井口景子(ジャーナリスト)
<日本食は「1点」を除けば「ほぼ完璧な食事」──老化物質を減らす調理法から世代別の重点ポイントまで、超高齢化時代を健康に生き抜くための食生活の新たな常識>
ニンニクを毎日食べれば感染症にかからない──古代エジプト人はそう信じて、ピラミッド建造に従事する労働者に毎日、ニンニクを支給していた。王族もニンニクを常食とし、ツタンカーメン王の墓には複数の球根が収められた。
ローマ帝国では胃腸の調子を整える健康食としてキャベツが重宝され、中世フランスでは呼吸器疾患の予防薬としてカタツムリが食された。
古今東西、人類は不老長寿を夢見て、身体にいい食べ物を探し求めてきた。人生100年時代を迎えた現代人にとっては、老化の波に負けず、人生の後半戦も健康体を維持したいという願いはなおさら切実だ。
2800組以上の双生児を長期間追跡したデンマークの研究によれば、寿命を左右する要因のうち遺伝の影響はおよそ25%で、残りの75%は食事や運動などの生活習慣や環境に起因していた。
なかでも食事は年間1000回以上という日常的な選択の積み重ねであり、短命と慢性疾患リスクの「最大の予測因子だ」と、老化の専門家で米エール大学予防医学センター元所長のデービッド・カッツは指摘する。「逆に言えば、食生活の質が高ければ、活力に満ちて長寿だろうと予測できる」
厄介なのは、食事の質は多種多様な食材が複合的かつ長期的に絡み合って決まるため、「これを食べれば長生きできる」という単純な図式が成立しないこと。
さらに、運動や睡眠、ストレス、個人の体質など幅広い要因とも互いに影響し合うため、万人向けの完璧なレシピを特定するのはそもそも無理な話だ。
それでも、人類が経験したことのない超高齢化時代が到来するなか、老化関連の研究は巨額の資金が流れ込む最もホットなテーマの1つ。
遺伝子レベルの研究からAI(人工知能)を用いたビッグデータ解析までさまざまな最先端科学によって、長寿と食べ物の関係や健康寿命を延ばす具体策が明らかになりつつある。
注目が高まっている老化因子の1つが、細胞を構成するタンパク質の「糖化」だ。
超高齢社会の到来とともに食事と健康の関係や老化を招く要因の研究も盛んに DIMENSIONS/ISTOCK
過剰な活性酸素が細胞を「酸化」させ、免疫機能の低下や動脈硬化、癌を引き起こすことは広く知られている。近年は活性酸素を取り除く抗酸化物質が豊富な食材(ビタミンA・C・Eやポリフェノールを多く含む緑黄色野菜やナッツ類など)や関連サプリが人気を博している。
タンパク質の糖化とAGE
一方、あまり耳慣れない「糖化」は体内の過剰な糖がタンパク質にこびりつく現象で、酸化と並んでタンパク質の劣化、すなわち老化を促進する主要因となる。
糖にまみれて変性・劣化したタンパク質は、「AGE(終末糖化産物)」と呼ばれる老化物質となって体内に蓄積されていく。
皮膚細胞のタンパク質がAGE化すればしわやシミのもとになり、血管にたまれば動脈硬化や高血圧の原因となる。骨をもろくしたり、慢性炎症を引き起こして癌や認知症の引き金になることも報告されている。
オランダのフローニンゲン大学の研究チームが住民7万人以上を追跡した長期研究では、AGEの蓄積量が多い人は糖尿病や心臓病になる確率が3倍高く、死亡リスクは5倍に達していた。
体内のAGEが加齢とともに増えるのは避けられないが、そのペースを緩やかにする方法はある。昭和大学医学部の山岸昌一教授(糖尿病・代謝・内分泌内科学)によれば、AGEが蓄積する経路は2つ。
1つは血中の過剰な糖がタンパク質と結び付く「体内ルート」で、これを避けるには血糖値が急上昇する「血糖スパイク」を抑える食生活──早食いをしない、野菜など食物繊維の多いものを先に食べ、ご飯などの糖質を最後に食べるなど──が望ましい。
実際、食後の血糖スパイクを抑えることで、血中のAGE値が3カ月間で3割ほど低下したという研究もある。
長寿の国である日本の伝統的な食事はやはり理想的 YUMEHANA/ISTOCK
もう1つは食べ物に含まれるAGEを口から取り込む「食事ルート」で、体内にたまったAGEの3分の1を占める。食材そのものに含まれるAGEは野菜よりも肉や魚介類、ベーコンやミートボールなどの加工品に多いが、「何を食べるかと同じくらい、どう調理するかが重要だ」と、山岸は指摘する。
AGEは糖とタンパク質が高温で加熱されるほど生成されやすいため、同じ食材でも「揚げる」「焼く」は「煮る」「蒸す」「ゆでる」よりはるかに大量のAGEを生み出す(鶏の唐揚げは蒸し鶏や水炊きよりAGE含有量が5~10倍多い)。
また、電子レンジを長時間使う調理はブドウ糖をタンパク質にくっつきやすい性質に変えるため、食材のAGE化を加速させるという。
揚げ物やステーキを食べないなんて無理と思うかもしれないが、0か100かで考える必要はない。焼き肉を食べる回数を半分に減らす、唐揚げの鶏肉はレモン汁か酢に15分ほど漬けてから揚げる(酸性の環境では糖とタンパク質の結合が妨げられる)、AGE生成抑制効果があるキノコやブロッコリースプラウト、セロリを一緒に食べる──。
「そうした日々の小さなひと手間が、20年後、30年後の健康を大きく左右する」と、山岸は言う。
「揚げ物よりも蒸し料理」「野菜やナッツ類が身体にいい」なんて当たり前? そうかもしれない。実際、老化と食事に関する研究が進むほど、地中海地域や日本のような長寿エリアで先人たちが続けてきた食習慣の正しさが再確認されることも多い。
食生活や体質に個人差があるからこそ現状を正確に知るモニタリングが重要になる WUTWHANFOTO/ISTOCK
「伝統的な日本の食事は、塩分が多いことを除けばほぼ完璧だ」と、100歳以上の長寿者の生活習慣に詳しいお茶の水健康長寿クリニックの白澤卓二院長は語る。
「血糖値を上昇させにくい玄米、味噌や納豆などの発酵食品、皮も含めて食材を丸ごと食べるホールフード。全てを再現するのは難しいかもしれないが、オーガニックの食材を選び、添加物たっぷりの加工食品を避けるだけでもリスクをかなり回避できる」
こうした王道に加え、生涯に何度か訪れる「老化の崖」に備えて重点的に意識すべきポイントもある。
米スタンフォード大学の研究チームは今年8月に発表した論文で、人体は同じペースで直線的に老いていくわけではなく、44歳と60歳付近で一気に老化が進むタイミングがあることを明らかにした。
残業の日の夕食時間に要注意
被験者の遺伝子やタンパク質、腸内細菌の変化を継続的に調べたところ、44歳前後では脂質とアルコールの代謝に関する数値が一気に悪化しており、心血管疾患や糖尿病などの代謝疾患のリスクが高まることが示唆された。
数値の変化が病気に直結するとは限らないが、この結果は、40代でメタボリックシンドローム(内臓脂肪が燃えにくくなって高血圧や高血糖を引き起こし、動脈硬化が進む)の該当者が急増する現状とも合致している。
2回目の「崖」が迫る60歳前後では、免疫機能の低下(感染症や癌などあらゆる病気の引き金になる)に加えて、筋肉や皮膚の衰えが加速するとのデータが示された。
実際、筋肉量と基礎代謝が落ちて、ロコモティブシンドローム(骨や関節、筋肉、神経などの運動器の機能が衰える)のリスクが急激に高まるのはこの世代だ。
こうした崖の存在を知り、その手前で適切なリスク管理をすることができれば、その先の人生を健康に過ごせる可能性が高まる。
40代からの「メタボ世代」にまず必要なのは「20代、30代の頃とは違うことを強く自覚し、メンテナンス方法を切り替えることだ。自分の身体という乗り物をケアできるのは自分しかいないのだから」と、東京大学未来ビジョン研究センターの古井祐司特任教授(予防医学)は言う。
脂っぽい動物性タンパク質を避けたり飲酒の量に気を付けるのは基本だが、さらに夜8時以降の食事を控えることも大きなポイントだ。残業が多い人は夕方のうちに主食(糖質や脂質を含む)を取り、遅い時間には消化のいいものを少量だけ食べる習慣に切り替える。
夜遅くに食事をすると脂質を分解し切れず、睡眠の質が低下して代謝がさらに悪化し、メタボの症状が進行するという悪循環に陥るという。
栄養学もオーダーメイドに
一方、60代の「ロコモ世代」では、重篤な疾患にならないことと並んで、身体機能の維持が最重要課題に浮上する。減少しがちな筋肉量と基礎代謝を維持するには運動と並んで、良質のタンパク質(脂肪の少ない肉類、魚介類、卵、乳製品、大豆製品など)を多めに摂取することが必須。
「加齢とともに食べられる総量が減ってくるため、食事中のタンパク質の割合を意識的に高める必要がある」と、古井は言う。
特に女性は若い頃から運動量と筋肉量が少ない傾向があるため、早めの対策がその後のQOL(生活の質)を大きく左右する。「寿命が延びた分、年齢や体調の変化に合わせて何度かギアチェンジをして身体を長持ちさせる工夫が必要になる。そうすれば、大きな事故なく遠くまでたどり着ける」
その際に欠かせないのが現状を正確に知るモニタリングだ。身体のどの部分でどの程度、老化が進んでいるか。食生活のパターンにどんな癖があるか。
自己流の解釈ではなく健康診断や人間ドックを受けたり、食事の内容を記録したりして客観的な指標で状況を把握したい(日本では40歳以上を対象にメタボの症状に焦点を当てた健診が行われ、市町村では主に60代以降を対象にロコモ関連の項目を含めた健診が実施されている)。
ほかにも、遺伝子診断や腸内細菌叢(そう)の検査によるリスク予測、皮膚に蓄積したAGEを測定する医療機器、細胞の酸化ダメージを評価する酸化ストレス検査など、現状を知るためのサービスは幅広くある。
こうした検査の精度がさらに高まれば、いずれは一人一人の体質や健康状態に合わせたオーダーメイドの食事アドバイスが当たり前になる日が来るかもしれない。
医療の分野では既に個人の遺伝情報に合わせて治療法を選ぶ「精密医療」が普及しており、その波は栄養学の世界にも迫っている。米国立衛生研究所(NIH)は2020年から10年間の重点戦略として、各自の遺伝子や腸内細菌叢に応じて最適な食事を特定する「精密栄養」プロジェクトを立ち上げた。
ただ、どれだけ科学が発達しても、最後の関門は自分がアクションを起こすかどうかだ。厚生労働省の調査では、健診で血液検査を受けたものの、その結果を認識していない人が3分の1を占め、食生活の改善や医療機関の受診など必要な対応を取れていないことがうかがえる。
死者数に対する突然死(大半が心疾患と脳血管疾患)の割合が40~45歳で特に高いのも、仕事や家庭の責任が重い世代で、小さな変化の兆しを見過ごしがちなことが一因かもしれない。
さらに、最近は60代以降も働き続ける人が増え、自分の健康管理をつい後回しにしてしまう傾向が高齢世代でも強まっていると専門家は危惧する。
だからこそ、まずは目の前の食事から。年間1000回以上の積み重ねは、良くも悪くも必ず未来を変えるはずだ。
<日本食は「1点」を除けば「ほぼ完璧な食事」──老化物質を減らす調理法から世代別の重点ポイントまで、超高齢化時代を健康に生き抜くための食生活の新たな常識>
ニンニクを毎日食べれば感染症にかからない──古代エジプト人はそう信じて、ピラミッド建造に従事する労働者に毎日、ニンニクを支給していた。王族もニンニクを常食とし、ツタンカーメン王の墓には複数の球根が収められた。
ローマ帝国では胃腸の調子を整える健康食としてキャベツが重宝され、中世フランスでは呼吸器疾患の予防薬としてカタツムリが食された。
古今東西、人類は不老長寿を夢見て、身体にいい食べ物を探し求めてきた。人生100年時代を迎えた現代人にとっては、老化の波に負けず、人生の後半戦も健康体を維持したいという願いはなおさら切実だ。
2800組以上の双生児を長期間追跡したデンマークの研究によれば、寿命を左右する要因のうち遺伝の影響はおよそ25%で、残りの75%は食事や運動などの生活習慣や環境に起因していた。
なかでも食事は年間1000回以上という日常的な選択の積み重ねであり、短命と慢性疾患リスクの「最大の予測因子だ」と、老化の専門家で米エール大学予防医学センター元所長のデービッド・カッツは指摘する。「逆に言えば、食生活の質が高ければ、活力に満ちて長寿だろうと予測できる」
厄介なのは、食事の質は多種多様な食材が複合的かつ長期的に絡み合って決まるため、「これを食べれば長生きできる」という単純な図式が成立しないこと。
さらに、運動や睡眠、ストレス、個人の体質など幅広い要因とも互いに影響し合うため、万人向けの完璧なレシピを特定するのはそもそも無理な話だ。
それでも、人類が経験したことのない超高齢化時代が到来するなか、老化関連の研究は巨額の資金が流れ込む最もホットなテーマの1つ。
遺伝子レベルの研究からAI(人工知能)を用いたビッグデータ解析までさまざまな最先端科学によって、長寿と食べ物の関係や健康寿命を延ばす具体策が明らかになりつつある。
注目が高まっている老化因子の1つが、細胞を構成するタンパク質の「糖化」だ。
超高齢社会の到来とともに食事と健康の関係や老化を招く要因の研究も盛んに DIMENSIONS/ISTOCK
過剰な活性酸素が細胞を「酸化」させ、免疫機能の低下や動脈硬化、癌を引き起こすことは広く知られている。近年は活性酸素を取り除く抗酸化物質が豊富な食材(ビタミンA・C・Eやポリフェノールを多く含む緑黄色野菜やナッツ類など)や関連サプリが人気を博している。
タンパク質の糖化とAGE
一方、あまり耳慣れない「糖化」は体内の過剰な糖がタンパク質にこびりつく現象で、酸化と並んでタンパク質の劣化、すなわち老化を促進する主要因となる。
糖にまみれて変性・劣化したタンパク質は、「AGE(終末糖化産物)」と呼ばれる老化物質となって体内に蓄積されていく。
皮膚細胞のタンパク質がAGE化すればしわやシミのもとになり、血管にたまれば動脈硬化や高血圧の原因となる。骨をもろくしたり、慢性炎症を引き起こして癌や認知症の引き金になることも報告されている。
オランダのフローニンゲン大学の研究チームが住民7万人以上を追跡した長期研究では、AGEの蓄積量が多い人は糖尿病や心臓病になる確率が3倍高く、死亡リスクは5倍に達していた。
体内のAGEが加齢とともに増えるのは避けられないが、そのペースを緩やかにする方法はある。昭和大学医学部の山岸昌一教授(糖尿病・代謝・内分泌内科学)によれば、AGEが蓄積する経路は2つ。
1つは血中の過剰な糖がタンパク質と結び付く「体内ルート」で、これを避けるには血糖値が急上昇する「血糖スパイク」を抑える食生活──早食いをしない、野菜など食物繊維の多いものを先に食べ、ご飯などの糖質を最後に食べるなど──が望ましい。
実際、食後の血糖スパイクを抑えることで、血中のAGE値が3カ月間で3割ほど低下したという研究もある。
長寿の国である日本の伝統的な食事はやはり理想的 YUMEHANA/ISTOCK
もう1つは食べ物に含まれるAGEを口から取り込む「食事ルート」で、体内にたまったAGEの3分の1を占める。食材そのものに含まれるAGEは野菜よりも肉や魚介類、ベーコンやミートボールなどの加工品に多いが、「何を食べるかと同じくらい、どう調理するかが重要だ」と、山岸は指摘する。
AGEは糖とタンパク質が高温で加熱されるほど生成されやすいため、同じ食材でも「揚げる」「焼く」は「煮る」「蒸す」「ゆでる」よりはるかに大量のAGEを生み出す(鶏の唐揚げは蒸し鶏や水炊きよりAGE含有量が5~10倍多い)。
また、電子レンジを長時間使う調理はブドウ糖をタンパク質にくっつきやすい性質に変えるため、食材のAGE化を加速させるという。
揚げ物やステーキを食べないなんて無理と思うかもしれないが、0か100かで考える必要はない。焼き肉を食べる回数を半分に減らす、唐揚げの鶏肉はレモン汁か酢に15分ほど漬けてから揚げる(酸性の環境では糖とタンパク質の結合が妨げられる)、AGE生成抑制効果があるキノコやブロッコリースプラウト、セロリを一緒に食べる──。
「そうした日々の小さなひと手間が、20年後、30年後の健康を大きく左右する」と、山岸は言う。
「揚げ物よりも蒸し料理」「野菜やナッツ類が身体にいい」なんて当たり前? そうかもしれない。実際、老化と食事に関する研究が進むほど、地中海地域や日本のような長寿エリアで先人たちが続けてきた食習慣の正しさが再確認されることも多い。
食生活や体質に個人差があるからこそ現状を正確に知るモニタリングが重要になる WUTWHANFOTO/ISTOCK
「伝統的な日本の食事は、塩分が多いことを除けばほぼ完璧だ」と、100歳以上の長寿者の生活習慣に詳しいお茶の水健康長寿クリニックの白澤卓二院長は語る。
「血糖値を上昇させにくい玄米、味噌や納豆などの発酵食品、皮も含めて食材を丸ごと食べるホールフード。全てを再現するのは難しいかもしれないが、オーガニックの食材を選び、添加物たっぷりの加工食品を避けるだけでもリスクをかなり回避できる」
こうした王道に加え、生涯に何度か訪れる「老化の崖」に備えて重点的に意識すべきポイントもある。
米スタンフォード大学の研究チームは今年8月に発表した論文で、人体は同じペースで直線的に老いていくわけではなく、44歳と60歳付近で一気に老化が進むタイミングがあることを明らかにした。
残業の日の夕食時間に要注意
被験者の遺伝子やタンパク質、腸内細菌の変化を継続的に調べたところ、44歳前後では脂質とアルコールの代謝に関する数値が一気に悪化しており、心血管疾患や糖尿病などの代謝疾患のリスクが高まることが示唆された。
数値の変化が病気に直結するとは限らないが、この結果は、40代でメタボリックシンドローム(内臓脂肪が燃えにくくなって高血圧や高血糖を引き起こし、動脈硬化が進む)の該当者が急増する現状とも合致している。
2回目の「崖」が迫る60歳前後では、免疫機能の低下(感染症や癌などあらゆる病気の引き金になる)に加えて、筋肉や皮膚の衰えが加速するとのデータが示された。
実際、筋肉量と基礎代謝が落ちて、ロコモティブシンドローム(骨や関節、筋肉、神経などの運動器の機能が衰える)のリスクが急激に高まるのはこの世代だ。
こうした崖の存在を知り、その手前で適切なリスク管理をすることができれば、その先の人生を健康に過ごせる可能性が高まる。
40代からの「メタボ世代」にまず必要なのは「20代、30代の頃とは違うことを強く自覚し、メンテナンス方法を切り替えることだ。自分の身体という乗り物をケアできるのは自分しかいないのだから」と、東京大学未来ビジョン研究センターの古井祐司特任教授(予防医学)は言う。
脂っぽい動物性タンパク質を避けたり飲酒の量に気を付けるのは基本だが、さらに夜8時以降の食事を控えることも大きなポイントだ。残業が多い人は夕方のうちに主食(糖質や脂質を含む)を取り、遅い時間には消化のいいものを少量だけ食べる習慣に切り替える。
夜遅くに食事をすると脂質を分解し切れず、睡眠の質が低下して代謝がさらに悪化し、メタボの症状が進行するという悪循環に陥るという。
栄養学もオーダーメイドに
一方、60代の「ロコモ世代」では、重篤な疾患にならないことと並んで、身体機能の維持が最重要課題に浮上する。減少しがちな筋肉量と基礎代謝を維持するには運動と並んで、良質のタンパク質(脂肪の少ない肉類、魚介類、卵、乳製品、大豆製品など)を多めに摂取することが必須。
「加齢とともに食べられる総量が減ってくるため、食事中のタンパク質の割合を意識的に高める必要がある」と、古井は言う。
特に女性は若い頃から運動量と筋肉量が少ない傾向があるため、早めの対策がその後のQOL(生活の質)を大きく左右する。「寿命が延びた分、年齢や体調の変化に合わせて何度かギアチェンジをして身体を長持ちさせる工夫が必要になる。そうすれば、大きな事故なく遠くまでたどり着ける」
その際に欠かせないのが現状を正確に知るモニタリングだ。身体のどの部分でどの程度、老化が進んでいるか。食生活のパターンにどんな癖があるか。
自己流の解釈ではなく健康診断や人間ドックを受けたり、食事の内容を記録したりして客観的な指標で状況を把握したい(日本では40歳以上を対象にメタボの症状に焦点を当てた健診が行われ、市町村では主に60代以降を対象にロコモ関連の項目を含めた健診が実施されている)。
ほかにも、遺伝子診断や腸内細菌叢(そう)の検査によるリスク予測、皮膚に蓄積したAGEを測定する医療機器、細胞の酸化ダメージを評価する酸化ストレス検査など、現状を知るためのサービスは幅広くある。
こうした検査の精度がさらに高まれば、いずれは一人一人の体質や健康状態に合わせたオーダーメイドの食事アドバイスが当たり前になる日が来るかもしれない。
医療の分野では既に個人の遺伝情報に合わせて治療法を選ぶ「精密医療」が普及しており、その波は栄養学の世界にも迫っている。米国立衛生研究所(NIH)は2020年から10年間の重点戦略として、各自の遺伝子や腸内細菌叢に応じて最適な食事を特定する「精密栄養」プロジェクトを立ち上げた。
ただ、どれだけ科学が発達しても、最後の関門は自分がアクションを起こすかどうかだ。厚生労働省の調査では、健診で血液検査を受けたものの、その結果を認識していない人が3分の1を占め、食生活の改善や医療機関の受診など必要な対応を取れていないことがうかがえる。
死者数に対する突然死(大半が心疾患と脳血管疾患)の割合が40~45歳で特に高いのも、仕事や家庭の責任が重い世代で、小さな変化の兆しを見過ごしがちなことが一因かもしれない。
さらに、最近は60代以降も働き続ける人が増え、自分の健康管理をつい後回しにしてしまう傾向が高齢世代でも強まっていると専門家は危惧する。
だからこそ、まずは目の前の食事から。年間1000回以上の積み重ねは、良くも悪くも必ず未来を変えるはずだ。