冷泉彰彦
<アメリカではまだ二大政党制が機能しているが、日本の現状への不満はあらゆる既成政党、メディアにまで向けられている>
日本では兵庫県知事選で、失職した斎藤元彦候補が、パワハラや内部告発への強権的な行動などのスキャンダルが報じられていたところ、出直し選挙で当選しました。前後しますが、7月の東京都知事選でも既成の政治体制への不満を訴えた石丸伸二候補が2位に食い込む善戦をしています。また、今回の名古屋市長選挙でも与野党が相乗りした大塚耕平候補を、河村前市長が後継指名した広沢一郎候補が破りました。
10月の総選挙でも同様に、低投票率にもかかわらず組織票の衰えの中で、既成政党は沈みました。今年、2024年の日本では、こうした現状否定票が大きく社会へ影響力を強めたと言えるでしょう。現役世代と若者を中心とした新しい動きと言えます。
一方で、アメリカにも同様の現象が起きています。トランプ候補の大勝というのは、日本と同じような現状への強い不満が投票行動として現れたものと言えるからです。世代的にも同じような流れがあり、前回とは異なり若者の間でもトランプ支持は広範な広がりを見せました。
この2つの動きには、共通点があります。まず、既成の左派系の権力が持っていた課税を拡大して再分配するという行動で利益を得る層を既得権益とみなして攻撃する、いわゆる納税者の反乱という側面は似ています。やや排外的で自国中心主義ということも共通しています。更に、若者を中心とした現状不満層は既成メディアを信用せず、SNSなどでアルゴリズムの決定に従って流れてくる情報に強く影響を受けているという点は、日米でかなり似通った現象となっていると思います。
「小さな政府論」共和党という受け皿はある
ですが、大きな違いもあります。まず、アメリカの場合は共和党という受け皿があります。共和党はそもそも「小さな政府論」が党是であり、バラマキによる歳出拡大に反対し、減税を志向する納税者の反乱という面を持っています。ですから、政府の肥大化に不快感を持つ層が共和党に吸い寄せられるのには、ある種の必然があります。勿論、共和党には同時に大企業や富裕層もバックについており、減税の効果は彼らが「さらって行く」構造もあります。
ですから、トランプ支持者の中核を形成しているコア支持層は、軍事タカ派や財政タカ派と言われる現状追認型の共和党政治家を嫌っています。そうではあるのですが、民主党政権への現状不満は非常に深いわけで、結果的に大統領だけでなく、上下両院でも共和党が勝利しました。
アメリカの場合は、こうした右からの不満の表明に加えて、民主党の左派(プログレッシブ)にも強い現状不満票が集まっています。例えば、民主党左派のバーニー・サンダース上院議員は、今回のハリス候補の落選を受けて「民主党が労働者を顧みなくなったことが、敗北を招いた」として現状を厳しく批判しました。また、同じく左派のアレクサンドリア・オカシオコルテス議員の支持者の中には、連邦下院は彼女に投票したのに、大統領はトランプに入れた若者も多かったといいます。
右と左に分裂し、また錯綜はしてはいるものの、アメリカの場合は現状不満といっても、既成政党全体への不満というところまでは行っておらず、二大政党制はとりあえず機能しています。深刻な対立は、それぞれの党内における左右対立にあるとも言えますが、その場合も対立の論点は比較的に可視化されています。一方で、日本の場合は本当にありとあらゆる既成政党に対して不信が向けられているわけで、これはアメリカとは不満の質が異なっていると思います。
日米の違いということでは、人口構成の違いという点もあります。アメリカの場合は、近年は少し出生率が下がっているものの、90年代から2010年代までは第3次ベービーブームとでも言うべき「毎年一歳刻みで300万人」という分厚い人口の層が存在しています。ミレニアルとか、X、Zと言われる世代は量的には上の世代に十分対抗できるのです。また、若者の雇用は不安定であるものの、DXやグローバリズムの浸透した実力社会を直視して、正しく戦えば少なくとも機会はある社会です。少なくとも世代によって富の偏在、機会の偏在があるというような世代間格差は顕著ではありません。
ですが、日本の場合は、若者と高齢者は全く異なる環境に生きています。偶然高度成長からバブルの時代に生きただけで、現代の若者とは比較にならない生涯賃金を得ている高齢層があり、しかも彼らは人口が巨大なので、若者の側は全く不利な戦いを強いられています。日本の場合は若い世代の現状不満のエネルギーは一旦火が付くと、深く静かに広がっていくかもしれません。
そもそも現状不満における「大義」に違いがあると思います。アメリカの場合は、国としてはグローバリズムに適応して全体が成長しています。付加価値の低い製造業は空洞化させて、その代わり本国は知的産業が中心となって巨大な付加価値を創造しています。そこには格差という副作用があり、またノスタルジックな昔のアメリカが失われたという感傷や、優秀なアジア系移民などへの反感もあります。ですが、全体の方向性は間違っていないので、不満というのは個別の問題なのです。トランプ派という特殊な運動に、そうした個別の不満が感情論を軸に結集しているだけです。
40年に渡って沈み続ける日本経済
ですが、日本の若者の現状不満は全く違うと思います。DXが進まず、学校で習った英語では世界で通用せず、経団連を中心とした多国籍企業はどんどん産業を空洞化させ、国内にはロクな産業は残っていません。そんな中で、大卒5割の国で観光立国などという、異常な政策が進んでいます。そのくせ、残り少ない国富は高齢世代が使い果たそうとしているわけです。
少なくとも、韓国や台湾並みにはグローバリズムに適応して、もっとDXが入って、高齢労働力でなく、若者がもっと成功できるような改革をしてほしい、若者の深層心理にそのような主張があるのなら、そこには正当性があります。外資の改革はスルーするが、国内資本が起業して既得権益と敵対する改革に進むと潰される、そんな中で円はどんどん下がり続けて、留学もできない。世代間ということでは、機会の均等も結果の均等もない。つまり、日本の若者が置かれた現状は、アメリカよりも遥かに劣悪であり、不満を抱くことへの正当性ということでは、明らかに正しさがあると思います。
勿論、一方的で少ない情報に踊らされているような面もあるのは事実です。何よりも、現状否定の衝動は強くても、それを代案へとまとめあげ、戦略戦術を練り上げて過去世代を叩き潰す逞しさも賢さも全く見えてきてはいません。頼りないと言えば全く頼りないのは事実です。ですが、アメリカの現状不満が知的高付加価値社会における「負け犬の遠吠え」であるとすれば、日本の若者の現状不満は、グローバリズムに適応できずに40年にわたって沈み続ける日本の経済社会への異議申立てであるとも言えそうです。仮にそうであるなら、そこには正当性はあり、将来への希望の萌芽は見て取れるように思います。
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日本では兵庫県知事選で、失職した斎藤元彦候補が、パワハラや内部告発への強権的な行動などのスキャンダルが報じられていたところ、出直し選挙で当選しました。前後しますが、7月の東京都知事選でも既成の政治体制への不満を訴えた石丸伸二候補が2位に食い込む善戦をしています。また、今回の名古屋市長選挙でも与野党が相乗りした大塚耕平候補を、河村前市長が後継指名した広沢一郎候補が破りました。
10月の総選挙でも同様に、低投票率にもかかわらず組織票の衰えの中で、既成政党は沈みました。今年、2024年の日本では、こうした現状否定票が大きく社会へ影響力を強めたと言えるでしょう。現役世代と若者を中心とした新しい動きと言えます。
一方で、アメリカにも同様の現象が起きています。トランプ候補の大勝というのは、日本と同じような現状への強い不満が投票行動として現れたものと言えるからです。世代的にも同じような流れがあり、前回とは異なり若者の間でもトランプ支持は広範な広がりを見せました。
この2つの動きには、共通点があります。まず、既成の左派系の権力が持っていた課税を拡大して再分配するという行動で利益を得る層を既得権益とみなして攻撃する、いわゆる納税者の反乱という側面は似ています。やや排外的で自国中心主義ということも共通しています。更に、若者を中心とした現状不満層は既成メディアを信用せず、SNSなどでアルゴリズムの決定に従って流れてくる情報に強く影響を受けているという点は、日米でかなり似通った現象となっていると思います。
「小さな政府論」共和党という受け皿はある
ですが、大きな違いもあります。まず、アメリカの場合は共和党という受け皿があります。共和党はそもそも「小さな政府論」が党是であり、バラマキによる歳出拡大に反対し、減税を志向する納税者の反乱という面を持っています。ですから、政府の肥大化に不快感を持つ層が共和党に吸い寄せられるのには、ある種の必然があります。勿論、共和党には同時に大企業や富裕層もバックについており、減税の効果は彼らが「さらって行く」構造もあります。
ですから、トランプ支持者の中核を形成しているコア支持層は、軍事タカ派や財政タカ派と言われる現状追認型の共和党政治家を嫌っています。そうではあるのですが、民主党政権への現状不満は非常に深いわけで、結果的に大統領だけでなく、上下両院でも共和党が勝利しました。
アメリカの場合は、こうした右からの不満の表明に加えて、民主党の左派(プログレッシブ)にも強い現状不満票が集まっています。例えば、民主党左派のバーニー・サンダース上院議員は、今回のハリス候補の落選を受けて「民主党が労働者を顧みなくなったことが、敗北を招いた」として現状を厳しく批判しました。また、同じく左派のアレクサンドリア・オカシオコルテス議員の支持者の中には、連邦下院は彼女に投票したのに、大統領はトランプに入れた若者も多かったといいます。
右と左に分裂し、また錯綜はしてはいるものの、アメリカの場合は現状不満といっても、既成政党全体への不満というところまでは行っておらず、二大政党制はとりあえず機能しています。深刻な対立は、それぞれの党内における左右対立にあるとも言えますが、その場合も対立の論点は比較的に可視化されています。一方で、日本の場合は本当にありとあらゆる既成政党に対して不信が向けられているわけで、これはアメリカとは不満の質が異なっていると思います。
日米の違いということでは、人口構成の違いという点もあります。アメリカの場合は、近年は少し出生率が下がっているものの、90年代から2010年代までは第3次ベービーブームとでも言うべき「毎年一歳刻みで300万人」という分厚い人口の層が存在しています。ミレニアルとか、X、Zと言われる世代は量的には上の世代に十分対抗できるのです。また、若者の雇用は不安定であるものの、DXやグローバリズムの浸透した実力社会を直視して、正しく戦えば少なくとも機会はある社会です。少なくとも世代によって富の偏在、機会の偏在があるというような世代間格差は顕著ではありません。
ですが、日本の場合は、若者と高齢者は全く異なる環境に生きています。偶然高度成長からバブルの時代に生きただけで、現代の若者とは比較にならない生涯賃金を得ている高齢層があり、しかも彼らは人口が巨大なので、若者の側は全く不利な戦いを強いられています。日本の場合は若い世代の現状不満のエネルギーは一旦火が付くと、深く静かに広がっていくかもしれません。
そもそも現状不満における「大義」に違いがあると思います。アメリカの場合は、国としてはグローバリズムに適応して全体が成長しています。付加価値の低い製造業は空洞化させて、その代わり本国は知的産業が中心となって巨大な付加価値を創造しています。そこには格差という副作用があり、またノスタルジックな昔のアメリカが失われたという感傷や、優秀なアジア系移民などへの反感もあります。ですが、全体の方向性は間違っていないので、不満というのは個別の問題なのです。トランプ派という特殊な運動に、そうした個別の不満が感情論を軸に結集しているだけです。
40年に渡って沈み続ける日本経済
ですが、日本の若者の現状不満は全く違うと思います。DXが進まず、学校で習った英語では世界で通用せず、経団連を中心とした多国籍企業はどんどん産業を空洞化させ、国内にはロクな産業は残っていません。そんな中で、大卒5割の国で観光立国などという、異常な政策が進んでいます。そのくせ、残り少ない国富は高齢世代が使い果たそうとしているわけです。
少なくとも、韓国や台湾並みにはグローバリズムに適応して、もっとDXが入って、高齢労働力でなく、若者がもっと成功できるような改革をしてほしい、若者の深層心理にそのような主張があるのなら、そこには正当性があります。外資の改革はスルーするが、国内資本が起業して既得権益と敵対する改革に進むと潰される、そんな中で円はどんどん下がり続けて、留学もできない。世代間ということでは、機会の均等も結果の均等もない。つまり、日本の若者が置かれた現状は、アメリカよりも遥かに劣悪であり、不満を抱くことへの正当性ということでは、明らかに正しさがあると思います。
勿論、一方的で少ない情報に踊らされているような面もあるのは事実です。何よりも、現状否定の衝動は強くても、それを代案へとまとめあげ、戦略戦術を練り上げて過去世代を叩き潰す逞しさも賢さも全く見えてきてはいません。頼りないと言えば全く頼りないのは事実です。ですが、アメリカの現状不満が知的高付加価値社会における「負け犬の遠吠え」であるとすれば、日本の若者の現状不満は、グローバリズムに適応できずに40年にわたって沈み続ける日本の経済社会への異議申立てであるとも言えそうです。仮にそうであるなら、そこには正当性はあり、将来への希望の萌芽は見て取れるように思います。
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