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大統領の「自爆」クーデターと、韓国で続いていた「軍人政治」

ニューズウィーク日本版 2024年12月26日 11時26分

グレン・カール
<韓国では尹錫悦大統領が合同捜査本部の出頭を拒否し続けているが、そもそも尹が「自爆」クーデターを起こした原因は、87年の民主化後も水面下で続いていた「軍人政治」にある>

12月3日夜に韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)統領が非常戒厳を宣布して「自己クーデター」を試みた動きが失敗に終わったことは、この国の政治文化が持つ重大な欠陥を改めて浮き彫りにした。その欠陥は、韓国の民主政治の安定を脅かす要因であり続けてきた。

1980年に全斗煥(チョン・ドゥファン)が非常戒厳の拡大措置を行って以来、クーデターそのものは実現していないが、その後の40年余りの間にもクーデターが起きそうになったことはたびたびあった。最も新しいところでは、当時の朴槿恵(パク・クネ)政権が汚職疑惑で揺れていた2017年に、戒厳令宣布の一歩手前まで行ったことがあったという。

今回のクーデターは未遂に終わり、尹の弾劾手続きが進められている。しかし将来、韓国で再びクーデターが起きる可能性は残っている。その危険を取り除くためには、軍と軍出身者が政府で極めて大きな役割を担っている状況と、2大政党が互いを国家の敵と非難し合うほど分極した政治文化を改めなくてはならない。

私がCIAで働いていた頃、思慮深い同僚たちは、米軍出身者をCIAや国務省の要職に据えるべきではないと言っていた。確かにCIAと軍は使命が異なり、職員の世界観も違うし、権力に対する姿勢も違う。特に軍の人間は上下関係を重んじ、組織の上層部への忠誠心を抱く傾向が強い。こうした軍の性質は、組織への忠誠心よりも「法の支配」を優先させるべき民主国家の文民政府にとって、危険な要素になりかねない。

人気ドラマ『愛の不時着』を槍玉に挙げる心理

その点、アメリカの軍人たちはこれまで250年近く、組織より憲法に忠誠を誓い、文民主導の「法の支配」への服従を徹底して貫いてきた。しかし、韓国の軍と政党にそのような姿勢は見られない。

韓国では、軍出身者が治安関連の要職に就くケースが多い。そうした高官たちは軍との結び付きが強く、民政が軍政的な性格を帯び、危機の際に反射的に軍を動かそうとする試みに歯止めがかかりにくい。

もう1つの危険な要素は、韓国の軍が保守政党と強力な一体感を抱く一方、進歩派政党と対立関係にあることだ。現在、保守政党の「国民の力」は、進歩派の「共に民主党」を親北朝鮮派と批判している。

主要政党が自分たちを「愛国者」と位置付け、対立政党を「裏切者」と批判するとき、民主政治の基盤は常に揺らぐ。韓国ではそのような政治文化の下、保守派が人気ドラマ『愛の不時着』を「北朝鮮を美化して国家安全保障法に違反している」とやり玉に挙げたこともあった。

尹のクーデター未遂の背景には、大統領の汚職疑惑と逮捕への不安があった。韓国の歴代大統領はしばしば、自身の生き残りと国家の防衛を同一視してきた。今回の騒動では、国会が戒厳令の解除を求める決議を可決したにもかかわらず、高い地位に就いている職業軍人たちは、尹が戒厳令解除の方針を示すまで国会の要求に従うことを拒み続けた。

政党や軍や政治家より「法の支配」を重んじる

皮肉なことに、尹は検察官時代の16年に朴の汚職疑惑の捜査を指揮した人物だ。その捜査をきっかけに朴の弾劾手続きが始まり、戒厳令の宣布が水面下で準備されるに至った。今回のクーデター未遂では、尹自身も民主主義者というより、儒教的な独裁者だったことが明らかになった。

それとは別に、もう1つ明らかになったことがある。尹の戒厳令宣布に対して韓国社会がほぼ足並みをそろえて反対し、その企てを失敗に追い込んだことは、韓国の政治文化に強力な民主主義的性質が根付いている証拠だ。政党や軍や政治家よりも法の支配を重んじる考え方が、そこには確かにあった。



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