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「後輩を誘い2人だけ残って稽古」はNG? 演劇界「ハラスメント勉強会」が突き付ける根源的な問い

ニューズウィーク日本版 2024年12月5日 16時0分

取材・文=柾木博行(本誌記者)
<映像の分野でNetflixなどが行っていることで知られるハラスメント対策の取り組みが、舞台の世界でも増えている>

ある日の夕暮れ、都内にある老舗劇団「劇団昴」の稽古場に20人以上の俳優、スタッフたちが集まった。中堅の女性俳優が立ち上がり挨拶した。

「私はハラスメントの被害者です。そしてハラスメントの加害者でもあると思います。ここにいる皆さんも、 性別・年齢関係なく、多かれ少なかれそうではないかと思います。私たちみんなでハラスメントについて理解を深めて、そのことを考え、実践していきたいと思っています──」

表現の現場ではハラスメントが横行している......

舞台関係のハラスメントというと、2023年宝塚歌劇団宙組で入団7年目の娘役が上級生のパワハラが原因で飛び降り自殺をしたことや、2022年に明るみになった香川照之のセクハラ事件などが思い浮かぶ。だが、そこまで大々的に報じられたものでなくても、舞台関係ではさまざまなハラスメントが起きてきた。また今も起きていると言われる。

6月下旬、アーティストなど表現活動に携わる関係者自らが業界のハラスメントの実態やジェンダーバランスについて調査する「表現の現場調査団」が、「ハラスメント量的調査白書2024」を発表した。

200ページを超える報告書では、「表現の現場では各種ハラスメントが横行しており、表現の現場以外で働く人と比較しても、ハラスメントの経験率が高い」「女性表現者の場合、最多年収が高くなると男性以上にセクシュアルハラスメントに遭いやすい」「セクシュアルハラスメントとSOGIハラスメント(*)の経験度が高くなる表現分野は、演劇・パフォーマンス・ダンス分野と映像・動画・映画分野」「指導的立場を経験したことがある表現者ほどハラスメント経験度は深刻である」ということが指摘されている。
*SOGI......Sexual Orientation & Gender Identityの略で、SOGIハラスメント(ソジハラ)は性的指向や性自認に関連した差別や嫌がらせを指す。

こうしたなか、ハラスメントについての講習を実施したり、ガイドラインを制定する劇団や劇場が増えてきている。冒頭でふれた劇団昴もそうした劇団の一つだ。

創立48年、スタッフも含めると120人以上が所属するこの老舗の大劇団で行われたハラスメント予防の勉強会には、全体の3分の1にあたる合計40名あまりが参加。多くの劇団員が参加できるよう、同じ内容で2日間開催された。

自身もフリーランスの舞台制作者として活動する古元道広が講師となり、途中休憩を2回はさみながら3時間半におよんだ勉強会は、ハラスメントの定義に始まり、実際に被害にあったときの対応方法や、演劇界で起きがちなハラスメントの事例について参加者の意見を聞きながら説明するなど、企業で行われる一般的な研修のような内容と、舞台業界に特有の内容をバランス良く織り交ぜた構成になっているのが特徴だ。また後半は、自由な創作のために互いのことを尊重し合うという「リスペクト」についての勉強も行われた。

強烈なハラスメントで役者を辞めようかと......

なぜ勉強会を実施しようと思ったのか、企画の提案者であり、「自身がハラスメントの被害者であり加害者でもある」という挨拶をした高山佳音里(こうやまかおり)に聞いた。

「私自身、最初の挨拶で言ったように、稽古で演出家から強烈なハラスメントにあって、役者を辞めようかなと思ったことがありました。その分、ハラスメントを受けてる人を見ているのも辛くて、そういう思いをさせたくないと。一方で、私の言い方がキツイと若手の子が感じることがあると周りから聞いたことがあるので、それもなんとかしたいと思って。それで他劇団の友人に相談したら、今回の講師の古元さんを紹介してもらいました。お会いして話してみたら、昔劇団に入った頃に受けた体験や私が人に言った言葉もハラスメントだったと気づき、これは絶対劇団で勉強会をやるべきだと思って、実施することにしました」

昴で舞台公演のプロデュース業務を担当する制作部門に長年在籍し、高山とともに今回の勉強会を開催した村上典子は、勉強会実施について次のように明かした。

「ハラスメントの勉強会をやりたいという気持ちはありましたけど、他劇団の制作部門の人たちが『制作部が窓口になってハラスメント委員会を作っても、逆にパワハラされると疑われないだろうか』と悩んでいましたし、うちでの実施は難しいかもと思ってました。でも今回催してみて、全部は理解できないですけどハラスメントってこういうことなんだ、と分かったのは良かったです」

実際に参加した者はどう受けとめたのか。劇団内で俳優のマネジメント担当者は参加した理由について次のように語る。

「自分は劇団員が外部の仕事をする際のマネージメント部と、養成所も担当しているんです。今すごくハラスメントって大きな問題です。その意味でもちろん参加しなきゃいけない立場なんですけど、個人的にも今どんなことがハラスメントに当たるのかなどすごく興味があって、参加しました」

また若手俳優の一人は、勉強会の内容を受けて自分なりにできることを考えたという。

「劇団にしても劇団じゃなくても、同じ年代の子同士で支え合うというか、大丈夫って声にかけに行くこととか、自分ももしやられたら、とりあえず1人で抱え込まないようにすることはできるのかなって、思いました」

何がハラスメントに当たるか、受け止め方に違いも

前述の「ハラスメント量的調査白書」では、表現の現場でハラスメントが横行していると指摘していたが、実際のところはどうなのか? 勉強会終了後に高山以外の参加者に聞いたところ、やはり多くの者がハラスメントを見聞きした経験があるということだった。

「15年くらい前に関西の別の劇団にいたんですが、その当時は人格否定されてどんどん追い詰めるような演出もありました」(前述:マネージメント担当)

「たくさんあります。いじめと一緒で、何か強く言われた記憶があると、自分がされたことを同じように他の人にする人もいましたし」(村上)

「知人が別のところで舞台に出たとき、アクションシーンが多くて、知人は未経験だったのに『アクションの手順を○○日迄に覚えられなかったら降ろす』みたいなことを言われたと相談されたことがありました」(前述:若手俳優)

一方で、高山を含めた参加者の多くが挙げていたのが、何がハラスメントに該当するのか判断が難しいという点だ。講師の古元は「(自分の行為がハラスメントだと)指摘されたときには反射的に否定をしないように」と話していたが、実際にハラスメントが問題化したときに裁定にあたる側はどう見極めるのか、難しいところだろう。

劇団昴で行われたハラスメント予防とリスペクトについての勉強会「安全・安心で自由な稽古場のために」 HISAKO KAWASAKI-NEWSWEEK JAPAN

ハラスメントにおける世代間ギャップ

ハラスメントについて受け取り方の違いが顕著に表れるのは世代ごとの差も影響するだろう。劇団昴には、20代の若手から80代の大ベテランまで、スタッフなども含めると120人以上が所属する。それぞれの価値観に違いがあり、受け取り方に違いが出るのも当然だ。

制作の村上は今の若い劇団員を見て、か弱い感じがすると言う。

「今の10代、20代の人はとても傷つきやすいなって思います。ある時の公演の稽古で、若い出演者が演出家のnote(*)に泣き出したり。自分を守る気持ちも強いのかも知れません。悔しさもあるのかも。もう少しタフでも良いかと思いますが。私たちから上の世代は、稽古の最中に泣くなんてとんでもないという世代なので驚きました。ただ、彼らのお父さんやお母さんよりも私の方が年上の場合が今は多く、親くらいの年上の人から怒られることは、彼らにとってどんな圧になるのかということは、最近よく考えます」
*いわゆる「ダメ出し」のこと。欧米の舞台芸術の世界では「note」と呼ばれ、日本でも近年はネガティブなイメージの「ダメ出し」と呼ばず「note」と呼ぶことが増えてきている。

何がハラスメントかは日々更新される

このように3時間もの勉強会を受けても、いや受けたからこそハラスメントについてのさまざまな疑問が出てきたという参加者たち。それだけに機会があればまた勉強会を受けてみたいと語っている。

「(勉強会の)休憩中に『1回じゃちょっと消化しきれないから、もう何回かやらないと自分自身に浸透しないかも』って言いに来た人がいたので、機会があればまたやりたいなと思ってます」(前述:高山)

「うちは養成所もあるので、授業という形であってもいいかもしれないと思いました。1度勉強会をしたからって、すぐに問題が解決するわけではないことは十分分かっているんですけど、少しずつ意識が変わっていけばいいかなと。公演の際に外部から参加するスタッフに対しても、何かあったときに『あ、これはハラスメントだ』と考えて話し合えたらいいと思いますね」(前述:村上)

「私、バイト先でハラスメントっぽいことをされた過去があって、その時に誰も頼る人がいなかったので、早く離れようと思ってそこを辞めたんですけど、誰か頼る人がいたら、もっといい対処ができたのかなって思う。そういったことを別の人にもアドバイスできるように、もしまた勉強会があったら受けてみたいです」(前述:若手俳優)

「ぜひ参加したい、いや、やっぱり知りたいです。(平田オリザ主宰の)劇団青年団さんはハラスメントのガイドラインを作っていて、そこには『ハラスメントは日々更新していくものです』って書いてある。確かにそうで、常にアップデートしていかないと、目の前で起きている問題の認識ができないと思います」(前述:マネージメント担当)

今回の勉強会の内容を受けて劇団で取り組めることとして、高山はLINEの使い方を挙げた。

「SNSの利用で一番問題が起きているのがLINEです。夜10時以降はダメというルールはあるんですけど、やっぱり先輩から送ってこられると既読スルーにはできません。今もLINE上でのハラスメントが見られますので、そういう部分についてはみんなで声を上げていこうと思います」

昴では、今回の勉強会をきっかけとして今後ハラスメントのガイドラインを策定、相談の窓口を設置していくという。

「今日の講師の古元さんと劇団内の有志でガイドラインを作ることになります。それが出来たからってハラスメントがなくなるわけでもないですが、今後の啓発の意味も含めて作る感じですね」(制作・村上)

「相談窓口をどういう形で設置するのか、どう対応するのかなど、課題はたくさんあります。でもこの勉強会に40人以上が参加してくれて、年齢性別に関係なく同じことを考えられる仲間がいるっていうことは心強く感じました」(高山)

劇団昴はかつて文学座を脱退したメンバーによって設立された財団法人現代演劇協会傘下の劇団雲と劇団欅が前身。その後、この雲と欅を併合する形で昴が旗揚げされ、さまざまな活動を展開してきた。

その間、本拠地だった三百人劇場(東京都文京区)の閉館などの危機もあったが、付属養成所で若手俳優を育成しながら半世紀近い歴史を重ねてきた。今、ハラスメントという新しい問題に向き合うということも、多くの苦難を乗り越えてきた劇団の看板を守り、次代へつなげるための重要なステップなのだろう。

みんなで集まって勉強することで雰囲気が変わる

ミックスゾーン『エウリディケ』でのハラスメント予防の勉強会(ミックスゾーン提供)

ここまでは劇団の事例をみてきたが、演劇界では作品ごとにスタッフ、出演者が集められて作品作りを行う「プロデュース公演」という形態もある。こうしたプロデュース公演の現場でもハラスメントについての啓蒙活動が行われるようになってきている。

ラジオ番組制作、イベント、音楽、演劇をはじめさまざまな事業を手掛ける株式会社ミックスゾーンの村上具子プロデューサーも、ハラスメント対策に積極的に取り組んでいる制作者のひとりだ。

もともと松竹で舞台制作を担当し、KAAT神奈川芸術劇場を経て、昨年1月から現在のミックスゾーンで演劇のプロデュース公演を手掛けているという村上プロデューサー。興行の世界に長年いただけに、かつてはジェンダーハラスメントなど、当たり前のように受けていたという。

「私が社会人になった頃は同期の男性にいろんな主な仕事が頼まれていて、私は補助的な仕事とお茶くみ、という状況でした。そういった男女の扱いの違いで長年葛藤もありましたが、数年前から女性が声を上げるようになり、だいぶ世の中は変わったと思いながらも、一方で会社組織となると、その壁を取り払うのには時間がかかると個人的にはずっと感じています」

そもそもなぜ、舞台の世界でハラスメントが起きやすいのか? 村上プロデューサーは次のように答える。

「やっぱり稽古場という密室に近いところで長期間稽古しているとハラスメントが起きやすいと感じます。特にプロデュース公演は作品ごとに稽古期間と本番の2、3カ月だけのお付き合いなので、ハラスメントが起きてもその時だけ我慢すればいいと思う人も多いのかもしれません。ですので一般の企業のように継続性を持って取り組むのは難しいですね」

現在、ミックスゾーンではプロデュース公演を行う際には村上も含めた各プロデューサーが公演の稽古開始を前にハラスメント勉強会を実施しているという。果たして勉強会を受けることで、実際の稽古場や舞台に変化は出るものなのか?

「みんなで集まって、その話をしたかどうかということで、その座組の雰囲気はやっぱり変わります。私が2022年にKAAT神奈川芸術劇場で制作、上演した『夜の女たち』では、実際ハラスメント勉強を行うことはなかったのですが(*)、劇場の総責任者である眞野純館長に『ハラスメントに気をつけて取り組む現場にします』と稽古開始の日に全体に話してもらいました。しっかりやりますよと宣言したことで、若手俳優の方含めて皆さんも、ホッとしたように見えました。『嫌なことは嫌と言っていいんだ』という安心した空気になりました。1度にガラッと環境を変えるのはなかなか難しいと思うので、ちょっとずつハラスメントをなくしていく、という意識を座組で持つことですね」

*KAAT神奈川芸術劇場では2023年10月にハラスメントについてのガイドラインを策定、ハラスメント相談窓口を整備して運用し、その後に講習も実施されている。

古元道広(ふるもと・みちひろ) 舞台芸術団体で国内公演の他、のべ13カ国31都市でのツアー等を制作。その後はフリーで公演制作や舞台写真撮影、理事を務める舞台芸術制作者オープンネットワークで舞台芸術の持続的な創造活動に関する連続講座を手掛けている。並行して、ハラスメント予防とリスペクトについての勉強会を劇団や劇場、制作会社、芸能事務所等で実施している。上級ハラスメントマネージャー。 HISAKO KAWASAKI-NEWSWEEK JAPAN

冒頭の劇団昴、またミックスゾーンの公演でも勉強会の講師を務めた古元は、もともと舞台関係の制作者として長年活動、文化庁の海外研修制度で1年間ニューヨークの劇場等で学んだことなどが契機となって、舞台制作の環境改善に積極的に取り組むようになった。

現在はフリーランスの制作者として活動する傍ら、22年6月からはハラスメントについての勉強会の講師を務めている。勉強会を始めた理由や、開催したことの意義について聞いた。

──古元さん自身、勉強会を始めるようになる以前はハラスメントについてどういう認識でした?

「正直、意識は低かったと思います。理不尽に繰り返される千本ノックみたいな稽古が行われることや、ギャラが拘束や仕事量に見合わないような経済的な理由で舞台の活動を続けられなくなるのは、才能がなくてふるいにかけられるのとは違う。でも、そういうことに対して鈍感になっていたと思います」

ハラスメントをなくすことが目的ではない

──そういった問題をほかの舞台関係者たちと勉強していたそうですが、一歩先に進んで、今やっている勉強会を始めようと思ったきっかけは?

「ハラスメントについて学ぶうちにすぐ、通常の研修内容では現状に対応できないと感じました。舞台関係者にマッチングしにくい部分があったり、『芝居をつくるときにハラスメントが起きちゃうのはしょうがないよね』みたいな見方が根強くあった。そこで舞台芸術界に特化したハラスメント講習はないだろうかって思い始めて、当時は知らずにいたので、じゃあ自分で考えてみようと。

ベーシックな部分については一般的な資料を基にしていて、社会のルールとして明示しています。次に、その内容が自分たちの活動にどう繋がっているか、ハラスメントが演劇界で起きやすいとされる背景を解説しています。ただ、「講習」というと一時的に教える、教わるだけで終わってしまうように感じたので、私たち自身の問題として一緒に取り組んでいきませんかという思いから「勉強会」と呼ぶようにしました。この業界ならではの事情を皆で認識して、構造的な問題を共有していくことにも重きを置いています。

ハラスメントという言葉に注意が行きがちですが、ハラスメントだけをどうこうしようとしても根本的に解決しないし、それをなくすことが目的ではありません。創作環境を向上させるための手段、1つの出発点であって、そもそも高い芸術性をもった納得のいく作品を生み出すことが目的のはずです。勉強会の最初の頃はハラスメントに関する内容がやや多かったのですが、今ではリスペクトについて考える部分を増やしています」

──リスペクトについて考えるということの具体的な内容は?

例えば、先輩俳優に誘われて2人きりで居残り稽古をするケースはハラスメントだと思いますか? どんな印象をもちますか? というように、いくつかの現実的な場面について参加者に考えてもらいます。このケースでは、演出家に許可を得なくていいのかとか、労働時間の問題があったりする。予定以上の稽古が契約やギャラに関係すると考えれば、プロデューサーや制作の判断が必要かもしれない。

これは、芝居づくりに携わる人それぞれの「立場と役割」に対するリスペクトのお話なんです。もちろん俳優もその一人で、意欲や向上心は十分尊重されるべきですが、まず演出家、プロデューサーに相談しませんか? と。その人がえらいからとか権力があるからではなく、このような場合に相談を受ける職務についているからです。

そういう意識のないままに好き勝手に居残り稽古をすると、不均衡な力の行使や密室性などハラスメントの種を撒いてしまう可能性が出てきます。しかし、立場と役割を尊重することでその予防につながると言えます。居残り稽古じたいがダメということではありません」

──勉強会の開催の先には、ガイドラインの策定もあるそうですが。

「どこまで細かくするか、どれだけ実効性をもたせるかといった問題はありますが、団体としてどういう方針なのかを自分たちで考えて、短くてもいいのでまとめて公表することはすごく大事です。若い創作集団でもステートメントを出していたりします。ハラスメントをどう思うかは、人によって違う。世代や環境によって捉え方は変わりやすいし、キャリアの違いも影響してくるからこそ、相互理解が求められている。

例えとして話すのですが、子どもの頃に『巨人の星』とか『アタックNo.1』を見て育った人とそうでない人、もしかしたら『ONE PIECE』とか『プリキュアシリーズ』を見て育った人とは、ハラスメントに対するイメージ、考え方に違いが生まれやすいんじゃないかと。かつてはスポ根が普通で、無理強いや犠牲は仕方ない、それを乗り越えて成長するんだという感覚が世の中にありました。今ではスポーツの世界などで、厳しい環境でものびやかに育ちながら自由にチャレンジをする、そして才能が認められていくストーリーに世間の共感するポイントが変わってきていると思います。教育の場でハラスメントやジェンダーについて学んだ人がいるのも、これまでとの違いです。

舞台芸術は、お互いに刺激しあいながら常にそれを受け止め、変化することで形作られていく特殊な形態の芸術だと考えられます。そのためにはまず、ハラスメントのない「安全・安心な」環境であるという共通認識、場や関係性に対する信頼感が必須です。その前提のもと、アーティストにとっての「自由な」状態のためにお互いのリスペクトが土台として不可欠だという考えが、この勉強会のタイトルに込められています。勉強会ではこういった舞台芸術の特性に由来するリスペクトの重要性や、先ほどの「立場と役割」など尊重すべき3つのポイントをお話しています」

文化庁などのサポートの充実も後押し

古元が講師を務める勉強会は、1つの団体が2度、3度と開催しているケースもある。それは1度やっただけでは身につかないことや、時間が経つと受け止め方や考え方に変化が起きていくため、繰り返し学ぶことでずっと理解が深まるからだという。

また、制度的なサポートが充実してきたことも大きい。文化庁が2023年度の後半から講習や専門家を招へいする費用の半額(上限20万円)を助成するようになったほか、東京都の芸術支援組織「アーツカウンシル東京」でも一部の公演等の助成では、作品制作の費用とは別枠でハラスメント対策の費用が助成対象経費とされているという。

こうして舞台の世界でも広がりつつあるハラスメント対策の取り組み。だが、舞台芸術の世界では、一人のカリスマ性ある人物が集団を率いて創作活動を行うことが多く、かつてはそういった主宰者が稽古場で物を投げつけたり、執拗に「ダメ出し」をして同じ場面を繰り返し演じさせることは、半ば当たり前のこととして容認されてきた。

そういったある種のマインドコントロール的な人心掌握に長けたカリスマが、ハラスメントを行う人物として消えたときに、果たして舞台芸術のもつ魅力は削ぎ落とされることはないのか? ハラスメントのない安心・安全な創作環境づくりとともに、舞台芸術に携わる者たちに突きつけられる今後の課題だと言えるだろう。

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