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韓国12.3戒厳令が教える直接選挙による大統領制の負の側面

ニューズウィーク日本版 2024年12月11日 20時0分

佐々木和義
<突然の戒厳令から1週間、今週末も予定されるろうそく集会と弾劾訴追の行方は?>

12月7日夜、韓国国会で尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する弾劾訴追案が提出されたが不成立となった。

尹大統領は12月3日夜、何の前触れなしに戒厳令を宣布した。戒厳令は宣布から6時間で解除となったが、野党が大統領弾劾訴追案を国会に提出し、7日夜に採決が行われることになった。
韓国の大統領は国会議員の3分の2以上が弾劾案に賛成すると職務停止となり、憲法裁判所が罷免か否かを審理する。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は国会で弾劾訴追案が可決して職務停止となったが、憲法裁判所が棄却して職務に復帰した。朴槿恵(パク・クネ)大統領は弾劾決議後、憲法裁判所が罷免を下した。

現在、韓国国会は与党108議席、野党192議席で、7日の弾劾訴追案は与党議員105人が採決を欠席したことから可決に必要な200票を満たすことができないとして投票が成立せず廃案処理された。

尹大統領は弾劾を免れたが退陣を求める野党の攻勢に加えて、市民によるデモ"ろうそく集会"の活発化も避けられない。

韓国大統領が3人続けて対象となったろうそく集会の歴史は1987年に遡る。1987年6月10日、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権に民主化を求める市民らがろうそくを手にデモを行った。2004年3月には盧武鉉大統領の弾劾に反対するろうそく集会が行われ、2008年の5月から3カ月にわたって米国産牛肉の輸入に反対するろうそく集会が行われるなど、80年代半ばまでの火炎瓶と投石に代わるデモ形態として定着した。

最も大規模なろうそく集会は朴槿恵大統領への退陣要求デモだ。

2016年10月、朴槿恵大統領の友人だった崔順実(チェ・スンシル)の国政介入の発覚から朴大統領が罷免となる翌年3月まで毎週末、ソウル市中心部にある光化門広場を中心に大規模なろうそく集会が繰り広げられた。続く文在寅(ムン・ジェイン)大統領も対象となったが、新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐ名目で集会を禁止。ろうそく集会による退陣要求を免れた。

直接選挙による大統領制、負の側面とは

今、尹大統領がろうそく集会の矢面に立たされているが、直接選挙で選ばれる韓国大統領制の負の側面は見逃せない。

韓国大統領制の対極といえるのが日本の議員内閣制だ。日本の首班は国会が選出する。国民の意にそぐわない首班が指名されることもあるが、多くの場合、経験や実績で選ばれる。直近30年で閣僚経験をもたない首相は村山富市のみであり、閣僚経験が希薄な首相も鳩山由紀夫のみである。さらに間接選挙で選ばれる首班の権限は限られるうえ、国民の意に反する政策を行うと国会が内閣不信を決議するなど任期途中で辞職する。

一方、韓国の大統領は国民の直接選挙で選ばれる。5年間の任期中、強大な権限を有し、途中解任も基本的にない。1988年の民主化以降、任期を全うしていない大統領は朴槿恵が唯一だ。
直接選挙で選ばれる大統領は経験や実績に関わらず人気投票となりがちだ。盧武鉉は国会議員を6年間勤めた後、海洋水産部長官を経て大統領に就任した。閣僚経験は7カ月のみだ。李明博は国会議員6年とソウル市長1期4年で閣僚経験はない。朴槿恵も国会議員を14年勤めたが閣僚経験はなく、文在寅は国会議員1期のみで閣僚経験は皆無である。尹錫悦にいたっては大統領選出馬まで24年間検察一筋で、閣僚どころか政治経験すらない。

文在寅前大統領は朴槿恵大統領の退陣を求めるろうそく集会で人気を集めて大統領となり、尹錫悦も朴槿恵の不正を追求する特別検察のリーダーとして文在寅の信頼を得たものの、側近だった曺国(チョ・グク)の疑惑を追求。政権に迎合しない姿勢から人気を得て大統領に就任した。

すべてを委ね、すべてを奪う国民

政治経験をもたない大統領は経験者を国務総理(首相)に据えるが、国民は首相には目をくれず、政治初心者の大統領にすべてを委ねて問題が起きると大統領の責任を追求する。

朴槿恵は直接的には崔順実の国政介入で罷免となったが、弾劾されたもう一つの理由としてはセウォル号沈没事故があった。朴槿恵政権が発足した翌14年4月16日、修学旅行生325人など乗員乗客476人が乗船していた大型旅客船「セウォル号」が沈没して300人を超える死者・行方不明者が出た。

事故原因は不適切な改造や過積載とされるが、国民は朴槿恵政権に不信の目を向けた。朴槿恵が事件発生後に対策本部に現れるまでいわゆる「空白の7時間」があったことや、海洋警察の初動措置が不適切だったなど、朴槿恵大統領の責任だという声である。セウォル号沈没事故以降、景気の悪化が続いて国民の不信が積もったところに崔順実事件が明るみになり、弾劾へ進んだのだ。

次期大統領にふさわしいのは?

戒厳令から1週間経つが、既に尹錫悦大統領は、一部の人事の承認を除いて職務停止状態となっているが、与党関係者によると「どのような場合でも退陣は考えていない」という。最大野党・共に民主党は弾劾訴追案を14日にも再提出する構えをみせ、与党内にも若手議員を中心に「国政の停滞を回復するためには弾劾やむ無し」とする声が上がっている。とはいえ人気投票を勝ち抜ける大統領候補はいない。

各種世論調査会社の調べでは、「次期大統領として誰が最もふさわしいか」という問いに対して、李在明(イ・ジェミョン)共に民主党代表が47.5%と圧倒的なリードを示した。一方、与党国民の力の韓東勲(ハン・ドンフン)代表は13.3%に留まっている。この他、曺国革新党代表6.0%、洪準杓(ホン・ジュンピョ)大邱市長5.6%、呉世勲(オ・セフン)ソウル市長4.7%、李洛淵(イ・ナギョン)共に民主党前代表3.4%、元喜龍(ウォン・ヒリョン)前国土交通部長官2.7%の順となっている。

このままでいけば、尹錫悦大統領に引導を渡すのは与党ではなく野党による弾劾訴追となる可能性が高く、次期大統領も最大野党の代表の李在明で確定となりそうだ。ただ李在明も2021年の大統領選候補当時、自身の疑惑に関して虚偽の発言をしたとして、この11月15日に公職選挙法違反の罪で懲役1年、執行猶予2年の判決を受けている。仮に最高裁で結審する確定する前に大統領に就任しても、任期中に当選無効の刑が確定すれば、大統領職が失われる恐れもあるという。

尹錫悦の次の大統領についても、弾劾とろうそく集会がなくなることはなさそうだ。

ペンライトを手にK-POPコンサートのようなろうそく集会

MZ世代の若者はアイドルグループのペンライトを手にライブのようなスタイルでろうそく集会に参加している JTBC News / YouTube

釜山の女子高生、吠える

釜山のろうそく集会では女子高生がマイクを握り「弾劾決議に参加しない釜山選出の国会議員17人の名前を忘れないでください。あなたたちは何のために釜山を代表する国会議員を務めているのですか?」と檄を飛ばした。 부산MBC뉴스 / YouTube

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