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ウクライナ戦争の被害は「意外なところ」にも...貴重な「赤い海藻」をロシアの侵攻から守れ

ニューズウィーク日本版 2024年12月24日 18時48分

エリーズ・ハウザー
<戦闘と占領で現地に立ち入れなくなった今も、研究者は生態系のモニタリングに手を尽くす>

1909年、ロシアの海洋学者セルゲイ・ゼルノフ(Sergey Zernov)は黒海で美しくも不思議な生態系を発見した。海底のすぐ上に、「藻場」と呼ばれる赤い海藻の群落が浮かんでいたのだ。藻場には魚、海綿動物にザリガニなど多様な生物が暮らし、その大半が赤い色をしていた。

今ではこの生態系におよそ110種の無脊椎動物、40種の魚類、30種の藻類が生息していることが分かっている。その一部は絶滅危惧種だ。

藻場の要は3種の赤い海藻で、うち2種はフィロフォラ属に分類される。フィロフォラが広大な藻場を作るのは黒海のみ。北西部には発見者の名前を冠した「ゼルノフの藻場(Zernov's Phyllophora Field)」が広がり、クリミア半島沿岸にも藻場が見つかった。

どちらもウクライナで海洋保護区に指定され、そして現在ロシアの軍事侵攻により未曽有の危機に直面している。

2014年のクリミア侵攻に続き22年に勃発した全面戦争は、藻場のデリケートな生態系を汚染や火災や爆発で破壊した。科学者が現地を訪れることもできなくなった。

それでもウクライナの科学者は藻場を見守る。衛星でモニタリングし、他地域の研究を参考に保護計画を練る。

海藻は主に岩などの堅い場所に生えるが、フィロフォラは浮いたまま成長する場合もある。黒海では生態系の土台を成し、環境の状態を伝える役目も果たす。

「ゼルノフの藻場」の現在の面積は4025平方キロ。50年代までは4倍の広さを誇ったが、海洋汚染や寒天の原料となる海藻の乱獲により、80年代にほぼ消滅した。

クリミア沿岸に群生する海藻 ALEXANDER KURAKIN/INSTITUTE OF MARINE BIOLOGY OF THE NAS OF UKRAINE

その後96年にフィロフォラが絶滅危惧種に指定され、2008年と12年に2つの藻場が保護区になると、生態系は息を吹き返した。

汚染物質を食べる海藻

だが「22年に状況は一変した」と、ウクライナ国立学士院(NAS)海洋生物研究所のガリーナ・ミニチェバ(Galyna Minicheva)所長は嘆く。ロシアが港を封鎖し海に浮遊機雷をまいたため、藻場には近づけなくなった。

ミニチェバによれば、研究者は今「遠隔技術を駆使し情報を得ている」。例えば沈没した軍艦や戦闘機の油膜を衛星画像を使って追跡し、生態系への影響を査定するのだ。

昨年6月にはロシアの爆撃でカホフカ・ダムが決壊し、汚染された淡水が海になだれ込んだ。「危機的状況だった」と、ミニチェバは振り返る。

しかし数カ月後、衛星画像が希望を映し出した。汚染物質を餌にする海藻が藻場で育ち始めたのだ。ミニチェバはこれを「生態系を出発点に戻す自然の摂理」とたたえる。

一方、NASの海洋生物学者ソフィア・サドグルスカ(Sofia Sadogurska)はフィロフォラの藻場を「エメラルド・ネットワーク(Emerald Network)」に登録しようと働きかけている。

エメラルド・ネットワークとは欧州をカバーする非EU加盟国の自然保護区連絡網。「占領と戦闘で近づけない地域は多いが、占領地でも保護区の制定は要請できる」と、サドグルスカは考える。

ウクライナがEUに加盟すれば、このネットワークに登録された国内の保護区はEUの自然保護区連絡網「ナチュラ2000」に組み込まれる。そうなれば環境保全の資金も増えるだろう。

「できることはたくさんある」と、サドグルスカは言う。

This article by The Revelator (https://therevelator.org) is published here as part of the global journalism collaboration Covering Climate Now.

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