ザック・ドーフマン(安全保障ジャーナリスト)
<最高機密扱いの米施設周辺にレアなポケモンが続々と出現し、CIAでは異例の「ポケモン禁止令」にも発展。「まさかの疑惑」の全貌に迫る──>
アメリカの情報機関が2016年の夏、職員に向けてメッセージを発した──あなたがピカチュウの捕獲にのめり込むと、国の安全保障が危険にさらされる可能性がある、と。ポケモン(ポケットモンスター)キャラクターを隠れみのにして中国政府がのぞき見しているかもしれない、とのことだった。
この年の夏、スマートフォン向けGPS位置情報ゲームの『ポケモンGO(Pokémon Go)』が世界中で大ブームになっていた。アメリカでも毎日何千万人もの人たちがポケモンを捕獲しようと、スマホを片手にあちこち歩き回る姿が見られた。
その頃、デジタルスパイ活動が新時代に突入しようとしていた。ユーザーがデジタルゲームを楽しんだり、アプリやオンラインプラットフォームを利用したりすることで民間企業に譲り渡している情報は、情報機関にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
そこで情報機関は、そうしたデータを盗み出したり、買い取ったりし始めていた。
ポケモンGOの目覚ましいヒットは、株式会社ポケモンとの共同開発のナイアンティック社(Niantic)に思わぬ難題の数々を突き付けた。
米サンフランシスコに本社を置くナイアンティックは、もともとはグーグルの社内スタートアップとして出発し、15年にスピンオフして独立企業になった。同社は、ポケモン関連のビジネスを展開する株式会社ポケモンからこのゲームを開発する権利を取得した。
米防諜当局は人気ARゲームに不安を募らせたが、2024年7月、ニューヨークのポケモンGOフェスは大盛況 AP/AFLO
16年にポケモンGOをリリースした時点では、ナイアンティックもポケモン社も、地政学上の落とし穴の有無をあらかじめチェックする専門のスタッフを擁していなかったと、ポケモン社の最高法務責任者を務めたドン・マゴーワン(Don McGowan)は振り返る。
そこで、同社に加わる前にマイクロソフトの対政府関係部門でサイバーセキュリティーを担当した経験を持つマゴーワンにお鉢が回ってきた。
「ナイアンティックは、ポケモンGOがこれほどまでにヒットするとは思ってもいなかった」と、マゴーワンは述べている。
マゴーワンは、誰も予想できなかった問題に対処することになった。ある日、ボスニアの地雷原でポケモンを探す人たちがいるというニュースを読んで驚いたことがあった。このときは、ワシントンに急行して国務省当局者に相談した。
【関連記事】米で大人気の「ポケモンGO」、ISISとの前線でプレイする猛者も登場
すると、「機密扱いになっている以外の、世界の地雷所在地のGPS情報を全て記した書類」を手渡されたという。その情報を直ちにナイアンティックで共有し、その場所ではゲームができないようにした。
中国のスパイ活動の道具?
愛好家だけでなく、このゲームそのものも地雷原にさまよい込んでいた。世界の多くの国が国家安全保障上の懸念を示し始めたのだ。
インドネシアとエジプトの治安当局は、ポケモンGOをスパイ活動の隠れみのだと批判。ロシアの要人たちは、ポケモンGOをCIAの道具、もしくは悪魔の代理人と呼んだ。イランは全面的に禁止し、中国も「地理的情報のセキュリティーを脅かす」との理由で禁止した。
世界最大級のゲームの祭典「E3」で大勢のファンでにぎわう任天堂ブース(2018年、ロサンゼルス) PATRICK T. FALLONーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
それに対し、アメリカではポケモンGOをプレイすることは制限されていなかった。その結果、あらゆる場所にポケモンキャラクターが出現するようになった。報道によると、ホワイトハウスや国防総省の敷地内にもポケモンが現れたという。
メリーランド州フォートミードの国家安全保障局(NSA)本部の駐車場でプレイしている人もいたと、同局の元職員は語っている。「どうもかなりレアなポケモンがいたらしく、敷地内でスマホを手に歩き回る人が大勢いた」
NSAやCIAなどの安全保障関連の政府機関で働くテクノロジー好きの人たちは、この類いのゲームに夢中になりやすい。その点に、上層部は不安を募らせていた。「ポケモンGOへの懸念は大きかった」と、エネルギー省の元高官は言う。
情報機関の元職員たちによると、エネルギー省とNSAの当局者たちは、ポケモンGOが中国のスパイ活動の道具なのではないかと──特段の根拠なしに──案じていた(筆者とフォーリン・ポリシー誌は、ポケモンGOのセキュリティー問題についての文書および内部の議論を知るNSA、CIA、エネルギー省の元当局者7人に話を聞いた)。
国防総省は職員に対して、政府支給のスマホにポケモンGOをダウンロードしないよう、また機密性の高い施設の周辺でポケモンを探さないよう要請した。それでも、同省全体として軍や同省の施設内でのプレイを規制することはなかったと、当局者は述べている。
共同開発元ナイアンティックのハンケCEO AKIO KONーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
しかしその一方で、水面下ではもっと大きな不安材料が持ち上がっていた。ポケモンGOの人気が爆発的に高まるとともに、NSAの本部、ニューメキシコ州の最高機密扱いの核兵器研究施設の近隣、バージニア州北部のCIAの秘密施設でもポケモンが出現するようになったのだ。これらの施設で働く職員の中に、熱心なファンがいたためだ。
これにアメリカの防諜当局は懸念を募らせた。なぜ機密性の高い場所にポケモンが出現したのか。このアプリは「標的型スパイツール」として機能しているのか。
CIA、NSA、核兵器を管理するエネルギー省のセキュリティー専門家は職場でポケモンGOのプレイをやめるよう指示するメモを同僚たちに送った。
エネルギー省がポケモンGOの国家安全保障上の潜在的脅威を懸念しているというフォーリン・ポリシーの報道について、同省の広報担当者は「少し誇張されている」と言った。
NSAはコメントを控えたが、CIAの広報担当者は「デジタル分野の最適な方法」のために「責任ある措置」を取ったと回答した。
ここではっきりさせておこう。ポケモンGOが外国の情報機関とつながっていたとか、スパイ活動に利用されていたという証拠はゼロだ。
7億7000万ドルを調達したナイアンティックの初期の出資者には、任天堂と株式会社ポケモン(いずれも日本企業)、そして元親会社のグーグルが含まれる。
中国の大手テクノロジー企業・網易(ネットイース)や韓国の巨大テック企業サムスンも出資しているが、資金提供者の多くはアメリカに拠点を置くベンチャーキャピタルだ。
ナイアンティックの成り立ちを見ると、むしろ米政府とのつながりが目に付く。CEOのジョン・ハンケ(John Hanke)は地理空間マッピング会社キーホール(Keyhole)の共同創設者。同社は04年にグーグルに買収され、最終的にグーグル・アースとグーグルマップの誕生につながった。
キーホールは03年、CIAが設立したベンチャーキャピタルファンドのイン・Q・テル(In-Q-Tel)から資金提供を受けている。同社の技術はイラク駐留米軍を支援するために使われた。
敵のスパイ活動の入り口に?
イン・Q・テルの創業CEOギルマン・ルイ(Gilman Louie)は、ナイアンティックの取締役会に名を連ねている(ルイのベンチャーキャピタル・ファンド、アルソップ・ルイ・パートナーズもナイアンティックの出資者)。
ハンケ自身、ミャンマーで国務省スタッフとして働いた経験があり、米政府関係の仕事にはなじみがある。
問題の一部は、ゲームの仕組みについての基本的な理解不足にあったかもしれない。
ポケモンGOではスマホのGPSとカメラの両方にアクセスする必要がある。プレイヤーはスマホを片手にカメラを通して拡張現実(AR)をのぞき込みながら、歩き回って現実の場所に出現するポケモンを探して捕まえる。
ゲームはプレイヤーのGPS座標やWi-Fi、スマホ基地局のデータを追跡する(時にはポケモンGOをしていないときも)。アプリを入れたスマホをゲームが見つけると、近くにポケモンを出現させ、プレイヤーが捕まえられるようにする。
プレイヤーはアイテムを入手できる「ポケストップ」やバトルを行う「ジム」も探す。どこに出現するか分からないポケモンと違い、ポケストップやジムの場所は固定されている。
その場所の選定基準はさまざまだが、多くの場合は博物館や名所旧跡など、オンライン地図サービスで特定された「人々の関心を集める場所」が選ばれる(国防総省本庁舎ペンタゴンのような国家安全保障上の主要施設は、明らかに人々の関心を集める場所の有力候補だ)。
また、位置情報データを埋め込んだ人気スポットの写真から生成されるポケストップもある。最後に、一部のポケストップ候補はクラウドソーシング、つまり不特定多数のプレイヤーの推薦で決まる。
これが防諜当局者の一部に懸念を抱かせた。
もし外国のスパイ組織の推薦で彼らが関心を持つ場所をポケストップにできたとしたら? そしてポケモンが出現する、あるいはポケストップが置かれた安全保障上の重要施設でゲームをプレイする個人のユーザーデータにアクセスできたとしたら?
そうなると理論上は、例えば外国のスパイ組織がスマホから音声・動画データの位置情報やスマホそのものの端末情報(米情報機関職員の身元特定につながる)を収集できることになる。
NSAはまさにそれを恐れていた。敵のスパイ組織がポケモンGO関連のスポットを「国益に関わるターゲットに設置し、ゲームをプレイする情報部員をそこに誘導して、彼らのスマホから情報を収集できるようにする」かもしれないと、あるNSAの元職員は言った。
ただし、この職員は「現実に根拠のある話では全くない」とも付け加えた。
情報機関職員の大半は、機密性の高い施設でポケモンGOのようなゲームをプレイすることはもちろん、個人のスマホ使用も望ましくないと認識していたと、元職員は言う。
NSA本部の多くの職員は、「ポケモン禁止令」に不信感を抱いた。「NSAの近くでそんなことをする愚か者がいるわけがない」というのが一般的な反応だったと、別の元NSA職員は振り返る。
世代間ギャップが浮き彫りに
NSAだけではない。CIAでは職員に「長文の『ポケモンGO禁止』メールが届いた」と、ある元職員は振り返る──CIA流にゲーム名はぼかしてあったが。
だがポケモンGOをめぐる緊急警告に多くの米当局者は懐疑的だ。エネルギー省の元職員によれば、アメリカの核兵器研究の中核であるロスアラモス国立研究所の職員らは同省の専門家からのメモを「笑える」と思ったそうだ。
「ほぼ全員がポケモンGOをやっていた」からだ。
NSAでも多くの当局者がポケモンGOの懸念は杞憂だと考えていた。「ノンブーマー(ベビーブーム世代を軽蔑する若い世代)っぽくするなら、『ポケモンGOはいいOPSEC(オプセク、日常業務上の最低限の安全対策)じゃないから使うな』とでも書けばよかったんだ」と1人目の元NSA職員は語った。
だが実際のメモはそれとは程遠かったという。「ベビーブーム世代っぽい代物で......フォントサイズ36の(ダサいと撲滅運動まで起きた)コミックサンズ書体で2ページ、フォーマットもお粗末で、こんな調子だった。『やあ、みんな、ポケモンGOはナイアンティックというわれわれの知らない企業が出している中国のスパイアプリで、君たちのカメラを使って君たちが歩き回っている世界の3Dモデルを構築し、生活パターンを基に情報収集をしているから使用禁止だ』」
だが「どれ1つ真実ではなかった」と元職員は言う。「ナイアンティックはごく普通の企業」で「妙なメールに大勢の職員が引いた」。多くの職員は『うるさいな、局内の至る所でポケモンGOをやってやるぞ』的な反応を示した」という。
この大騒ぎの間、マゴーワンにはCIAからもNSAからも直接連絡はなかったが、エネルギー省からは立て続けに電話があり、相手は皆、動揺した様子だったという。
「『最高機密扱いの核施設内にポケストップがある』みたいに言われ、私はこう答えた。『分かった、ナイアンティックに話して撤去してもらおう。だが、はるかにでかくて厄介な問題がある。つまり誰かがエネルギー省の最高機密扱いの施設内で写真を撮り、それをGPS座標付きの第三者アプリにアップロードしたということだ。施設内にポケストップがあるなら、そういう経緯だ」
どうやらエネルギー省の防諜責任者たちは(固定された)ポケストップと、アプリの入ったスマホが近くにあれば神出鬼没のポケモンたちを混同していたようだ。
同省の一部の施設では、とんでもない場所にポケモンが現れ始めた。
電子盗聴防止施設に出現
エネルギー省のスパイ探しは、機密情報隔離施設(SCIF)──機密情報について話し合うため電子盗聴を防止するべく特別に設計された施設──付近でレアなポケモンが大量に出没していることに注目した。
SCIFに入る際は、デジタルスパイ行為防止のため外に用意された保管容器にスマホを預ける。
セキュリティー担当者が「SCIFの件は、預けられた(ポケモンGOのアプリを入れた)スマホによって、これらの施設はカフェなどポケモンGOのプレイヤーがよく出入りする場所だと(ゲームの)アルゴリズム(処理手順)に誤解されたせいだと突き止めた」と、同省の元高官は言う。
調査の結果、不正は見つからなかった。それでも狼狽した当局者らは、エネルギー省の施設内でポケモンGOをプレイできないようにしてくれと、マゴーワンに依頼したという。
「『GPS座標で管理するので座標は必要だ』などと返事をし、あとはナイアンティックに任せた」とマゴーワンは振り返る。エネルギー省の広報もそのとおりだと認めた。
爆発的ブームは16年以降下火になっているものの、ゲーム自体の人気は根強く、22年のプレイヤー数は世界全体で推計6200万人に上った。
国家安全保障関連の懸念も薄れてきた。米当局の注意の対象が、中国発の動画投稿アプリTikTok(ティックトック)など他のデジタルプラットフォームによるスパイの脅威(と彼らが呼ぶもの)に向かったからだ。
今となってはポケモンGOをめぐる懸念は事実無根に思えるし、当時の狼狽ぶりも滑稽だが、ゲームをめぐる警鐘が監視資本主義時代における深い憂慮の証しであることに変わりはない──危険を知らせる「炭鉱のカナリア」ならぬ「炭鉱のチャリザード(リザードン)」だ。
『ポッ拳 DX』バトルポケモンを紹介! 「大きな翼で空を飛び、灼熱の炎で攻撃」リザードン! 超強烈な火力を活かして、パワーバトルを制しよう! https://t.co/dvz2BDJaXG #ポケモン #ポッ拳DX pic.twitter.com/6UruDioRwb— ポケモン公式 (@Pokemon_cojp) August 3, 2017 リザードン ポケモン公式Xより
ポケモンGO騒動はある意味、歴史的でもあった。地理位置情報とカメラの使用と「大衆受けして防諜リスクのある」個人のユーザーデータに基づく「広く利用されている初めてのARゲーム」だったと、ある元CIA職員は語った。
ポケモンGOがアメリカの国家安全保障にこれまでにない難題を突き付けたとしたら、それはゲームデザイナーの責任ではない。善くも悪くも、今では私たちのスマホが私たちの現実だ。
その現実をこのゲームは世界の数億人にとって多少なりとも生き生きと魅力的にしたのだ。
From Foreign Policy Magazine
<最高機密扱いの米施設周辺にレアなポケモンが続々と出現し、CIAでは異例の「ポケモン禁止令」にも発展。「まさかの疑惑」の全貌に迫る──>
アメリカの情報機関が2016年の夏、職員に向けてメッセージを発した──あなたがピカチュウの捕獲にのめり込むと、国の安全保障が危険にさらされる可能性がある、と。ポケモン(ポケットモンスター)キャラクターを隠れみのにして中国政府がのぞき見しているかもしれない、とのことだった。
この年の夏、スマートフォン向けGPS位置情報ゲームの『ポケモンGO(Pokémon Go)』が世界中で大ブームになっていた。アメリカでも毎日何千万人もの人たちがポケモンを捕獲しようと、スマホを片手にあちこち歩き回る姿が見られた。
その頃、デジタルスパイ活動が新時代に突入しようとしていた。ユーザーがデジタルゲームを楽しんだり、アプリやオンラインプラットフォームを利用したりすることで民間企業に譲り渡している情報は、情報機関にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
そこで情報機関は、そうしたデータを盗み出したり、買い取ったりし始めていた。
ポケモンGOの目覚ましいヒットは、株式会社ポケモンとの共同開発のナイアンティック社(Niantic)に思わぬ難題の数々を突き付けた。
米サンフランシスコに本社を置くナイアンティックは、もともとはグーグルの社内スタートアップとして出発し、15年にスピンオフして独立企業になった。同社は、ポケモン関連のビジネスを展開する株式会社ポケモンからこのゲームを開発する権利を取得した。
米防諜当局は人気ARゲームに不安を募らせたが、2024年7月、ニューヨークのポケモンGOフェスは大盛況 AP/AFLO
16年にポケモンGOをリリースした時点では、ナイアンティックもポケモン社も、地政学上の落とし穴の有無をあらかじめチェックする専門のスタッフを擁していなかったと、ポケモン社の最高法務責任者を務めたドン・マゴーワン(Don McGowan)は振り返る。
そこで、同社に加わる前にマイクロソフトの対政府関係部門でサイバーセキュリティーを担当した経験を持つマゴーワンにお鉢が回ってきた。
「ナイアンティックは、ポケモンGOがこれほどまでにヒットするとは思ってもいなかった」と、マゴーワンは述べている。
マゴーワンは、誰も予想できなかった問題に対処することになった。ある日、ボスニアの地雷原でポケモンを探す人たちがいるというニュースを読んで驚いたことがあった。このときは、ワシントンに急行して国務省当局者に相談した。
【関連記事】米で大人気の「ポケモンGO」、ISISとの前線でプレイする猛者も登場
すると、「機密扱いになっている以外の、世界の地雷所在地のGPS情報を全て記した書類」を手渡されたという。その情報を直ちにナイアンティックで共有し、その場所ではゲームができないようにした。
中国のスパイ活動の道具?
愛好家だけでなく、このゲームそのものも地雷原にさまよい込んでいた。世界の多くの国が国家安全保障上の懸念を示し始めたのだ。
インドネシアとエジプトの治安当局は、ポケモンGOをスパイ活動の隠れみのだと批判。ロシアの要人たちは、ポケモンGOをCIAの道具、もしくは悪魔の代理人と呼んだ。イランは全面的に禁止し、中国も「地理的情報のセキュリティーを脅かす」との理由で禁止した。
世界最大級のゲームの祭典「E3」で大勢のファンでにぎわう任天堂ブース(2018年、ロサンゼルス) PATRICK T. FALLONーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
それに対し、アメリカではポケモンGOをプレイすることは制限されていなかった。その結果、あらゆる場所にポケモンキャラクターが出現するようになった。報道によると、ホワイトハウスや国防総省の敷地内にもポケモンが現れたという。
メリーランド州フォートミードの国家安全保障局(NSA)本部の駐車場でプレイしている人もいたと、同局の元職員は語っている。「どうもかなりレアなポケモンがいたらしく、敷地内でスマホを手に歩き回る人が大勢いた」
NSAやCIAなどの安全保障関連の政府機関で働くテクノロジー好きの人たちは、この類いのゲームに夢中になりやすい。その点に、上層部は不安を募らせていた。「ポケモンGOへの懸念は大きかった」と、エネルギー省の元高官は言う。
情報機関の元職員たちによると、エネルギー省とNSAの当局者たちは、ポケモンGOが中国のスパイ活動の道具なのではないかと──特段の根拠なしに──案じていた(筆者とフォーリン・ポリシー誌は、ポケモンGOのセキュリティー問題についての文書および内部の議論を知るNSA、CIA、エネルギー省の元当局者7人に話を聞いた)。
国防総省は職員に対して、政府支給のスマホにポケモンGOをダウンロードしないよう、また機密性の高い施設の周辺でポケモンを探さないよう要請した。それでも、同省全体として軍や同省の施設内でのプレイを規制することはなかったと、当局者は述べている。
共同開発元ナイアンティックのハンケCEO AKIO KONーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
しかしその一方で、水面下ではもっと大きな不安材料が持ち上がっていた。ポケモンGOの人気が爆発的に高まるとともに、NSAの本部、ニューメキシコ州の最高機密扱いの核兵器研究施設の近隣、バージニア州北部のCIAの秘密施設でもポケモンが出現するようになったのだ。これらの施設で働く職員の中に、熱心なファンがいたためだ。
これにアメリカの防諜当局は懸念を募らせた。なぜ機密性の高い場所にポケモンが出現したのか。このアプリは「標的型スパイツール」として機能しているのか。
CIA、NSA、核兵器を管理するエネルギー省のセキュリティー専門家は職場でポケモンGOのプレイをやめるよう指示するメモを同僚たちに送った。
エネルギー省がポケモンGOの国家安全保障上の潜在的脅威を懸念しているというフォーリン・ポリシーの報道について、同省の広報担当者は「少し誇張されている」と言った。
NSAはコメントを控えたが、CIAの広報担当者は「デジタル分野の最適な方法」のために「責任ある措置」を取ったと回答した。
ここではっきりさせておこう。ポケモンGOが外国の情報機関とつながっていたとか、スパイ活動に利用されていたという証拠はゼロだ。
7億7000万ドルを調達したナイアンティックの初期の出資者には、任天堂と株式会社ポケモン(いずれも日本企業)、そして元親会社のグーグルが含まれる。
中国の大手テクノロジー企業・網易(ネットイース)や韓国の巨大テック企業サムスンも出資しているが、資金提供者の多くはアメリカに拠点を置くベンチャーキャピタルだ。
ナイアンティックの成り立ちを見ると、むしろ米政府とのつながりが目に付く。CEOのジョン・ハンケ(John Hanke)は地理空間マッピング会社キーホール(Keyhole)の共同創設者。同社は04年にグーグルに買収され、最終的にグーグル・アースとグーグルマップの誕生につながった。
キーホールは03年、CIAが設立したベンチャーキャピタルファンドのイン・Q・テル(In-Q-Tel)から資金提供を受けている。同社の技術はイラク駐留米軍を支援するために使われた。
敵のスパイ活動の入り口に?
イン・Q・テルの創業CEOギルマン・ルイ(Gilman Louie)は、ナイアンティックの取締役会に名を連ねている(ルイのベンチャーキャピタル・ファンド、アルソップ・ルイ・パートナーズもナイアンティックの出資者)。
ハンケ自身、ミャンマーで国務省スタッフとして働いた経験があり、米政府関係の仕事にはなじみがある。
問題の一部は、ゲームの仕組みについての基本的な理解不足にあったかもしれない。
ポケモンGOではスマホのGPSとカメラの両方にアクセスする必要がある。プレイヤーはスマホを片手にカメラを通して拡張現実(AR)をのぞき込みながら、歩き回って現実の場所に出現するポケモンを探して捕まえる。
ゲームはプレイヤーのGPS座標やWi-Fi、スマホ基地局のデータを追跡する(時にはポケモンGOをしていないときも)。アプリを入れたスマホをゲームが見つけると、近くにポケモンを出現させ、プレイヤーが捕まえられるようにする。
プレイヤーはアイテムを入手できる「ポケストップ」やバトルを行う「ジム」も探す。どこに出現するか分からないポケモンと違い、ポケストップやジムの場所は固定されている。
その場所の選定基準はさまざまだが、多くの場合は博物館や名所旧跡など、オンライン地図サービスで特定された「人々の関心を集める場所」が選ばれる(国防総省本庁舎ペンタゴンのような国家安全保障上の主要施設は、明らかに人々の関心を集める場所の有力候補だ)。
また、位置情報データを埋め込んだ人気スポットの写真から生成されるポケストップもある。最後に、一部のポケストップ候補はクラウドソーシング、つまり不特定多数のプレイヤーの推薦で決まる。
これが防諜当局者の一部に懸念を抱かせた。
もし外国のスパイ組織の推薦で彼らが関心を持つ場所をポケストップにできたとしたら? そしてポケモンが出現する、あるいはポケストップが置かれた安全保障上の重要施設でゲームをプレイする個人のユーザーデータにアクセスできたとしたら?
そうなると理論上は、例えば外国のスパイ組織がスマホから音声・動画データの位置情報やスマホそのものの端末情報(米情報機関職員の身元特定につながる)を収集できることになる。
NSAはまさにそれを恐れていた。敵のスパイ組織がポケモンGO関連のスポットを「国益に関わるターゲットに設置し、ゲームをプレイする情報部員をそこに誘導して、彼らのスマホから情報を収集できるようにする」かもしれないと、あるNSAの元職員は言った。
ただし、この職員は「現実に根拠のある話では全くない」とも付け加えた。
情報機関職員の大半は、機密性の高い施設でポケモンGOのようなゲームをプレイすることはもちろん、個人のスマホ使用も望ましくないと認識していたと、元職員は言う。
NSA本部の多くの職員は、「ポケモン禁止令」に不信感を抱いた。「NSAの近くでそんなことをする愚か者がいるわけがない」というのが一般的な反応だったと、別の元NSA職員は振り返る。
世代間ギャップが浮き彫りに
NSAだけではない。CIAでは職員に「長文の『ポケモンGO禁止』メールが届いた」と、ある元職員は振り返る──CIA流にゲーム名はぼかしてあったが。
だがポケモンGOをめぐる緊急警告に多くの米当局者は懐疑的だ。エネルギー省の元職員によれば、アメリカの核兵器研究の中核であるロスアラモス国立研究所の職員らは同省の専門家からのメモを「笑える」と思ったそうだ。
「ほぼ全員がポケモンGOをやっていた」からだ。
NSAでも多くの当局者がポケモンGOの懸念は杞憂だと考えていた。「ノンブーマー(ベビーブーム世代を軽蔑する若い世代)っぽくするなら、『ポケモンGOはいいOPSEC(オプセク、日常業務上の最低限の安全対策)じゃないから使うな』とでも書けばよかったんだ」と1人目の元NSA職員は語った。
だが実際のメモはそれとは程遠かったという。「ベビーブーム世代っぽい代物で......フォントサイズ36の(ダサいと撲滅運動まで起きた)コミックサンズ書体で2ページ、フォーマットもお粗末で、こんな調子だった。『やあ、みんな、ポケモンGOはナイアンティックというわれわれの知らない企業が出している中国のスパイアプリで、君たちのカメラを使って君たちが歩き回っている世界の3Dモデルを構築し、生活パターンを基に情報収集をしているから使用禁止だ』」
だが「どれ1つ真実ではなかった」と元職員は言う。「ナイアンティックはごく普通の企業」で「妙なメールに大勢の職員が引いた」。多くの職員は『うるさいな、局内の至る所でポケモンGOをやってやるぞ』的な反応を示した」という。
この大騒ぎの間、マゴーワンにはCIAからもNSAからも直接連絡はなかったが、エネルギー省からは立て続けに電話があり、相手は皆、動揺した様子だったという。
「『最高機密扱いの核施設内にポケストップがある』みたいに言われ、私はこう答えた。『分かった、ナイアンティックに話して撤去してもらおう。だが、はるかにでかくて厄介な問題がある。つまり誰かがエネルギー省の最高機密扱いの施設内で写真を撮り、それをGPS座標付きの第三者アプリにアップロードしたということだ。施設内にポケストップがあるなら、そういう経緯だ」
どうやらエネルギー省の防諜責任者たちは(固定された)ポケストップと、アプリの入ったスマホが近くにあれば神出鬼没のポケモンたちを混同していたようだ。
同省の一部の施設では、とんでもない場所にポケモンが現れ始めた。
電子盗聴防止施設に出現
エネルギー省のスパイ探しは、機密情報隔離施設(SCIF)──機密情報について話し合うため電子盗聴を防止するべく特別に設計された施設──付近でレアなポケモンが大量に出没していることに注目した。
SCIFに入る際は、デジタルスパイ行為防止のため外に用意された保管容器にスマホを預ける。
セキュリティー担当者が「SCIFの件は、預けられた(ポケモンGOのアプリを入れた)スマホによって、これらの施設はカフェなどポケモンGOのプレイヤーがよく出入りする場所だと(ゲームの)アルゴリズム(処理手順)に誤解されたせいだと突き止めた」と、同省の元高官は言う。
調査の結果、不正は見つからなかった。それでも狼狽した当局者らは、エネルギー省の施設内でポケモンGOをプレイできないようにしてくれと、マゴーワンに依頼したという。
「『GPS座標で管理するので座標は必要だ』などと返事をし、あとはナイアンティックに任せた」とマゴーワンは振り返る。エネルギー省の広報もそのとおりだと認めた。
爆発的ブームは16年以降下火になっているものの、ゲーム自体の人気は根強く、22年のプレイヤー数は世界全体で推計6200万人に上った。
国家安全保障関連の懸念も薄れてきた。米当局の注意の対象が、中国発の動画投稿アプリTikTok(ティックトック)など他のデジタルプラットフォームによるスパイの脅威(と彼らが呼ぶもの)に向かったからだ。
今となってはポケモンGOをめぐる懸念は事実無根に思えるし、当時の狼狽ぶりも滑稽だが、ゲームをめぐる警鐘が監視資本主義時代における深い憂慮の証しであることに変わりはない──危険を知らせる「炭鉱のカナリア」ならぬ「炭鉱のチャリザード(リザードン)」だ。
『ポッ拳 DX』バトルポケモンを紹介! 「大きな翼で空を飛び、灼熱の炎で攻撃」リザードン! 超強烈な火力を活かして、パワーバトルを制しよう! https://t.co/dvz2BDJaXG #ポケモン #ポッ拳DX pic.twitter.com/6UruDioRwb— ポケモン公式 (@Pokemon_cojp) August 3, 2017 リザードン ポケモン公式Xより
ポケモンGO騒動はある意味、歴史的でもあった。地理位置情報とカメラの使用と「大衆受けして防諜リスクのある」個人のユーザーデータに基づく「広く利用されている初めてのARゲーム」だったと、ある元CIA職員は語った。
ポケモンGOがアメリカの国家安全保障にこれまでにない難題を突き付けたとしたら、それはゲームデザイナーの責任ではない。善くも悪くも、今では私たちのスマホが私たちの現実だ。
その現実をこのゲームは世界の数億人にとって多少なりとも生き生きと魅力的にしたのだ。
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