加谷珪一
<厚生年金に加入できる要件である「年収106万円」という壁は撤廃されることに──。年金制度はどのような形で変わるべきかを考える>
「年収の壁」が政治的課題として急浮上したことに伴い、来年の通常国会で予定されている年金制度改正に注目が集まっている。年金制度が抱える多くの課題を一気に解決できる道筋が見えてきた半面、混乱がさらに拡大するリスクもある。
公的年金については5年に1度のタイミングで財政検証を実施し、その結果に合わせて制度改正を行うのが慣例となっている。今年、行われた財政検証の結果によると、マクロ経済スライドの発動によって高齢者に対する年金減額が進んでいることから、財政は好転に向かっており、現役世代の負担はこれ以上、増やさなくても良さそうだとの見通しが立ちつつある。
一連の検証結果を受けて来年の通常国会では、年金減額に伴う基礎年金の脆弱性を補強する基礎年金底上げ案の導入が議論される予定だ。
高齢者の年金を減額することで現役世代の負担を抑えるめどが立ったものの、シワ寄せを受けそうなのが、財政が脆弱な基礎年金(国民年金)である。自営業者など国民年金のみに加入している人や、厚生年金であっても現役時代の年収が低く、年金給付に占める基礎年金の比率が高い人の場合、基礎年金減額の影響を大きく受けてしまう。
基礎年金の底上げプランは「コスパ」よし
今、行われている年金減額制度(マクロ経済スライド)の減額率をそのまま適用すると、今後、高齢者の貧困が急増する可能性が否定できない。こうした事態を回避するため、政府は基礎年金減額を早期に終了させ、財政的に足りない分については国庫から補塡することで基礎年金の底上げを図るプランを検討している。
この施策を実施するには、毎年1兆円から2兆円程度の追加支出が必要となるが、この程度の支出増で高齢者の貧困問題を相当程度解決できるのであれば、コスト・パフォーマンスの高い措置といえるだろう。
こうした制度改正の議論が始まったところに、突如、降って湧いてきたのが「年収の壁」騒動である。国民民主党は年収が103万円を超えると所得税がかかったり、親の控除から外れるなどの理由で働き控えが生じていると主張。自民党に対して、基礎控除の額を大幅に引き上げる政策の実施を要求した。
もっとも、この制度で救済されるのは勤労学生のみで、社会保険の加入が必須となる106万、130万円の壁のほうが、働き控えを引き起こす要因としては圧倒的に大きい。永田町では基礎控除の引き上げ額をめぐって政治的駆け引きが続いているが、政府は一連の問題を全て解決するため、週20時間以上働く労働者は短期であっても基本的に社会保険に加入する方向性で制度改正を進めたい意向だ。
望ましい年金制度改正の形は?
これまで企業規模によって厚生年金に入れない短期労働者が一定数存在していたが、適用枠の拡大を進めていけば、多くの労働者が厚生年金に加入できることになり、将来の年金額は大きく増える。これによって106万円の壁と130万円の壁の問題を同時に解決できる道筋が見えてくる。
社会保険の適用を望まない事業者もあるかもしれないが、人手不足が深刻な現状を考えると、保険加入にしたほうが人材を集めやすいことは明らかだ。来年の通常国会では基礎年金の底上げに加え、可能な限り多くの事業者の社会保険加入を進める流れで議論を進めていくのが望ましい。
<厚生年金に加入できる要件である「年収106万円」という壁は撤廃されることに──。年金制度はどのような形で変わるべきかを考える>
「年収の壁」が政治的課題として急浮上したことに伴い、来年の通常国会で予定されている年金制度改正に注目が集まっている。年金制度が抱える多くの課題を一気に解決できる道筋が見えてきた半面、混乱がさらに拡大するリスクもある。
公的年金については5年に1度のタイミングで財政検証を実施し、その結果に合わせて制度改正を行うのが慣例となっている。今年、行われた財政検証の結果によると、マクロ経済スライドの発動によって高齢者に対する年金減額が進んでいることから、財政は好転に向かっており、現役世代の負担はこれ以上、増やさなくても良さそうだとの見通しが立ちつつある。
一連の検証結果を受けて来年の通常国会では、年金減額に伴う基礎年金の脆弱性を補強する基礎年金底上げ案の導入が議論される予定だ。
高齢者の年金を減額することで現役世代の負担を抑えるめどが立ったものの、シワ寄せを受けそうなのが、財政が脆弱な基礎年金(国民年金)である。自営業者など国民年金のみに加入している人や、厚生年金であっても現役時代の年収が低く、年金給付に占める基礎年金の比率が高い人の場合、基礎年金減額の影響を大きく受けてしまう。
基礎年金の底上げプランは「コスパ」よし
今、行われている年金減額制度(マクロ経済スライド)の減額率をそのまま適用すると、今後、高齢者の貧困が急増する可能性が否定できない。こうした事態を回避するため、政府は基礎年金減額を早期に終了させ、財政的に足りない分については国庫から補塡することで基礎年金の底上げを図るプランを検討している。
この施策を実施するには、毎年1兆円から2兆円程度の追加支出が必要となるが、この程度の支出増で高齢者の貧困問題を相当程度解決できるのであれば、コスト・パフォーマンスの高い措置といえるだろう。
こうした制度改正の議論が始まったところに、突如、降って湧いてきたのが「年収の壁」騒動である。国民民主党は年収が103万円を超えると所得税がかかったり、親の控除から外れるなどの理由で働き控えが生じていると主張。自民党に対して、基礎控除の額を大幅に引き上げる政策の実施を要求した。
もっとも、この制度で救済されるのは勤労学生のみで、社会保険の加入が必須となる106万、130万円の壁のほうが、働き控えを引き起こす要因としては圧倒的に大きい。永田町では基礎控除の引き上げ額をめぐって政治的駆け引きが続いているが、政府は一連の問題を全て解決するため、週20時間以上働く労働者は短期であっても基本的に社会保険に加入する方向性で制度改正を進めたい意向だ。
望ましい年金制度改正の形は?
これまで企業規模によって厚生年金に入れない短期労働者が一定数存在していたが、適用枠の拡大を進めていけば、多くの労働者が厚生年金に加入できることになり、将来の年金額は大きく増える。これによって106万円の壁と130万円の壁の問題を同時に解決できる道筋が見えてくる。
社会保険の適用を望まない事業者もあるかもしれないが、人手不足が深刻な現状を考えると、保険加入にしたほうが人材を集めやすいことは明らかだ。来年の通常国会では基礎年金の底上げに加え、可能な限り多くの事業者の社会保険加入を進める流れで議論を進めていくのが望ましい。