田中弥生 + 土居丈朗(構成:髙橋涼太朗) アステイオン
<布製マスクの在庫は注目されたが、製造過程についてはあまり報道されていない...>
布製マスク配布事業、持続化給付金事業、病床確保事業、巨額の予備費など、新型コロナ対策には財政支出が多額に投じられたが、その財政運営に会計検査院がメスを入れたことが話題になった。
その一端について、田中弥生・会計検査院長に本誌編集委員の土居丈朗・慶應義塾大学教授が聞いた。『アステイオン』101号の特集「コロナ禍を経済学で検証する」より「コロナ対策の『事後検証』――田中会計検査院長が語る」を3回に分けて転載。本編は第1回目。
◇ ◇ ◇
コロナ禍初期段階の会計検査院の対応について
土居 2019年度末頃のコロナ禍初期から新型コロナ対策が財政的にも注目され始めていましたが、当時は検査官(注1)であられて、新型コロナ対策に関して、会計検査院として何らかの対応が必要になるという予兆はあったのでしょうか。
田中 会計検査院は憲法90条に基づき、独立した立場から国の財政を監督する機関です。きちんと検査をして、次のパンデミックや災害のために教訓として歴史に残る記録を残さなければならないということを当初から議論していました。
土居 混乱状態のなかで記録を残すことがすでに議論されていたとは驚きです。しかし、これから何が起こるかも分からないなかでは難しかったのではないでしょうか。
田中 まずはそもそも新型コロナ対策に対して、何らかの指摘をするかどうかについて議論しました。コロナ禍が始まったばかりの試行錯誤している段階で「あれもこれも駄目」とは言えないだろう、と。ですから、初年度は見守ることになりました。
2021年秋に公表した令和2年度(2020年度)決算検査報告(注2)の第4章に「特定検査状況(特定検査対象に関する検査状況)」という項目があります。
これは「状況を見守ること」に関する項目で、「GoToキャンペーン事業」や「持続化給付金事業」などを入れました。翌年にはある程度状況が見え、判断ができるだろう。もし何かを指摘するのであれば、2022年(令和3年度決算検査報告)(注3)以降になるであろうことは幹部職員らとも当初から議論していました。
布製マスク配布事業について
土居 新型コロナ対策の中では、最初に布製マスク配布事業が話題になりました。これについては検査官、または会計検査院としてどのように動いたのでしょうか。
田中 布製マスクの良し悪し、配布の是非については会計検査院としてジャッジしないことにしました。むしろ、どれほどの費用が使われたのか、製造過程や契約で問題がなかったか、配布のプロセスに課題がなかったか、そして在庫の管理がどうなっているかに注目しました。その中で法的またはシステム上の問題がある場合に指摘することにしました。
会計検査院は毎年、国のすべての収入と支出の決算を検査しますが、政策そのものを頭から評価することはしません。また、布製マスク配布事業は「特定検査状況」として記され、少し緩やかな所見になりました。
土居 会計検査院は正確性、合規性、経済性、効率性、有効性という5つの観点を掲げて検査を行なっている。実に会計検査院らしい目線で布製マスク配布事業の分析と検査をブレずにされたという印象です。この件については、何か反響はありましたか。
田中 布製マスクはメディアでもかなり取り上げられ、在庫が8200万枚も余ったことが注目されました。しかし、布製マスク配布事業に1044億円もの予算が投じられたことはあまり報道されていません。我々は在庫に至る前段階、つまり製造契約の問題にも注目しました。
驚いたのは、契約に当たって仕様書がなかった点です。口頭で伝えるだけで製造が進められ、瑕疵(かし)担保責任が明確でなかったため、後に不良品が出ても修繕や交換に応じてもらえないケースもありました。結局、検品作業を厚生労働省が自ら行なうことになったのです。
当初、厚生労働省が数億円を払って検品会社に委託しましたが、世論の批判を受け、最終的にはメーカーが負担する形での契約に変更しました。しかし、この対応にかかる費用も非常に大きく、仕様書を作らなかったことや瑕疵担保責任を明記しなかったことで、結果的にコストが増大してしまいました。
土居 混乱の最中とはいえ、法律に厳しい霞が関にしては、特に契約上の瑕疵担保条項については凡ミスに見えますね。
田中 これは検査報告にも記載しましたが、一部のメーカーでは短期間で布を調達し、納品するリスクが大きすぎるとして、瑕疵担保条項を削除するよう求めたそうです。緊急ということもあり、仕方なく条項を削除した結果、問題が残ってしまったのです。また、契約相手方の見積額と同額をそのまま予定価格にしてしまったという問題もありました。
土居 前例のない事態のなか、マスクの緊急製造という初めての新型コロナ対策では、厳しく指摘できなかったという事例ですね。
持続化給付金事業について
土居 2020年度に、新型コロナ対策で会計検査院が重点的に取り組んだ項目は他にありますか?
田中 いわゆる新型コロナ対策関連経費の中で、1つ挙げるとすれば持続化給付金事業です。
持続化給付金は423万件に対して計5兆5500億円が給付されましたが(2021年3月末まで)、背後では多層の再委託が行われています。
受託者である一般社団法人サービスデザイン推進協議会から大手広告代理店・電通などに99.8%再委託し、そこから更に9階層に及んで延べ723者が関与していました。
このような多重階層では受託者が管理するのは困難であるとして、再委託の範囲や仕事の適切性を明確にすべきだと申し上げました。
土居 その後、2021年度や2022年度にも補正予算を通じて作られた基金でも同様のケースが見られました。持続化給付金事業ほどではないにせよ、基金の運営における再委託の問題がまだ残っているように思います。
田中 2023年秋に「令和4年度(2022年度)決算検査報告(注4)」を公表し、「特定検査状況」として報告したガソリン価格を安定させるための燃料油価格激変緩和対策事業ですね。
6兆2000億円の予算が組まれ、一般社団法人全国石油協会が、基金設置法人として選ばれました。そして、同協会と博報堂との間で委託契約が結ばれ、受託者である博報堂を通じて別の大手広告代理店に77.0%再委託していました。
委託の内容ですが、主に補助金申請の処理とガソリンの販売価格の調査です。ガソリンは卸売事業者(石油輸入業者)が30社しかありませんが、ガソリンスタンドは全国に約2万8500店あります(検査当時)。ですから、ガソリンの価格や売上に基づいて卸売事業者に交付する補助金を調整し、頻繁に補助金の申請を行う必要がありました。また、ガソリンの販売価格の調査を全ガソリンスタンドに対して行なうことになっていました。
土居 一回一回の申請ごとに交付事務が必要という構図ですよね。持続化給付金事業の場合は100万円から200万円規模の給付金が423万者に交付されました。再委託に関して所管省庁のモニタリングの甘さがあったのではないでしょうか。
田中 それには、霞が関の体力不足も影響しています。実はGoToキャンペーン事業では、イート事業を実施する農林水産省が144件のすべての契約事務を自力で行おうとしました。GoToEatキャンペーン準備室に配置された職員を9人から最大20人に増員して対応しましたが、検査時点で半分以上にあたる85件の契約事務が完了していませんでした。
この事例は、トランザクションコスト(取引費用)の観点からも、すべての業務を省庁が自力で行なうことの難しさを示しています。ですから、委託そのものが悪いわけではないということです。
土居 なるほど、そういった背景があるのですね。どういう形で民間に財政支出をするかはケース・バイ・ケースですが、ルーズに予算を出してはいけないというのが、今回の新型コロナ対策の関連事業からの教訓ですね。
コロナ病床確保事業について
土居 コロナ患者を受け入れる病床として確保していたのに使用されなかった、いわゆる「幽霊病床」も話題になりました。
そもそも、医療機関が得る診療報酬は医療行為に対する報酬であり、患者がおらず空床だと診療報酬が支払えないことから、診療報酬とは別に補助金という形で、コロナ病床として確保した医療機関に対して病床確保料を支払ったわけです。
病床確保料に関する検査も会計検査院は行なったと聞きました。具体的にどのような形で検査をしたのでしょうか。
田中 コロナ病床確保事業には、補助対象期間にコロナ患者等の入院受入体制が整い「即応病床」として確保された病床(以下、「確保病床」)と、コロナ患者等を受け入れるために看護職員等が従来配置されていた病棟を閉鎖したり、多床室の一部の病床を空床としたりしたために休止した「休止病床」の2種類があります。
コロナ患者用の病床を確保すると、他の患者を受け入れられなくなるため、その間に稼働できない病床にも補助金が出されました。
まず補助金の財源や制度を確認し、その上で執行状況を調べました。病床確保事業の対象とされた病院や医療機関は全国で3483施設ありましたが、そのうち計496の大規模医療機関(国立大学病院や独立行政法人が設置する医療機関など)を中心に検査し、随時報告という形で2023年1月に報告をまとめました。
しかし、当時、検査対象となった市区町村の医療関係の部局や民間のクリニックは僅かで、主たる実地検査の対象に含まれていません。
土居 実地検査の対象に含めなかったのは、要請したけれども受け入れてもらえなかったということでしょうか。
田中 市区町村については特に配慮し、コロナワクチン接種が始まった年には実地検査を控えました。また、2021年には全国知事会から会計検査を控えてほしいとの提言もありました。
土居 それでは自治体の都合で「来てほしくない」と断っているように見えますね。国費を使っている以上、会計検査を受けるのもやむを得ないと思ってくれないのでしょうか。
このインタビューは2024年7月に会計検査院で行われた。クレジットのない写真はすべて河内彩・撮影
田中 現場に負担をかけないために、できる限り中小規模の病院への実地検査は控えました。しかし、都道府県の担当部局は情報収集や医療機関間連携で重要な調整機能を果たしていたため、実地検査に協力してもらいました。
実際に確保病床と休止病床に対して1日当たり最大43万6000円の補助金が支払われました。さらに、コロナ患者を実際に受け入れて稼働した際には、看護師の人件費等として、1ベッド当たり1500万円が支給されました。独立行政法人国立病院機構には、計1800億円の補助金が投入されています。
都道府県にヒアリングを行なったところ、次にいつ患者が増えるか分からない中で病床を減らし、その後、感染が拡大した際に病院にベッドを確保してほしいと再度頼むことが難しい、と。その結果、病床は増え続けたのですが、事態がどう動くか分からない中でこれを責めることはできません。
また、検査対象となった補助金交付対象の病院の病床利用率は全国平均で約60%でした。しかし、中には病床利用率が50%未満の病院もありました。
土居 補助金を受けて病床を確保した割には、病床利用率が50%未満という病院があったというところが、まさに「幽霊病床」と呼ばれた所以ですね。補助金をもらうだけもらいながら患者を受け入れられなかったということもありえますよね。
田中 その理由についてもアンケートを取ったところ、そもそもコロナ患者が来なかったり、病院内でクラスターが発生したり、専門病院とのミスマッチが原因で受け入れができなかったという回答がありました。
土居 そうした事情は、外部の専門家に報告を読んでいただき、さらに実態を解明してもらうことを期待したいところですね。
田中 我々はあくまで国の収入と支出を検査する機関であり、政策の妥当性そのものを評価する立場になく、アンケート調査以上のことはしていません。しかし、この報告をご専門の先生方に見ていただければ、これからの医療体制の在り方を検討していただく1つの情報源になるのではないかと思っています。
※第2回:新型コロナ・病床に対する補助金「1日当たり最大43万6000円」は妥当だったのか?...診療報酬制度とのミスマッチ に続く
【注】
(1) 会計検査院の検査官三名は、国会の同意を経て、内閣が任命し天皇が認証する。院長は、検査官の中から互選され内閣が任命する。
(2) 令和二年度決算検査報告 目次
(3) 令和三年度決算検査報告 目次
(4) 令和四年度決算検査報告 目次
田中弥生(Yayoi Tanaka)
1960年生まれ。2002年大阪大学大学院国際公共政策研究科で博士号取得。笹川平和財団研究員、国際協力銀行プロジェクト開発部参事役、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構教授などを経て、2019年9月に会計検査院検査官、2024年1月に会計検査院長に就任。専門は非営利組織論、評価論。著書に『ドラッカー 2020年の日本人への「預言」』(集英社)、『NPOと社会をつなぐ──NPOを変える評価とインターメディアリ』(東京大学出版会)など。
土居丈朗(Takero Doi)
慶應義塾大学経済学部教授、アステイオン編集委員。1970 年生まれ。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、現職。専門は財政学、経済政策論など。著書に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学(第2版)』 (日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)、『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)などがある。
『アステイオン』101号
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CCCメディアハウス[刊]
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<布製マスクの在庫は注目されたが、製造過程についてはあまり報道されていない...>
布製マスク配布事業、持続化給付金事業、病床確保事業、巨額の予備費など、新型コロナ対策には財政支出が多額に投じられたが、その財政運営に会計検査院がメスを入れたことが話題になった。
その一端について、田中弥生・会計検査院長に本誌編集委員の土居丈朗・慶應義塾大学教授が聞いた。『アステイオン』101号の特集「コロナ禍を経済学で検証する」より「コロナ対策の『事後検証』――田中会計検査院長が語る」を3回に分けて転載。本編は第1回目。
◇ ◇ ◇
コロナ禍初期段階の会計検査院の対応について
土居 2019年度末頃のコロナ禍初期から新型コロナ対策が財政的にも注目され始めていましたが、当時は検査官(注1)であられて、新型コロナ対策に関して、会計検査院として何らかの対応が必要になるという予兆はあったのでしょうか。
田中 会計検査院は憲法90条に基づき、独立した立場から国の財政を監督する機関です。きちんと検査をして、次のパンデミックや災害のために教訓として歴史に残る記録を残さなければならないということを当初から議論していました。
土居 混乱状態のなかで記録を残すことがすでに議論されていたとは驚きです。しかし、これから何が起こるかも分からないなかでは難しかったのではないでしょうか。
田中 まずはそもそも新型コロナ対策に対して、何らかの指摘をするかどうかについて議論しました。コロナ禍が始まったばかりの試行錯誤している段階で「あれもこれも駄目」とは言えないだろう、と。ですから、初年度は見守ることになりました。
2021年秋に公表した令和2年度(2020年度)決算検査報告(注2)の第4章に「特定検査状況(特定検査対象に関する検査状況)」という項目があります。
これは「状況を見守ること」に関する項目で、「GoToキャンペーン事業」や「持続化給付金事業」などを入れました。翌年にはある程度状況が見え、判断ができるだろう。もし何かを指摘するのであれば、2022年(令和3年度決算検査報告)(注3)以降になるであろうことは幹部職員らとも当初から議論していました。
布製マスク配布事業について
土居 新型コロナ対策の中では、最初に布製マスク配布事業が話題になりました。これについては検査官、または会計検査院としてどのように動いたのでしょうか。
田中 布製マスクの良し悪し、配布の是非については会計検査院としてジャッジしないことにしました。むしろ、どれほどの費用が使われたのか、製造過程や契約で問題がなかったか、配布のプロセスに課題がなかったか、そして在庫の管理がどうなっているかに注目しました。その中で法的またはシステム上の問題がある場合に指摘することにしました。
会計検査院は毎年、国のすべての収入と支出の決算を検査しますが、政策そのものを頭から評価することはしません。また、布製マスク配布事業は「特定検査状況」として記され、少し緩やかな所見になりました。
土居 会計検査院は正確性、合規性、経済性、効率性、有効性という5つの観点を掲げて検査を行なっている。実に会計検査院らしい目線で布製マスク配布事業の分析と検査をブレずにされたという印象です。この件については、何か反響はありましたか。
田中 布製マスクはメディアでもかなり取り上げられ、在庫が8200万枚も余ったことが注目されました。しかし、布製マスク配布事業に1044億円もの予算が投じられたことはあまり報道されていません。我々は在庫に至る前段階、つまり製造契約の問題にも注目しました。
驚いたのは、契約に当たって仕様書がなかった点です。口頭で伝えるだけで製造が進められ、瑕疵(かし)担保責任が明確でなかったため、後に不良品が出ても修繕や交換に応じてもらえないケースもありました。結局、検品作業を厚生労働省が自ら行なうことになったのです。
当初、厚生労働省が数億円を払って検品会社に委託しましたが、世論の批判を受け、最終的にはメーカーが負担する形での契約に変更しました。しかし、この対応にかかる費用も非常に大きく、仕様書を作らなかったことや瑕疵担保責任を明記しなかったことで、結果的にコストが増大してしまいました。
土居 混乱の最中とはいえ、法律に厳しい霞が関にしては、特に契約上の瑕疵担保条項については凡ミスに見えますね。
田中 これは検査報告にも記載しましたが、一部のメーカーでは短期間で布を調達し、納品するリスクが大きすぎるとして、瑕疵担保条項を削除するよう求めたそうです。緊急ということもあり、仕方なく条項を削除した結果、問題が残ってしまったのです。また、契約相手方の見積額と同額をそのまま予定価格にしてしまったという問題もありました。
土居 前例のない事態のなか、マスクの緊急製造という初めての新型コロナ対策では、厳しく指摘できなかったという事例ですね。
持続化給付金事業について
土居 2020年度に、新型コロナ対策で会計検査院が重点的に取り組んだ項目は他にありますか?
田中 いわゆる新型コロナ対策関連経費の中で、1つ挙げるとすれば持続化給付金事業です。
持続化給付金は423万件に対して計5兆5500億円が給付されましたが(2021年3月末まで)、背後では多層の再委託が行われています。
受託者である一般社団法人サービスデザイン推進協議会から大手広告代理店・電通などに99.8%再委託し、そこから更に9階層に及んで延べ723者が関与していました。
このような多重階層では受託者が管理するのは困難であるとして、再委託の範囲や仕事の適切性を明確にすべきだと申し上げました。
土居 その後、2021年度や2022年度にも補正予算を通じて作られた基金でも同様のケースが見られました。持続化給付金事業ほどではないにせよ、基金の運営における再委託の問題がまだ残っているように思います。
田中 2023年秋に「令和4年度(2022年度)決算検査報告(注4)」を公表し、「特定検査状況」として報告したガソリン価格を安定させるための燃料油価格激変緩和対策事業ですね。
6兆2000億円の予算が組まれ、一般社団法人全国石油協会が、基金設置法人として選ばれました。そして、同協会と博報堂との間で委託契約が結ばれ、受託者である博報堂を通じて別の大手広告代理店に77.0%再委託していました。
委託の内容ですが、主に補助金申請の処理とガソリンの販売価格の調査です。ガソリンは卸売事業者(石油輸入業者)が30社しかありませんが、ガソリンスタンドは全国に約2万8500店あります(検査当時)。ですから、ガソリンの価格や売上に基づいて卸売事業者に交付する補助金を調整し、頻繁に補助金の申請を行う必要がありました。また、ガソリンの販売価格の調査を全ガソリンスタンドに対して行なうことになっていました。
土居 一回一回の申請ごとに交付事務が必要という構図ですよね。持続化給付金事業の場合は100万円から200万円規模の給付金が423万者に交付されました。再委託に関して所管省庁のモニタリングの甘さがあったのではないでしょうか。
田中 それには、霞が関の体力不足も影響しています。実はGoToキャンペーン事業では、イート事業を実施する農林水産省が144件のすべての契約事務を自力で行おうとしました。GoToEatキャンペーン準備室に配置された職員を9人から最大20人に増員して対応しましたが、検査時点で半分以上にあたる85件の契約事務が完了していませんでした。
この事例は、トランザクションコスト(取引費用)の観点からも、すべての業務を省庁が自力で行なうことの難しさを示しています。ですから、委託そのものが悪いわけではないということです。
土居 なるほど、そういった背景があるのですね。どういう形で民間に財政支出をするかはケース・バイ・ケースですが、ルーズに予算を出してはいけないというのが、今回の新型コロナ対策の関連事業からの教訓ですね。
コロナ病床確保事業について
土居 コロナ患者を受け入れる病床として確保していたのに使用されなかった、いわゆる「幽霊病床」も話題になりました。
そもそも、医療機関が得る診療報酬は医療行為に対する報酬であり、患者がおらず空床だと診療報酬が支払えないことから、診療報酬とは別に補助金という形で、コロナ病床として確保した医療機関に対して病床確保料を支払ったわけです。
病床確保料に関する検査も会計検査院は行なったと聞きました。具体的にどのような形で検査をしたのでしょうか。
田中 コロナ病床確保事業には、補助対象期間にコロナ患者等の入院受入体制が整い「即応病床」として確保された病床(以下、「確保病床」)と、コロナ患者等を受け入れるために看護職員等が従来配置されていた病棟を閉鎖したり、多床室の一部の病床を空床としたりしたために休止した「休止病床」の2種類があります。
コロナ患者用の病床を確保すると、他の患者を受け入れられなくなるため、その間に稼働できない病床にも補助金が出されました。
まず補助金の財源や制度を確認し、その上で執行状況を調べました。病床確保事業の対象とされた病院や医療機関は全国で3483施設ありましたが、そのうち計496の大規模医療機関(国立大学病院や独立行政法人が設置する医療機関など)を中心に検査し、随時報告という形で2023年1月に報告をまとめました。
しかし、当時、検査対象となった市区町村の医療関係の部局や民間のクリニックは僅かで、主たる実地検査の対象に含まれていません。
土居 実地検査の対象に含めなかったのは、要請したけれども受け入れてもらえなかったということでしょうか。
田中 市区町村については特に配慮し、コロナワクチン接種が始まった年には実地検査を控えました。また、2021年には全国知事会から会計検査を控えてほしいとの提言もありました。
土居 それでは自治体の都合で「来てほしくない」と断っているように見えますね。国費を使っている以上、会計検査を受けるのもやむを得ないと思ってくれないのでしょうか。
このインタビューは2024年7月に会計検査院で行われた。クレジットのない写真はすべて河内彩・撮影
田中 現場に負担をかけないために、できる限り中小規模の病院への実地検査は控えました。しかし、都道府県の担当部局は情報収集や医療機関間連携で重要な調整機能を果たしていたため、実地検査に協力してもらいました。
実際に確保病床と休止病床に対して1日当たり最大43万6000円の補助金が支払われました。さらに、コロナ患者を実際に受け入れて稼働した際には、看護師の人件費等として、1ベッド当たり1500万円が支給されました。独立行政法人国立病院機構には、計1800億円の補助金が投入されています。
都道府県にヒアリングを行なったところ、次にいつ患者が増えるか分からない中で病床を減らし、その後、感染が拡大した際に病院にベッドを確保してほしいと再度頼むことが難しい、と。その結果、病床は増え続けたのですが、事態がどう動くか分からない中でこれを責めることはできません。
また、検査対象となった補助金交付対象の病院の病床利用率は全国平均で約60%でした。しかし、中には病床利用率が50%未満の病院もありました。
土居 補助金を受けて病床を確保した割には、病床利用率が50%未満という病院があったというところが、まさに「幽霊病床」と呼ばれた所以ですね。補助金をもらうだけもらいながら患者を受け入れられなかったということもありえますよね。
田中 その理由についてもアンケートを取ったところ、そもそもコロナ患者が来なかったり、病院内でクラスターが発生したり、専門病院とのミスマッチが原因で受け入れができなかったという回答がありました。
土居 そうした事情は、外部の専門家に報告を読んでいただき、さらに実態を解明してもらうことを期待したいところですね。
田中 我々はあくまで国の収入と支出を検査する機関であり、政策の妥当性そのものを評価する立場になく、アンケート調査以上のことはしていません。しかし、この報告をご専門の先生方に見ていただければ、これからの医療体制の在り方を検討していただく1つの情報源になるのではないかと思っています。
※第2回:新型コロナ・病床に対する補助金「1日当たり最大43万6000円」は妥当だったのか?...診療報酬制度とのミスマッチ に続く
【注】
(1) 会計検査院の検査官三名は、国会の同意を経て、内閣が任命し天皇が認証する。院長は、検査官の中から互選され内閣が任命する。
(2) 令和二年度決算検査報告 目次
(3) 令和三年度決算検査報告 目次
(4) 令和四年度決算検査報告 目次
田中弥生(Yayoi Tanaka)
1960年生まれ。2002年大阪大学大学院国際公共政策研究科で博士号取得。笹川平和財団研究員、国際協力銀行プロジェクト開発部参事役、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構教授などを経て、2019年9月に会計検査院検査官、2024年1月に会計検査院長に就任。専門は非営利組織論、評価論。著書に『ドラッカー 2020年の日本人への「預言」』(集英社)、『NPOと社会をつなぐ──NPOを変える評価とインターメディアリ』(東京大学出版会)など。
土居丈朗(Takero Doi)
慶應義塾大学経済学部教授、アステイオン編集委員。1970 年生まれ。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、現職。専門は財政学、経済政策論など。著書に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学(第2版)』 (日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)、『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)などがある。
『アステイオン』101号
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CCCメディアハウス[刊]
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)