舵を切るしかないとも思われていた。
そんな政界の通念を、トランプは打ち砕いた。そして彼自身が新たな現実を創造するトランプ時代が始まった。有罪評決を受けた重罪犯でも国政のトップに立てるし、もうすぐ80歳でも大統領になれる時代だ。こうなれば何でもあり。もはや政治評論家の出番などなさそうだが、トランプ圧勝の大統領選を終えた今、確実に言えることが5つある。
◇ ◇ ◇
①「異常」ではなくスタンダードに
アメリカにとって21世紀はトランプの世紀となった。バラク・オバマは人種差別に基づく奴隷制のあった国で初の黒人大統領となったことで歴史に名を残したが、今やトランプこそが最大の歴史的な人物だ。第45代と第47代の大統領だとか、オバマの後継者を2人も打ち負かしたというだけではない。生きている限り、トランプは共和党で最大の影響力を持ち続けるだろう。
首都ワシントンで演説し敗北を認めたハリス副大統領 ANDREW HARNIK/GETTY IMAGES
一つの政党をこれほどまでに支配できた人物はいまだかつて存在しない。2016年の大統領選でトランプが勝利したのは時代遅れの「選挙人団」制のおかげでも、まぐれでもなかった。ある識者に言わせると、もはや「ドナルド・トランプは異常現象ではなく標準」なのだ。
②地位の喪失から生まれた復讐心
トランプはこの国の時代精神を最も鋭く読み取っている。一部のエリートに対する大衆の怒りを、ほとんど直感で理解している。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストであるデービッド・ブルックスに言わせれば、こうだ。
「聞こえてくるのはリスペクトの再分配だ。高学歴の者は祭り上げられ、その他の者は姿が見えない。特に男子はきつい。高校生になると成績上位10%の3分の2は女子で、下位10%の約3分の2が男子だ。学校教育は男子に味方しない。それが個人の一生にも国全体にも影響を及ぼす」
選挙戦終盤で、トランプはジョー・ローガンやネルク・ボーイズなど、若い男性に人気のポッドキャスト主宰者に接近した。結果はどうか。トランプ当確が報じられた途端に、SNSではこんな文句が拡散した。
「アメリカの国としての性別が判明したぞ、男の子だ!」。共和党全国大会でジェームズ・ブラウンの名曲「マンズ・マンズ・ワールド(男の世界)」と共にトランプを登場させた演出も秀逸だった。
7月にペンシルベニア州の集会で支持者を前に演説 SPENCER PLATT/GETTY IMAGES
トランプはその生涯を通じて今も移り変わる自分の地位にひたすら執着してきたが、手に入れた地位を失うのは、誰にとっても悲しいことだ。この点を説明するために、私は常々、ある些細でばかばかしい例を挙げてきた。
私はあまりに出張が多いので、航空会社から超エリート会員の扱いを受けてきた。上位0.1%に入る上客向けに用意されたステータスよりも高い、内緒の地位だ。しかしある年、育児休暇を取ったためその地位を失った。それでも表向きの最高ステータスは維持できたが、個人的にはすごく深刻な喪失感があった。
本当にばかばかしい例だが、そういう喪失感に由来する怒りがあると復讐心に火が付くのは人の常。もちろんトランプを忌み嫌う人はいるが、それより多くのアメリカ人が彼に共感し、彼を信じようとしている。
③世界的にも「現職」が不利
トランプは世界的な「反現職」の波に乗った。21年1月にトランプがホワイトハウスを去った時点で、彼の職務能力を評価する人は34%だった。ところが最近の世論調査では、当時のトランプを評価する人が48%に増えていた。その間に34件の重罪で有罪評決を受け、2度目の弾劾訴追を受けていたにもかかわらずだ。
なぜそんなことが可能なのか? 端的に言えば、今の時代に豊かな民主主義国家で野党側にいることには特別な利得があるからだ。この1年は世界中で記録的な数の民主的選挙が行われたが、政権与党が追い風に乗って勝利した例は一つもない。
10月にはフロリダ州で中南米系リーダーと座談会を行った MATIAS J. OCNERーMIAMI HERALDーTRIBUNE NEWS SERVICE/GETTY IMAGES
イギリスでは保守党が歴史的大敗を喫し、フランスでは与党連合が議席の33%を失った。オーストリアの与党は議席の30%近くを失い、日本の自民党も史上まれに見る大敗を喫した。ただ負けるだけではなく、与党はどこでも惨敗している。
16年の大統領選の時と同様、トランプは予備選の段階から選挙戦を支配していた。誰が民主党の大統領候補になろうと、野党のトランプ側にアドバンテージがあった(民主党にスーパースターが生まれていたら話は別だっただろうが)。
ハリスがバイデンの支持率を上回った時期はある。しかしそれも、彼女自身のパフォーマンスの結果ではなく、単に彼女が現職の大統領ではないという事実に由来するものではなかったか。
かつての反乱者トランプが復活に成功したのも、彼の特別な資質というより、彼に強力な追い風を与えた外的状況のおかげだ。人間が情報を処理する際の非合理的な習性も彼に味方した。統計的に見ればインフレ率は落ち着いてきた。
賃金の上昇率はインフレ率を上回り、アメリカ経済は堅調だ。しかし、とある識者は指摘している。「自分の給料が上がるのは自らの努力と才能の結果だが、物価が上がるのは政府のせい。そう思うのが人間の心理だ」
トランプ集会に現れたイーロン・マスク(10月5日) JUSTIN MERRIMANーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
こうして考えを巡らせると、ハリスの運命は彼女が現職のバイデンから距離を置き損ねたときに決定づけられたように思える。ABCテレビの情報番組『ザ・ビュー』に招かれたときは彼女が自分をバイデンと差別化する絶好の機会だったが、現職副大統領の彼女にはそれができなかった。
過去4年間でバイデンと違うことができたとすれば何かと問われ、「何一つ思い当たらない」と答えてしまったのだ。もっと現政権の路線から離れた人物を立てていれば、民主党にも勝機はあったと思える。
④主流メディアの影響力が低下
今のアメリカで主流のメディアは先を読めず、庶民の感覚からもずれている。読者・視聴者を飽きさせないという短期の目標に縛られているせいで、大局的な状況を見極めるのが困難になっている。
プエルトリコを侮辱するコメディアンの発言が選挙の流れを変えるような報道がなされたが、そんなことはなかったし、そんなことになるはずもなかった。選挙の力学は時間をかけて、経済のファンダメンタルズを反映して動くもので、目まぐるしいニュースのサイクルに左右されるものではない。
しかし主流メディアは、そういう基本的な経済指標にめったに目を向けない。「インフレはどの程度ひどかったか? 良くなったと思うか? トランプとハリスのどちらがインフレ対策に優れているか? どちらのほうがあなたの暮らしに役立つか?」。そういう問題こそが、今回の選挙では語られるべきだった。
個々の暴言や放言の影響を詮索するよりも、これらの質問に対する答えをしっかり見ているほうが選挙戦の流れを的確に読み取れる。そもそも、お騒がせコメディアン兼コメンテーターのジョー・ローガンが主宰するポッドキャストや起業家イーロン・マスクのX(旧ツイッター)への投稿に触れる人たちは、ニューヨーク・タイムズの購読者の30〜40倍もいる。
民主党は既存の権威あるメディアの尊敬を勝ち取り、お墨付きを得ており、トランプや共和党員ほど否定的に報道されないという点で、共和党よりも優位だ。だが主流メディアの影響力の範囲が縮小しているため、この優位性は低下している。
いくら地上波テレビのトーク番組で有名コメディアンがトランプを痛烈に風刺しても、今は口コミで広がった右派のポッドキャストを見たり聴いたりする人のほうが多い。何千人ものスタッフを擁するCNNのような組織より、一個人にすぎないジョー・ローガンの発信力のほうが何倍も強い。そんな時代だ。
⑤投票行動は変わりやすい
私たちは選挙結果を過剰に解釈し、一般化しがちだ。今のところ、マスメディアの論評は民主党の「惨敗」に集中している。既にハリスは、4年前に国家への反逆に手を貸した犯罪者相手の選挙でしくじった敗者として歴史のごみ箱に捨てられている。しかし忘れるなかれ。彼女には最後まで、50%の確率でアメリカ史上初の女性大統領になる可能性があったのだ。
若者に人気のジュビリー・メディアがYouTubeで、「投票先未定」の有権者25人と現役運輸長官のピート・ブティジェッジを招いて1時間にわたるディベート番組を流したことがある。あのときハリスの代役として立ったブティジェッジ(まだ42歳で同性愛者だ)はたった1時間で25人中数人の心を動かし、ハリス支持に回らせることに成功した。
トランプが選挙人争奪戦で8年前の圧勝を再現し、一般投票でもついに勝利を手にしたのは事実。だが態度を決めていない25人の有権者中たった1人でも心変わりしていれば、今頃ハリスは最高に聡明な政治家と呼ばれ、トランプは最低の負け犬となり、(今までに起訴された案件の全てで有罪になれば)余生を刑務所で過ごすことになっていたはずだ。
ところがそうはならず、私はこれからも「トランプ時代」の話を書き続けなければならない。そしてトランプは、この100年で最も力強い政治家になりかねない。アメリカのように細かく分断されてしまった国では、物事がどちらへ転ぶかは、マスメディアに背を向け政府にも政治にも無関心な有権者が考えを変え、雨の日に投票所へ足を運んでくれるかどうかに懸かっている。
<黒人や中南米系も味方に付け、総得票でもハリスを上回り、共和党の支持基盤を広げた。トランプの歴史的勝利を徹底分析>
アメリカの大統領が「非連続」の2期8年を務めるのは異例中の異例、19世紀のグローバー・クリーブランド(第22・24代大統領)以来のことだ。1930年代のニューディール政策時代と同じくらいに、この「トランプ時代」はアメリカの歴史に名を残すことだろう。
地位と権力と権勢にひたすら執着するドナルド・トランプ前大統領にとって、この世で最高に重要な人物となることは無上の喜びであるに違いない。しかも細かくちぎれて分断された有権者層の全てで前回よりも支持率を上げた。まさしく前代未聞、想定を超える大勝利だ。
アメリカでは普通、長く表舞台に立つ人ほど人気が下がる。ところがトランプ人気は上がる一方。共和党の大統領候補が一般投票(全米の総得票数)でも勝利したのはジョージ・W・ブッシュの2選目以来20年ぶりのことだ。
10年近く前に初めて大統領選に出馬したときメキシコからの移民を「強姦魔」と罵ったトランプが、今回は中南米系の男性有権者からの支持率で民主党のカマラ・ハリス副大統領を10ポイントも上回った(前回は23ポイントの大差でバイデンに負けていた)。
トランプは共和党の伝統的な支持層を塗り替えた。黒人男性からの支持は従来の倍近くに増えた。ロードアイランド州やニュージャージー州、ニューヨーク州といった民主党の牙城でも、共和党大統領候補としては数十年来の好成績を収めた。
民主党はトランプをファシストで男尊女卑の人種差別主義者と非難してきたが、それで票が動くことはなかった。逆に、20年前には絶滅の危機と評されていた共和党の支持基盤が広がった。
かつての民主党は、黒人や中南米系など人口増加の著しい有権者層を味方に付けていた。共和党が21世紀を生き延びるにはリベラル寄りに舵を切るしかないとも思われていた。
そんな政界の通念を、トランプは打ち砕いた。そして彼自身が新たな現実を創造するトランプ時代が始まった。有罪評決を受けた重罪犯でも国政のトップに立てるし、もうすぐ80歳でも大統領になれる時代だ。こうなれば何でもあり。もはや政治評論家の出番などなさそうだが、トランプ圧勝の大統領選を終えた今、確実に言えることが5つある。
◇ ◇ ◇
①「異常」ではなくスタンダードに
アメリカにとって21世紀はトランプの世紀となった。バラク・オバマは人種差別に基づく奴隷制のあった国で初の黒人大統領となったことで歴史に名を残したが、今やトランプこそが最大の歴史的な人物だ。第45代と第47代の大統領だとか、オバマの後継者を2人も打ち負かしたというだけではない。生きている限り、トランプは共和党で最大の影響力を持ち続けるだろう。
首都ワシントンで演説し敗北を認めたハリス副大統領 ANDREW HARNIK/GETTY IMAGES
一つの政党をこれほどまでに支配できた人物はいまだかつて存在しない。2016年の大統領選でトランプが勝利したのは時代遅れの「選挙人団」制のおかげでも、まぐれでもなかった。ある識者に言わせると、もはや「ドナルド・トランプは異常現象ではなく標準」なのだ。
②地位の喪失から生まれた復讐心
トランプはこの国の時代精神を最も鋭く読み取っている。一部のエリートに対する大衆の怒りを、ほとんど直感で理解している。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストであるデービッド・ブルックスに言わせれば、こうだ。
「聞こえてくるのはリスペクトの再分配だ。高学歴の者は祭り上げられ、その他の者は姿が見えない。特に男子はきつい。高校生になると成績上位10%の3分の2は女子で、下位10%の約3分の2が男子だ。学校教育は男子に味方しない。それが個人の一生にも国全体にも影響を及ぼす」
選挙戦終盤で、トランプはジョー・ローガンやネルク・ボーイズなど、若い男性に人気のポッドキャスト主宰者に接近した。結果はどうか。トランプ当確が報じられた途端に、SNSではこんな文句が拡散した。
「アメリカの国としての性別が判明したぞ、男の子だ!」。共和党全国大会でジェームズ・ブラウンの名曲「マンズ・マンズ・ワールド(男の世界)」と共にトランプを登場させた演出も秀逸だった。
7月にペンシルベニア州の集会で支持者を前に演説 SPENCER PLATT/GETTY IMAGES
トランプはその生涯を通じて今も移り変わる自分の地位にひたすら執着してきたが、手に入れた地位を失うのは、誰にとっても悲しいことだ。この点を説明するために、私は常々、ある些細でばかばかしい例を挙げてきた。
私はあまりに出張が多いので、航空会社から超エリート会員の扱いを受けてきた。上位0.1%に入る上客向けに用意されたステータスよりも高い、内緒の地位だ。しかしある年、育児休暇を取ったためその地位を失った。それでも表向きの最高ステータスは維持できたが、個人的にはすごく深刻な喪失感があった。
本当にばかばかしい例だが、そういう喪失感に由来する怒りがあると復讐心に火が付くのは人の常。もちろんトランプを忌み嫌う人はいるが、それより多くのアメリカ人が彼に共感し、彼を信じようとしている。
③世界的にも「現職」が不利
トランプは世界的な「反現職」の波に乗った。21年1月にトランプがホワイトハウスを去った時点で、彼の職務能力を評価する人は34%だった。ところが最近の世論調査では、当時のトランプを評価する人が48%に増えていた。その間に34件の重罪で有罪評決を受け、2度目の弾劾訴追を受けていたにもかかわらずだ。
なぜそんなことが可能なのか? 端的に言えば、今の時代に豊かな民主主義国家で野党側にいることには特別な利得があるからだ。この1年は世界中で記録的な数の民主的選挙が行われたが、政権与党が追い風に乗って勝利した例は一つもない。
10月にはフロリダ州で中南米系リーダーと座談会を行った MATIAS J. OCNERーMIAMI HERALDーTRIBUNE NEWS SERVICE/GETTY IMAGES
イギリスでは保守党が歴史的大敗を喫し、フランスでは与党連合が議席の33%を失った。オーストリアの与党は議席の30%近くを失い、日本の自民党も史上まれに見る大敗を喫した。ただ負けるだけではなく、与党はどこでも惨敗している。
16年の大統領選の時と同様、トランプは予備選の段階から選挙戦を支配していた。誰が民主党の大統領候補になろうと、野党のトランプ側にアドバンテージがあった(民主党にスーパースターが生まれていたら話は別だっただろうが)。
ハリスがバイデンの支持率を上回った時期はある。しかしそれも、彼女自身のパフォーマンスの結果ではなく、単に彼女が現職の大統領ではないという事実に由来するものではなかったか。
かつての反乱者トランプが復活に成功したのも、彼の特別な資質というより、彼に強力な追い風を与えた外的状況のおかげだ。人間が情報を処理する際の非合理的な習性も彼に味方した。統計的に見ればインフレ率は落ち着いてきた。
賃金の上昇率はインフレ率を上回り、アメリカ経済は堅調だ。しかし、とある識者は指摘している。「自分の給料が上がるのは自らの努力と才能の結果だが、物価が上がるのは政府のせい。そう思うのが人間の心理だ」
トランプ集会に現れたイーロン・マスク(10月5日) JUSTIN MERRIMANーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
こうして考えを巡らせると、ハリスの運命は彼女が現職のバイデンから距離を置き損ねたときに決定づけられたように思える。ABCテレビの情報番組『ザ・ビュー』に招かれたときは彼女が自分をバイデンと差別化する絶好の機会だったが、現職副大統領の彼女にはそれができなかった。
過去4年間でバイデンと違うことができたとすれば何かと問われ、「何一つ思い当たらない」と答えてしまったのだ。もっと現政権の路線から離れた人物を立てていれば、民主党にも勝機はあったと思える。
④主流メディアの影響力が低下
今のアメリカで主流のメディアは先を読めず、庶民の感覚からもずれている。読者・視聴者を飽きさせないという短期の目標に縛られているせいで、大局的な状況を見極めるのが困難になっている。
プエルトリコを侮辱するコメディアンの発言が選挙の流れを変えるような報道がなされたが、そんなことはなかったし、そんなことになるはずもなかった。選挙の力学は時間をかけて、経済のファンダメンタルズを反映して動くもので、目まぐるしいニュースのサイクルに左右されるものではない。
しかし主流メディアは、そういう基本的な経済指標にめったに目を向けない。「インフレはどの程度ひどかったか? 良くなったと思うか? トランプとハリスのどちらがインフレ対策に優れているか? どちらのほうがあなたの暮らしに役立つか?」。そういう問題こそが、今回の選挙では語られるべきだった。
個々の暴言や放言の影響を詮索するよりも、これらの質問に対する答えをしっかり見ているほうが選挙戦の流れを的確に読み取れる。そもそも、お騒がせコメディアン兼コメンテーターのジョー・ローガンが主宰するポッドキャストや起業家イーロン・マスクのX(旧ツイッター)への投稿に触れる人たちは、ニューヨーク・タイムズの購読者の30〜40倍もいる。
民主党は既存の権威あるメディアの尊敬を勝ち取り、お墨付きを得ており、トランプや共和党員ほど否定的に報道されないという点で、共和党よりも優位だ。だが主流メディアの影響力の範囲が縮小しているため、この優位性は低下している。
いくら地上波テレビのトーク番組で有名コメディアンがトランプを痛烈に風刺しても、今は口コミで広がった右派のポッドキャストを見たり聴いたりする人のほうが多い。何千人ものスタッフを擁するCNNのような組織より、一個人にすぎないジョー・ローガンの発信力のほうが何倍も強い。そんな時代だ。
⑤投票行動は変わりやすい
私たちは選挙結果を過剰に解釈し、一般化しがちだ。今のところ、マスメディアの論評は民主党の「惨敗」に集中している。既にハリスは、4年前に国家への反逆に手を貸した犯罪者相手の選挙でしくじった敗者として歴史のごみ箱に捨てられている。しかし忘れるなかれ。彼女には最後まで、50%の確率でアメリカ史上初の女性大統領になる可能性があったのだ。
若者に人気のジュビリー・メディアがYouTubeで、「投票先未定」の有権者25人と現役運輸長官のピート・ブティジェッジを招いて1時間にわたるディベート番組を流したことがある。あのときハリスの代役として立ったブティジェッジ(まだ42歳で同性愛者だ)はたった1時間で25人中数人の心を動かし、ハリス支持に回らせることに成功した。
トランプが選挙人争奪戦で8年前の圧勝を再現し、一般投票でもついに勝利を手にしたのは事実。だが態度を決めていない25人の有権者中たった1人でも心変わりしていれば、今頃ハリスは最高に聡明な政治家と呼ばれ、トランプは最低の負け犬となり、(今までに起訴された案件の全てで有罪になれば)余生を刑務所で過ごすことになっていたはずだ。
ところがそうはならず、私はこれからも「トランプ時代」の話を書き続けなければならない。そしてトランプは、この100年で最も力強い政治家になりかねない。アメリカのように細かく分断されてしまった国では、物事がどちらへ転ぶかは、マスメディアに背を向け政府にも政治にも無関心な有権者が考えを変え、雨の日に投票所へ足を運んでくれるかどうかに懸かっている。