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コナン細菌、クマムシ...放射線に強い生物の「耐性メカニズム」は「被曝リスク時代」の希望となるか

ニューズウィーク日本版 2024年12月23日 22時45分

茜 灯里
<高強度の放射線の被曝リスクは宇宙開発の最前線だけでなく、原発事故や放射性物質を用いたテロなど、地球上で普通に暮らす私たちにとっても無縁ではない。放射線耐性に優れた生物のメカニズムを解き明かそうとする研究が進んでいるが、「世界一放射線に強い生物」であるコナン細菌や、放射線耐性が高い「地球最強生物」クマムシは一体どんな仕組みをしているのか>

戦争被爆国の日本は、その後も第五福竜丸事件や東海村臨界事故、福島第一原発事故で、放射線の人体への影響を考えざるを得ない状況に遭遇してきました。

さらに宇宙開発では、約半世紀ぶりの有人月面探査「アルテミス計画」での日本人月面着陸も数年内に予定されており、いよいよ惑星探査の時代が本格的に到来します。宇宙では地表よりも高い放射線量を継続的に浴びることになります。被曝を物理的に軽減したり、ヒトよりも放射線耐性に優れた生物のメカニズムを解明して放射線防護に応用したりする研究は、今後ますます重要かつ必須となります。

米ノースウェスタン大、米国軍保健衛生大などによる研究グループは、ヒトの数万倍の放射線耐性を持ち「世界一放射線に強い生物」としてギネス認定されている「"コナン細菌"(正式名はDeinococcus radiodurans)」が、優れた抗酸化物質によって高い放射線量に耐えていることを明らかにしました。研究成果は『米国科学アカデミー紀要(PNAS:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)』に12日付で掲載されました。

コナン細菌の抗酸化物質は、どのようにして強大な放射線耐性を持っているでしょうか。高い放射線量を被曝するリスクがある惑星探査の時代を迎えつつある現在、ヒトへの応用は期待できるでしょうか。概観してみましょう。

「牛肉の缶詰」から見つかる

「コナン細菌(Conan the Bacterium)」は、本研究のプレスリリースでノースウェスタン大が研究対象の放射線抵抗性細菌「デイノコッカス・ラディオデュランス」に付けた愛称です。世界的なヒロイック・ファンタジーで、スーパーヒーローが大活躍するアメリカの小説『英雄コナン(Conan the Barbarian、1932年)』をもじったのでしょう。

この細菌は1956年、アメリカのオレゴン農業試験場で「牛肉の缶詰」の中から見つかりました。長期保存のための滅菌が目的で、缶詰にガンマ線を照射する実験をしていたところ、いくつかの缶詰では放射線の効果がなく、中身が腐って缶は膨らんでしまいました。

原因を調べたところ、強い放射線を浴びても生き残った細菌が発見されました。当時の研究者らは、この細菌に「放射線に耐える奇妙な果実」を意味する「デイノコッカス・ラディオデュランス」と名付けました。

ところで、高線量の放射線が生物にとって害悪となるのは、①放射線が外部や内部から身体を作る細胞に当たる、②細胞を構成する原子や分子から電子が放出される、③それらが反応性の高いラジカル(活性酸素など)を作り周囲の細胞やDNAを傷つける、④DNAや身体を作るタンパク質の損傷が修復不可能になると細胞のがん化や組織障害が起こり、最終的には死に至る、といった一連の反応を引き起こすからです。

放射線や毒物の生物への影響の評価には「半数致死量」がよく使われます。ヒトは、全身に3〜5グレイの放射線を浴びると60 日以内に半数が死亡します。さらに被曝量が7~10 グレイになると、ほぼ全員が死亡すると言われています

一方、コナン細菌の半数致死量は2万5000グレイという報告があります。さらにノースウェスタン大によって22年に行われた研究では、乾燥・冷凍させたコナン細菌は14万グレイの放射線量に耐えたとのことです。

マンガン、リン酸塩、DP1が組み合わさった物質を生成

さて、放射線耐性が高い理由の候補は、①DNAが傷つけられてもすぐに修復できる、②DNAが他の生物と比べて傷つきにくい、という2つのパターンが考えられます。

これまで、コナン細菌の放射線耐性の秘密は「DNAの損傷からの回復の速さ」にあると考えられてきました。けれど今回、研究グループは「抗酸化物質の生成に優れており、放射線照射で作られるはずの活性酸素を未然に防ぎ、そもそもDNA損傷させない」というメカニズムが働いていたことを明らかにしました。

先行研究では、微生物ではマンガンを含む抗酸化物質が多いほど放射線への耐性が増すこと、マンガンとリン酸塩が組み合わさるとより強力な抗酸化物質が作られることが知られていました。

今回の研究によると、コナン細菌ではマンガン、リン酸塩に加えてDP1と呼ばれるペプチド(複数のアミノ酸が結合した分子)を含む3物質が組み合わさった物質を生成していることが分かりました。

さらに、同様の成分構成である合成抗酸化物質MDPを使って調べてみると、ペプチドとリン酸塩がマンガンに結合した複合体は極めて強力な抗酸化物質となり、強大な放射線耐性を示すことが分かりました。

米国軍保健衛生大のマイケル・デイリー教授はCNNの取材に対して「今回の新たな知見は、強力なマンガンベースの抗酸化剤の開発につながる可能性がある。MDPは費用対効果が高いうえ無毒なので、経口投与することで防衛や医療、宇宙探査に応用できるかもしれない」と語っています。

ところで、放射線耐性が高い生物というと、「クマムシ」を思い浮かべる人も多いでしょう。

クマムシは0.05~1.7ミリ程度の小さな生物で、約1500種が確認されています。世界中のいたるところに生息しており、100℃からほぼ絶対零度(マイナス273.15℃)、真空から75000気圧まで耐え、体内の水分量が3%になっても休眠状態になってしのぐことから「地球最強生物」とも呼ばれています。放射線耐性は、半数致死量が3000~5000グレイとされています。

最近はクマムシの高い放射線耐性や特殊な生命力の謎を解明し、ヒトに役立てようとする研究も進められています。本年10月には、中国・青島大の研究グループが「新種のクマムシにヒトの致死量にあたる放射線を照射すると、遺伝子が活性化された」と発表しました。研究成果は世界最高峰の総合学術誌「Science」に掲載されました。

研究チームは、中国河南省の苔から見つかった新種のクマムシ「Hypsibius henanensis」の様々な性質を調べていました。遺伝子検査をすると、1万4701個の遺伝子が存在し、そのうち約3割にあたる4436個がクマムシ類にしか見られない特殊な遺伝子であることが分かりました。

さらに、ヒトでは即死レベルの放射線量(200グレイと2000グレイ)を新種クマムシに照射してみると、2801個の遺伝子が活性化することを発見しました。活性化した遺伝子は、放射線で損傷を受けたDNAの修復や免疫反応の調整などに関わっていると考えられます。

放射線耐性に関わる3つのメカニズム

詳細な分析の結果、研究者たちは放射線耐性に関わる3つのメカニズムを発見しました。

1番目は、クマムシに特異的な遺伝子「TRID1」です。放射線によってDNAが切断されると修復を助ける特殊なタンパク質を呼び寄せる働きをすることが分かりました。これによって、通常の生物よりもはるかに速くDNA損傷を回復できると考えられます。

2番目は、「DODA1」というクマムシが進化の過程で他の生物から取り込んで獲得した遺伝子です。放射線に反応してクマムシの体内で、主に植物や菌類、細菌などにみられる4種類の抗酸化物質(ベタレイン色素)を作り出していました。ベタレインは放射線によって生成される有害な活性物質の60~70%を無害化し、放射線耐性を上げる役割を果たすと研究チームは説明します。

3番目は、エネルギー生産に関わるシステムです。ミトコンドリアの中で、細胞のエネルギーとなるATP(アデノシン三リン酸)の産生に関わる「BCS1」と「NDUFB8」という2つのタンパク質が、放射線に反応して増加していました。これらの働きによって、DNA損傷の修復が促進されるようです。

人類の宇宙空間での活動は、現在はISS(国際宇宙ステーション)が中心です。ISS内で働く宇宙飛行士は毎日、地球表面の100倍以上に相当する放射線量を被曝しています。

さらに有人月面探査が始まると、受ける放射線量は年間420ミリシーベルト程度と推定されています。日本では年間2.1ミリシーベルトが宇宙や大地から浴びる放射線量と見積もられているので、実に200倍です。今後、一般の人も気軽に宇宙旅行をしたり、惑星での活動も考えられるような時代になったりするためには、放射線からの保護を今から十分に対策しておくことが必要不可欠です。

加えて、高強度の放射線の被曝リスクは、宇宙開発の最前線や、核兵器が使われる戦争だけではありません。これまでの原発事故などでも分かるように、地球上で普通の生活をする私たちも、放射線の漏洩や放射性物質を用いたテロなどによって、予期せず高い放射線量を浴びてしまう状況に置かれてしまうかもしれません。放射線抵抗性生物が取っている化学的な戦略の知見を上手にヒトに活かし、暮らしの中の放射線リスクの軽減にも役立ててほしいですね。

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