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「苦しみは比べられない」シリアから逃れてきた若者に日本の同世代はどう見えているのか?

ニューズウィーク日本版 2025年1月10日 11時30分

※JICAトピックスより転載
<世界の難民、紛争影響地域の若者、日本の孤立した若者の「直面するリスク」は共通している? 社会不安に向き合う「平和構築」の取り組みとは──>

世界が直面しているさまざまな社会問題について、タレント・大学生の世良マリカさんと一緒に考える「世界をもっとよく知りたい!」。第5回のテーマは「平和構築」。シリアから避難して来日したアナス・ヒジャゼィさん、日本国内で若者を支援するNPO法人サンカクシャの早川智大さん、そしてJICA平和構築室の大井綾子室長にお話を聞きました。

(動画と記事でお伝えします)

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「今すぐ逃げろ!」あなたは何を持って逃げる?

JICA広報部 伊藤綱貴さん(以下、伊藤) 世良さん、突然ですが、想像してください。今あなたは自宅にいます。そこに誰かが突然攻めてきて、逃げなくてはいけない。今から20秒で、荷造りをしてください。

世良マリカさん(以下、世良) 20秒!? (荷造りをする)

世良マリカ(せら・まりか) モデル・タレントとして活動。2002年神奈川県生まれ、慶應義塾大学総合政策学部に在籍中。写真は急いで荷造りをする世良さん

JICA平和構築室 大井綾子室長(以下、大井) これは実際に難民の人が体験していることなんです。世界各地で、紛争が起きて「今すぐに逃げなくてはいけない」ということが起きています。

アナス・ヒジャゼィさん(以下、アナス) 実際には20秒もない、5秒で手に取れるものを持って逃げる。お金とパソコンは一番大事です。もちろんパスポートもです。

世良 実際にシリアから退避されたときの状況を教えていただけますか。

アナス 2011年から紛争が始まり、ほとんどの町で建物が破壊されました。電気が使えるのは1日1時間ぐらいで、携帯電話の電波も届かない。シリア・ポンドの貨幣価値が下がり、何も買えない状況になりました。私は大学を卒業したら、すぐに逃げようと思っていました。政府軍が若者を恣意的に逮捕しており、毎日危険な状況だったんです。

実際に逃げた日は、朝5時に私の父が呼んだタクシーが来ました。父は「危険だから、すぐにタクシーに乗って!」と私に200ドルを渡し、私は家族に別れの言葉も言えないまま、レバノンまでずっと泣きながら5時間ぐらいタクシーに乗っていました。

アナス・ヒジャゼィ シリア出身。シリア内戦を逃れレバノンを経て2019年に来日。JICAの「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム(JISR)」3期修了生で、2022年から国内の外資系企業で働く

(写真左)紛争によって建物が崩壊したシリアの街(右)アナスさんが暮らしていたアパートのキッチン。建材の大理石でさえ親アサド派の民兵らに盗まれたという

世良 そうだったんですね......。

アナス 私はラッキーなことにレバノンですぐに仕事が見つかり、自立できるようになりました。でも、レバノンでの生活はものすごく大変でした。差別があり、私の給料はレバノン人の半分でした。不満を言うと、上司からは「この仕事が好きではないなら、出て行け。難民キャンプには何百万人と代わりがいる」と言われました。

NPO法人サンカクシャの早川智大さん(以下、早川) 当時の住まいはどうしていたのですか。

早川 智大(はやかわ・ともひろ) NPO法人サンカクシャ居場所事業マネージャー。大学卒業後、人材紹介会社を経て現職。若者を対象とした相談拠点の管理運営のほか、居場所づくりに取り組む

アナス 最初の3か月は貨物用のコンテナに住んでいました。その後は13人のシリア人とアパートの3部屋で共同生活をしました。レバノンでの生活はかなり大変でしたが、ずっと大学の修士課程に進学したいと考えていました。しかし、会社が全く許してくれず、「それならクビだ」と言われました。

世良 その後、どうして日本にいらっしゃったんですか。

アナス 大学の修士課程に進めばもっといい仕事が見つかると思っていたところ、JICAのJISRプログラムを知り、応募しました。

大井 JISRはJICAが実施しているシリア難民向けの人材育成事業(シリア平和への架け橋・人材育成プログラム)です。JICAは2017年から約80人のシリア人の若者を留学生として日本に受け入れてきました。

写真中央:大井 綾子(おおい・あやこ) JICA平和構築室室長。UNDP東ティモール事務所で国内避難民の帰還支援などを経てJICA入構。南スーダン事務所、アフガニスタン事務所次長などを務め、2024年1月より現職
写真右:伊藤 綱貴(いとう・つなき) JICA広報部。2014年JICA入構。本企画の進行役を務める

世界で難民が増え続ける理由とは?

世良 世界にはどのぐらいの難民がいるのですか。

大井 紛争などが理由で国境を越えて難民となる人、国内で避難する人を合わせて1億2000万人超と言われています。世界で67人に1人が避難していることになります。アナスさんはシリアを出られてから何年ですか。

アナス 12年です。

大井 10年、20年、30年、そして避難先で子どもが生まれて2世代、3世代となる難民もいます。シリアからの難民が最も多く、ベネズエラ、ウクライナ、アフガニスタン、パレスチナといった国が続きます。この10年ほどで、難民の数はどんどん増えています。

伊藤 増えている原因は。

大井 現在もたくさんの紛争が起きていて、増え続ける難民の数に対して、紛争が解決して故郷に帰ることができる人の数は圧倒的に少ない状況です。2023年、世界の紛争の数は59件に上りました。また、難民の受け入れ国は約7割が低中所得国。もともと経済的に豊かではなかった国に大勢の難民が入ってきて、住民との間に軋轢が生まれることがあります。JICAでは難民の支援はもちろん、受け入れ国の負担軽減、もともと住んでいた住民の生活改善にも力を入れています。例えば、アフリカで最も多くの難民を受け入れているウガンダでは、難民と住民の両方に米作りの研修を行ってきました。

JICAの米作りの研修を受けたウガンダ難民居住区の農民たち

紛争によって失われる社会とのつながり

世良 そもそもなぜ紛争は起こるのですか。

大井 例えば、社会の中での不平等や差別、貧困、政府の機能不全、政府や行政への不満、武装グループの影響などが原因に挙げられます。紛争によって若者が教育や仕事の機会、家族や社会とのつながりも失ってしまう。こうした点はサンカクシャさんの関わる日本の若者とも共通するのではないでしょうか。

早川 そうですね。日本国内で若者が孤立する背景は虐待、貧困などさまざまですが、それらは幼少期の体験や教育、立ち直りの機会を奪います。結果的にしっかりとした情報にアクセスできないために、SNSを通じて貧困ビジネスなどにつながってしまうこともあります。

大井 そうした状況が紛争地の若者にも起きています。例えばJICAが支援している西アフリカのサヘル地域でも、仕事やお金のない若者が武装グループに入ってしまうことがあります。

世良 お話を聞いていると世界の難民と日本の若者に共通する部分があるのですね。どうやってそれを終わらせることができるのか、課題ですね。

大井 まさにそれが平和構築の取り組みです。解決するのは非常に難しい問題ですが、社会における不平等や差別、貧困、政府や行政機関に対する不満といった紛争のリスクを減らしていく取り組みが必要です。例えば、アフリカのブルキナファソという国で、紛争で両親を失くしたある青年が、身寄りもなく一時は武装勢力に参加しそうになっていたのですが、JICAが提供する職業訓練に参加し、そこで学んだ技術のおかげで仕事と収入を得て、住民とのつながりもでき、社会の中で自立した生活ができるようになったという例があります。

難民や若者の未来のための「エンパワメント」

世良 早川さんは日本の若者にどういった支援をしていますか。

早川 団体としては「住まい」「仕事」「居場所」の3点の支援ですが、私は「居場所」のサポートをしています。「サンカクシャ」という名前は社会参画に由来し、若者が社会に参画していけるために活動しています。

NPO法人サンカクシャが開設した「サンカクキチ」。生活や就労に困難を抱える若者の自立をサポートする拠点だ

伊藤 サポートだけではなく、本人が社会に参画していくことが大事ですね。

早川 そうですね。「支援する側」と「される側」という関わりよりも、お互いに信頼感を持って関わりたいと思っています。

伊藤 JICAでも「支援する側」「される側」ではないというメッセージ、そして「信頼」を大事にしています。同じ言葉が出てきて、びっくりです。

大井 難民も紛争影響地域の若者も、日本の若者も「何もできないかわいそうな人」ではありません。自立する力、社会に貢献する力を持っています。支援や保護は必要ですが、それぞれが持つポテンシャルを発揮できる「エンパワメント」、社会に参画できる支援が重要です。

アナス 持続可能なソリューションの提供も大事です。例えば、食べ物を渡すよりも、お米の作り方を教えることで、自分で食べ物を作れるようになります。このような機会を得ることで、難民は自立することができます。私自身、日本に来る前は「死ぬまでこの状況が続く」と思っていましたが、JISRプログラムのおかげで生活が100%良い方向に変わりました。

世良 自立するためのサポートが必要なんですね。

伊藤 日本は少なくとも戦争はなく、経済的にも恵まれている国だと思います。それでも、多くの若者が自殺してしまう状況にあります。アナスさんは、日本の若者についてどのように感じていますか。

アナス 人の苦しみは比べられるものではありません。それぞれが抱える問題が異なるからです。私の母国では戦争がありましたが、だからと言って私の問題のほうが大きいとは絶対に思いません。日本にも社会問題やストレスがあり、日本人はとても強いと思いますよ。

世良 大変さを比べないという考え方も、大事な視点ですね。

平和な社会をつくるために 何が必要?

伊藤 では最後に、皆さんに「平和な社会、そして世界を作るために必要なこと」というお題でフリップを書いていただきます。

早川 僕は「半径5mの想像力」です。自分の手の届く範囲よりも1歩踏み込んだ中で、目の前にいる人の背景や、そこで起きていることに対して想像力を巡らせることが大事だと思います。

アナス 私は尊厳と平等。この地球で一番大事なのが、尊厳と平等です。私達は同じ人間で、それぞれが平等な権利を持てば紛争は起きないはずです。そして、相手の尊厳を守れれば問題は起きないと思います。

大井 私は「信頼」です。世界の紛争問題の根底には、信頼の欠如が原因としてあるのではないでしょうか。身近な人たちの中で、そして社会の中で信頼関係を作っていくことで、紛争が起きにくい強い社会をつくることができると思います。

世良 私は「思いやりのある想像力」を挙げたいです。周りで起きていること、周りにいる人の全てを理解するのは難しいかもしれませんが、その人にどんな背景があるのか、興味を持って想像してみることが大事だと思いました。

フリップを掲げる早川さん、アナスさん、大井室長(左から)

<関連リンク>
シリアの未来を担う人材育成(シリア難民向け人材育成事業)
ウガンダの難民支援(長期化する難民に人道支援と開発協力の両輪で対応)
ウガンダの難民支援(隣国の兄弟と支え合う)
西アフリカ・サヘル地域の若者を含む紛争影響地域の信頼醸成支援

【平和構築】平和な世界のつくり方? 世界をもっとよく知りたい!#5

※当記事は「JICAトピックス」からの転載記事です。



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