村上尚己
<米中の関税引き上げ合戦に注目が集まるが、そもそも中国にはデフレと低成長が続きそうな「国内事情」もある。習近平国家主席が「デフレの何がそんなに悪いのか」と語ったとも報じられるが...>
昨年末のコラム(「【2025年経済展望】期待しづらい中国、外部環境に脆弱な日本、2%成長が続く米国」)では2025年の世界経済について展望した。トランプ2.0が始動する米経済は引き続き2%を超える堅調な経済成長が続くため、世界経済全体は安定が続くと筆者は見込んでいる。
一方で、昨年経済成長が冴えなかった経済大国(中国、日本、ドイツ)については、2025年の各国の金融財政政策の出来が大きく左右する。これらの国の中で、トランプ次期政権から関税引き上げを迫られる中国の下振れリスクは最も大きいだろう。
2024年の中国経済を振り返ると、5%前後が政府目標だったが、公式発表の実質GDP成長率は4-6月から4%台半ばで推移した。目標から下振れたが、「まあまあの経済成長」とも言えなくはない。
もっとも、中国のGDP統計は発表時期がかなり早く、そして地方都市からの報告が積み上げられていることなどから、「過大推計」になっているとみられる。
実際に、若年世代(16-24歳)の失業率(2024年10月)は17.1%と、コロナ禍から若年失業率は上昇したままで、若年失業問題は引き続き深刻なままである。
また、コロナ禍による経済変動を経ても、コアベースの消費者物価上昇率はゼロ%台の低位で推移している。世界中が2022年からインフレ上昇に見舞われる中で、同国のインフレが変動しなかったことは、同国の総需要の縮小によって需給バランスがかなり緩和していることを示唆している。
経済成長を高める財政政策が見込みづらい
これらを踏まえると、中国経済は1990年代半ばの日本と同様に、趨勢的な物価下落、つまりデフレ局面に入りつつあるとみられる。1990年代の日本では、株式・土地価格の大幅下落というショックに対する政策対応に失敗して、その後も一貫して金融財政政策が緊縮的に作用した帰結として、低成長とデフレが長期化した。
この日本の経験と、2020年以降の中国が似ているとの疑念は、筆者を含めた金融市場ではかなり意識されている。これが2024年に更に強まったようにみえる。
2024年12月の中央政治局会議や中央経済工作会議では、財政政策・金融政策をより積極化させる方針が示された。一方で、習近平指導部は、地方政府による財政出動によって地方政府の過剰債務問題が悪化するリスクも示している。
これまでは習近平指導部への権力集中が図られる中で地方政府に対するカネの締め付けが続き、財政政策が緊縮的に作用し続けてきたとみられる。これが変わらなければ、経済成長を高める財政政策は発動されないだろう。
もちろん、インフレ率は独立した金融政策の責任で制御するのが、標準的な経済理論の教えである。ただ、中国人民銀行の独立性はかなり限定的で、共産党指導部の政治的な意向が強く影響するとされている。
世界経済の安定成長が崩れるシナリオも
12月25日付ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版は、「中国が経済成長再活性化のための諸策を緊急に実施しなければ、米国の大恐慌時に起きたような壊滅的なデフレスパイラルに陥る恐れがある」とする報告書が作成された、「習氏はアドバイザーらに『デフレの何がそんなに悪いのか』『「物価が下がれば人々は喜ぶのではないのか』と尋ねた」と報じている。
この報道の信ぴょう性を判断する知見は筆者にはないが、習近平指導部の経済認識がこの通りなら、同国でデフレ克服につながる政策転換は実現しないだろう。
2000年代の日本でも、「良いデフレ」などと言う論者がメディアで散見される中で、保守的な日銀官僚によるデフレを放置する金融政策が続いた。2013年のアベノミクス発動でようやく変わったのが日本の教訓だが、習近平体制が続く限り中国ではデフレと低成長が続きそうだ。
こうした経済状況のもと米国との関税引き上げ合戦を余儀なくされるので、輸出、生産活動にブレーキがかかる。このため、2025年の中国経済の下振れリスクは大きい。
2025年の株式などリスク資産への投資のリスクは、マクロ安定化政策が機能しない中国経済の失速をきっかけに、同国の政治情勢が不安定になる点ではないか。
また、中国との経済関係が深い新興国の成長減速が広がり、世界経済の安定成長が崩れるシナリオも想定される。これらが、2025年のリスク資産への投資の無視できないリスクとなるだろう。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)
【お知らせ】
2025年1月9日発売、本コラム筆者・村上尚己氏の新刊『円安の何が悪いのか?』が発売されます。
『円安の何が悪いのか?』
村上尚己 著
フォレスト新書
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
<米中の関税引き上げ合戦に注目が集まるが、そもそも中国にはデフレと低成長が続きそうな「国内事情」もある。習近平国家主席が「デフレの何がそんなに悪いのか」と語ったとも報じられるが...>
昨年末のコラム(「【2025年経済展望】期待しづらい中国、外部環境に脆弱な日本、2%成長が続く米国」)では2025年の世界経済について展望した。トランプ2.0が始動する米経済は引き続き2%を超える堅調な経済成長が続くため、世界経済全体は安定が続くと筆者は見込んでいる。
一方で、昨年経済成長が冴えなかった経済大国(中国、日本、ドイツ)については、2025年の各国の金融財政政策の出来が大きく左右する。これらの国の中で、トランプ次期政権から関税引き上げを迫られる中国の下振れリスクは最も大きいだろう。
2024年の中国経済を振り返ると、5%前後が政府目標だったが、公式発表の実質GDP成長率は4-6月から4%台半ばで推移した。目標から下振れたが、「まあまあの経済成長」とも言えなくはない。
もっとも、中国のGDP統計は発表時期がかなり早く、そして地方都市からの報告が積み上げられていることなどから、「過大推計」になっているとみられる。
実際に、若年世代(16-24歳)の失業率(2024年10月)は17.1%と、コロナ禍から若年失業率は上昇したままで、若年失業問題は引き続き深刻なままである。
また、コロナ禍による経済変動を経ても、コアベースの消費者物価上昇率はゼロ%台の低位で推移している。世界中が2022年からインフレ上昇に見舞われる中で、同国のインフレが変動しなかったことは、同国の総需要の縮小によって需給バランスがかなり緩和していることを示唆している。
経済成長を高める財政政策が見込みづらい
これらを踏まえると、中国経済は1990年代半ばの日本と同様に、趨勢的な物価下落、つまりデフレ局面に入りつつあるとみられる。1990年代の日本では、株式・土地価格の大幅下落というショックに対する政策対応に失敗して、その後も一貫して金融財政政策が緊縮的に作用した帰結として、低成長とデフレが長期化した。
この日本の経験と、2020年以降の中国が似ているとの疑念は、筆者を含めた金融市場ではかなり意識されている。これが2024年に更に強まったようにみえる。
2024年12月の中央政治局会議や中央経済工作会議では、財政政策・金融政策をより積極化させる方針が示された。一方で、習近平指導部は、地方政府による財政出動によって地方政府の過剰債務問題が悪化するリスクも示している。
これまでは習近平指導部への権力集中が図られる中で地方政府に対するカネの締め付けが続き、財政政策が緊縮的に作用し続けてきたとみられる。これが変わらなければ、経済成長を高める財政政策は発動されないだろう。
もちろん、インフレ率は独立した金融政策の責任で制御するのが、標準的な経済理論の教えである。ただ、中国人民銀行の独立性はかなり限定的で、共産党指導部の政治的な意向が強く影響するとされている。
世界経済の安定成長が崩れるシナリオも
12月25日付ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版は、「中国が経済成長再活性化のための諸策を緊急に実施しなければ、米国の大恐慌時に起きたような壊滅的なデフレスパイラルに陥る恐れがある」とする報告書が作成された、「習氏はアドバイザーらに『デフレの何がそんなに悪いのか』『「物価が下がれば人々は喜ぶのではないのか』と尋ねた」と報じている。
この報道の信ぴょう性を判断する知見は筆者にはないが、習近平指導部の経済認識がこの通りなら、同国でデフレ克服につながる政策転換は実現しないだろう。
2000年代の日本でも、「良いデフレ」などと言う論者がメディアで散見される中で、保守的な日銀官僚によるデフレを放置する金融政策が続いた。2013年のアベノミクス発動でようやく変わったのが日本の教訓だが、習近平体制が続く限り中国ではデフレと低成長が続きそうだ。
こうした経済状況のもと米国との関税引き上げ合戦を余儀なくされるので、輸出、生産活動にブレーキがかかる。このため、2025年の中国経済の下振れリスクは大きい。
2025年の株式などリスク資産への投資のリスクは、マクロ安定化政策が機能しない中国経済の失速をきっかけに、同国の政治情勢が不安定になる点ではないか。
また、中国との経済関係が深い新興国の成長減速が広がり、世界経済の安定成長が崩れるシナリオも想定される。これらが、2025年のリスク資産への投資の無視できないリスクとなるだろう。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)
【お知らせ】
2025年1月9日発売、本コラム筆者・村上尚己氏の新刊『円安の何が悪いのか?』が発売されます。
『円安の何が悪いのか?』
村上尚己 著
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