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統合失調症の姉と、姉を自宅に閉じ込めた両親の20年を記録した『どうすればよかったか?』

ニューズウィーク日本版 2024年12月7日 17時20分

森達也
<医師で研究者でもある父と母は姉の病気をかたくなに認めず、長年自宅に閉じ込めた――「どうすればよかったか?」に答えはあるのか>

ときおり電車の中で、ぶつぶつと意味の分からない独り言をつぶやいている人がいる。そんなときあなたはどうするだろう。隣に座っているならば、そっと立ち上がって遠くの席に行くだろうか。あるいは隣の車両に移動するかもしれない。

だって何を考えているのか分からない。だから怖い。いきなり暴力を振るわれるかもしれない。そう思う人は少なくないはずだ。

僕は隣の席に座った彼と話し込んだことがある。何か言われているのかと思って返事をしてしまったのだ。でも彼の受け答えは普通だった。気にしないでください、妄想が見えるんです、と申し訳なさそうに彼は言った。

もちろん精神の病は個人差がある。症状もさまざまだ。でも言動はともかく内面は実のところ僕たちと大きく変わらない。というか、ここで僕が書いた「僕たち」って誰だ。健常者という意味か。そんな簡単に二分されるものなのか。僕たちの多くはグレーゾーンにいる。それに最近は抗精神病薬もずいぶん進化した。統合失調症を発症する割合は約100人に1人、とのデータもある。彼らは決して異世界の住人ではない。

でもこの映画を観終えて、タイトルである『どうすればよかったか?』を改めて自問自答して、明確な答えを持たない自分に気付く。どうすればよかったのか。どうすべきだったのか。何を間違えたのか。全て答えがない。

この映画の概要については、どこまでをどのように書けばいいのか、正直なところ悩む。だからチラシに書かれた紹介文を参考にしながら、以下に要約する。

8歳違いの姉は学業も優秀で生徒会副会長を務めるほどに活発だ。両親の勧めで医師を志した姉は、高校卒業後に医学部に進学した。

その姉がある日突然、意味が分からないことを叫び出した。統合失調症が疑われたが、医師で研究者でもある父と母はそれをかたくなに認めようとはせず、精神科の受診から姉を遠ざけた。

それから長い年月が過ぎた。家の中で姉はほとんど拘束状態だ。両親の判断に疑問を感じた弟(藤野知明監督)は、姉は統合失調症だと必死に説得するが、両親は同意しない。

姉が発症したと思われる日から18年後、映像制作を学んだ藤野は、家族の日々を記録し始める。姉の状態は変わらない。いやむしろ悪化している。両親は玄関に鎖と南京錠をかけて、姉を家に閉じ込めるようになった。これ以上は限界だ。しかも母の認知症も進行しつつある。藤野はある決意をする。

......観ながらずっと居心地の悪い思いが持続した理由の1つは、モザイクが一切ないからだ。普段から日本のテレビや映画はモザイクを多用しすぎだと主張していたくせに、この映画については観ながら時おり目を伏せたくなる。これを直視していいのだろうかとの思いを、どうしても払拭できないのだ。

でも観るべきだ。20年かけて撮った映像を、悩んだ末に藤野監督は公開することを決意した。その思いは強い。だから観て考える。僕たちはどうすればよかったのか。どうすべきだったのか。

『どうすればよかったか?』
監督・撮影/藤野知明
(12月7日公開)

<本誌2024年12月10日号掲載>

【本予告編】映画『どうすればよかったか?』(藤野知明監督)



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