森田優介(ニューズウィーク日本版デジタル編集長)
<衆院選の争点にもならず、日本のSDGsは停滞しているように見える。政治に対する働きかけも積極的に行ってきた蟹江憲史・慶應義塾大学大学院教授だが、現状をどう捉えているのか>
トランプ2.0が始まれば、世界の気候変動対策に暗雲が立ち込めるかもしれない。
しかし、それは「日本にとってチャンスでもある」と、11月に行ったインタビューで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の蟹江憲史教授は語った(インタビュー前編はこちら)。
翻って、日本国内の状況はどうか。
環境問題やSDGs(持続可能な開発目標)の対策は進展していないようにも見えるが、一方で、企業や自治体の動きは活発だ。「市民に近いところで、分散的に対策を取っていき、相互に学び合いながら、ネットワークを作っていく」と、蟹江さんはそこに光明を見出している。
ニューズウィーク日本版では2023年に、「日本企業のたとえ小さなSDGsであっても、それが広く伝われば、共感を生み、新たなアイデアにつながり、社会課題の解決に近づいていく――」という考えのもと、「SDGsアワード」を立ち上げた。2023年、そして2024年と、蟹江さんには本アワードの外部審査員を務めていただいている。
インタビューを、前後編に分けて掲載する(この記事は後編)。
※インタビュー前編:トランプ「反・気候変動」時代到来で思い出すべき、京都議定書での日本の過ち──蟹江憲史教授
――10月末に、政府の持続可能な開発目標(SDGs)推進円卓会議(第19回会合)が開催された。蟹江さんも参加されているが、そこでの議論はどうだった?
蟹江 今回、メンバーが大きく変わった。新しく広がりを持ったという意味ではよかったが、仕組みとしてはまったく変わっていない。会議はあっても、残念ながら(物事は)動いていない。SDGsは石破政権のアジェンダに入っておらず、施政方針演説でも何も触れられなかった。
ボトムアップでのSDGsの実践に力を入れている慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の蟹江憲史教授(2023年撮影) Photo:遠藤 宏
――10月の衆院選でも、SDGsや環境問題はまったく選挙の争点になっていなかった。
蟹江 ならなかった。ちょうど先日、ある政治家に「どうなんですか」と聞いたら、日本政治において進展はありません、世間の関心が「年収の壁」とか政治改革に集まっていて、長期的な持続可能性には関心が集まっていない状況です、と言っていた。
(世間の関心が集まっていないのだから)政治家としては適切な判断、適切な見方なのだろうとは思う。
個人的には、国際政治が不安定なときだからこそ日本はSDGsについて国際的にもっと発信するべきだと思うけれど、一方でSDGsはもともとボトムアップのものでもある。企業活動の中でやるとか、自治体で推進していく。それがその会社や地域の強みになる。
例えばSDGsの対策は、防災対策にも、パンデミックの対策にもなる。危機が起こったとき、そのインパクトをどう少なくするのかにも関係してくる。政治がどうであれ、日本のような災害の多い国ではとても大切なことだと思う。
――蟹江さんの今の関心として、SDGsやサステナビリティはボトムアップのものだという考えがあり、それもあって現在、企業の評価(理事長を務める一般社団法人で、2024年6月に中小企業を念頭に置いた全国的なSDGs認証「サステナブルビジネス認証制度」を創設した)や、自治体との取り組みに活動の軸足を移しているのか。
蟹江 軸足を移しているというわけではない。SDGs関連だと、今も国連の7月の会議には参加したり、アジアでの会議などにも足を運んでいる。ただ、確かにボトムアップでつながりを強化し、対策を進めていくのが今のトレンドでもあるし、そのほうが強い。政治的に何かがあっても惑わされないで済む、という側面もある。
それに、実際にアクションを起こすのは企業だったり自治体だったり、より市民に近いところだから。
ちょうど今(取材時)、ハワイにあるカメハメハ・スクールという伝統的な私立学校の人が来日していて協議を進めているが、こういうつながりに関心がある。
ハワイも島国でエネルギー自給への関心が高いし、少し前には火山の噴火もあった。お互いに学び合って、交流を深めることが大きな形になっていくのではないかと思っている。カメハメハ・スクールはハワイの伝統的な文化をSDGsで再定義しながら、未来志向の教育を行っている。日本ではあまり多く見られない視点だ。
やはりサステナビリティは、その土地の文化に根差したやり方に落とし込むのが一番サステナブルだ。文化はローカル。日本だったら「もったいない」とか、そういうところに落とし込むのが大切だと考えている。企業文化もそれに含まれるかもしれない。
市民に近いところで、分散的に対策を取っていき、相互に学び合いながら、ネットワークを作っていく。特に(ドナルド・)トランプ氏が出てきたりして、国レベルで動かないような事態になると、こうしたネットワークがますます重要になる。
防災と気候変動対策などシナジーを生かして取り組んでいくことが大切だという Ursula Page-shutterstock
――昨年インタビューをしたときに1つ印象的だったのが、一方で「政策の力が重要、日本は政策面に課題がある」というもの。国による政策と、政治に惑わされないボトムアップの取り組みの両方が大事だということか。
蟹江 そうですね。両方が大事ではある。
――サステナビリティとかSDGsとか環境の分野において、日本の政治がなかなか進まないことへの苛立ちはある?
蟹江 ありますね。
――即答でした(笑)。
蟹江 ありますが、もうそのフェーズは過ぎているというか。
昨年(2023年)が1つのモーメンタムだったと思っている。政府の「SDGs実施指針」が年末に改定されるタイミングだったので、大きく変えていかなければならないと、それに向けて政治にも働きかけたが、残念ながら動かなかった。いろいろな要因があって動かず、難しいと実感した。
やる気のある人たちが進めていく。でも、政治がそれをサポートしないとなかなか大きな動きにならない。補助金を付けるとか、税制上の措置をするだけでなく、スタンダードを作る(標準化する)といったことも含めて。政治にうまく働きかける方法はないものかと、今も思ってはいます。
いま我々の研究でトレンドになっていることの1つに、シナジー(プラスの相乗効果を引き起こす関係性)とトレードオフ(相反する利害を伴う関係性)がある。実際に、複数の課題の間でシナジーが生み出されることがある。
例えば、防災と気候変動。気候変動対策というと(政治は)あまり動かないかもしれないが、防災対策でもあるとすれば動く。研究としても、どういうつながりがあるかを見ていくのは面白いし、より人々の心に響きやすく、政治も動きやすそうなところから攻めるという視点が大切だと思う。
一方で、グローバルな動きとしては、サステナビリティに関するトレンドはもう後戻りしない。スローダウンはするかもしれないけれど、後戻りはしない。つまり、絶対にやっておいたほうがいい。
そのことに気づいてもらい、促進していくしかないとも思っている。
――「促進する」ということで言えば、企業の取り組みを後押しする「サステナブルビジネス認証制度」(同制度ウェブサイトはこちら)を立ち上げられた。手応えは?
蟹江 我々の(認証を行う上での)キャパがまだ追いついてないために、まだ少数しか認証が済んでいないが、「やってくれ」という声が非常に多い。ありがたいことに、ウェイティングリストにたくさん入っている。
サステナビリティへの流れは強まっていて、例えば(中小企業が)大企業のサプライチェーンに入っていく、あるいはサプライチェーンに留まり続けるために、自社のサステナビリティを証明するものが欲しい、と。特に海外の企業と取引する場合ですね。
B Corp認証(米NPOによるサステナビリティ関連の認証制度)など海外の認証だと、ちょっと日本企業に合わなかったり、対応が難しかったりする。そういう場合に、我々の認証が役に立つと思う。
――「サステナブルビジネス認証制度」の最初の認証企業には、日本フードエコロジーセンター(神奈川県)が入っている。
蟹江 代表の高橋(巧一)さんは非常に面白い人。ああいう会社がどんどん稼いでくれると、世の中の動きも変わってくるんじゃないか。
アメリカがトランプ政権になろうが、こういう取り組みを続けていけば、長期的にプラスになるはず。これから何が起こるか分からない、また戦争が起こるかもしれない(編集部注:この取材はシリアでアサド政権が崩壊し中東がさらに緊迫化する前だった)が、何が起こるかを恐れていても仕方がないとも思っている。
――こうしたボトムアップの取り組みが、政治に惑わされないことにもなる。まさに、レジリエンス(強靭性)でもありますね。
蟹江憲史
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、同大学SFC研究所xSDG・ラボ代表)
内閣府自治体SDGs推進評価・調査検討会委員、日本政府SDGs推進円卓会議構成員などを務め、国内外でSDGsや環境問題を中心に多方面で活躍。国連事務総長の任命を受けた独立科学者15人の1人として「持続可能な開発に関するグローバルレポート(GSDR)2023」の執筆を行った。専門は国際関係論、サステナビリティ学、地球システム・ガバナンス。SDGs研究の第一人者であり、研究と実践の両立を図っている。主な著書に『SDGs(持続可能な開発目標)』など。
<衆院選の争点にもならず、日本のSDGsは停滞しているように見える。政治に対する働きかけも積極的に行ってきた蟹江憲史・慶應義塾大学大学院教授だが、現状をどう捉えているのか>
トランプ2.0が始まれば、世界の気候変動対策に暗雲が立ち込めるかもしれない。
しかし、それは「日本にとってチャンスでもある」と、11月に行ったインタビューで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の蟹江憲史教授は語った(インタビュー前編はこちら)。
翻って、日本国内の状況はどうか。
環境問題やSDGs(持続可能な開発目標)の対策は進展していないようにも見えるが、一方で、企業や自治体の動きは活発だ。「市民に近いところで、分散的に対策を取っていき、相互に学び合いながら、ネットワークを作っていく」と、蟹江さんはそこに光明を見出している。
ニューズウィーク日本版では2023年に、「日本企業のたとえ小さなSDGsであっても、それが広く伝われば、共感を生み、新たなアイデアにつながり、社会課題の解決に近づいていく――」という考えのもと、「SDGsアワード」を立ち上げた。2023年、そして2024年と、蟹江さんには本アワードの外部審査員を務めていただいている。
インタビューを、前後編に分けて掲載する(この記事は後編)。
※インタビュー前編:トランプ「反・気候変動」時代到来で思い出すべき、京都議定書での日本の過ち──蟹江憲史教授
――10月末に、政府の持続可能な開発目標(SDGs)推進円卓会議(第19回会合)が開催された。蟹江さんも参加されているが、そこでの議論はどうだった?
蟹江 今回、メンバーが大きく変わった。新しく広がりを持ったという意味ではよかったが、仕組みとしてはまったく変わっていない。会議はあっても、残念ながら(物事は)動いていない。SDGsは石破政権のアジェンダに入っておらず、施政方針演説でも何も触れられなかった。
ボトムアップでのSDGsの実践に力を入れている慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の蟹江憲史教授(2023年撮影) Photo:遠藤 宏
――10月の衆院選でも、SDGsや環境問題はまったく選挙の争点になっていなかった。
蟹江 ならなかった。ちょうど先日、ある政治家に「どうなんですか」と聞いたら、日本政治において進展はありません、世間の関心が「年収の壁」とか政治改革に集まっていて、長期的な持続可能性には関心が集まっていない状況です、と言っていた。
(世間の関心が集まっていないのだから)政治家としては適切な判断、適切な見方なのだろうとは思う。
個人的には、国際政治が不安定なときだからこそ日本はSDGsについて国際的にもっと発信するべきだと思うけれど、一方でSDGsはもともとボトムアップのものでもある。企業活動の中でやるとか、自治体で推進していく。それがその会社や地域の強みになる。
例えばSDGsの対策は、防災対策にも、パンデミックの対策にもなる。危機が起こったとき、そのインパクトをどう少なくするのかにも関係してくる。政治がどうであれ、日本のような災害の多い国ではとても大切なことだと思う。
――蟹江さんの今の関心として、SDGsやサステナビリティはボトムアップのものだという考えがあり、それもあって現在、企業の評価(理事長を務める一般社団法人で、2024年6月に中小企業を念頭に置いた全国的なSDGs認証「サステナブルビジネス認証制度」を創設した)や、自治体との取り組みに活動の軸足を移しているのか。
蟹江 軸足を移しているというわけではない。SDGs関連だと、今も国連の7月の会議には参加したり、アジアでの会議などにも足を運んでいる。ただ、確かにボトムアップでつながりを強化し、対策を進めていくのが今のトレンドでもあるし、そのほうが強い。政治的に何かがあっても惑わされないで済む、という側面もある。
それに、実際にアクションを起こすのは企業だったり自治体だったり、より市民に近いところだから。
ちょうど今(取材時)、ハワイにあるカメハメハ・スクールという伝統的な私立学校の人が来日していて協議を進めているが、こういうつながりに関心がある。
ハワイも島国でエネルギー自給への関心が高いし、少し前には火山の噴火もあった。お互いに学び合って、交流を深めることが大きな形になっていくのではないかと思っている。カメハメハ・スクールはハワイの伝統的な文化をSDGsで再定義しながら、未来志向の教育を行っている。日本ではあまり多く見られない視点だ。
やはりサステナビリティは、その土地の文化に根差したやり方に落とし込むのが一番サステナブルだ。文化はローカル。日本だったら「もったいない」とか、そういうところに落とし込むのが大切だと考えている。企業文化もそれに含まれるかもしれない。
市民に近いところで、分散的に対策を取っていき、相互に学び合いながら、ネットワークを作っていく。特に(ドナルド・)トランプ氏が出てきたりして、国レベルで動かないような事態になると、こうしたネットワークがますます重要になる。
防災と気候変動対策などシナジーを生かして取り組んでいくことが大切だという Ursula Page-shutterstock
――昨年インタビューをしたときに1つ印象的だったのが、一方で「政策の力が重要、日本は政策面に課題がある」というもの。国による政策と、政治に惑わされないボトムアップの取り組みの両方が大事だということか。
蟹江 そうですね。両方が大事ではある。
――サステナビリティとかSDGsとか環境の分野において、日本の政治がなかなか進まないことへの苛立ちはある?
蟹江 ありますね。
――即答でした(笑)。
蟹江 ありますが、もうそのフェーズは過ぎているというか。
昨年(2023年)が1つのモーメンタムだったと思っている。政府の「SDGs実施指針」が年末に改定されるタイミングだったので、大きく変えていかなければならないと、それに向けて政治にも働きかけたが、残念ながら動かなかった。いろいろな要因があって動かず、難しいと実感した。
やる気のある人たちが進めていく。でも、政治がそれをサポートしないとなかなか大きな動きにならない。補助金を付けるとか、税制上の措置をするだけでなく、スタンダードを作る(標準化する)といったことも含めて。政治にうまく働きかける方法はないものかと、今も思ってはいます。
いま我々の研究でトレンドになっていることの1つに、シナジー(プラスの相乗効果を引き起こす関係性)とトレードオフ(相反する利害を伴う関係性)がある。実際に、複数の課題の間でシナジーが生み出されることがある。
例えば、防災と気候変動。気候変動対策というと(政治は)あまり動かないかもしれないが、防災対策でもあるとすれば動く。研究としても、どういうつながりがあるかを見ていくのは面白いし、より人々の心に響きやすく、政治も動きやすそうなところから攻めるという視点が大切だと思う。
一方で、グローバルな動きとしては、サステナビリティに関するトレンドはもう後戻りしない。スローダウンはするかもしれないけれど、後戻りはしない。つまり、絶対にやっておいたほうがいい。
そのことに気づいてもらい、促進していくしかないとも思っている。
――「促進する」ということで言えば、企業の取り組みを後押しする「サステナブルビジネス認証制度」(同制度ウェブサイトはこちら)を立ち上げられた。手応えは?
蟹江 我々の(認証を行う上での)キャパがまだ追いついてないために、まだ少数しか認証が済んでいないが、「やってくれ」という声が非常に多い。ありがたいことに、ウェイティングリストにたくさん入っている。
サステナビリティへの流れは強まっていて、例えば(中小企業が)大企業のサプライチェーンに入っていく、あるいはサプライチェーンに留まり続けるために、自社のサステナビリティを証明するものが欲しい、と。特に海外の企業と取引する場合ですね。
B Corp認証(米NPOによるサステナビリティ関連の認証制度)など海外の認証だと、ちょっと日本企業に合わなかったり、対応が難しかったりする。そういう場合に、我々の認証が役に立つと思う。
――「サステナブルビジネス認証制度」の最初の認証企業には、日本フードエコロジーセンター(神奈川県)が入っている。
蟹江 代表の高橋(巧一)さんは非常に面白い人。ああいう会社がどんどん稼いでくれると、世の中の動きも変わってくるんじゃないか。
アメリカがトランプ政権になろうが、こういう取り組みを続けていけば、長期的にプラスになるはず。これから何が起こるか分からない、また戦争が起こるかもしれない(編集部注:この取材はシリアでアサド政権が崩壊し中東がさらに緊迫化する前だった)が、何が起こるかを恐れていても仕方がないとも思っている。
――こうしたボトムアップの取り組みが、政治に惑わされないことにもなる。まさに、レジリエンス(強靭性)でもありますね。
蟹江憲史
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、同大学SFC研究所xSDG・ラボ代表)
内閣府自治体SDGs推進評価・調査検討会委員、日本政府SDGs推進円卓会議構成員などを務め、国内外でSDGsや環境問題を中心に多方面で活躍。国連事務総長の任命を受けた独立科学者15人の1人として「持続可能な開発に関するグローバルレポート(GSDR)2023」の執筆を行った。専門は国際関係論、サステナビリティ学、地球システム・ガバナンス。SDGs研究の第一人者であり、研究と実践の両立を図っている。主な著書に『SDGs(持続可能な開発目標)』など。