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働き手「1100万人不足」の衝撃...社会にもたらされる影響と、「危機を希望に変える」企業の役割とは?

ニューズウィーク日本版 2025年1月7日 21時0分

flier編集部
<「現場の課題解決」に最大のイノベーションのチャンスがある──。リクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗氏インタビュー>

「2040年、働き手が1100万人足りなくなる」。リクルートワークス研究所による「2040年の労働市場に対する未来予測シミュレーション」は、衝撃的な事実をあぶり出しました。その結果をもとに、日本が直面する「労働供給制約」の実態を明らかにしたのが、『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)です。

これからの日本は、社会の維持に必要な働き手を供給できなくなるといいます。そんな構造的な人手不足の解消に向けて、働く個人、企業はどんな役割を果たすべきなのか? 本書の著者でリクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗さんにお聞きします。
(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)

地方で加速する「若手の取り合い」──「労働供給制約社会」の実態とは?

──古屋さんが「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」の報告書と本書『「働き手不足1100万人」の衝撃』をまとめた背景について、改めてお聞かせください。

「働き手不足」のテーマを着想したのは、コロナ禍真っ最中である2021年の年末のことでした。地方の企業をめぐる中、「人材が採用できない」という深刻な悩みを聞きました。その土地の企業同士で、地域に住む新卒の若手世代を取り合っている。人手が足らないので、社長が踏ん張って現場を回している──。当時決して景気が良いわけではないのに、こうした事例をあちこちで聞くにつれ、とんでもないことが起きていると危機感を抱きました。

『「働き手不足1100万人」の衝撃』
 著者:古屋星斗+リクルートワークス研究所
 出版社:プレジデント社
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コロナ前から人手不足が著しい業種は、医療・介護・物流・建設と明らかでした。そこにコロナ後はインバウンド産業、水道管の点検員や電気整備士さん、はたまた学校の教員まで...といった本当に様々な仕事が加わっています。

これまで人手不足の問題は、後継者不足やデジタル人材不足など産業・企業の視点で語られていました。しかし、これから起こる人手不足は、生活維持に必要な労働力を日本社会が供給できなくなるという、クリティカルな社会問題です。

いくら企業が賃上げをして採用力を向上させても、地域の若者を取り合うゼロサムゲームでは根本的な解決にはなりません。若者の移住を促進する地方創生を行っても、必ずどこかの地域で若手が減ってしまう。

まずは一人ひとりが発想を変えないといけない。そうすれば「危機」を「希望」に変えられる──。そんなメッセージを伝えるべく、本書の執筆に至りました。

──人口動態の予測は本書が出る前から明らかな事実であるのに、この深刻さが日本で広く知られていなかった背景は何でしょうか。

政府は人口動態の予測をもとに、高齢化による社会保障や年金、医療財政への影響については議論を尽くしてきました。ところが、「労働市場への影響」に関しては見過ごしてしまったのではないかと推測します。高齢化率の上昇は、労働の消費量が大きくても労働の担い手ではない人の割合が増えることを意味します。つまり、労働市場の需給ギャップに対応するだけの働き手が確保できなくなるのです。

リクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗さん(本人提供、撮影=大沢 尚芳)

国際的に見ても、政府の労働政策は失業対策が中心で、雇用の創出に注力していました。一方、人手不足の対策はそれと真逆です。そのため、仕事の省力化や削減の必要性に気づきにくかったのではないでしょうか。

「働き手がお客さんを選ぶ」ことが当たり前に

──本書は2024年1月発刊後、さまざまなメディアで注目されています。半年以上が経ついま、古屋さんが、より深刻に感じている課題や変化の兆しはありますか。

「生活維持サービス(エッセンシャルワーク)」領域の人手不足は激しくなる一方です。民間企業以上に深刻なのが公務サービス。公務員の中でも技術系、清掃作業員などの現業職、警察官、自衛官などは全然足りていない状況です。教師も同様で、秋田県では小学校教員採用試験の志願倍率が1倍となってしまった。今後こうした状況が広がると、「この学校は荒れているから赴任したくない」といった教師の赴任拒否が多発するでしょう。これは、先生が生徒を選ぶ時代になったともいえます。

「働き手がお客さんを選ぶ」ことは、学校教育だけでなくあらゆる領域で起こるでしょう。一方、介護施設や物流会社などでは、解決に向けた対策をはじめた人たちがいます。こうした差し迫った状況とそれに対処する先進的な事例を広めていきたいですね。

また、人手不足が労働市場に与える影響を理論的に研究して、他国の人々もこの議論に参加できるようにしたいと考えています。日本は課題が山積みであるものの、決して孤独ではありません。韓国やイタリアやスペイン、中国は、人口動態的に日本の後を追いかけている。たとえば韓国は、2040年頃には高齢化率で日本を超えるといわれています。日本での試行錯誤が、こうした国々の希望になるかもしれません。

地域の現場でのさまざまな挑戦を広めながら、その理論的根拠を研究で明らかにしていく。そうして「孤独な戦い」にしないようにすることが、私たちの仕事です。

ロボットフレンドリーな職場づくりが「三方良し」を生む

──働き手不足解消に向けて、企業に求められている役割は何ですか。

本書では、「徹底的な機械化・自動化」「ワーキッシュアクト」などの打ち手を紹介しました。「機械化」においては、ロボットが活躍できるようにするための小さな工夫が重要です。たとえばすかいらーくグループでは、2021年11月頃からネコ型配膳ロボットを導入しました。ロボットが料理をお客さんのもとに運びますが、料理をテーブルに置く作業はお客さんに担ってもらう。こうした工夫によって、ロボットに配膳を任せられるようになったわけです。

企業がロボットフレンドリーな職場づくりを進めれば、人件費が高騰する中で過剰な人員を抱えなくて済む。その分、商品の値上げを抑えられてお客さんも喜ぶ。さらには、ブラックな労働環境が減り、従業員もハッピーになります。

──ロボットが動きやすいようオペレーションを変えていく発想が大事なのですね。

ユニバーサルデザインという言葉がありますよね。多様な人が利用できることを目指した建築・製品・情報などの設計を意味します。ロボットフレンドリーな職場づくりも同じ発想です。ファミリーレストランなら、ロボットが動きやすいように通路の幅を広くする、いすを固定式にする、といったデザインの工夫で課題解決できるんです。

自動化の例としては、医療従事者がリアルタイムで電子カルテを閲覧・編集できるようにするとともに、患者さんと医療従事者とのやりとりをAIが音声認識で自動的に記録する仕組みをつくった病院があります。この現場のDXにより、従来は看護師さんが1日1~2時間ほどかけて行っていた記入作業時間が減り、劇的に生産性が改善したそうです。

ただし、病院内に段差が多くてロボットを導入できないといった課題も聞きます。古い作りの病院ですと、清掃ロボットや患者への案内ロボットの稼働は難しいようです。こうした話を聞くと、今後「ユニバーサルデザイン2.0」の発想があらゆる職場で求められると感じます。

「現場の課題解決」に最大のイノベーションの機会がある

──若手や外国人を含めた様々な人々が「日本の企業で働きたい」と思える社会をつくるために、企業が担うべき役割とはどのようなものでしょうか。

経営者が「現場の困りごとを解決する」という領域に最大のイノベーションの機会があると気づき、その困りごとの解消を促すことです。AIやロボット技術によって現場の働き手の無理な仕事やムダなタスクを改善し、多くの人が参加できるものにつくり替える産業を、「省力化産業」と呼びます。この分野の商品・サービスを開発すれば、それが日本の後を追う他国でヒット商品になるかもしれない。

配膳ロボットを大規模導入したすかいらーくグループ、大型トラックの電子連結による隊列走行のように、ロボットやAIなどを色々と試せる現場が豊富にあるのは日本だけ。他国で導入しようとすると、「失業者が増える」と反対されるでしょう。現にアメリカでは、自動運転タクシーを破壊する事件が起きています。

これからは省力化産業こそ、日本の成長産業になります。さらには、現場のオペレーションに詳しい人、 “現場参謀” が経営者の右腕として活躍する時代になっていくはずです。

リモートワークに投資する企業が「応援される企業」になる

──働き手不足への2つめの打ち手「ワーキッシュアクト」に関連してお聞きしたいことがあります。ワーキッシュアクトとは、娯楽や趣味・コミュニティ参加など、本業以外で「誰かの困りごとや需要に応えている」活動のこと。これを促すために、企業は「フレキシブルな働き方を認めること」が大事になるとありました。ただ、Amazon本社が週5出社を義務づけるなど、フレキシブルとは真逆の動きもあります。これに関して古屋さんのお考えをお聞かせください。

自社でたくさん働いてもらうには、出社を義務づけて対面にするほうが都合がよいのでしょう。ですが、リモートワークによって、社会全体として通勤時間の総量が減り、働く人の可処分時間が増えます。すると、副業や趣味・娯楽、地域の活動がしやすくなり、何らかの報酬があるために行う労働以外の活動、すなわちワーキッシュアクトにも取り組みやすくなるんです。

Amazonのようなグローバルプラットフォームならリソースも潤沢にあるでしょう。ただし、それはごく一部の企業であり、多くの企業は、社員一人ひとりの力を高めてイノベーションをめざす必要がある。そのためには、社外活動を通じて新たな視点を得る「越境学習」の効果にもっと目を向けるべきだと思います。実際、副業や兼業を推奨する中小企業が成果を上げているケースも増えています。

また、社会課題の観点でいうと、通勤時間削減は社会的価値が実に大きいわけです。リモートワーク環境やオンラインでのマネジメントスタイル確立に投資をする企業と、そうではなく社員に出社を求める企業。政府が応援すべき企業は当然、前者です。構造的な働き手不足の日本では、サステナブルな企業を応援する機運は高まっていくでしょう。

──個人は「危機」を「機会」に変えるために、どんなアクションをとるとよいでしょうか。

大事なのは「話をすること」です。オペレーションで無駄や無理があれば、経営者や同僚に積極的に相談や改善の提案をしていくのです。「余計なことをいうと立場が悪くなるのでは」と遠慮していた方もいるかもしれません。しかし、今後は働き手が希少になり、経営者もその声を聞くことが重要になっていく。

労働供給制約を見越した打ち手を模索する先進的な経営者は、現場の声からチャンスの芽を見つけ、それを成長に結びつけています。改善点について声を上げることが、働きやすく生産性の高い職場をつくり、みんなでハッピーになる近道になると考えています。

「普通に頑張ればハッピーに活躍できる」組織や社会づくりに寄与したい

──古屋さんがリクルートワークス研究所で若手のキャリア形成・若手育成・労働市場などの研究を続ける原動力は何でしょうか。

2つあって、1つは人間の変化可能性への探究心です。人は置かれている環境によって力の発揮度が変わる。日常的に当たり前にできることの水準が高いという状況は、「高度の平凡性」と呼ばれます。この高度の平凡性が発揮しやすいよう、普通に頑張っていれば幸せに活躍できる組織や社会をつくりたいなと思っています。

2つめは、「人生100年時代」で寿命が延びることを社会全体でハッピーな状況と受けとめられるようにしたいという願いです。特に若い人と話をすると、寿命が伸びていくことを「仕事をたくさんしなければいけなくなる」とか「高齢化が進む」とネガティブに捉えている声が多い。働き手不足のような危機をむしろ契機にして、誰もがロングライフを楽しめる21世紀にできないか。そんな思いで研究に向かっています。

『銃・病原菌・鉄』の発想が研究のモチベーションに

──最後に、古屋さんの人生観や発想に影響を与えた本についてお聞かせください。

好きなのは進化生物学者ジャレド・ダイアモンドの著作です。中でも10年ほど前に読んだ『銃・病原菌・鉄』には大きな影響を受けているかもしれません。15~16世紀にヨーロッパ人がアステカ帝国やインカ帝国のネイティブアメリカンに圧勝したのは、ヨーロッパ人が優れていたからではない。こうした違いを生んだのは「土地」だと著者はいいます。病原菌に関していうと、人口密度が高くなりやすいヨーロッパの土地が病原菌の遺伝子変異の回数を増やして強い病原菌をつくり、それが持ち込まれたインカ帝国などでは、その免疫のなかった人々を死に追いやった。つまり、人は生まれもった能力の差ではなく環境に左右される。この発想が私の研究の土台にあるかもしれません。

また、同氏の『危機と人類』では、クライシス、つまり日本語の「危機」という単語のダブルミーニングについてふれられています。「危機」の漢字には、「危ない」と「機会(チャンス)」の両方の意味が込められていて、この言葉の真意をよく表しているというのです。これは、日本社会が多くの社会課題にどう向き合っていくかのヒントとなる言葉でした。

この2冊をはじめ、同氏から受けた影響は大きいものでした。特に『銃・病原菌・鉄』は「環境を変えることで人が力を発揮して幸せになれる」という、人間の可能性を認識させてくれる本です。

──『銃・病原菌・鉄』をぜひ再読したいと思います。貴重なお話をありがとうございました!

『ゆるい職場』
 著者:古屋星斗
 出版社:中央公論新社
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『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』
 著者:古屋星斗
 出版社:日本経済新聞出版
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古屋星斗(ふるや しょうと)

リクルートワークス研究所主任研究員

一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了後、経済産業省入省。産業人材政策、福島復興、成長職略立案などに携わる。2017年より現職。労働市場や次世代のキャリア形成研究を専門とする。著書に『ゆるい職場─若者の不安の知られざる理由』(中央公論新社)など。

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