冷泉彰彦
<食品についても徹底した思想を持ち、ファストフードは「毒」という発言もしていたが......>
ドナルド・トランプ次期大統領は、プロレスのイベントに参加するために11月16日にプライベート・ジェットでニューヨークに出張しました。その際には、次期政権で新設される「政府効率化省(DOGE)」の責任者に指名されたイーロン・マスク氏、長男のドン・ジュニア氏、更に次期厚生長官に指名されているロバート・F・ケネディJr.(RFKジュニア)氏が同行していました。
この4人については、機内で一緒にマクドナルドのハンバーガーなどで食事をしている写真が公開されています。どうしてマクドナルドなのかというと、これはトランプ派の選挙運動において、庶民のカルチャーの記号として政治的な意味を持っていたからです。
元々、トランプ氏はマクドナルドやKFCなど、アメリカでは「ジャンクフード」などと揶揄されることもあるファストフードが「大好きだ」と公言していました。ところが、今回の選挙戦では民主党のカマラ・ハリス候補が「若い時にマクドナルドでバイトをしたことがある」と庶民性をアピールしたので、お株を奪われた格好となりました。
怒ったトランプ氏は、ハリス氏のバイト経験を「フェイクだ」と一方的に否定したばかりか、すぐに手配をして、激戦州のペンシルベニアのマクドナルドで、自分が実際に働く様子を取材させたのです。直後は、余りにも見え透いたパフォーマンスという見方が多かったのですが、結果的にこれは有権者の心理に刺さったのでした。「そこまでやるか」「さすが仕事が早い」「やっぱり庶民の味方だ」というような感覚です。
機上での奇妙な写真
以降、トランプ氏は「マクドナルド好き」のイメージを、自分が「庶民派」であることの象徴として、改めて意識しているのだと思います。今回の機上での4人の写真も、その一環です。
この中で、少し奇妙なのはRFKジュニア氏です。この人は、元々が環境活動家で、それもかなり徹底した思想を軸に、世界を駆け回って活動を続けてきた人です。今回は、トランプ本人よりもむしろトランプ派に根強い「ワクチン陰謀論」について、そもそもの発信をしてきた存在として、陣営に迎えられた経緯があります。その際に、RFKジュニア氏は持論である「化石燃料依存への反対」は封印し、トランプ流の環境政策には口を出さないという条件で陣営入りしたと言われています。
それはともかく、RFKジュニア氏は食の安全についても、徹底した思想を持っているようです。基本的には大企業による食品加工を否定、自分も一切の加工食品は口にしないというのがライフスタイルになっています。過去の言動の中には、ファストフードは「毒である」という発言もしていました。
そのRFKジュニア氏が、マクドナルドの商品を前にポーズを決めているというのは、何とも違和感のある写真と言えます。実際に、今回の撮影の前には、トランプ本人から「極端な食生活」をディスられていたそうです。それはともかく、さすがのトランプも、嫌がるRFKジュニア氏に「マックのバーガー」を無理に食べさせることはしなかったでしょう。
ですが、少なくともRFKジュニア氏にとっては、「マックのハンバーガー」の前で笑って写真に収まるというのは、不本意であったに違いありません。では、これは同氏が環境運動家や、自然食品運動家の自分を「かなぐり捨てて」トランプの権力に屈服したシーンなのかというと、それは違うと思います。
厚生長官の権限はそれなりに広く、国民の健康維持という目的のために、様々な活動が可能です。例えば、RFKジュニア氏というのは、環境や食品問題だけでなく、以下のような主張で知られています。
「水道へのフッソ添加は人体に有毒なので即時廃止すべき」
「あらゆる予防接種は強制でなく、接種するかは個人の自由とすべき」
「自閉症の原因となるので食品添加物の規制を強化すべき」
「人命を左右する効能のある薬剤には知的所有権を認めず、成果を人類で共有すべき」
この人は、人生をかけて本気でこうした立場が正しいと信じて、活動してきた人物です。その一方で、今回のトランプ政権入りにおいては、主張の多くを曲げることになるとはいえ、そこで手にした権力を使って、「この人なりの理想」の実現に突っ走る可能性は十分にあります。
政権内の抗争の火種に?
選挙というのは、票を足し算すれば勝てるので、彼の支持はトランプを利したと言えるでしょう。ですが、実際に政権入りした場合に、RFKジュニア氏がどのように政権にとってプラスの効果を生み出すかは全く分かりません。
共和党支持者の中で、ワクチン陰謀論も多いのですが、コロナ感染対策の「強制」については絶対反対の立場が圧倒的です。そのため、接種の自由化、例えば就学時に三種混合ワクチン接種の接種歴を「問わない」などの政策は歓迎されるかもしれません。それが麻疹の大流行などにつながれば大変ですが、そうした弊害が出る頃には、トランプは過去の人になって逃げ切っているかもしれないのです。
一方で、薬品メーカーの利潤追求を否定するようなスタンスは、共和党が歴史的に支援してきた薬品産業の利害を真っ向から否定するもので、政権内の抗争の火種になりそうです。加工食品や食品添加物への規制に乗り出せば、同じく共和党内の規制改革派との対立が避けられません。
同じように、マスク氏の政権参加も、そもそもEV製造メーカーのボスが、温暖化理論を否定する政権に入るのですから、こちらも矛盾だらけです。マスク氏の狙うDXによる政府の大リストラは、民主党の票田である官公労と激しい対立を生むでしょう。いずれにしても、マクドナルドのハンバーガーを並べてパチリとやった、4人の写真は極端で矛盾に満ちた政策実行の序曲として、歴史に残るかもしれません。
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ドナルド・トランプ次期大統領は、プロレスのイベントに参加するために11月16日にプライベート・ジェットでニューヨークに出張しました。その際には、次期政権で新設される「政府効率化省(DOGE)」の責任者に指名されたイーロン・マスク氏、長男のドン・ジュニア氏、更に次期厚生長官に指名されているロバート・F・ケネディJr.(RFKジュニア)氏が同行していました。
この4人については、機内で一緒にマクドナルドのハンバーガーなどで食事をしている写真が公開されています。どうしてマクドナルドなのかというと、これはトランプ派の選挙運動において、庶民のカルチャーの記号として政治的な意味を持っていたからです。
元々、トランプ氏はマクドナルドやKFCなど、アメリカでは「ジャンクフード」などと揶揄されることもあるファストフードが「大好きだ」と公言していました。ところが、今回の選挙戦では民主党のカマラ・ハリス候補が「若い時にマクドナルドでバイトをしたことがある」と庶民性をアピールしたので、お株を奪われた格好となりました。
怒ったトランプ氏は、ハリス氏のバイト経験を「フェイクだ」と一方的に否定したばかりか、すぐに手配をして、激戦州のペンシルベニアのマクドナルドで、自分が実際に働く様子を取材させたのです。直後は、余りにも見え透いたパフォーマンスという見方が多かったのですが、結果的にこれは有権者の心理に刺さったのでした。「そこまでやるか」「さすが仕事が早い」「やっぱり庶民の味方だ」というような感覚です。
機上での奇妙な写真
以降、トランプ氏は「マクドナルド好き」のイメージを、自分が「庶民派」であることの象徴として、改めて意識しているのだと思います。今回の機上での4人の写真も、その一環です。
この中で、少し奇妙なのはRFKジュニア氏です。この人は、元々が環境活動家で、それもかなり徹底した思想を軸に、世界を駆け回って活動を続けてきた人です。今回は、トランプ本人よりもむしろトランプ派に根強い「ワクチン陰謀論」について、そもそもの発信をしてきた存在として、陣営に迎えられた経緯があります。その際に、RFKジュニア氏は持論である「化石燃料依存への反対」は封印し、トランプ流の環境政策には口を出さないという条件で陣営入りしたと言われています。
それはともかく、RFKジュニア氏は食の安全についても、徹底した思想を持っているようです。基本的には大企業による食品加工を否定、自分も一切の加工食品は口にしないというのがライフスタイルになっています。過去の言動の中には、ファストフードは「毒である」という発言もしていました。
そのRFKジュニア氏が、マクドナルドの商品を前にポーズを決めているというのは、何とも違和感のある写真と言えます。実際に、今回の撮影の前には、トランプ本人から「極端な食生活」をディスられていたそうです。それはともかく、さすがのトランプも、嫌がるRFKジュニア氏に「マックのバーガー」を無理に食べさせることはしなかったでしょう。
ですが、少なくともRFKジュニア氏にとっては、「マックのハンバーガー」の前で笑って写真に収まるというのは、不本意であったに違いありません。では、これは同氏が環境運動家や、自然食品運動家の自分を「かなぐり捨てて」トランプの権力に屈服したシーンなのかというと、それは違うと思います。
厚生長官の権限はそれなりに広く、国民の健康維持という目的のために、様々な活動が可能です。例えば、RFKジュニア氏というのは、環境や食品問題だけでなく、以下のような主張で知られています。
「水道へのフッソ添加は人体に有毒なので即時廃止すべき」
「あらゆる予防接種は強制でなく、接種するかは個人の自由とすべき」
「自閉症の原因となるので食品添加物の規制を強化すべき」
「人命を左右する効能のある薬剤には知的所有権を認めず、成果を人類で共有すべき」
この人は、人生をかけて本気でこうした立場が正しいと信じて、活動してきた人物です。その一方で、今回のトランプ政権入りにおいては、主張の多くを曲げることになるとはいえ、そこで手にした権力を使って、「この人なりの理想」の実現に突っ走る可能性は十分にあります。
政権内の抗争の火種に?
選挙というのは、票を足し算すれば勝てるので、彼の支持はトランプを利したと言えるでしょう。ですが、実際に政権入りした場合に、RFKジュニア氏がどのように政権にとってプラスの効果を生み出すかは全く分かりません。
共和党支持者の中で、ワクチン陰謀論も多いのですが、コロナ感染対策の「強制」については絶対反対の立場が圧倒的です。そのため、接種の自由化、例えば就学時に三種混合ワクチン接種の接種歴を「問わない」などの政策は歓迎されるかもしれません。それが麻疹の大流行などにつながれば大変ですが、そうした弊害が出る頃には、トランプは過去の人になって逃げ切っているかもしれないのです。
一方で、薬品メーカーの利潤追求を否定するようなスタンスは、共和党が歴史的に支援してきた薬品産業の利害を真っ向から否定するもので、政権内の抗争の火種になりそうです。加工食品や食品添加物への規制に乗り出せば、同じく共和党内の規制改革派との対立が避けられません。
同じように、マスク氏の政権参加も、そもそもEV製造メーカーのボスが、温暖化理論を否定する政権に入るのですから、こちらも矛盾だらけです。マスク氏の狙うDXによる政府の大リストラは、民主党の票田である官公労と激しい対立を生むでしょう。いずれにしても、マクドナルドのハンバーガーを並べてパチリとやった、4人の写真は極端で矛盾に満ちた政策実行の序曲として、歴史に残るかもしれません。
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