岩井光子(ライター)
<街灯やオフィスが放つ光は人体や生態系に悪影響? きらびやかな夜景に隠れた負の一面とは>
きらびやかで幻想的な夜景を「100万ドルの夜景」と呼ぶことがある。しかし、行きすぎた夜間照明は天体観測や人々の生活リズム、あらゆる生態系に想像以上のダメージを与えている実態が明らかになってきた。
今や人類の3分の1は天の川が見られない環境に住んでいるという。見えなくなったのは、過度な人工照明による影響で、専門用語では「光害(ひかりがい)」と呼ぶ。
環境省の光害対策ガイドラインには「『良好な光環境』の形成が、人工光の不適切あるいは配慮に欠けた使用や運用、漏れ光によって阻害されている状況、またはそれらによる悪影響」と記されている。
国内では数少ない光害研究者の一人である、東洋大学の越智信彰准教授(環境教育)は「光害は騒音や悪臭と同じく都市化に伴う公害の1つだが、一般の人には『明るい=良い、暗い=あまり良くない』というイメージが定着しているために認識がなかなか広まらず、放置されていることが多い」と指摘する。
光害の影響は、天文領域にとどまらない。例えば夜間に強い光を浴びることが、不眠症や鬱病といったメンタルの不調につながることがあるという。夜は暗所で眠るという、人類が長い進化の中で築いてきた体内リズムが乱されてしまうからだ。
色温度と光の拡散を抑えた街灯の設置作業 COURTESY OF KOZUSHIMA TOURISM ASSOCIATION
人間だけでなく、海のプランクトンから昆虫、動植物、農作物に至るまで生態系にも幅広い影響が指摘されている。
特に深刻な被害が報告されているのがウミガメと渡り鳥だ。砂浜で孵化したウミガメは光を感じる方向に動いて海にたどり着く本能があるが、光の強い人工灯があると方向を見失い、大量の子ガメが車にひかれる悲劇が各地で起きている。
星の光を頼りに移動する渡り鳥も、高層ビルの明かりに惑わされて延々と周囲を飛び続ける。アメリカでは、窓に衝突して絶命する渡り鳥が年間10億羽を超える。
白光LEDのデメリット
こうした現状を打開しようと、東京都の離島である神津島村は2020年、美しい星空を守る光害防止条例を施行し、都では初めて「星空保護区」の認定を受けた。
神津島の星空
島は美しい天の川を鑑賞できる場所として人気が高まり、神津島観光協会は島民向けの星空ガイド養成にも力を入れる。鑑賞会は島の新しい観光資源として好調だ。
星空保護区を認定するのは、1988年に天文学者や環境学者らが設立した米アリゾナ州に拠点を置くNPO「ダークスカイ・インターナショナル(DarkSky International)」。光害対策にいち早く取り組んできた団体で、24カ国に80以上の支部があり、日本支部は越智が代表を務める。
団体によるダークスカイ運動は「責任ある屋外照明の推進」を掲げる。認定基準にも、屋外照明の上空への光漏れが「ほぼ0%」であることや、照明の色温度が「3000K(ケルビン)以下」といった厳しい条件が示されている。
ケルビンは、光の色温度を科学的な数値で表す単位だ。炎の色温度に似ていて、赤みのある暖色系の色合いが低く、青白い寒色系のものほど高くなる。基準の3000K以下となると、現在主流の白光のLEDは3500〜5000Kほどになるので、ほぼ基準外の数値に当たる。
日本でも街灯をはじめ、道路灯や防犯灯、信号機などのLED照明への切り替えは着実に進んでいる。ただし省エネや長寿命、環境対策の側面が強調される一方で、昼間のような白光が星の見え方のほか、人間や生態系に与えるデメリットについてはあまり語られてこなかった。
神津島村は、こうした条件に合う照明の開発を岩崎電気(本社・東京都中央区)に依頼。同社は照明を取り付ける角度を従来の斜めではなく、水平に改良して光の拡散を防ぎ、色温度も2700Kと基準内に抑えた屋外灯を製作した。
付け替え後は、路面の明るさを維持しながらも、四方に反射していた光がすっきり抑えられた。
神津島村、街灯を見直す前の様子 COURTESY OF KOZUSHIMA TOURISM ASSOCIATION
街灯の明るさを見直した東京都神津島村。観光と環境配慮の両立を目指す COURTESY OF KOZUSHIMA TOURISM ASSOCIATION
光害については、フランスやスロベニアなどで既に夜間照明を綿密に規制する法制度が整備されている。しかし日本は「環境省のガイドラインはあるが強制力はなく、JIS基準でもまだ光害の観点は十分整理されていない状況」と、越智は語る。
光害の認知を高めることが対策の第一歩だが、星空保護区は興味関心を引きやすく、日本の光害対策を加速させる可能性を秘めている。
現在、国内の星空保護区は神津島村のほか、沖縄県石垣市・竹富町の西表石垣国立公園、岡山県井原市の美星町、福井県大野市の南六呂師エリアと計4カ所ある。
神津島村や井原市などは保護区認定に合わせて光害防止条例も制定し、観光と地域社会や生態系を守る光害対策を両立させる先進地だ。
9月に東京ビッグサイトで開かれたツーリズムEXPOでは3カ所の星空保護区が集い、連携協議会が発足した。認定に向けて水面下で活動中の自治体も増えているといい、こうした横の連携は今後、認知向上の推進力となりそうだ。
再考すべきは明かりの質
神津島観光協会の覺正恒彦は「EXPOでも光害対策の照明などは想像以上に関心を集めた。島に赴任してきた先生が保護区認定の経緯に関心を持ってくれたり、総合学習で星を取り上げてくれたり、観光だけでなく、教育分野にも携わるようになったのは変化の1つ。協会の仕事にも広がりが出ている」と語る。
光害の実態を知ると、夜の照明の見方は百八十度変わる。だが、ただ暗くすればいいという単純な話でもない。
越智は「照明は私たちの生活になくてはならない存在だ。大事なのは質を考慮すること」と指摘し、こう続ける。「『控えめで均質な質の良い明るさ』や『周囲と調和した質の良い暗さ』をつくり、良好な光環境を省エネルギーで実現させることが大切だ」
<街灯やオフィスが放つ光は人体や生態系に悪影響? きらびやかな夜景に隠れた負の一面とは>
きらびやかで幻想的な夜景を「100万ドルの夜景」と呼ぶことがある。しかし、行きすぎた夜間照明は天体観測や人々の生活リズム、あらゆる生態系に想像以上のダメージを与えている実態が明らかになってきた。
今や人類の3分の1は天の川が見られない環境に住んでいるという。見えなくなったのは、過度な人工照明による影響で、専門用語では「光害(ひかりがい)」と呼ぶ。
環境省の光害対策ガイドラインには「『良好な光環境』の形成が、人工光の不適切あるいは配慮に欠けた使用や運用、漏れ光によって阻害されている状況、またはそれらによる悪影響」と記されている。
国内では数少ない光害研究者の一人である、東洋大学の越智信彰准教授(環境教育)は「光害は騒音や悪臭と同じく都市化に伴う公害の1つだが、一般の人には『明るい=良い、暗い=あまり良くない』というイメージが定着しているために認識がなかなか広まらず、放置されていることが多い」と指摘する。
光害の影響は、天文領域にとどまらない。例えば夜間に強い光を浴びることが、不眠症や鬱病といったメンタルの不調につながることがあるという。夜は暗所で眠るという、人類が長い進化の中で築いてきた体内リズムが乱されてしまうからだ。
色温度と光の拡散を抑えた街灯の設置作業 COURTESY OF KOZUSHIMA TOURISM ASSOCIATION
人間だけでなく、海のプランクトンから昆虫、動植物、農作物に至るまで生態系にも幅広い影響が指摘されている。
特に深刻な被害が報告されているのがウミガメと渡り鳥だ。砂浜で孵化したウミガメは光を感じる方向に動いて海にたどり着く本能があるが、光の強い人工灯があると方向を見失い、大量の子ガメが車にひかれる悲劇が各地で起きている。
星の光を頼りに移動する渡り鳥も、高層ビルの明かりに惑わされて延々と周囲を飛び続ける。アメリカでは、窓に衝突して絶命する渡り鳥が年間10億羽を超える。
白光LEDのデメリット
こうした現状を打開しようと、東京都の離島である神津島村は2020年、美しい星空を守る光害防止条例を施行し、都では初めて「星空保護区」の認定を受けた。
神津島の星空
島は美しい天の川を鑑賞できる場所として人気が高まり、神津島観光協会は島民向けの星空ガイド養成にも力を入れる。鑑賞会は島の新しい観光資源として好調だ。
星空保護区を認定するのは、1988年に天文学者や環境学者らが設立した米アリゾナ州に拠点を置くNPO「ダークスカイ・インターナショナル(DarkSky International)」。光害対策にいち早く取り組んできた団体で、24カ国に80以上の支部があり、日本支部は越智が代表を務める。
団体によるダークスカイ運動は「責任ある屋外照明の推進」を掲げる。認定基準にも、屋外照明の上空への光漏れが「ほぼ0%」であることや、照明の色温度が「3000K(ケルビン)以下」といった厳しい条件が示されている。
ケルビンは、光の色温度を科学的な数値で表す単位だ。炎の色温度に似ていて、赤みのある暖色系の色合いが低く、青白い寒色系のものほど高くなる。基準の3000K以下となると、現在主流の白光のLEDは3500〜5000Kほどになるので、ほぼ基準外の数値に当たる。
日本でも街灯をはじめ、道路灯や防犯灯、信号機などのLED照明への切り替えは着実に進んでいる。ただし省エネや長寿命、環境対策の側面が強調される一方で、昼間のような白光が星の見え方のほか、人間や生態系に与えるデメリットについてはあまり語られてこなかった。
神津島村は、こうした条件に合う照明の開発を岩崎電気(本社・東京都中央区)に依頼。同社は照明を取り付ける角度を従来の斜めではなく、水平に改良して光の拡散を防ぎ、色温度も2700Kと基準内に抑えた屋外灯を製作した。
付け替え後は、路面の明るさを維持しながらも、四方に反射していた光がすっきり抑えられた。
神津島村、街灯を見直す前の様子 COURTESY OF KOZUSHIMA TOURISM ASSOCIATION
街灯の明るさを見直した東京都神津島村。観光と環境配慮の両立を目指す COURTESY OF KOZUSHIMA TOURISM ASSOCIATION
光害については、フランスやスロベニアなどで既に夜間照明を綿密に規制する法制度が整備されている。しかし日本は「環境省のガイドラインはあるが強制力はなく、JIS基準でもまだ光害の観点は十分整理されていない状況」と、越智は語る。
光害の認知を高めることが対策の第一歩だが、星空保護区は興味関心を引きやすく、日本の光害対策を加速させる可能性を秘めている。
現在、国内の星空保護区は神津島村のほか、沖縄県石垣市・竹富町の西表石垣国立公園、岡山県井原市の美星町、福井県大野市の南六呂師エリアと計4カ所ある。
神津島村や井原市などは保護区認定に合わせて光害防止条例も制定し、観光と地域社会や生態系を守る光害対策を両立させる先進地だ。
9月に東京ビッグサイトで開かれたツーリズムEXPOでは3カ所の星空保護区が集い、連携協議会が発足した。認定に向けて水面下で活動中の自治体も増えているといい、こうした横の連携は今後、認知向上の推進力となりそうだ。
再考すべきは明かりの質
神津島観光協会の覺正恒彦は「EXPOでも光害対策の照明などは想像以上に関心を集めた。島に赴任してきた先生が保護区認定の経緯に関心を持ってくれたり、総合学習で星を取り上げてくれたり、観光だけでなく、教育分野にも携わるようになったのは変化の1つ。協会の仕事にも広がりが出ている」と語る。
光害の実態を知ると、夜の照明の見方は百八十度変わる。だが、ただ暗くすればいいという単純な話でもない。
越智は「照明は私たちの生活になくてはならない存在だ。大事なのは質を考慮すること」と指摘し、こう続ける。「『控えめで均質な質の良い明るさ』や『周囲と調和した質の良い暗さ』をつくり、良好な光環境を省エネルギーで実現させることが大切だ」