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睡眠不足の上司は部下に当たり散らし、心を落ち着かせている...「仕事と睡眠」の驚きの関係

ニューズウィーク日本版 2024年12月26日 6時40分

若杉忠弘(グロービス経営大学院教授)
<睡眠不足と不正行為とは関係がある、睡眠時間上位の企業は利益率も高い......日本のリーダーたちはもっと寝るべきだ>

睡眠不足は病気や死亡のリスクを高めるだけでなく、人間関係や不正行為との間にも関連性があるとされる。

今こそ、この1年の働き方を見直す良いチャンス。グロービス経営大学院でリーダーシップ・組織開発などを教える若杉忠弘氏に、ビジネスパーソンに睡眠が及ぼす影響について聞いた。

※本稿は、若杉忠弘著『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』(かんき出版)の一部を再編集したもの。

※『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』からの抜粋第2回:リーダーこそ「自分にやさしく」...食生活の人間関係への影響、休み上手の4法則を知る

◇ ◇ ◇

リーダーの健康はメンバーの健康につながる

想像してみてください。みなさんが、自分の心身をかえりみないリーダーのもとで働いている状況を。

このリーダーは、朝、だれよりも早くオフィスに到着し、家に帰るのも遅く、仕事を持ち帰っては、夜遅くまでメールやチャットでコミュニケーションを取り続けています。

疲れた様子で、目にはくぼみが見え、睡眠不足の兆しも見てとれます。体調もいつも万全とはいえず、どこか無理をしているようです。

趣味など仕事以外の活動に時間を使っているようには見えず、仕事に一心不乱に没頭しています。仕事で成果を上げることに、人一倍責任を感じています。

みなさんは、こうしたリーダーのもとで働きたいでしょうか。

もし、一緒に働きたくないと思ったとしたら、こうした上司をもつことは、みなさんにとって大きなストレスになります。

もし、一緒に働きたいと思ったとしたら、みなさんは、このリーダーの働き方をロールモデルにすることでしょう。今度は、みなさんが一日中働き続けるようになり、体調を崩しやすくなります。

どちらの場合でも、こうしたリーダーのもとで長く働いていると、みなさんの心身への負担になります。そして、心身の健康を崩してしまえば、もちろん、仕事のパフォーマンスは落ちます。

自分をケアしないリーダーのもとでは、メンバーは自分の健康を守ることが難しくなるのです。言い換えれば、自分をケアするリーダーのもとでは、メンバーも自分をケアすることができます。これはデータに基づく事実です。

実際、ある保険会社で、リーダー47人とメンバー466人を調査した研究では、次のことが明らかになっています。

自分の心身をケアするリーダーのもとで働くメンバーは、自分の心身もケアをしていました。そして、そうしたリーダーのもとで働いているメンバーほど、実際により健康だったのです。

リーダーは、自分の心身を疎かにすると、メンバーの心身に負担をかけてしまうことを重々認識する必要があるのです。

睡眠不足は死亡リスクを増加させる

リーダーがおさえておくべきは、「睡眠」「食事」「運動」「休み」の4つです。

まず、睡眠から始めましょう。

寝る前にSNSや仕事のメッセージに目を通すことが多く、どうしても就寝時間が遅くなりがちという人も少なくないでしょう。睡眠時間も6時間を確保できればいいほうで、朝、起きたときに、体のだるさが残ることも多いということはないでしょうか?

こうした睡眠習慣では、残念ながら、自分の健康を守れないことがわかっています。

睡眠の専門家15人が、睡眠と健康にかかわる学術論文5314本を精査し、共同で次の声明文を出しています。

「成人は定期的に7時間以上の睡眠をとるべきである」

個人差はあるでしょうが、1つの目安として7時間という基準が示されています。

その理由は、睡眠時間が7時間を定期的に下回ると、肥満、糖尿病、高血圧、心臓病、脳卒中、うつ病、死亡リスクの増加、免疫力の低下などにつながるからです。

さらに、7時間未満の睡眠はパフォーマンスの低下、ミスの増加、事故リスクの増加とも関連していました。

こうした悪影響のリストをみると、ゾッとしますね。いかに睡眠が健康にとって大切かが、改めて確認できます。厚生労働省の調査によれば、睡眠時間が7時間に達していない人の割合は、日本人のなんと、半分以上にのぼります。ですから、みなさんがこの7時間のラインを下回っていたとしても何ら不思議ではありません。

睡眠不足は蔓延しているのです。

睡眠不足は人間関係にも悪影響を及ぼす

リーダーに心に留めていただきたいポイントは、睡眠不足は、メンバーとの人間関係にひびを入れるということです。

ワシントン大学の研究グループは、88人のチームリーダーとそのメンバーを2週間にわたって調査しました。

ここで驚くべきことがわかります。リーダーがよく眠れないと、その翌日、メンバーに当たり散らしていたのです。メンバーに意地悪な態度や、敵対的な態度をとりやすく、威圧的で攻撃的な行動をとる頻度が増えていました。

なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。この研究によれば、よく眠れなかったリーダーは、気力が十分でないために、メンバーに配慮するような言動がとれなくなっていたのです。

リーダーの睡眠不足の代償を、メンバーが払っていたのです。

別の調査では、リーダーがメンバーに当たると、一時的にリーダーの心が安らぐという結果も出ています。

リーダーとして、きちんと振る舞うにはそれなりに自制心を利かす必要があります。でも、メンバーに当たり散らすとき、この自制心がはずれます。だから、エネルギーの節約になり心が休まるのです。

もちろん、このような安らぎが健全なわけがありません。実際、この安らぎは一時的な効果しかありませんでした。メンバーに当たっていたリーダーは、1週間後、逆にストレスが増え、やる気も落ちていたのです。

この現象は、まるでドラッグの効用とそっくりです。ドラッグもメンバーに当たる言動も、一時的に安らぎを得られるものの、長期的にみればその人自身を苦しめます。メンバーも、もちろん不幸です。

睡眠時間上位の企業は利益率も高い

ほかにも、睡眠不足の翌日は、従業員は不正行為に走りやすいという結果が出ています。

睡眠時間が7時間未満だった看護師は、個人情報などの機密情報を漏らしたり、アルコールなどを仕事中に摂取したり、仕事をさぼったり、誰かに悪口を言ったりする頻度が高くなっていました。

人は、睡眠不足だと、不正に手を染めやすいのです。

睡眠がこれほど重要であるならば、社員がよく眠れている企業は、実際、業績も高くなるのでしょうか。この問いに答えたのが慶應義塾大学の山本勲教授の調査です。

よく眠れている社員が多い企業ほど、その後、利益率が上昇していたことがわかりました。日本のビジネスパーソン1万人への調査と上場企業700社への大規模調査を組み合わせて得られた分析結果です。

この分析によれば、睡眠時間が上位20%の企業は下位20%の企業よりも利益率が1.8~2.0%程度高かったのです。利益率を1%改善するのにどれだけ企業努力が必要かを考えれば、睡眠の効果ははかり知れません。

そう、「果報は寝て待て」だったのです。睡眠をしっかりとることは、リーダー自身の健康のためだけに重要なわけではありません。メンバーの健康と仕事のパフォーマンスを高め、企業に貢献する重要な要素です。

『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』
 若杉忠弘 著
 かんき出版

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若杉忠弘
グロービス経営大学院教授(リーダーシップ・組織開発など)。東京大学工学部・大学院を経て、外資系コンサルティングファームBooz Allen Hamilton(現PwCコンサルティング)に入社。経営コンサルタントとして活躍。企業の経営戦略策定、組織開発、変革実行支援に従事。

その後渡英し、ロンドン・ビジネス・スクールでMBAを取得。イギリスでは教育ベンチャーの立上げに参画。帰国後、グロービスで英語MBAプログラムのディレクターや英語オンラインMBAの設立などにかかわってきた。

仕事をする傍ら、一橋大学大学院に入学。経営学を研究するなかで、「セルフ・コンパッション」に出会う。当時、リーダーの役割を息苦しく感じ、「自己犠牲をしながら、成果を出さなければならないのか」と悶々とする日々だったが、セルフ・コンパッションから「自分へのやさしさが強さを育む」ことを学び、苦況を抜け出す。この経験をきっかけに、日本のビジネスパーソン1800人を対象に、組織におけるセルフ・コンパッションの調査と実験を繰り返し、研究にまい進。その研究成果が評価され、同大学院にて経営学博士を取得。

世界のセルフ・コンパッション教育をリードするアメリカの「センター・フォー・マインドフル・セルフ・コンパッション」で講師資格を得て、日本におけるセルフ・コンパッションのエバンジェリスト(伝道師)としても活動している。本書が初の著書となる。


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