コリン・ジョイス
<大衆の実感を味方に付けたトランプの成功と上から目線の民主党の失敗をイギリス人の視点から解説>
米大統領選でのドナルド・トランプの勝利について書くにはちょっと遅いかもしれないが、僕には「イギリスの視点から」いくつか思い当たるところがある。
米民主党は「進歩的」政党に共通の、ある欠点を示した――彼らは、自分たちこそが善人であり、勝利に値するのがむしろ当然、と考えてしまったのだ。彼らは決してこれを認めようとせず、むしろ正反対の主張をしていた(「われわれはあらゆる有権者のために戦っている!」)が、彼らの行動はむしろその逆だった。
まず、当然のことながら、民主党はジョー・バイデン大統領の任期の始めから後継者を育てる必要があった。2020年に現職のトランプを倒すにふさわしかった人物は、2024年もその任にふさわしい人物とは言えなかった。
候補者を選ぶための開かれた予備選が行われていれば、候補者の才能や欠点も明らかにできただろう。ところがそれどころか、非常に遅い時期に、バイデンは撤退を余儀なくされ、後継者が発表される事態になった。見よ、カマラ・ハリスが選ばれし者だ、というわけだ。
彼女には彼女なりの資質があるかもしれないが、それはアメリカ国内でさえもほとんど知られていなかった(ここイギリスでは「ハリスって何者?」という状態だ)。副大統領としての彼女の業績は標準以下と見なされ、当初は「お粗末」とまで思われていた。
さらに言えば、副大統領が党内「二番手の優れた大物」であることはめったにない。副大統領は大統領を「補完する」存在だ。つまり、バイデン大統領の場合は、誰かしら黒人で女性でより若い副大統領が、年配の白人男性であるバイデンとは異なる属性の層にアピールするのを手助けしていたことになる。
そもそも逸材でないからナンバー2に選ばれた?
また、マキャベリの理論を参考にできるのだとすれば、政治リーダーはしばしば、自分を上回ったり自分に取って代わるライバルになり得るような逸材とは見なしていない人物だからこそ、その人物をナンバー2に選ぶ。ハリスを大統領候補にした民主党はそこで、トランプに対抗する大統領候補が誰であれ十分素晴らしい人物であるかのように演じたのだ。
この態度は選挙戦の全体を通じて貫かれていた――トランプは悪者だがわれわれは明らかにそれより優れているので、するべきことは有権者にそれを「伝える」ことだけだ、と。これはわずかではあるが重要なほどに逆を行っていた
政党は、大衆のほうから自分たちのところにやって来てくれることを期待するべきではなく、自分たちが有権者のほうへ歩み寄る道を探さなければならない。民主主義制度のさまざまな良いところまで疑問視するのなら別だが、そうでないなら、間違った政党を選択した有権者を責めるわけにはいかない。
イギリスの労働党は、まさに長年、このパターンだった。自分たちのほうが優れているかのように振る舞い、何を求めるべきかを人々に指図し、自分たちが政権政党に選ばれないときには侮辱的だと感じていた。
内紛は労働党の歴史の大きな部分を占めており、それは通常、イデオロギー的にまぎれもない左翼運動を望む人々と、選挙で勝つためにそれを和らげたい人々との間の戦いに要約される。現首相のキア・スターマーと元首相のトニー・ブレアは後者のタイプで、労働党元党首のマイケル・フットとジェレミー・コービン(党を選挙での敗北に導いた)を賞賛するような前者のタイプからはひどく嫌われている。
ハリスは、そのどちらのカテゴリーにもうまくなじまなかったと思う。過去には、彼女は確かに、刑務所内の受刑者が性別を変更する権利を支持するなど、有権者がいわゆる「woke(目覚めた、意識高い系)の狂気」と呼ぶものの典型ともいえそうな立場を何度か示してきた。でも、選挙遊説ではそのような急進主義は示さなかった。ある意味、それは問題にはならなかった。
「文化戦争」においては、民主党が一方の側に、共和党が他方の側にいるとみなされるもの。民主党は、「インターセクショナリティ(交差性、人種や性的指向などへの差別を個別の問題ではなく複合的な問題と捉えること)」、「批判的人種理論(人種差別は制度的に組み込まれているとする考え方)」、「白人特権は存在する」、「トランスセクシュアルの権利」といった、非常に疑わしい論理的根拠に欠ける理論を擁護する人々に共感していると思われている。
端的に言えば、これらは平均的なアメリカ人が強く拒絶する考え方だ。
彼らは、オレゴン州ポートランドで起きたように、小さなタコス料理店が、メキシコ人ではなくて白人が経営しているからという理由でネット炎上し、廃業に追い込まれた、といった事例を望まないのだ。なんとまあ大変、「文化の盗用」の罪ではないか!というわけだ。
トランプは、自身の数々の欠点にもかかわらず、こうした問題に関しては多数派の有権者の感覚に同調することで有利に立った。
ラジオでは、民主党の活動家が大統領選後に、ハリスの集会がいかにスター勢ぞろいのコンサートだらけだったかと嘆いているのを聞いた(そして、暮らし向きの良くない人には高すぎる入場料だった、と)。ぎょっとするほど一般人の感覚とはかけ離れていると、その活動家は言っていた。
繰り返しになるが、左派政党が自分たちの「エース」を有名人による推薦だと思っているのは、よくありがちな欠点に思える。ほら、デ・ニーロはトランプを嫌ってるだろう! ケイティ・ペリーとレディー・ガガはハリスを望んでいる!
イギリスでは、全ての俳優が労働党の誇り高き支持者であるかのように見える。僕の地元では、彼らを「左派ラブな人々」と呼んで、そのうちの某俳優(大抵、僕たちの誰も見ていないようなヒット作1作だけで有名になったような人物だ)が、人々に政治を講義する資格ありとみなされ、独自の考えを広めるための舞台を与えられていることには驚くばかりだ。
「なんてこった! 億万長者のこのポップスターは、僕と意見が違うじゃないか。僕が考えを改めなきゃ」などと言う人はここイギリスにはあまりいないし、アメリカでもいないだろうと思う。
ところで、真に英国を象徴する俳優であるマイケル・ケインは、この点で例外的な人物であり、彼は根っからの社会主義者ではないからきっと芸能界イベントの場では孤立しているに違いない、と僕たちはよく冗談を言っている。
ひょっとすると何が違うかと言えば、ケインが労働者階級の出身というところかもしれない。金持ちの家に生まれてロンドンきっての高級住宅地ハムステッドで相続財産で生活しながら芸能の道を歩んでいる俳優たちとは異なるということだ。
人種差別は致命傷になるはずだが
おそらく、トランプにとって最も大きな逆風になったのは、刑事告発を受けた数々の出来事ではなく(なぜなら多くのアメリカ人がトランプ関連の刑事告発は政治的動機に基づいたものだと考えているから)、彼が人種差別主義者だという非難だろう。人種差別主義者だと思われたら、選挙に勝つのは実に難しくなる。だからこそ多くの国の左派は、敵対する相手を「隠れ人種差別主義者」に仕立て上げようと躍起になるのだ。
西側のあらゆる主要民主主義国家では、統計的な情勢は明らかだ。全ての「有色人種」と、人種差別を許さないと考えている圧倒的な割合の白人を合計すれば、大量の有権者数になるので、人種差別主義者とみなされた候補者が勝てる余地はなくなる。
でも僕が聞くかぎり、人々がトランプを人種差別で非難するときはいつだって、彼が不法滞在の外国人を送還するから、というのがその根拠だった。さらなる根拠として彼らは、そうした外国人が何百万人にも上ることや、彼らを排除するための法律がいかに衝撃的か、という点を挙げるだろう。
とはいえ、シンプルに言い換えるなら、それは「法を実行すること」であり「国境を守ること」であるように思える。それは、人種を問わずほとんどの人が「人種差別」と感じるよりも当然のように「良いことだ」と考えるものだろう。さらに、不法移民問題は驚異的な規模に膨れ上がっていると認識している人が大多数だからこそ、トランプはいっそう支持を受けた。
トランプ支持者たちはゴミだとジョー・バイデン大統領が口を滑らせたことは、多くのアメリカ人が、民主党は心の奥底では自分たちに同意しない人々を実際にはそんなふうに捉えているのではないかと疑っているだけに、余計に問題を呼んだ。
これに匹敵する出来事が、2010年のイギリス総選挙で、当時首相だったゴードン・ブラウンが取った行動だ。遊説中、労働者階級の女性から政権の開放的な移民政策について抗議されたブラウンは、車に乗り込んだ後に「偏狭な差別女め」と吐き捨てた。彼はマイクがオンになったままであることに気付いておらず、この発言はニュースで報じられた。それは、多くのイギリス人の言うところの「仮面がはがれた」瞬間だった。
強調しておきたいのは、僕はトランプを支持しているわけではないし彼の政策も好きではないということだ。念のために言っておくと、彼には数多くの深刻な欠陥があると思う。でも、トランプが勝利し民主党が負けたのには数々の理由があり、単にアメリカ国民が愚かで人種差別主義者だからという理由では決してないのだ。
<大衆の実感を味方に付けたトランプの成功と上から目線の民主党の失敗をイギリス人の視点から解説>
米大統領選でのドナルド・トランプの勝利について書くにはちょっと遅いかもしれないが、僕には「イギリスの視点から」いくつか思い当たるところがある。
米民主党は「進歩的」政党に共通の、ある欠点を示した――彼らは、自分たちこそが善人であり、勝利に値するのがむしろ当然、と考えてしまったのだ。彼らは決してこれを認めようとせず、むしろ正反対の主張をしていた(「われわれはあらゆる有権者のために戦っている!」)が、彼らの行動はむしろその逆だった。
まず、当然のことながら、民主党はジョー・バイデン大統領の任期の始めから後継者を育てる必要があった。2020年に現職のトランプを倒すにふさわしかった人物は、2024年もその任にふさわしい人物とは言えなかった。
候補者を選ぶための開かれた予備選が行われていれば、候補者の才能や欠点も明らかにできただろう。ところがそれどころか、非常に遅い時期に、バイデンは撤退を余儀なくされ、後継者が発表される事態になった。見よ、カマラ・ハリスが選ばれし者だ、というわけだ。
彼女には彼女なりの資質があるかもしれないが、それはアメリカ国内でさえもほとんど知られていなかった(ここイギリスでは「ハリスって何者?」という状態だ)。副大統領としての彼女の業績は標準以下と見なされ、当初は「お粗末」とまで思われていた。
さらに言えば、副大統領が党内「二番手の優れた大物」であることはめったにない。副大統領は大統領を「補完する」存在だ。つまり、バイデン大統領の場合は、誰かしら黒人で女性でより若い副大統領が、年配の白人男性であるバイデンとは異なる属性の層にアピールするのを手助けしていたことになる。
そもそも逸材でないからナンバー2に選ばれた?
また、マキャベリの理論を参考にできるのだとすれば、政治リーダーはしばしば、自分を上回ったり自分に取って代わるライバルになり得るような逸材とは見なしていない人物だからこそ、その人物をナンバー2に選ぶ。ハリスを大統領候補にした民主党はそこで、トランプに対抗する大統領候補が誰であれ十分素晴らしい人物であるかのように演じたのだ。
この態度は選挙戦の全体を通じて貫かれていた――トランプは悪者だがわれわれは明らかにそれより優れているので、するべきことは有権者にそれを「伝える」ことだけだ、と。これはわずかではあるが重要なほどに逆を行っていた
政党は、大衆のほうから自分たちのところにやって来てくれることを期待するべきではなく、自分たちが有権者のほうへ歩み寄る道を探さなければならない。民主主義制度のさまざまな良いところまで疑問視するのなら別だが、そうでないなら、間違った政党を選択した有権者を責めるわけにはいかない。
イギリスの労働党は、まさに長年、このパターンだった。自分たちのほうが優れているかのように振る舞い、何を求めるべきかを人々に指図し、自分たちが政権政党に選ばれないときには侮辱的だと感じていた。
内紛は労働党の歴史の大きな部分を占めており、それは通常、イデオロギー的にまぎれもない左翼運動を望む人々と、選挙で勝つためにそれを和らげたい人々との間の戦いに要約される。現首相のキア・スターマーと元首相のトニー・ブレアは後者のタイプで、労働党元党首のマイケル・フットとジェレミー・コービン(党を選挙での敗北に導いた)を賞賛するような前者のタイプからはひどく嫌われている。
ハリスは、そのどちらのカテゴリーにもうまくなじまなかったと思う。過去には、彼女は確かに、刑務所内の受刑者が性別を変更する権利を支持するなど、有権者がいわゆる「woke(目覚めた、意識高い系)の狂気」と呼ぶものの典型ともいえそうな立場を何度か示してきた。でも、選挙遊説ではそのような急進主義は示さなかった。ある意味、それは問題にはならなかった。
「文化戦争」においては、民主党が一方の側に、共和党が他方の側にいるとみなされるもの。民主党は、「インターセクショナリティ(交差性、人種や性的指向などへの差別を個別の問題ではなく複合的な問題と捉えること)」、「批判的人種理論(人種差別は制度的に組み込まれているとする考え方)」、「白人特権は存在する」、「トランスセクシュアルの権利」といった、非常に疑わしい論理的根拠に欠ける理論を擁護する人々に共感していると思われている。
端的に言えば、これらは平均的なアメリカ人が強く拒絶する考え方だ。
彼らは、オレゴン州ポートランドで起きたように、小さなタコス料理店が、メキシコ人ではなくて白人が経営しているからという理由でネット炎上し、廃業に追い込まれた、といった事例を望まないのだ。なんとまあ大変、「文化の盗用」の罪ではないか!というわけだ。
トランプは、自身の数々の欠点にもかかわらず、こうした問題に関しては多数派の有権者の感覚に同調することで有利に立った。
ラジオでは、民主党の活動家が大統領選後に、ハリスの集会がいかにスター勢ぞろいのコンサートだらけだったかと嘆いているのを聞いた(そして、暮らし向きの良くない人には高すぎる入場料だった、と)。ぎょっとするほど一般人の感覚とはかけ離れていると、その活動家は言っていた。
繰り返しになるが、左派政党が自分たちの「エース」を有名人による推薦だと思っているのは、よくありがちな欠点に思える。ほら、デ・ニーロはトランプを嫌ってるだろう! ケイティ・ペリーとレディー・ガガはハリスを望んでいる!
イギリスでは、全ての俳優が労働党の誇り高き支持者であるかのように見える。僕の地元では、彼らを「左派ラブな人々」と呼んで、そのうちの某俳優(大抵、僕たちの誰も見ていないようなヒット作1作だけで有名になったような人物だ)が、人々に政治を講義する資格ありとみなされ、独自の考えを広めるための舞台を与えられていることには驚くばかりだ。
「なんてこった! 億万長者のこのポップスターは、僕と意見が違うじゃないか。僕が考えを改めなきゃ」などと言う人はここイギリスにはあまりいないし、アメリカでもいないだろうと思う。
ところで、真に英国を象徴する俳優であるマイケル・ケインは、この点で例外的な人物であり、彼は根っからの社会主義者ではないからきっと芸能界イベントの場では孤立しているに違いない、と僕たちはよく冗談を言っている。
ひょっとすると何が違うかと言えば、ケインが労働者階級の出身というところかもしれない。金持ちの家に生まれてロンドンきっての高級住宅地ハムステッドで相続財産で生活しながら芸能の道を歩んでいる俳優たちとは異なるということだ。
人種差別は致命傷になるはずだが
おそらく、トランプにとって最も大きな逆風になったのは、刑事告発を受けた数々の出来事ではなく(なぜなら多くのアメリカ人がトランプ関連の刑事告発は政治的動機に基づいたものだと考えているから)、彼が人種差別主義者だという非難だろう。人種差別主義者だと思われたら、選挙に勝つのは実に難しくなる。だからこそ多くの国の左派は、敵対する相手を「隠れ人種差別主義者」に仕立て上げようと躍起になるのだ。
西側のあらゆる主要民主主義国家では、統計的な情勢は明らかだ。全ての「有色人種」と、人種差別を許さないと考えている圧倒的な割合の白人を合計すれば、大量の有権者数になるので、人種差別主義者とみなされた候補者が勝てる余地はなくなる。
でも僕が聞くかぎり、人々がトランプを人種差別で非難するときはいつだって、彼が不法滞在の外国人を送還するから、というのがその根拠だった。さらなる根拠として彼らは、そうした外国人が何百万人にも上ることや、彼らを排除するための法律がいかに衝撃的か、という点を挙げるだろう。
とはいえ、シンプルに言い換えるなら、それは「法を実行すること」であり「国境を守ること」であるように思える。それは、人種を問わずほとんどの人が「人種差別」と感じるよりも当然のように「良いことだ」と考えるものだろう。さらに、不法移民問題は驚異的な規模に膨れ上がっていると認識している人が大多数だからこそ、トランプはいっそう支持を受けた。
トランプ支持者たちはゴミだとジョー・バイデン大統領が口を滑らせたことは、多くのアメリカ人が、民主党は心の奥底では自分たちに同意しない人々を実際にはそんなふうに捉えているのではないかと疑っているだけに、余計に問題を呼んだ。
これに匹敵する出来事が、2010年のイギリス総選挙で、当時首相だったゴードン・ブラウンが取った行動だ。遊説中、労働者階級の女性から政権の開放的な移民政策について抗議されたブラウンは、車に乗り込んだ後に「偏狭な差別女め」と吐き捨てた。彼はマイクがオンになったままであることに気付いておらず、この発言はニュースで報じられた。それは、多くのイギリス人の言うところの「仮面がはがれた」瞬間だった。
強調しておきたいのは、僕はトランプを支持しているわけではないし彼の政策も好きではないということだ。念のために言っておくと、彼には数多くの深刻な欠陥があると思う。でも、トランプが勝利し民主党が負けたのには数々の理由があり、単にアメリカ国民が愚かで人種差別主義者だからという理由では決してないのだ。