佐々木和義
<欧州の戦線は、極東の軍事均衡に変化をもたらす可能性が──>
2023年9月に金正恩総書記がウラジオストクを訪問して以降、北朝鮮とロシアは急接近を始め、2024年6月には有事の際の相互支援をうたった「包括的戦略パートナーシップ条約」を交わした。これに基づき北朝鮮はウクライナとの戦いが長期化するロシアへ10月中旬に大規模な派兵を行ったという情報が報道された。
こうしたなか韓国国防部は11月5日に行った会見で、ロシア入りした約1万人の北朝鮮兵の相当数がウクライナとの前線に派遣されたとの見方を示した。また一部韓国メディアが、前線に投入された北朝鮮兵士のうち約40人が戦死したという報道については「確認できない」と説明。こうしたなか、韓国軍は翌6日にミサイル発射訓練を行った。
このミサイル発射訓練について韓国軍合同参謀本部は、北朝鮮のミサイルを想定した訓練で、地対地弾道ミサイル「玄武2C」と地対空ミサイル「天弓」を発射して仮想標的の撃墜に成功したという。
天弓は敵の弾道ミサイルや航空機を迎撃する韓国型パトリオットミサイルで、玄武は北朝鮮全域の目標に打撃を与えることができるミサイルだ。玄武2Cは2022年10月の訓練で発射直後に落下し、火災が発生する事故があった後、改良が加えられたとみられている。
今回の訓練について参謀本部は、北朝鮮ミサイルに対する即時対応能力と態勢を示す訓練と説明したが、北朝鮮軍のロシア派兵と無関係とは言い切れない。北朝鮮軍のウクライナ紛争への参戦は韓国軍にとっても脅威といえるからだ。
70年間実戦を経験していない韓国と北朝鮮
韓国軍は1973年のベトナム戦争派兵から50年間、実戦を経験していない。93年の国連PKO(平和維持活動)参加以降、2004年から08年にはイラクに延べ1万9000人を派兵し、現在もレバノンや南スーダン、ソマリア海域に部隊を派遣しているが、イラクでの任務は工兵や医療支援で、レバノンも偵察と医療支援、南スーダンは農業支援など非戦闘任務が中心だ。ソマリアの任務も海賊の警戒や迎撃で、軍隊と対峙することはない。
対する北朝鮮も朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた1953年から70年間、実戦経験を有していないが、今回の派兵で実戦経験を得ることになる。
北朝鮮正規軍の推定規模は120万で韓国軍は50万。北朝鮮軍の主力装備は旧ソ連製や旧ソ連が設計した旧式のものだが、韓国軍は最新に近い。兵員差を装備の世代差で補う期待があるが、北朝鮮軍はロシアの最新兵器を実戦で体験し、さらにはドローン活用など現代戦を目の当たりにすることになる。
また、ロシアのプーチン大統領が参戦の見返りとして最新武器や技術を供与する可能性も捨てきれない。韓国軍の装備は旧ソ連製より優勢とされるがロシアの最新兵器には敵わないだろう。
ロシア軍に置き去りにされる兵士も......
ウクライナ国防情報局(DIU)が11月4日に公表した資料で「北朝鮮軍はロシア航空宇宙軍所属の軍用輸送機28機で前線に送り込まれた」「ロシア軍は北朝鮮軍兵士に60ミリ迫撃砲、軍用小銃AK12、軽機関銃RPKとPKM、狙撃銃SVDとSVF、ATGMフェニックス、携帯型対戦車榴弾発射器RPG7や暗視装置、熱画像カメラ、分光照準器、望遠鏡などを配布」「ロシア極東の5カ所の訓練施設で訓練を受けた」と述べている。
ロシアに送り込まれた北朝鮮軍の第一陣はブリヤートなどで訓練を受けた後、ウクライナ軍が一部を占領しているクルクスをはじめとした前線に投入されたという。ブリヤートはモンゴル系が多数居住するロシア連邦の共和国でブリヤート人と朝鮮人は顔立ちが似ており、識別が難しいと考えたようだ。
ウクライナ高官は、少なくとも7000人以上の北朝鮮兵が10月末までに国境地帯に送り込まれ、一部はウクライナ軍と交戦、相当数が死亡したと伝えている。
またロシア軍と北朝鮮軍の意思疎通ができていない実態も明らかになっている。ウクライナ軍が公開した映像にロシア軍の装甲車が歩兵を残して離脱する場面が映し出された。ロシアのBTR82装甲車3両がクルクスの樹林帯を攻撃した際、ロシア軍兵士が北朝鮮軍とみられる歩兵を残して撤収した映像と分析された。ロシア兵が北朝鮮兵に下車を指示したが、北朝鮮軍は大半が歩兵で、車両や装甲車を基本とするロシア軍の戦術がわからず右往左往し、そのまま置き去りにされたとみられている。
弾よけの兵士を送り、毎月2千万ドルを懐にする金正恩
北朝鮮軍の派兵が伝えられた当初、精鋭部隊が派遣されるという憶測が広がったが、精鋭部隊は少数で、実際の派遣は大半が10代から20代の一般兵だと判明した。経験が少ない兵士らはロシアに行けば十分な食事を摂れると期待したが、極寒のなか食事が支給されない日が続いているという。
対するウクライナは捕虜収容所には温かい部屋と十分な食事があると伝える朝鮮語動画を作成するなど投降を誘引。十数人規模の北朝鮮兵士が脱走したいう未確認情報もある。
国民の海外渡航を制限して国外逃亡を厳しく罰する北朝鮮が、1万人を超える一般兵を海外に派遣したことになる。表向きはロシアと北朝鮮が締結した「包括的戦略パートナーシップ条約」に伴う派兵だが、韓国国家情報院によると、金正恩は派兵1人につき月2千ドル受け取るという。
自国民兵士を「弾よけ」として売り渡したといえるのだ。
一方の韓国だが、国防部長官は国会の国防委員会でウクライナに戦況分析団を派遣するが、あくまで非武装で派兵は行わない考えを示した。尹錫悦大統領も北朝鮮軍の関与度合いに応じてウクライナに兵器を支援する可能性を排除しないが、まずは防衛用兵器からという。尹大統領は「今回の派兵でロシアから北に対し、韓国の安全保障に致命的な脅威になり得る軍事技術の移転があり得ることに加え、時間が経つにつれ北の特殊部隊が現代戦に対する経験を積むことになれば、韓国の安保に致命的な問題になりうる」と強調した。
ウクライナに対する戦争に参加する北朝鮮兵がロシアの最新兵器を使い、それをウクライナ兵が韓国の最新兵器に手に防御できるかどうか。北朝鮮の派兵は、実はロシアと韓国の最新兵器が使用される第2次朝鮮戦争の前哨戦となるかもしれない。
<欧州の戦線は、極東の軍事均衡に変化をもたらす可能性が──>
2023年9月に金正恩総書記がウラジオストクを訪問して以降、北朝鮮とロシアは急接近を始め、2024年6月には有事の際の相互支援をうたった「包括的戦略パートナーシップ条約」を交わした。これに基づき北朝鮮はウクライナとの戦いが長期化するロシアへ10月中旬に大規模な派兵を行ったという情報が報道された。
こうしたなか韓国国防部は11月5日に行った会見で、ロシア入りした約1万人の北朝鮮兵の相当数がウクライナとの前線に派遣されたとの見方を示した。また一部韓国メディアが、前線に投入された北朝鮮兵士のうち約40人が戦死したという報道については「確認できない」と説明。こうしたなか、韓国軍は翌6日にミサイル発射訓練を行った。
このミサイル発射訓練について韓国軍合同参謀本部は、北朝鮮のミサイルを想定した訓練で、地対地弾道ミサイル「玄武2C」と地対空ミサイル「天弓」を発射して仮想標的の撃墜に成功したという。
天弓は敵の弾道ミサイルや航空機を迎撃する韓国型パトリオットミサイルで、玄武は北朝鮮全域の目標に打撃を与えることができるミサイルだ。玄武2Cは2022年10月の訓練で発射直後に落下し、火災が発生する事故があった後、改良が加えられたとみられている。
今回の訓練について参謀本部は、北朝鮮ミサイルに対する即時対応能力と態勢を示す訓練と説明したが、北朝鮮軍のロシア派兵と無関係とは言い切れない。北朝鮮軍のウクライナ紛争への参戦は韓国軍にとっても脅威といえるからだ。
70年間実戦を経験していない韓国と北朝鮮
韓国軍は1973年のベトナム戦争派兵から50年間、実戦を経験していない。93年の国連PKO(平和維持活動)参加以降、2004年から08年にはイラクに延べ1万9000人を派兵し、現在もレバノンや南スーダン、ソマリア海域に部隊を派遣しているが、イラクでの任務は工兵や医療支援で、レバノンも偵察と医療支援、南スーダンは農業支援など非戦闘任務が中心だ。ソマリアの任務も海賊の警戒や迎撃で、軍隊と対峙することはない。
対する北朝鮮も朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた1953年から70年間、実戦経験を有していないが、今回の派兵で実戦経験を得ることになる。
北朝鮮正規軍の推定規模は120万で韓国軍は50万。北朝鮮軍の主力装備は旧ソ連製や旧ソ連が設計した旧式のものだが、韓国軍は最新に近い。兵員差を装備の世代差で補う期待があるが、北朝鮮軍はロシアの最新兵器を実戦で体験し、さらにはドローン活用など現代戦を目の当たりにすることになる。
また、ロシアのプーチン大統領が参戦の見返りとして最新武器や技術を供与する可能性も捨てきれない。韓国軍の装備は旧ソ連製より優勢とされるがロシアの最新兵器には敵わないだろう。
ロシア軍に置き去りにされる兵士も......
ウクライナ国防情報局(DIU)が11月4日に公表した資料で「北朝鮮軍はロシア航空宇宙軍所属の軍用輸送機28機で前線に送り込まれた」「ロシア軍は北朝鮮軍兵士に60ミリ迫撃砲、軍用小銃AK12、軽機関銃RPKとPKM、狙撃銃SVDとSVF、ATGMフェニックス、携帯型対戦車榴弾発射器RPG7や暗視装置、熱画像カメラ、分光照準器、望遠鏡などを配布」「ロシア極東の5カ所の訓練施設で訓練を受けた」と述べている。
ロシアに送り込まれた北朝鮮軍の第一陣はブリヤートなどで訓練を受けた後、ウクライナ軍が一部を占領しているクルクスをはじめとした前線に投入されたという。ブリヤートはモンゴル系が多数居住するロシア連邦の共和国でブリヤート人と朝鮮人は顔立ちが似ており、識別が難しいと考えたようだ。
ウクライナ高官は、少なくとも7000人以上の北朝鮮兵が10月末までに国境地帯に送り込まれ、一部はウクライナ軍と交戦、相当数が死亡したと伝えている。
またロシア軍と北朝鮮軍の意思疎通ができていない実態も明らかになっている。ウクライナ軍が公開した映像にロシア軍の装甲車が歩兵を残して離脱する場面が映し出された。ロシアのBTR82装甲車3両がクルクスの樹林帯を攻撃した際、ロシア軍兵士が北朝鮮軍とみられる歩兵を残して撤収した映像と分析された。ロシア兵が北朝鮮兵に下車を指示したが、北朝鮮軍は大半が歩兵で、車両や装甲車を基本とするロシア軍の戦術がわからず右往左往し、そのまま置き去りにされたとみられている。
弾よけの兵士を送り、毎月2千万ドルを懐にする金正恩
北朝鮮軍の派兵が伝えられた当初、精鋭部隊が派遣されるという憶測が広がったが、精鋭部隊は少数で、実際の派遣は大半が10代から20代の一般兵だと判明した。経験が少ない兵士らはロシアに行けば十分な食事を摂れると期待したが、極寒のなか食事が支給されない日が続いているという。
対するウクライナは捕虜収容所には温かい部屋と十分な食事があると伝える朝鮮語動画を作成するなど投降を誘引。十数人規模の北朝鮮兵士が脱走したいう未確認情報もある。
国民の海外渡航を制限して国外逃亡を厳しく罰する北朝鮮が、1万人を超える一般兵を海外に派遣したことになる。表向きはロシアと北朝鮮が締結した「包括的戦略パートナーシップ条約」に伴う派兵だが、韓国国家情報院によると、金正恩は派兵1人につき月2千ドル受け取るという。
自国民兵士を「弾よけ」として売り渡したといえるのだ。
一方の韓国だが、国防部長官は国会の国防委員会でウクライナに戦況分析団を派遣するが、あくまで非武装で派兵は行わない考えを示した。尹錫悦大統領も北朝鮮軍の関与度合いに応じてウクライナに兵器を支援する可能性を排除しないが、まずは防衛用兵器からという。尹大統領は「今回の派兵でロシアから北に対し、韓国の安全保障に致命的な脅威になり得る軍事技術の移転があり得ることに加え、時間が経つにつれ北の特殊部隊が現代戦に対する経験を積むことになれば、韓国の安保に致命的な問題になりうる」と強調した。
ウクライナに対する戦争に参加する北朝鮮兵がロシアの最新兵器を使い、それをウクライナ兵が韓国の最新兵器に手に防御できるかどうか。北朝鮮の派兵は、実はロシアと韓国の最新兵器が使用される第2次朝鮮戦争の前哨戦となるかもしれない。