北島 純
<国民民主との連携、政治とカネ、トランプ......窮地の首相の次の一手は?>
第2次石破茂政権が発足した。総選挙での敗北を受けた少数与党政権だ。保守系無所属議員ら6人を自民会派に招き入れたが、それでも自公政権が衆議院で持つ議席数は221。過半数に12議席足りない。石破首相はいかにすれば少数与党政権を維持できるだろうか。今後、3つの局面が問題となるだろう。
まずは当面の国会運営が焦点になる。11月28日に召集が予定されている臨時国会では、補正予算の成立と税制改正、新年度予算案の編成、政治資金規正法の再改正などが議論される。「年収103万円の壁」の見直しなどを求める国民民主党との協議で、自公政権が国民民主党側の主張を丸のみすればするほど予算案否決のリスクは低下する。
しかし所得税基礎控除額の引き上げ、消費減税、ガソリン暫定税率の廃止といった国民民主党側の減税要求は税収減への深刻な懸念をもたらす。自民党内部で「インナー」と呼ばれる党税制調査会の非公式幹部会合で調整し、財務省にのませる従来型の妥結プロセスが、新しい政策決定メカニズムである自公国「部分連合」の協議会で同じように円滑に機能する保証はない。石破首相の党内基盤は脆弱で、予算委員会の委員長ポストは立憲民主党が握っている。
今後の日本政治について、多党並存下で国会審議が熟議化すると楽観視する向きもあるが、カオスが待っているだけの可能性もある。党内外で石破政権弱体化を望む勢力にあらがいつつ少数与党政権を存続させることは容易ではない。むしろ存続させようとすればするほど部分連合を組む国民民主党への依存は高まる。
連立政権維持の難しさ
しかし、野党は野党だ。自公政権への全面協力は支持離れにつながる。協議が煮詰まる局面で国民民主党が部分連合から手を引く事態になれば、その離脱は政権崩壊の引き金になり得る。1994年の細川護熙首相退陣後、非自民連立政権から社会党が離脱して発足した羽田孜内閣は当初から少数与党政権だったが、細川退陣の混乱で成立が遅れていた予算案を成立させるや否や、野党だった自民党が内閣不信任案を提出し、総辞職に追い込まれた。64日間の短命政権だった。
部分連合の代わりに、拘束力を強めるべく自公国連立政権の樹立に踏み切る策もある。しかし、連立政権を維持するのは成立させるよりも難しい。少数与党ではないが鳩山由紀夫・民主党政権が2010年に退陣に追い込まれた要因の1つは、米軍普天間基地の辺野古移設に異を唱えた福島瑞穂消費者相が罷免され、連立政権から社民党が離脱したことで鳩山首相の心が折れたことだった。
有権者の怒りの本質は?
ドイツでは社会民主党(SPD)のオーラフ・ショルツ首相が財政政策の対立から、連立を組む自由民主党(FDP)のクリスチャン・リントナー財務相を罷免し連立政権が崩壊。少数与党としての信任投票・議会解散を経て、来年2月に総選挙をせざるを得ない状況に追い込まれている。
小党を取り込んだ連立政権の樹立は政権基盤を強固にする半面、小党の離脱が政権自体の瓦解を招く契機ともなり得る。つまり小党が連立政権の生殺与奪の権を握ることがあるのだ。石破首相は部分連合や連立政権に内包される、そうしたジレンマに向き合う綱渡りの国会運営を余儀なくされる。
次の問題は政治改革だ。総選挙敗北の主因が「政治とカネ」問題であったことから、石破政権は旧文通費(調査研究広報滞在費)の使途公開と残金返還、政策活動費の廃止、第三者機関の設置、個人献金を促進する税制優遇措置の拡充などを柱とする政治資金規正法の年内再改正を目指している。なぜ総選挙前の通常国会で実現させなかったのか、という落選議員の恨み節が聞こえてきそうだが、「覆水盆に返らず」で、政務活動費の廃止や企業団体献金の禁止は相当程度に野党側の主張が取り入れられるだろう。
しかし、改革の方向性は間違ってはいないが不十分だ。旧文通費は「定額の渡し切り」を前提とするから残金返還の問題が発生するのであり、民間企業と同じような「経費の実費精算制度」を導入すればよいだけだ。第三者機関を立法府に置くか行政府に置くかが議論となっているが、組織を新設するのではなく、既にある会計検査院を有効活用する手もある。石破政権が年内の再改正を急ぐあまり議論を深めず、国民の怒りの根源が「国会議員の特権性」に対する反感にあることを等閑視すると、元のもくあみになる可能性が高い。
派閥パーティー券問題が国民の強い批判を浴びたのは、収支報告書への不記載そのものの問題というよりも、議員が還流を受けたり手元に留保したりしたパーティー券売上分について税務申告せず、脱税していたに等しいと受け止められたからだ。その不平等性、金銭感覚の弛緩が物価上昇と生活苦にあえぐ国民の怒りを招いた。
党本部が非公認候補者の政党支部に公認候補者と同額の2000万円を支給した「2000万円問題」に対する有権者の怒りの本質も、そこにある。そうした怒りに石破首相はどう向き合うのか。
トランプという鬼門
最後に対米関係が鬼門となる可能性がある。米大統領選と上院下院選に勝利して盤石の政権基盤を手に入れたドナルド・トランプ前大統領は今後、在日米軍駐留経費の負担増や米国製兵器購入の追加要求を突き付けてくるだろう。
石破首相は自民党総裁に選出される直前、米ハドソン研究所に「日米安保条約と地位協定を改定しグアムに自衛隊基地・拠点をつくる。中国を抑止するためにはアジア版NATO創設が不可欠であり、アジア版NATOでは米核兵器の共有や地域への核兵器導入を具体的に検討する必要がある」とした論文を寄稿している。
議員としての提言であり首相としての外交防衛政策とは異なると抗弁しても、1期目に欧州NATOからの脱退をちらつかせたトランプにしてみれば、ディールの材料として石破政権に負担増を突き付ける格好の題材になるだろう。
石破首相がいま直面しているのは、こうした3つの局面にどう向き合うかという難題だ。仮に政権のリソースを同時に3局面の対応に分散させることになれば、石破政権は間違いなく混乱のうちに短命で終わるだろう。少数与党政権を維持していくのであれば、政策資源配分のバランスを保ちつつ、取り組むべき課題を厳選し、臨機応変に「君子豹変」しつつ独り善がりになることなく、衆知を集めていくほかない。
<国民民主との連携、政治とカネ、トランプ......窮地の首相の次の一手は?>
第2次石破茂政権が発足した。総選挙での敗北を受けた少数与党政権だ。保守系無所属議員ら6人を自民会派に招き入れたが、それでも自公政権が衆議院で持つ議席数は221。過半数に12議席足りない。石破首相はいかにすれば少数与党政権を維持できるだろうか。今後、3つの局面が問題となるだろう。
まずは当面の国会運営が焦点になる。11月28日に召集が予定されている臨時国会では、補正予算の成立と税制改正、新年度予算案の編成、政治資金規正法の再改正などが議論される。「年収103万円の壁」の見直しなどを求める国民民主党との協議で、自公政権が国民民主党側の主張を丸のみすればするほど予算案否決のリスクは低下する。
しかし所得税基礎控除額の引き上げ、消費減税、ガソリン暫定税率の廃止といった国民民主党側の減税要求は税収減への深刻な懸念をもたらす。自民党内部で「インナー」と呼ばれる党税制調査会の非公式幹部会合で調整し、財務省にのませる従来型の妥結プロセスが、新しい政策決定メカニズムである自公国「部分連合」の協議会で同じように円滑に機能する保証はない。石破首相の党内基盤は脆弱で、予算委員会の委員長ポストは立憲民主党が握っている。
今後の日本政治について、多党並存下で国会審議が熟議化すると楽観視する向きもあるが、カオスが待っているだけの可能性もある。党内外で石破政権弱体化を望む勢力にあらがいつつ少数与党政権を存続させることは容易ではない。むしろ存続させようとすればするほど部分連合を組む国民民主党への依存は高まる。
連立政権維持の難しさ
しかし、野党は野党だ。自公政権への全面協力は支持離れにつながる。協議が煮詰まる局面で国民民主党が部分連合から手を引く事態になれば、その離脱は政権崩壊の引き金になり得る。1994年の細川護熙首相退陣後、非自民連立政権から社会党が離脱して発足した羽田孜内閣は当初から少数与党政権だったが、細川退陣の混乱で成立が遅れていた予算案を成立させるや否や、野党だった自民党が内閣不信任案を提出し、総辞職に追い込まれた。64日間の短命政権だった。
部分連合の代わりに、拘束力を強めるべく自公国連立政権の樹立に踏み切る策もある。しかし、連立政権を維持するのは成立させるよりも難しい。少数与党ではないが鳩山由紀夫・民主党政権が2010年に退陣に追い込まれた要因の1つは、米軍普天間基地の辺野古移設に異を唱えた福島瑞穂消費者相が罷免され、連立政権から社民党が離脱したことで鳩山首相の心が折れたことだった。
有権者の怒りの本質は?
ドイツでは社会民主党(SPD)のオーラフ・ショルツ首相が財政政策の対立から、連立を組む自由民主党(FDP)のクリスチャン・リントナー財務相を罷免し連立政権が崩壊。少数与党としての信任投票・議会解散を経て、来年2月に総選挙をせざるを得ない状況に追い込まれている。
小党を取り込んだ連立政権の樹立は政権基盤を強固にする半面、小党の離脱が政権自体の瓦解を招く契機ともなり得る。つまり小党が連立政権の生殺与奪の権を握ることがあるのだ。石破首相は部分連合や連立政権に内包される、そうしたジレンマに向き合う綱渡りの国会運営を余儀なくされる。
次の問題は政治改革だ。総選挙敗北の主因が「政治とカネ」問題であったことから、石破政権は旧文通費(調査研究広報滞在費)の使途公開と残金返還、政策活動費の廃止、第三者機関の設置、個人献金を促進する税制優遇措置の拡充などを柱とする政治資金規正法の年内再改正を目指している。なぜ総選挙前の通常国会で実現させなかったのか、という落選議員の恨み節が聞こえてきそうだが、「覆水盆に返らず」で、政務活動費の廃止や企業団体献金の禁止は相当程度に野党側の主張が取り入れられるだろう。
しかし、改革の方向性は間違ってはいないが不十分だ。旧文通費は「定額の渡し切り」を前提とするから残金返還の問題が発生するのであり、民間企業と同じような「経費の実費精算制度」を導入すればよいだけだ。第三者機関を立法府に置くか行政府に置くかが議論となっているが、組織を新設するのではなく、既にある会計検査院を有効活用する手もある。石破政権が年内の再改正を急ぐあまり議論を深めず、国民の怒りの根源が「国会議員の特権性」に対する反感にあることを等閑視すると、元のもくあみになる可能性が高い。
派閥パーティー券問題が国民の強い批判を浴びたのは、収支報告書への不記載そのものの問題というよりも、議員が還流を受けたり手元に留保したりしたパーティー券売上分について税務申告せず、脱税していたに等しいと受け止められたからだ。その不平等性、金銭感覚の弛緩が物価上昇と生活苦にあえぐ国民の怒りを招いた。
党本部が非公認候補者の政党支部に公認候補者と同額の2000万円を支給した「2000万円問題」に対する有権者の怒りの本質も、そこにある。そうした怒りに石破首相はどう向き合うのか。
トランプという鬼門
最後に対米関係が鬼門となる可能性がある。米大統領選と上院下院選に勝利して盤石の政権基盤を手に入れたドナルド・トランプ前大統領は今後、在日米軍駐留経費の負担増や米国製兵器購入の追加要求を突き付けてくるだろう。
石破首相は自民党総裁に選出される直前、米ハドソン研究所に「日米安保条約と地位協定を改定しグアムに自衛隊基地・拠点をつくる。中国を抑止するためにはアジア版NATO創設が不可欠であり、アジア版NATOでは米核兵器の共有や地域への核兵器導入を具体的に検討する必要がある」とした論文を寄稿している。
議員としての提言であり首相としての外交防衛政策とは異なると抗弁しても、1期目に欧州NATOからの脱退をちらつかせたトランプにしてみれば、ディールの材料として石破政権に負担増を突き付ける格好の題材になるだろう。
石破首相がいま直面しているのは、こうした3つの局面にどう向き合うかという難題だ。仮に政権のリソースを同時に3局面の対応に分散させることになれば、石破政権は間違いなく混乱のうちに短命で終わるだろう。少数与党政権を維持していくのであれば、政策資源配分のバランスを保ちつつ、取り組むべき課題を厳選し、臨機応変に「君子豹変」しつつ独り善がりになることなく、衆知を集めていくほかない。