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「親子2代50年以上の支配の終焉」国際テロ情勢の観点からアサド政権崩壊を考える

ニューズウィーク日本版 2024年12月29日 8時9分

和田 大樹
<シリアを再びテロの温床にしないためにも、今後のシリア解放機構(HTS)の指導者ジャウラニの動向を注視する必要がある>

11月27日、シリア北西部イドリブの実効支配地域から進軍を開始した反政府勢力は第2の都市アレッポ、ハマ、ホムスなどを次々に制圧し、僅か10日あまりでダマスカスの解放とアサド政権の打倒を達成した。

アサド政権は親子2代にわたって50年以上同国で実権を握り、拷問や化学兵器の使用など多くの人権侵害を行い、国際社会から非難されてきた。

独裁政権崩壊の要因

独裁的な長期政権の崩壊には誰もが驚いたことだろうが、要因はいくつか考えられる。

1つに、ロシアは長年アサド政権を支援してきたが、今日はウクライナ戦争に時間や労力を割かれ、その優先順位は明らかに低下している。また、イランからの支援を受けるレバノンのシーア派組織ヒズボラも、イスラエルとの軍事的応酬によって最高指導者ハッサン・ナスララ氏を失い、組織的にも弱体化している。

そして何より、アサド政権の腐敗や兵士の士気低下が最大要因と考えられよう。では、今回の出来事は国際テロ情勢の視点からはどう捉えるべきなのだろうか。

アサド政権崩壊を主導したのは、シリア解放機構(HTS)の指導者アブ・ムハンマド・アル・ジャウラニである。

シリア解放機構の期限は、2011年にシリアで結成されたアルカイダ系組織「ジャブハット・アルヌスラ(Jabhat al Nusra)」を前身とする。

アルヌスラはその翌年1月にアサド政権の打倒を掲げ、初めて自らの存在を公表したが、米国ランド研究所の統計によると、2011年11月から2012年12月にかけ、ダマスカスやアレッポなどで警察や軍などを標的とした自爆や車爆弾などによるテロを600回近く繰り返したという。

アルヌスラは、自由シリア軍など世俗的な政治目標を掲げる反政府組織とは違い、厳格なイスラム法(シャリア)による宗教国家建設を目標とするスンニ派ジハード組織であり、イラクで活動する「イラク・イスラム国(ISI)」の支援によって結成され、イラク・イスラム国の最高幹部アブ・バクル・アル・バグダディ(2014年6月にイスラム国の建国を宣言した指導者)がジャウラニを指導者に任命した。

アルヌスラにはイラク・イスラム国から多くの戦闘員や武器が供給され、米国は2012年12月にアルヌスラを国際テロ組織に指定した。

しかし、この頃からジャウラニは、米国などを攻撃するというグローバルな目標から距離を置き、アサド政権の打倒というローカルな目標にのみ集中する路線に舵を切ったと考えられる。

バグダディはイラク・イスラム国のシリア版をアルヌスラと捉え、双方が合併した組織として「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」などを自発的に名乗り、それを広報活動などで強調していたが、ジャウラニはそれを拒否し、アルヌスラ単体で活動を継続していく姿勢を貫いた。

また、ジャウラニは2013年4月にアルカイダの指導者アイマン・ザワヒリへ忠誠を誓い、正式にアルカイダ系統の組織になったものの、2016年7月にアルカイダから脱退した。その後、アルヌスラは複数の関連組織と合併し、2017年1月にシャーム解放機構が結成され、2024年12月に悲願だったアサド政権の崩壊を実現したのである。

ジャウラニが後にイスラム国の指導者となるバグダディと距離を置き、アルカイダと決別したのは、アルカイダという世界的に知名度のある負のブランドが、アサド政権の打倒という目標を達成する上で負担に感じたからだろう。

アルカイダ系ということで地元の市民や反政府勢力との関係が上手くいかなくなるのは、目標を達成する上でジャウラニにとっても得策ではなく、米国など外部勢力から不必要な空爆を受けるリスクも高まる。

ジャウラニは、今後のシリアを運営するにあたって穏健路線を強調し、シリアの復興と成長を進めていく上で諸外国との関係を重視するような姿勢を示している。

シリア解放機構でジャウラニがローカルな目標に専念し、いわゆるグローバルジハード路線とは距離を置き始めたことは、アルカイダ路線を継承するメンバーらが2018年2月、シャーム解放機構からフッラース・アル・ディーンと呼ばれる分派組織を結成し、シャーム解放機構と対立し始めたことからも明らかだろう。

国際テロ研究の領域でも、アルカイダのネットワークはアフガニスタンのアルカイダ本体を中心に、アフガニスタンの「インド亜大陸のアルカイダ(AQIS)」、イエメンの「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」、北アフリカ・アルジェリアなどの「マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」、ソマリアの「アル・シャバーブ(Al-Shabaab)」、マリなどサハラ地域の「イスラムとムスリムの支援団(JNIM)」、シリアの「フッラース・アル・ディーン(HAD)」などと描かれ、シリア解放機構がその中で分類されることはないに等しい。

このように考えれば、今回のアサド政権の崩壊が国際テロ情勢を大きく変化させることは現時点では考えにくい。

ジャウラニが如何にして新生シリアをマネージメントするのか

しかし、いくつかの懸念もある。シリアがアサド政権という圧政から解放されたことは幸いなことではあるが、ジャウラニが如何にして新生シリアをマネージメントしていこうとしているのか、全くの不透明だ。

今後、新たなシリアの政権が国内を上手く束ねていけなければ、宗派間、民族間の対立が再び激しくなることは十分に想定され、依然としてシリア東部などで活動するイスラム国が組織の再生を図り、テロ活動を活発化させる恐れがある。

シリア国内にはイスラム国の戦闘員たちが収容される施設があり、イスラム国がそういいった施設を戦略的に攻撃することも考えられる。また、アサド政権の崩壊について、シリアに拠点を置くトルキスタン・イスラム党(TIP)はそれを強く歓迎し、中国・新疆ウイグルの解放のため中国への攻撃を示唆する動画などを発信しており、反中ジハードの動向も懸念されよう。

そして何より、ジャウラニが何を考えているかである。ここで示したように、ジャウラニがアサド政権打倒というローカルな目標に専念し、アルカイダやイスラム国と距離を置いてきたのは事実である。

しかし、厳格なイスラム法による国家統治を目指す姿勢は排除しておらず、アフガニスタンのタリバンのような状況が到来するシナリオも考えられる。

我々はジハード組織というと、アルカイダかイスラム国をイメージするが、両組織にとってジハード主義は必須である一方、ジハード組織は何もアルカイダかイスラム国かというわけではない。

当然だが、アルカイダでもなくイスラム国でもない新たな名前を司る組織が台頭する可能性は十分にあり、新世代のジハード組織の誕生もあり得る。

アルカイダやイスラム国が大規模なテロを実行し、国際安全保障上の脅威になった最大の原因は、安心できる生活場所を与えたことであり、9.11時のアフガニスタン、2014年から2016年あたりのイラク、シリアはそれを物語る。我々は、シリアを再びテロの温床にしないためにも、今後のジャウラニの動向を注視する必要がある。
 


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