冷泉彰彦
<海外生産への転換や現地法人の買収を進めて国内の産業が空洞化すれば、日本のGDPが損なわれることは分かっていた>
内閣府が12月23日に発表した「国民経済計算(年次推計)」によりますと、2023年の日本の1人当たり名目GDP(国内総生産)は、前年比約0.8%減の3万3849ドルでした。これは、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中22位となり、21位の韓国に抜かれたことになります。
ちなみに韓国に抜かれるのは今回が初めてではなく、計算基準が変更されたために、一昨年の2022年でも、韓国が21位、日本22位だったそうです。更に、年末が迫った今年、2024年に関しては更に一層円安が進んでいることもあり、数字の改善は期待できないと思います。
大昔から、1人当たりGDPが3万ドルというのが曲がりなりにも先進国としての最低水準と言われてきました。日本が、この水準を割り込むのは時間の問題かもしれません。1人当たりの数字とは別に、総額で見た日本の名目GDPについても、長い間米中の後の3位だったのが、2023年にはドイツに抜かれて4位となり、背後からはインドが迫ってきています。
このようにGDPが低迷しているのには、様々な原因がありますが、一番の要因は財界、つまり日本の主要な企業が余りにも国内を軽視していることが挙げられます。例えば、最近大きな話題となっている経済ニュースに関して考えてみても、国内経済とは直接関係のない話がほとんどです。
自動車の主要な市場も生産拠点も海外
例えば、日産を台湾企業の鴻海が買うのか、それともホンダと経営統合するのかというニュースもそうです。このニュースの背景にあるのは世界的な動きである自動車のEV化と、AV(自動運転)化です。ですが、エネルギーの安定供給が難しく、また老朽化した橋などの多い日本では、重い電池を搭載したEVには限界があります。
また、EVになると、複雑な内燃機関から自由になり、ギアなども簡素化されるため、主要な部品は大きな単位に組み上がったモジュールという半完成品になっていきます。このモジュールにおいて標準化を進めてシェアを獲得すると、市場の過半を制覇できる可能性があります。
このモジュール生産については、仮にホンダ=日産連合ができても、鴻海が日産を買っても日本は生産拠点にはならないと思います。ロボットを稼働させる電力の問題に加えて、英語のオペレーションに対応するロボットのオペレーターに適当な人材の層が厚くないからです。
更に、現在の日産もホンダも主要な市場は海外、そして主要な生産拠点も海外となっています。そしてデザインやマーケティング、AI関連の研究開発の拠点も海外に流出しつつあります。つまり、もうこの2社は日本のGDPに寄与する部分は僅かであり、今回の再編がどうなっても同じことなのです。
日鉄のUSスチール買収については、アメリカ政府による政治的判断で却下されそうだなどと報じられています。まるで、日鉄が買えないと日本が困るような報道です。ですが、考えてみれば日鉄グループとしては、海外の生産拠点や販路を取り込むだけですから、これも日本のGDPにはほとんど関係はありません。
例えば飲料や食品メーカーは、日本国内の人口減少を前提に海外市場を開拓してきました。その中で、日本の企業がスコットランドの伝統的なウィスキー醸造所を買ったり、醤油の製造企業が大規模な海外生産を始めたりして既に長い年月が経っています。
また鉄道車両の製造企業が、海外の車両を受注するというのも増えてきました。経済新聞などでそうしたニュースを見ると、日本の読者は何となく誇らしい思いを抱くかもしれませんが、こうした話も日本のGDPとは関係ありません。
鉄道車両の場合は特に公益性が強いので、最先端の高速鉄道の一部を除いては基本的に受注の条件に現地生産が義務付けられるからです。そして鉄道車両にしても、醤油にしても、仮に海外の現地法人の収益から日本の本社がロイヤリティーを徴収するとしても、帳簿上の数字だけで、キャッシュは海外に再投資されることがほとんどです。また、仮に大きな利益が出て配当するにしても、株主の多くは海外ですから配当金の国内還流も部分的に過ぎません。
衰退トレンドが定着してしまった日本経済
もちろん、財界も経産省も「これでいい」とは思っていないと思います。また、財界としても、各企業が生き残るためにしてきたことではあるものの、「こんなはずではなかった」と思っているはずです。
1980年代後半からの40年近く、多くの日本企業はこうした現地生産や海外法人の買収を続けてきました。円高対策であり、現地の雇用を保証しないと市場に入れてもらえないからでしたが、こうした過度の空洞化を進めれば国内のGDPが失われることは分かっていたはずです。
ですが、結果的に国内のGDPは大きく損なわれ、韓国にも抜かれ、それでも怒ったり悔しがったりする声は限られています。そこには2つの要因があると思います。
1つは、製造業を海外に出した場合に、本来であれば国内はより付加価値の高い知的産業にシフトするべきです。ですが、日本の場合は分厚い言語の壁があり、文明の成り立ちや教育の方法が、グローバルな先進産業とはミスマッチを起こす中で、改革を先送りし続けました。その結果、国内経済においては衰退トレンドが定着したのだと思います。
もう1つは、高学歴な人口の多くは多国籍企業に就職していることが多く、空洞化しても海外からの収益で潤うからです。つまり、海外で売上が立つ企業の場合は、円安も加わる中で「史上最高の収益」や「大幅な賃上げ」が可能になり、GDP低迷の「痛み」を感じないのです。
その一方で、GDPの低下はダイレクトに国内経済に影響を与えています。何よりも貧困の問題はその結果であると思います。可視化できる部分、できない部分のいずれにおいても、経済衰退の痛みは全国に様々な影響を与えています。
では、日本はアメリカのトランプ政権のように自由貿易を否定して、改めて経済鎖国を行えば国内経済を復活させることができるのかというと、それは違います。国内市場は人口減で縮小を加速させています。またエネルギーと食糧については、輸入に頼る部分が大きいので、弱くなる円を支えるためにも輸出で稼ぐことからは逃れられません。輸出で稼ぐというのは、海外で作って売るのではなく、国内で作って海外に売るという意味です。そうでなくてはフルでGDPには貢献しないのです。
そうではあるのですが、今となっては、製造業では中国やアジア諸国に生産性という点で対抗できていません。また知的付加価値を求める新産業においては、欧米やアジアの一部の国には現時点では全く勝ち目がないのも事実です。つまり、日本という文明の弱みを克服し、中進国型の教育を改革しないと、このままでは衰退が加速するだけです。
とにかく、1人あたりGDPで負け続けていること、この事実を直視して、そこに悔しさと危機感を抱くこと、これが何よりも第一歩だと思います。その上で、相当な覚悟で改革に踏み出すこと、新しい年にはそうした議論は避けられないと思います。
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内閣府が12月23日に発表した「国民経済計算(年次推計)」によりますと、2023年の日本の1人当たり名目GDP(国内総生産)は、前年比約0.8%減の3万3849ドルでした。これは、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中22位となり、21位の韓国に抜かれたことになります。
ちなみに韓国に抜かれるのは今回が初めてではなく、計算基準が変更されたために、一昨年の2022年でも、韓国が21位、日本22位だったそうです。更に、年末が迫った今年、2024年に関しては更に一層円安が進んでいることもあり、数字の改善は期待できないと思います。
大昔から、1人当たりGDPが3万ドルというのが曲がりなりにも先進国としての最低水準と言われてきました。日本が、この水準を割り込むのは時間の問題かもしれません。1人当たりの数字とは別に、総額で見た日本の名目GDPについても、長い間米中の後の3位だったのが、2023年にはドイツに抜かれて4位となり、背後からはインドが迫ってきています。
このようにGDPが低迷しているのには、様々な原因がありますが、一番の要因は財界、つまり日本の主要な企業が余りにも国内を軽視していることが挙げられます。例えば、最近大きな話題となっている経済ニュースに関して考えてみても、国内経済とは直接関係のない話がほとんどです。
自動車の主要な市場も生産拠点も海外
例えば、日産を台湾企業の鴻海が買うのか、それともホンダと経営統合するのかというニュースもそうです。このニュースの背景にあるのは世界的な動きである自動車のEV化と、AV(自動運転)化です。ですが、エネルギーの安定供給が難しく、また老朽化した橋などの多い日本では、重い電池を搭載したEVには限界があります。
また、EVになると、複雑な内燃機関から自由になり、ギアなども簡素化されるため、主要な部品は大きな単位に組み上がったモジュールという半完成品になっていきます。このモジュールにおいて標準化を進めてシェアを獲得すると、市場の過半を制覇できる可能性があります。
このモジュール生産については、仮にホンダ=日産連合ができても、鴻海が日産を買っても日本は生産拠点にはならないと思います。ロボットを稼働させる電力の問題に加えて、英語のオペレーションに対応するロボットのオペレーターに適当な人材の層が厚くないからです。
更に、現在の日産もホンダも主要な市場は海外、そして主要な生産拠点も海外となっています。そしてデザインやマーケティング、AI関連の研究開発の拠点も海外に流出しつつあります。つまり、もうこの2社は日本のGDPに寄与する部分は僅かであり、今回の再編がどうなっても同じことなのです。
日鉄のUSスチール買収については、アメリカ政府による政治的判断で却下されそうだなどと報じられています。まるで、日鉄が買えないと日本が困るような報道です。ですが、考えてみれば日鉄グループとしては、海外の生産拠点や販路を取り込むだけですから、これも日本のGDPにはほとんど関係はありません。
例えば飲料や食品メーカーは、日本国内の人口減少を前提に海外市場を開拓してきました。その中で、日本の企業がスコットランドの伝統的なウィスキー醸造所を買ったり、醤油の製造企業が大規模な海外生産を始めたりして既に長い年月が経っています。
また鉄道車両の製造企業が、海外の車両を受注するというのも増えてきました。経済新聞などでそうしたニュースを見ると、日本の読者は何となく誇らしい思いを抱くかもしれませんが、こうした話も日本のGDPとは関係ありません。
鉄道車両の場合は特に公益性が強いので、最先端の高速鉄道の一部を除いては基本的に受注の条件に現地生産が義務付けられるからです。そして鉄道車両にしても、醤油にしても、仮に海外の現地法人の収益から日本の本社がロイヤリティーを徴収するとしても、帳簿上の数字だけで、キャッシュは海外に再投資されることがほとんどです。また、仮に大きな利益が出て配当するにしても、株主の多くは海外ですから配当金の国内還流も部分的に過ぎません。
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もちろん、財界も経産省も「これでいい」とは思っていないと思います。また、財界としても、各企業が生き残るためにしてきたことではあるものの、「こんなはずではなかった」と思っているはずです。
1980年代後半からの40年近く、多くの日本企業はこうした現地生産や海外法人の買収を続けてきました。円高対策であり、現地の雇用を保証しないと市場に入れてもらえないからでしたが、こうした過度の空洞化を進めれば国内のGDPが失われることは分かっていたはずです。
ですが、結果的に国内のGDPは大きく損なわれ、韓国にも抜かれ、それでも怒ったり悔しがったりする声は限られています。そこには2つの要因があると思います。
1つは、製造業を海外に出した場合に、本来であれば国内はより付加価値の高い知的産業にシフトするべきです。ですが、日本の場合は分厚い言語の壁があり、文明の成り立ちや教育の方法が、グローバルな先進産業とはミスマッチを起こす中で、改革を先送りし続けました。その結果、国内経済においては衰退トレンドが定着したのだと思います。
もう1つは、高学歴な人口の多くは多国籍企業に就職していることが多く、空洞化しても海外からの収益で潤うからです。つまり、海外で売上が立つ企業の場合は、円安も加わる中で「史上最高の収益」や「大幅な賃上げ」が可能になり、GDP低迷の「痛み」を感じないのです。
その一方で、GDPの低下はダイレクトに国内経済に影響を与えています。何よりも貧困の問題はその結果であると思います。可視化できる部分、できない部分のいずれにおいても、経済衰退の痛みは全国に様々な影響を与えています。
では、日本はアメリカのトランプ政権のように自由貿易を否定して、改めて経済鎖国を行えば国内経済を復活させることができるのかというと、それは違います。国内市場は人口減で縮小を加速させています。またエネルギーと食糧については、輸入に頼る部分が大きいので、弱くなる円を支えるためにも輸出で稼ぐことからは逃れられません。輸出で稼ぐというのは、海外で作って売るのではなく、国内で作って海外に売るという意味です。そうでなくてはフルでGDPには貢献しないのです。
そうではあるのですが、今となっては、製造業では中国やアジア諸国に生産性という点で対抗できていません。また知的付加価値を求める新産業においては、欧米やアジアの一部の国には現時点では全く勝ち目がないのも事実です。つまり、日本という文明の弱みを克服し、中進国型の教育を改革しないと、このままでは衰退が加速するだけです。
とにかく、1人あたりGDPで負け続けていること、この事実を直視して、そこに悔しさと危機感を抱くこと、これが何よりも第一歩だと思います。その上で、相当な覚悟で改革に踏み出すこと、新しい年にはそうした議論は避けられないと思います。
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