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台湾の民主主義はなぜ強靭なのか?...米国式から独自に発展した選挙とメディア、在米移民とも「地続き」の政治参加の足跡

ニューズウィーク日本版 2024年12月26日 10時55分

渡辺将人(慶應義塾大学総合政策学部、大学院政策・メディア研究科准教授) アステイオン
<選挙とメディアを通した、アメリカ研究であり、台湾研究について。第46回サントリー学芸賞「社会・風俗部門」受賞作『台湾のデモクラシー──メディア、選挙、アメリカ』の「受賞のことば」より> 

移民社会の政治と移民の出身国の政治は、本来は別の専門領域です。しかし、米国と台湾のように相互が二重国籍を認めているケースは必ずしもその「枠」に収まりません。

四半世紀前、私は連邦下院議員事務所で所謂「台湾ロビー」の窓口を、またニューヨークの大統領選挙支部と連邦上院選本部で中華系を含むアジア系票のアウトリーチと称される集票戦略を担いました。

二重国籍である台湾系の多くは、台湾で総統選に投票した同じ年の秋に米国で大統領選にも投票します。大使館員ではない台湾外交官の背後には、米国国籍の台湾系選挙民もいて地元対策では彼らを軽視できません。

共和党と民主党の分断の中に、国民党と民進党の分断を純度高く持ち込み、米国政治の中に台湾政治が二重構造で存在しています。政治的にも言語的、文化的にも、アジア系集票のためには台湾政治を熟知する必要がありました。

この米国政治での実務経験が、アジア系社会内でのアウトリーチ戦略を事例の一部とした博士論文の研究に15年越しで結実しました。

その意味で、米国移民政治と海外政治はタイワニーズに限っては表裏一体であり、本書は私にとって専門の核心である米国研究を都市政治における選挙研究から深める「内的拡張」であるとともに、有権者の政治性の根源をアジア系、なかんずくタイワニーズに絞って解剖する「原点回帰」でもあります。

他方、政治コミュニケーションにおいて、米国型の選挙キャンペーンとメディア政治が世界に拡散する現象の考察は、言語と文化の障壁からも欧州と中南米の事例研究に留まる傾向があり、アジア事例への貢献の必要性を感じていました。

本書は「米国式」選挙やメディアが一方的な米国からの移植に限らず、在米移民ネットワークが触媒となって民主化過程で浸透する独特の作用に注目しました。

その際、「米国式」の輸入を拒むローカル固有の政治文化も見逃せません。例えば、支持者による戸別訪問は米国では盛んですが、台湾の対人関係には馴染まず、「車乗街宣」など独特の運動方式を創造しており、地上戦と空中戦の概念も異なります。

同じ多民族社会でも、エスニック集団別多言語メディアの価値と制約に質的相違があります。選挙演説における台湾語は「禁じられた言語」の復興であり、米国でのスペイン語演説とは異質の歴史的政治性を抱えます。

こうした選挙とメディアの「米国化」に抗う「アジアの固有性」の探究に比較の視座から没頭しました。本書は10年におよぶ台湾での現地調査に基づく比較政治と地域研究に架橋をする新しい米国研究であり台湾研究です。

軸となる米国政治の専門性の確立なしに他地域を観察することは困難である一方、比較対象地域について政治、言語・文化の調査上の土台構築にも長期間注力する必要から、統合的分析の公開は慎重と抑制に努めてきました。

米国、台湾、メディア、選挙デモクラシーに融合的に貢献する異例の研究をこうして認めていただけたことに深く感謝申し上げます。

渡辺将人(Masahito Watanabe)
1975年生まれ。シカゴ大学大学院国際関係論修士課程修了。早稲田大学大学院政治学研究科より博士(政治学)。コロンビア大学、ジョージ・ワシントン大学、台湾国立政治大学、ハーバード大学にて客員研究員、北海道大学大学院准教授などを経て、現在、慶應義塾大学総合政策学部、大学院政策・メディア研究科准教授。北海道大学大学院公共政策学研究センター研究員を兼任。著書に『アメリカ映画の文化副読本』(日経BP/日本経済新聞出版)など。

武田 徹氏(ジャーナリスト・評論家)による選評はこちら

 『台湾のデモクラシー──メディア、選挙、アメリカ』
  渡辺将人[著]
  中央公論新社[刊]

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