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新型コロナ・病床に対する補助金「1日当たり最大43万6000円」は妥当だったのか?...診療報酬制度とのミスマッチ

ニューズウィーク日本版 2024年12月18日 10時55分

田中弥生 + 土居丈朗(構成:髙橋涼太朗) アステイオン
<適正な利益率や報酬について、厚生労働省はパンデミック前から考えておく必要があったのではないか...> 

布製マスク配布事業、持続化給付金事業、病床確保事業、巨額の予備費など、新型コロナ対策には財政支出が多額に投じられたが、その財政運営に会計検査院がメスを入れたことが話題になった。

その一端について、田中弥生・会計検査院長に本誌編集委員の土居丈朗・慶應義塾大学教授が聞いた。『アステイオン』101号の特集「コロナ禍を経済学で検証する」より「コロナ対策の『事後検証』――田中会計検査院長が語る」を3回に分けて転載。本編は第2回目。

※第1回:布製マスクの「製造過程」になぜメスを入れたのか?...田中弥生・会計検査院長に聞く「コロナ対策の事後検証」 から続く

◇ ◇ ◇

医業収支から見えた、日本の診療報酬制度

土居 先ほど、確保病床と休止病床に対して1日当たり最大43万6000円の補助金が支払われた。さらに患者を受け入れた際には看護師の人件費等として、1ベッド当たり1500万円が支給されたという話がありましたが、この病床確保事業の補助金の適正性についてはいかがでしょうか。

田中 財政制度等審議会(財務大臣の諮問機関)でも医療機関の医業収支の問題が議論されました。我々も医業収支の調査を行い、データを統計的に解析しました。その結果、許可病床数に占める確保病床数・休止病床数の割合と医業収支の増減率には正の相関が見られ、補助金を得た病院の収支が改善されたことが明らかになりました。

では単価設定はどうだったかというと、確保病床に対する1日当たり最大43万6000円は、治療が始まると診療報酬に切り替わります。つまり、確保病床の間には病床のコストは発生しません。確保病床と休止病床の単価は同額でしたが、そこには明確な基準は示されていませんでした。

そもそも補助金の趣旨は、診療報酬が得られなかった場合の機会損失を補塡するためと説明されています。しかし、算定方法が曖昧で、ほとんどの病院は最高額の単価で計算して申請していました。

土居 病床確保事業の補助金が医療機関の収支改善につながっていたことが、単なる類推ではなく、データによって裏付けられたというのは重要です。

しかし、少なくとも病床の価値や補償額については、通常の診療報酬を基にして、もう少し正確な基準があっても良かったはずです。厚生労働省はその計算ができたのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

田中 我々も各病床の入院コロナ患者1人1日当たりの診療報酬額と病床確保料上限額を比較しましたが、病床確保料が診療報酬額を下回る場合も上回る場合もあり、すべての病床が収支的に儲かっているわけではありませんでした。ですから、まさにケース・バイ・ケースでした。

しかし、次のパンデミックには今回の教訓を基にきちんと算定方法を決めていただきたいという思いで、所見を書きました。ところで、そもそもこの確保病床に対して1日当たり最大43万6000円という額はどこから出てきたのでしょうかね。

土居 おそらく厚生労働省も当たりはついていたと思います。緊急時であったことや、コロナ患者に接する医療従事者の報酬設定が各医療機関に委ねられていたため、ミスマッチが生じたのだと思います。

病床には一定の金額が設定されており、診療報酬は診療行為に対して支払われますが、医師や看護師にどう分配するかは医療機関の自由です。これは実は平時からの日本の診療報酬体系そのものの根本問題だと思います。

そうした診療報酬体系に引きずられることなく、患者を1人受け入れるごとに医師や看護師に支払う報酬をきちんと計算し、病院の取り分も考慮した上で補助金が支払われるという形であれば、もう少し妥当な額になっていたと思います。

田中 なるほど、これまでにない事態だったため、医療機関側もどう計算していいか迷ったということでしょうか。そして、土居先生がご指摘の点は、病院経営に関わる問題でもありますよね。

土居 今回は、医師、看護師の新型コロナ対応の報酬が大幅に増える医療機関もありました。しかし、逆に患者を受け入れることで赤字になってしまう医療機関もあったと思います。

利益を出しすぎてもいけないし、逆に赤字になっても問題です。適正な利益率や報酬について、厚生労働省はパンデミック以前から考えておく必要があったのではないかと思います。

また、先ほどあがった独立行政法人国立病院機構がコロナ禍で得た黒字は、のちに防衛費に転用されたという話があります。補助金受け入れ後の最終的な収支が黒字になった結果として、国立病院機構などの医療系独立行政法人で積立金が増えてしまい、その余剰が図らずも防衛財源に回されたわけです。

国立病院機構に直接ひもづいたお金ではないにせよ、財源は国民が収めた税金です。国の支出についてもっとシビアに見ていく必要があると思います。

予備費について

土居 これまで話してきた布製マスク配布事業や病床確保事業には、予備費も充てられました。この予備費に関する会計検査院としての問題意識や事後評価についてもおうかがいできればと思います。

田中 予備費は憲法87条に基づいており、議会の事前承認が必要な財政民主主義の基本となる第83条の例外です。議会の事前チェックなしで内閣の責任で使えるお金ですから、アカウンタビリティー(説明責任)が非常に重要だと思います。また、その執行状況、すなわち決算を検査するからこそ役立つ部分があるとも思っています。

予備費は、これまではかなり抑制的に設けられていました。新型コロナの前年には5000億円であった予備費は、2020年度には新型コロナ対策で約10兆円という前代未聞の予算額になりました。

最初は大まかな目安として10兆円の規模が設けられたのだと思いますが、実際にはどれほど使われたのかという点を明らかにして、議会や内閣にフィードバックすることが重要だと考えました。

土居 前代未聞、かつ「大まかな目安」である10兆円のどういう点に着目して検査をされたのですか。

田中 実は、その金額に着目する以前に、どのように検査するかというのが最大の難関でした。霞が関では「予算に溶け込む」という言い方をしますが、補正予算や予備費のみを取り出し、いくら使ったかということが今の決算制度では実は分かりません。そこを何とかできないかということを、2020年からずっと考えていました。

土居 決算書で分からない部分をどのように把握したのですか。

田中 現場力です。調査官が各省の担当課を回って1件1件調べてくれました。すると、各省で事業単位で施策登録の管理簿をつけていたということが分かりました。

そこで確信を得て、「事業単位でコロナ予算の管理簿をつけていませんか」と聞くと、実に相当数の管理簿が見つかりました。2019年度から2020年度末までに770ほどの事業が出てきました。その経験から、コロナ予備費も調べられるだろうと思いました。

しかし、次の壁は1つの事業に複数の財源が入っている場合で、予備費だけを取り出すのが難しい。そこで再び各省に確認したところ、財源別で管理されていることが分かりました。

財源の使い方には「先入れ先出し執行」、「予備費優先執行」、「補正予算優先執行」の3パターンしかなかったことがそこで初めて分かり、そこから予備費のみを取り出すことができたのです。

決算検査報告 提供:会計検査院

土居 現場の職員以外は誰も知らなかったということは驚きです。しかし、それ以上にどういう順番でお金を使い、どの財源がいくら残っているのかの整理簿や管理簿をきちんとつけて出納の面で管理していることは初めて知りました。

田中 昭和29年(1954年)閣議決定「予備費の使用について」第4項に、予備費は「その目的の費途以外に支出してはならない」と書かれています。私どもはこの70年も前の古い閣議決定がいまだに大きな効力を発揮していると思っており、そのことは報告書にも記しました。

土居 それは本当に驚きですね。ところで、ここで1点確認したいのですが、予備費は翌年度に繰り越せないはずですよね。

田中 予備費そのものを翌年度に持ち越すことはできません。どうしても年度をまたぐ事業の際には、予算の繰越しを事前承認してもらう「明許繰越し」は可能で、実際には、予備費の使用を決定して事業費の予算にした後、全額繰り越されていたケースもありました。

例えば、予備費の使用について年度末の3月23日に閣議決定されたものは使える日数が年度内に残り数日ぐらいしかないのに、その予備費の積算を見ると240日とか12カ月分が計上されているものがありました。

各省に聞いたところ、年度内に使う予定だった、と。財務省も年度内に使われることを前提として手続きをしたと回答するなど、我々には判然としませんでした。

土居 2020年は新型コロナの影響で予測が難しい状況だったため、大きな予備費を積んだのだと思いますが、ある程度使途が分かるなら、財政民主主義の観点からも費目を限定した予算を最初から組むべきだったと思います。

※第3回:税金が「何に使われたのか」という国民の声は大きくなっている...田中弥生・会計検査院長が掲げた「5つの目標」とは? に続く

田中弥生(Yayoi Tanaka)
1960年生まれ。2002年大阪大学大学院国際公共政策研究科で博士号取得。笹川平和財団研究員、国際協力銀行プロジェクト開発部参事役、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構教授などを経て、2019年9月に会計検査院検査官、2024年1月に会計検査院長に就任。専門は非営利組織論、評価論。著書に『ドラッカー 2020年の日本人への「預言」』(集英社)、『NPOと社会をつなぐ──NPOを変える評価とインターメディアリ』(東京大学出版会)など。

土居丈朗(Takero Doi)
慶應義塾大学経済学部教授、アステイオン編集委員。1970 年生まれ。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、現職。専門は財政学、経済政策論など。著書に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学(第2版)』 (日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)、『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)などがある。

 『アステイオン』101号
 公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
 CCCメディアハウス[刊]
 

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