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「よかれ」という思い込みと情熱が「ジェンダー格差」を逆に拡大させることもある...経済学者が紹介したかった世界のジェンダー研究

ニューズウィーク日本版 2024年12月16日 11時0分

牧野百恵(日本貿易振興機構アジア経済研究所開発研究センター主任研究員) アステイオン
<バングラデシュをフィールドに理不尽な児童婚をみてきたからこそ、「冷静な頭脳と温かい心」で研究を続けていく...。第46回サントリー学芸賞「政治・経済部門」受賞作『ジェンダー格差──実証経済学は何を語るか』の「受賞のことば」より> 

私はジェンダーの専門家ではありません。おもに南アジアを中心に家計調査やフィールド実験を行い、開発ミクロ経済学の実証研究をしています。扱うテーマがジェンダーにまつわる諸問題というだけです。そんな私がなぜこの本を書いたのか。

研究をするうえでは、フィールド調査だけでなく、もちろん多くの学術論文を読みます。英文の経済学トップジャーナルには、近年、ジェンダーにまつわる諸問題を扱ったものが多く発表されています。

いずれもとても面白い。この面白さを、日本の経済学を専門にしない人たちにもぜひ広く伝えたい。それが本書執筆のきっかけです。本書でいちばん伝えたかったことは、規範や思い込みがジェンダー格差にもたらす影響力の大きさです。

そのこと自体は、南アジアでも、日本でも、それ以外の国々でも変わりません。生まれつきの生物学的な性差ではなく、周りの社会や文化がかたちづくってきた格差、まさしくジェンダー格差です。

経済学の実証研究の魅力は、データをもとに説得的なエビデンスを提示できることだろうと思います。「こうあるべき」という規範的な主張はしません。そのような主張には反証できないので、建設的な議論に発展しにくい。

代わりに経済学実証研究では、〇の結果△につながったのか、つながらなかったのか、答えはどちらかです。反論したければどうぞご自由に、ただし反証してください、という経済学の実証研究の強さに、私はとても魅了されてきました。

私がフィールド調査を行う南アジアの女性は、日本の女性が直面するのとはレベルの違う数々の理不尽に直面しています。

たとえば私が長年にわたって調査を行っている、バングラデシュ北東部では、児童婚(18歳未満の結婚)にいたる女子は8割近くにのぼり、なぜ妊娠するのかよく分からないまま若年妊娠・出産を経験する子たちも多くいます。そもそも児童婚はバングラデシュでも違法なのに。

この理不尽を少しでも解決したい、その思いが私の研究の原動力です。ただ解決には、法制度を整えればいいというものでもない。

児童婚のケースでは、曲がりなりにも違法であるために、親が娘の児童婚を隠そうとする。その結果、地域の保健師のサポートも届かないまま、わけも分からず若年妊娠にいたってしまう。

理想を掲げて突っ走れば物事が解決するわけではない、それどころかかえって当事者のデメリットになりかねない。日本の私たちにも当てはまるメッセージでしょう。

"Cool heads but warm hearts"─Alfred Marshall。これを体現できる研究者を目指し、今後も精進してまいります。

牧野百恵(Momoe Makino)
1975年生まれ。ワシントン大学経済学部博士課程修了、Ph.D.(経済学)。Population Council(ニューヨーク)客員研究員などを経て、現在、日本貿易振興機構アジア経済研究所開発研究センター主任研究員。著書に『コロナ禍の途上国と世界の変容』(共著、日経BP/日本経済新聞出版)など。

大竹文雄氏(大阪大学特任教授)による選評はこちら

 『ジェンダー格差──実証経済学は何を語るか』
  牧野百恵[著]
  中央公論新社[刊]

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