グレン・カール
<能力だけが急速に進化していくAI。情報のプロが考える、近未来の「主人」はAIか、それとも人か?>
アメリカ西部の鉱山町に生まれ育ち、電気も車も舗装道路も飛行機もない世界でピストル片手に馬に乗っていた自分が、まさか居間のテレビで人類の月面着陸を見るまで長生きするとはな。祖父はよくそう言っていた。
あれは1969年のこと。祖父と一緒に着陸を見守ったアポロ11号に搭載されたコンピューターのRAM(ランダムアクセスメモリ)はたったの2キロバイトだった。今のスマホは8ギガバイト、アポロ11号の約420万倍だ。しかも、それが世界中に83億台もある。
AI(人工知能)の進化はまだ始まったばかりだが、たぶん祖父が腰を抜かすほどのスピードで世の中を変えていく。アメリカの国家情報会議(NIC)は2021年にAIを「人間や動物ではなく機械によって実行される認知的・創造的な問題解決」システムと定義し、「いずれは人間の理解力・学習能力に並ぶ可能性を有する」と付言していた。
いや、並ぶどころではない。AI研究の権威で、メタ社のチーフAIサイエンティストのヤン・ルカンはもっと大胆に「機械が人間より賢くなるのは確実」であり、問題はそれが「いつ」「いかにして」起こるかだと言い切る。
実際、早ければ5年以内にAIはほとんどのタスク処理において人間を超えていく可能性がある。その日が来る前に、私たちは次なる問いに答えておかねばならない。
「主人は誰か。AIか、人か?」
ルカンと並ぶAIの権威で24年にノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントンは、AIが「いずれ私たちより賢くなり、人類を支配する」日の到来を憂慮している。
オープンAIを率いるサム・アルトマンも23年の米議会における証言で、AI技術が社会に取り返しのつかない害をもたらす前に、一刻も早くAI企業の規制に着手すべきだと述べた。
NICも、AIは「地球規模で......強靭な生存戦略の開発を必要とする実存的脅威」になり得ると警告している。1万年に及ぶ文明史上初めて、人類は自分たちを邪魔し、支配し、その生存を脅かしかねない強敵と向き合っているわけだ。
もうすぐAIは人間の活動領域のほぼ全てにおいて、劇的かつ革命的な改善と新技術を提供し始める。どんな分野でも飛躍的に効率がよくなる。学生はどこにいてもAI先生の個別指導を受けられるようになる。不治の病の治療法も見つかるだろう(AI診断は今でも人間より正確とされる)。農業分野では作物の収量が増える。車の自動運転が可能になる。一方で巧妙かつ膨大な量の偽情報が拡散され、遠隔殺人兵器をAIが操作するようになる。
たとえ人類を支配することにはならなくても、AIは世界中の工場やオフィスで人々の雇用を奪うことになる。どんな職種であれ、向こう15年以内に雇用の7~47%がAIに置き換えられると予想されている。もっと早く、「2030年代前半まで」には雇用総数の38%前後が不要になるとの指摘もある。
AIの利益は米中が独占
AIはまた、開発と実用化に必要な資金と技術力を併せ持つごく少数の国と企業に富を集中させる。アメリカならメタやグーグル、マイクロソフト、中国なら騰訊(テンセント)、アリババ、百度(バイドゥ)といった企業だ。
当然のことながら富の分配は一段と不平等になり、上位1%の最富裕層が利益の大半を独占する一方、庶民の多くは生きるすべを失う。AIが世界経済にもたらす利益は30年までに約15.7兆ドルになると推定されるが、その70%はアメリカと中国が独占するとの試算もある。
こうした変化は、とりあえず人間がまだAIを支配している時期に起こることで、善くも悪くも想定の範囲内の話だ。しかし、その先は読めない。AIがどこまで進化し、どうやって人類を支配し、私たちの生存を脅かすのか。そのあたりは未知の領域に属する。
調査会社ピュー・リサーチセンターが世界のAI専門家を対象に、2035年までに予想される「人間+テクノロジー」の進化について聞いたところ、「楽しみなのと同じくらいに心配」だとする回答が42%に上った。「楽しみな以上に心配」という回答は37%で、「心配な以上に楽しみ」は18%にすぎなかった。どうやらAI分野のプロも、NICといった諜報のプロと同じような懸念を抱いているらしい。
それでも私たちは知っている。今さらAIの開発を止めることはできない。知識を追い求めるのは私たちの宿命だ。それが人間の性さ がであり、人も企業も社会も、そして政府もそのために競い合う。
幸いにして、高度なAI開発能力を持つ中国、アメリカ、日本、EUなどの政府はAIの潜在的脅威に対処するための規制を模索しているが、一方でAIの進化を支援してもいる。ただし規制と支援が運よく両立する保証はどこにもない。
果たして未来の「主人」となるのは誰か。AIの造物主たる人類か、それとも狂暴化し、(あのフランケンシュタインのように)もはや腕力でも知力でも及ばない造物主に容赦なく襲いかかるAIか。私たちはまだ、その答えを知らない。
<能力だけが急速に進化していくAI。情報のプロが考える、近未来の「主人」はAIか、それとも人か?>
アメリカ西部の鉱山町に生まれ育ち、電気も車も舗装道路も飛行機もない世界でピストル片手に馬に乗っていた自分が、まさか居間のテレビで人類の月面着陸を見るまで長生きするとはな。祖父はよくそう言っていた。
あれは1969年のこと。祖父と一緒に着陸を見守ったアポロ11号に搭載されたコンピューターのRAM(ランダムアクセスメモリ)はたったの2キロバイトだった。今のスマホは8ギガバイト、アポロ11号の約420万倍だ。しかも、それが世界中に83億台もある。
AI(人工知能)の進化はまだ始まったばかりだが、たぶん祖父が腰を抜かすほどのスピードで世の中を変えていく。アメリカの国家情報会議(NIC)は2021年にAIを「人間や動物ではなく機械によって実行される認知的・創造的な問題解決」システムと定義し、「いずれは人間の理解力・学習能力に並ぶ可能性を有する」と付言していた。
いや、並ぶどころではない。AI研究の権威で、メタ社のチーフAIサイエンティストのヤン・ルカンはもっと大胆に「機械が人間より賢くなるのは確実」であり、問題はそれが「いつ」「いかにして」起こるかだと言い切る。
実際、早ければ5年以内にAIはほとんどのタスク処理において人間を超えていく可能性がある。その日が来る前に、私たちは次なる問いに答えておかねばならない。
「主人は誰か。AIか、人か?」
ルカンと並ぶAIの権威で24年にノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントンは、AIが「いずれ私たちより賢くなり、人類を支配する」日の到来を憂慮している。
オープンAIを率いるサム・アルトマンも23年の米議会における証言で、AI技術が社会に取り返しのつかない害をもたらす前に、一刻も早くAI企業の規制に着手すべきだと述べた。
NICも、AIは「地球規模で......強靭な生存戦略の開発を必要とする実存的脅威」になり得ると警告している。1万年に及ぶ文明史上初めて、人類は自分たちを邪魔し、支配し、その生存を脅かしかねない強敵と向き合っているわけだ。
もうすぐAIは人間の活動領域のほぼ全てにおいて、劇的かつ革命的な改善と新技術を提供し始める。どんな分野でも飛躍的に効率がよくなる。学生はどこにいてもAI先生の個別指導を受けられるようになる。不治の病の治療法も見つかるだろう(AI診断は今でも人間より正確とされる)。農業分野では作物の収量が増える。車の自動運転が可能になる。一方で巧妙かつ膨大な量の偽情報が拡散され、遠隔殺人兵器をAIが操作するようになる。
たとえ人類を支配することにはならなくても、AIは世界中の工場やオフィスで人々の雇用を奪うことになる。どんな職種であれ、向こう15年以内に雇用の7~47%がAIに置き換えられると予想されている。もっと早く、「2030年代前半まで」には雇用総数の38%前後が不要になるとの指摘もある。
AIの利益は米中が独占
AIはまた、開発と実用化に必要な資金と技術力を併せ持つごく少数の国と企業に富を集中させる。アメリカならメタやグーグル、マイクロソフト、中国なら騰訊(テンセント)、アリババ、百度(バイドゥ)といった企業だ。
当然のことながら富の分配は一段と不平等になり、上位1%の最富裕層が利益の大半を独占する一方、庶民の多くは生きるすべを失う。AIが世界経済にもたらす利益は30年までに約15.7兆ドルになると推定されるが、その70%はアメリカと中国が独占するとの試算もある。
こうした変化は、とりあえず人間がまだAIを支配している時期に起こることで、善くも悪くも想定の範囲内の話だ。しかし、その先は読めない。AIがどこまで進化し、どうやって人類を支配し、私たちの生存を脅かすのか。そのあたりは未知の領域に属する。
調査会社ピュー・リサーチセンターが世界のAI専門家を対象に、2035年までに予想される「人間+テクノロジー」の進化について聞いたところ、「楽しみなのと同じくらいに心配」だとする回答が42%に上った。「楽しみな以上に心配」という回答は37%で、「心配な以上に楽しみ」は18%にすぎなかった。どうやらAI分野のプロも、NICといった諜報のプロと同じような懸念を抱いているらしい。
それでも私たちは知っている。今さらAIの開発を止めることはできない。知識を追い求めるのは私たちの宿命だ。それが人間の性さ がであり、人も企業も社会も、そして政府もそのために競い合う。
幸いにして、高度なAI開発能力を持つ中国、アメリカ、日本、EUなどの政府はAIの潜在的脅威に対処するための規制を模索しているが、一方でAIの進化を支援してもいる。ただし規制と支援が運よく両立する保証はどこにもない。
果たして未来の「主人」となるのは誰か。AIの造物主たる人類か、それとも狂暴化し、(あのフランケンシュタインのように)もはや腕力でも知力でも及ばない造物主に容赦なく襲いかかるAIか。私たちはまだ、その答えを知らない。