ディディ・キルステン・タトロウ(本誌米国版・国際問題担当)
<軍事・民間研究で「宇宙強国」を目指す習近平政権。建国100周年の2049年までには「中国を世界の頂点」にすることを目標に着々と開発を進めている──(独自調査)>
世界最強の宇宙大国になるという中国の野望が、月や惑星、そして南米チリのアタカマ砂漠(Atacama Desert)にまで及ぼうとしている。
砂漠といっても赤茶色の岩だらけで、アンデス山脈に近い標高2000メートルの高地だが、中国はそこに天文台を建設して、地球を周回する衛星や宇宙ステーションを観察したり、新しい星を見つけたりしようとしている。
それだけではない。この天文台は、中国の軍事目的での宇宙開発を支える場所にもなりそうだ。
中国はここ数十年で、アメリカの目と鼻の先にあるカリブ海の島々から、いてつく北極圏まで、世界中にプレゼンスを確立してきた。
中国の貨物船や軍艦にとって補給基地となる港湾は世界各地に建設されているし、中国共産党とつながりのある組織は、太平洋の小島から、アメリカの地方都市にまで進出している。
中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は、今世紀半ばまでに中国を抜きんでた大国にすること、そして新しい国際秩序を確立することを公然と目標に掲げてきた。チリのベンタロネス天文台(Cerro Ventarrones)は、こうした目標を実現するための拠点の1つにすぎないだろう。
かねてから中国は、自らに背を向ける台湾を少しずつ締め上げて獲得しようとする「アナコンダ戦略」を取ってきた。そして今、台湾以外の領域でもその手法を取ろうとしている。
とりわけ近年の世界的な影響力拡大は、国防と科学研究、そしてビジネスが連携して中国共産党のために動く仕組みが確立したことで、一段と明白になってきた。
なかでも宇宙開発でアメリカに対して優位に立てば、携帯電話から金融、そしてミサイル誘導まで、地上での活動に決定的な影響を与えることができる。
宇宙空間の制覇を目指す中国は、このチリのアタカマ砂漠に拠点を建設中だ YURI ZVEZDNYーSTOCKTREK IMAGES/GETTY IMAGES
習は、共産党革命すなわち中華人民共和国の建国100周年に当たる2049年までに、中国が世界の頂点に立つビジョンを示してきた。
そのためには、ベンタロネス天文台のような施設を世界中に建設して、宇宙を支配することが重要なカギになる。実際、中国が南米(南極大陸を含む)に建設してきた宇宙インフラは、世界のどの地域よりも多い。
「チリでは、中国の教科書的な戦略が展開されている」と、ライザ・トビン元米国家安全保障会議(NSC)中国担当部長は指摘する。
「一見したところ、複数の戦略目的に役立つ無害な科学施設を建設する。(だが)これらの天文台は、星を観察するだけでなく、衛星を監視し、情報を収集し、宇宙での軍事作戦も支援する」
さらにトビンは、「中国政府は非軍事研究や国際的な科学協力を装って、軍事的な用途を見えにくくする。提携先にも、真の活動内容を明らかにしない」と語る。
そして何より重要なのは、中国の天文台が「宇宙におけるアメリカの優位に対抗するのに役立つ場所に設置されていることだ」と指摘する。
だが、中国側は、真の狙いを隠してなどいないと主張する。
チリの首都サンティアゴにあって、ベンタロネス天文台の建設に密接に関わっている中国科学院南米天文センターの黄家声(ホアン・チアション)所長代理も、「このプロジェクトは世界の科学コミュニティーの誰でも参加できるよう開放されている」と語る。
人民解放軍にとっても宇宙戦略は不可欠(新兵壮行会) COSTFOTOーNURPHOTOーREUTERS
だが、その主張を疑問視する声は少なくない。これら天文台の運営は、「中国軍の一部門が担っている。従って中国の資金で運営される施設が、非科学的な目的のために南半球に設置されることは懸念すべきだ」と米南方軍の報道官は語る。
アメリカや同盟国の通信が監視され、妨害されることもあり得る。
チリ側は知らないことだらけ
ベンタロネス天文台の建設に当たっては、中国科学院とチリ側のパートナーが複数の合意を締結してきた。その内容を知る2人の西側情報筋によると、中国は安全保障措置として、中国の資金で建設された施設の一部からチリ人を排除できるという。
さらに、そこでの研究内容は、軍事的な「状況認識」を支援する可能性がある。それは例えば、南半球から米本土に向けて新しい極超音速兵器を発射するとき助けになるかもしれない。
また、目的は定かではないが、中国の研究者たちは、宇宙の特定のロケーションを継続的に観察することになっているという。
ベンタロネス天文台は、チリ政府が太平洋岸の街アントファガスタ(Antofagasta)にある私立大学に提供した土地に建設されると、このプロジェクトのチリ側リーダーを務めるクリスチャン・モニビディンは言う。
その説明によると、中国側の研究内容はもとより、天文台にどのような機器が設置され、何人が勤務することになるかも、チリ側には明らかにされていない。
中国の天文台の建設予定地の近くにはヨーロッパ南天天文台もある DIDI KIRSTEN TATLOW
中国科学院の全天観察プロジェクト「司天」によると、南半球と北半球の全空を30分おきに「完全にスキャン」して、「国家の戦略的ニーズ」を満たす世界的な監視システムを構築する上で、ベンタロネス天文台は世界5カ所の拠点の1つと位置付けられている。
中国は、その宇宙開発が安全保障と結び付いていることを隠していない。習は24年にも「広大な宇宙を探索して、宇宙強国をつくろう!」と訴えたし、中国の国防法は「宇宙、電磁空間、そしてサイバースペース」で中国の権益を守ると定めている。
中国政府は、「有効な宇宙ガバナンス」の構築にも意欲を燃やしている。
中国は、月への定住と資源採掘、火星と木星への到達、小惑星から地球を守ること、宇宙ゴミへの対処、そして超新星の爆発やガンマ線バーストの監視にも意欲を見せる。24年6月には、無人月面探査機「嫦娥(じょうが)6号」が、世界で初めて月の裏側の土壌を持ち帰った。
アメリカにも同じような宇宙開発目標があるし、保有する衛星は中国よりも多い。軍事目的の宇宙開発計画もある。だが、中国は年間約200個の衛星を打ち上げて、急ピッチでアメリカを追い上げている。
24年8月には、イーロン・マスク率いるスペースXの衛星通信網「スターリンク」を凌駕するべく、低軌道衛星通信網「千帆星座」を構築する小型衛星第1号が打ち上げられた。
やはり政府系の衛星通信サービス「国網」を構築する計画も合わせると、中国は今後少なくとも2万5000基の低軌道小型衛星を打ち上げる計画だ。
24年10月時点の天文台の建設予定地 DIDI KIRSTEN TATLOW
また、中国を本部とする「宇宙環境ガバナンスシステム」を構築する計画や、ロシアなどと進める国際月面研究ステーション(ILRS)計画、「宇宙法」を起草中のアジア太平洋宇宙協力機構(APSCO)などのプロジェクトも進んでいる。
アメリカで19年に設置された宇宙軍の幹部は、中国軍の宇宙開発はここ5〜6年間で急速に進歩したと語る。そして台湾有事など東アジアで紛争が発生した場合、米軍と同盟国の軍を危険にさらすレベルに達していると指摘する。
「彼らは、あらゆる軌道でわれわれの衛星を危険にさらす能力がある。ただ、中国の海岸線から遠く離れた場所で、中国はアメリカなどと戦いたいと考えている」と、宇宙軍で宇宙情報作戦を担当するグレゴリー・ギャグノン少将は語る。「だから習が権力を握って以来、これまでにないスピードで宇宙における軍事能力を強化してきたのだ」
さらにギャグノンは、「今や西太平洋におけるアメリカや友好国の軍事活動は、宇宙から中国に常時監視されている」と語る。このため中国は、はるか遠くの標的もミサイルで攻撃することができる。
中国はその宇宙開発が軍事目的だという非難を否定している。「中国は宇宙の平和利用を唱え、宇宙の兵器化と宇宙における軍拡競争に反対し、宇宙における人類共通の未来を持つコミュニティー構築を推進している」と、中国国防省の張暁剛(チャン・シアオカン)報道官は11月に語っている。
「アメリカは宇宙を『戦闘領域』と見なし、宇宙軍を強化し、軍事同盟を確立して、宇宙を軍事化している」と、張は批判した。「アメリカこそが宇宙安全保障の最大の脅威であり、宇宙軍拡競争の最大の扇動者であることは事実が物語っている」
外部の人間はシャットアウト
乾燥気候で空気が澄み、標高が高いチリは地球上で最も天体観測に適した場所の1つだ。欧米諸国や日本の天文台もあり、世界の大型宇宙望遠鏡の約7割がチリに集中している。
ここは砂塵舞う道路の外れに広がるアタカマ砂漠の丘陵地帯。チリのカトリカ・デル・ノルテ大学(UCN)と中国科学院国家天文台(NAOC)の合弁事業で、面積約26平方キロのベンタロネス天文公園の整備が進もうとしている。
敷地内には約100基の宇宙望遠鏡が設置される予定で、中国側は建物と設備に8000万ドルの初期投資を行った。建設を担うのは100%チリ資本の会社だが、その実態は軍の建設工事を請け負う中国企業「中国建築股分有限公司」の子会社にほかならない。
「中国の今後の宇宙活動にとって、チリは非常に重要だ」と、中国科学院の天文学者、朱磊(チュー・レイ)は本誌に話した。岩だらけの不毛な地が広がり、鉱山開発のノウハウが蓄積されていることも、中国の月探査・基地建設計画に役立つというのだ。
合弁契約は「長く困難な」、そして「ちょっと変わった」8年の交渉の末にまとまったと、UCNの代表を務めたモニビディンは言う。交渉が難航したのは、中国側が施設の利用を制限しようとしたためだ。
「建設費を出した中国が所有権を主張するのはもっともな話だ」と、モニビディンは言う。だが、それではチリ政府は納得しない。
最終的にUCNが折れて、設備を使わないことを条件に敷地への出入りを認めてほしいと要求し、中国側も了承した。「あなた方のベッドやコンピューターは使わないが、ノックしたら入れてくれと頼んだのだ」と、モニビディンは説明する。
中国側がどんな機器を使い、どんなメンバーが何人滞在するかといった詳細は契約書には明記されていない。軍事目的に使えるデータ収集を禁じる文言も盛り込まれなかった。
「機密の活動や情報は望ましくないというわれわれの意向は伝えた」と、モニビディンは話す。UCNは天文公園を学生の教育に利用する予定で、それには中国側も協力するという。
しかし匿名を条件に本誌の取材に応じた3人の情報筋によると、この天文台で中国側がどんな観測を行うかは、UCNは一切関知しないことになっているらしい。天文公園は最終的にチリ領内にあるミニ独立国のようになる。
その公園内でも天文台を取り巻く約1平方キロの一画は特殊な警備フェンスで囲まれ、外部の人間は完全にシャットアウトされると、情報筋の1人は言う。
外国の研究機関や政府が費用を負担してチリに建設した天文台では通常、チリ側のパートナーも観測時間の1割を使う権利を持つ。だがベンタロネス天文台ではUCNが観測を行える時間は極端に限られている。
情報筋によれば、契約書には1カ月に1晩だけ使用できると書かれていて、中国側に継続観測が必要な「重要な科学プロジェクト」がある場合は、それさえも取り消されるという。
本誌はUCNに、ベンタロネスが軍民両用の施設として利用される懸念はないか、また契約書の詳細を明らかにできないかと問い合わせた。「慎重に検討しましたが、残念ながら現時点では貴誌の質問にはコメントできません」との答えだった。
北欧や米本土にも拠点を確保
中国はアルゼンチンのパタゴニアに建設した深宇宙探査基地についても、同様の秘密主義的な方針を貫いている。この基地も中国の国有会社が建設。契約書には、人民解放軍の中国衛星発射測控系統部(CLTC)が運営し、軍の宇宙活動を地上で支援すると明記されている。
アルゼンチン政府は「通常の活動に対する干渉や妨害」はもとより、基地の運営に「大きな影響を与える」こともできない。また、ここに勤務する中国人にはアルゼンチンではなく中国の労働法が適用される。
「科学研究や学術目的の施設であっても、ホスト国が中に入れないのはおかしな話で、懸念されて当然だ」と、米宇宙軍のギャグノンは指摘する。「大使館でもないのに、治外法権が適用されると言わんばかりだ」
本誌の調査で、ベンタロネス天文台のほかに中南米には中国の宇宙活動を支える重要施設が少なくとも15カ所あることが分かった。今後この数はさらに増える見込みだ。
司天計画では将来的な地球規模の「全天監視」ネットワークにメキシコの天文台も含まれることになっている。
パナマも最近、中国とロシアの月面基地建設計画に参加し、中国と共同で深宇宙探査を行うための基本合意書に署名。ブラジルも昨年11月、宇宙開発協力の拡大と千帆計画への参加で中国側と合意に達し、既に共同で衛星を打ち上げている。
中国が目をつけているのは中南米だけではない。なんとアメリカ本土にも宇宙活動の拠点がある。
本誌が入手した情報によると、マサチューセッツ工科大学(MIT)のヘイスタック天文台(Haystack Observatory)はこれまで長年、中国の宇宙活動の安全保障を支える「子午プロジェクト」の観測に協力してきたという。
このプロジェクトを担うのは中国科学院国家空間科学センターだが、ヘイスタック天文台のスタッフがその観測任務を請け負う形になっている。
「協力は結構だが、戦争になって、中国がアメリカの納税者のカネで設置されたアメリカ本土のレーダーにアクセスできるとなると話は別だ」と、データ分析サイト「データ・アビス」の創設者LJ・イーズは言う。
ヨーロッパでは、中国は北欧の3局のレーダーを結び、大気上層を高精度で観測するEISCAT(欧州非干渉散乱)プロジェクトに参画してきた。
中国が北欧諸国との共同プロジェクトを進める場所の1つが、北極圏に位置するスバールバル諸島だ。ここの島々は20世紀前半に成立した条約でノルウェー領となったが、条約加盟国はここを産業活動や極地観測に活用できる。ただし「戦争のような目的」の活動は禁止されている。
「情報は全て中国軍に伝える」
本誌の調査で、中国がスバールバル諸島の主要な島に開設した研究所は中国最大手の軍用エレクトロニクス複合企業の傘下にあり、条約に反して軍民両用研究を行っている疑いが浮上した。
【関連記事】「それが中国流のやり方だ」北極圏でひそかに進む「軍民両用」研究の実態...ロシアとの接近、核持ち込みの懸念も
中国は自国の北極圏での研究調査を「全人類に貢献する平和的な活動」と称しているが、欧米諸国の見方は違う。
「北極圏における中国の研究調査は戦略的・軍事的な目的に利用される可能性が高い」と、ノルウェーのトロムソ大学の政治学教授マーク・ランテーニュは言う。
「当然ながら情報は全て中国軍に伝えられる。それが中国政府の体質だ」
もちろん、自国の宇宙活動を支援するため地球規模のインフラ網を構築している国は中国だけではない。
「アメリカもその同盟国も宇宙開発の拠点を世界各地に築いている」と、コーネル大学の航空宇宙学の助教グレゴリー・ファルコは話す。「ただしアメリカは中国と違って、自国の活動を科学のベールで隠し、ホスト国の目を欺いたりはしない」
経済的な対中依存を深める中南米諸国にとって、中国と共同で進める宇宙開発事業は魅力的に映る。チリの輸出の約40%は中国向けだ。しかもチリの送電網の約60%を中国資本が握っている。
南米における中国の影響力拡大を示すもう1つの事例を挙げれば、最近習国家主席を迎えて大々的に開港式が行われたペルーのチャンカイ港がある。この港を所有し、運営するのは中国国有の海運会社・中国遠洋海運集団だ。
チリ政府は親米路線を維持しつつ、中国と自由貿易協定を結び、米中のはざまで微妙なバランスを保とうとしていると、チリ・カトリック大学のフランシスコ・ウルディネス准教授は言う。「2つの超大国に依存するチリの立ち位置は非常に危うい」
昨年8月、UCNはまたもや中国軍のために研究を行う機関である中国国家航天局(CNSA)の深宇宙研究部門と契約を結んだ。アルゼンチンの深宇宙基地と同様、こちらも軍事目的を疑わせる契約内容で、米軍は事業の進展を注視している。
問題は「ホスト国がデータの共有を求めても、中国は拒否するか、ごくわずかしか提供しない」ことだと、米南方軍の報道官は言う。
外国に築いた拠点を「データを盗むか、破壊するために利用し、西半球で不当に影響力を広げる」中国。その動きには十分な警戒が必要だ。
<軍事・民間研究で「宇宙強国」を目指す習近平政権。建国100周年の2049年までには「中国を世界の頂点」にすることを目標に着々と開発を進めている──(独自調査)>
世界最強の宇宙大国になるという中国の野望が、月や惑星、そして南米チリのアタカマ砂漠(Atacama Desert)にまで及ぼうとしている。
砂漠といっても赤茶色の岩だらけで、アンデス山脈に近い標高2000メートルの高地だが、中国はそこに天文台を建設して、地球を周回する衛星や宇宙ステーションを観察したり、新しい星を見つけたりしようとしている。
それだけではない。この天文台は、中国の軍事目的での宇宙開発を支える場所にもなりそうだ。
中国はここ数十年で、アメリカの目と鼻の先にあるカリブ海の島々から、いてつく北極圏まで、世界中にプレゼンスを確立してきた。
中国の貨物船や軍艦にとって補給基地となる港湾は世界各地に建設されているし、中国共産党とつながりのある組織は、太平洋の小島から、アメリカの地方都市にまで進出している。
中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は、今世紀半ばまでに中国を抜きんでた大国にすること、そして新しい国際秩序を確立することを公然と目標に掲げてきた。チリのベンタロネス天文台(Cerro Ventarrones)は、こうした目標を実現するための拠点の1つにすぎないだろう。
かねてから中国は、自らに背を向ける台湾を少しずつ締め上げて獲得しようとする「アナコンダ戦略」を取ってきた。そして今、台湾以外の領域でもその手法を取ろうとしている。
とりわけ近年の世界的な影響力拡大は、国防と科学研究、そしてビジネスが連携して中国共産党のために動く仕組みが確立したことで、一段と明白になってきた。
なかでも宇宙開発でアメリカに対して優位に立てば、携帯電話から金融、そしてミサイル誘導まで、地上での活動に決定的な影響を与えることができる。
宇宙空間の制覇を目指す中国は、このチリのアタカマ砂漠に拠点を建設中だ YURI ZVEZDNYーSTOCKTREK IMAGES/GETTY IMAGES
習は、共産党革命すなわち中華人民共和国の建国100周年に当たる2049年までに、中国が世界の頂点に立つビジョンを示してきた。
そのためには、ベンタロネス天文台のような施設を世界中に建設して、宇宙を支配することが重要なカギになる。実際、中国が南米(南極大陸を含む)に建設してきた宇宙インフラは、世界のどの地域よりも多い。
「チリでは、中国の教科書的な戦略が展開されている」と、ライザ・トビン元米国家安全保障会議(NSC)中国担当部長は指摘する。
「一見したところ、複数の戦略目的に役立つ無害な科学施設を建設する。(だが)これらの天文台は、星を観察するだけでなく、衛星を監視し、情報を収集し、宇宙での軍事作戦も支援する」
さらにトビンは、「中国政府は非軍事研究や国際的な科学協力を装って、軍事的な用途を見えにくくする。提携先にも、真の活動内容を明らかにしない」と語る。
そして何より重要なのは、中国の天文台が「宇宙におけるアメリカの優位に対抗するのに役立つ場所に設置されていることだ」と指摘する。
だが、中国側は、真の狙いを隠してなどいないと主張する。
チリの首都サンティアゴにあって、ベンタロネス天文台の建設に密接に関わっている中国科学院南米天文センターの黄家声(ホアン・チアション)所長代理も、「このプロジェクトは世界の科学コミュニティーの誰でも参加できるよう開放されている」と語る。
人民解放軍にとっても宇宙戦略は不可欠(新兵壮行会) COSTFOTOーNURPHOTOーREUTERS
だが、その主張を疑問視する声は少なくない。これら天文台の運営は、「中国軍の一部門が担っている。従って中国の資金で運営される施設が、非科学的な目的のために南半球に設置されることは懸念すべきだ」と米南方軍の報道官は語る。
アメリカや同盟国の通信が監視され、妨害されることもあり得る。
チリ側は知らないことだらけ
ベンタロネス天文台の建設に当たっては、中国科学院とチリ側のパートナーが複数の合意を締結してきた。その内容を知る2人の西側情報筋によると、中国は安全保障措置として、中国の資金で建設された施設の一部からチリ人を排除できるという。
さらに、そこでの研究内容は、軍事的な「状況認識」を支援する可能性がある。それは例えば、南半球から米本土に向けて新しい極超音速兵器を発射するとき助けになるかもしれない。
また、目的は定かではないが、中国の研究者たちは、宇宙の特定のロケーションを継続的に観察することになっているという。
ベンタロネス天文台は、チリ政府が太平洋岸の街アントファガスタ(Antofagasta)にある私立大学に提供した土地に建設されると、このプロジェクトのチリ側リーダーを務めるクリスチャン・モニビディンは言う。
その説明によると、中国側の研究内容はもとより、天文台にどのような機器が設置され、何人が勤務することになるかも、チリ側には明らかにされていない。
中国の天文台の建設予定地の近くにはヨーロッパ南天天文台もある DIDI KIRSTEN TATLOW
中国科学院の全天観察プロジェクト「司天」によると、南半球と北半球の全空を30分おきに「完全にスキャン」して、「国家の戦略的ニーズ」を満たす世界的な監視システムを構築する上で、ベンタロネス天文台は世界5カ所の拠点の1つと位置付けられている。
中国は、その宇宙開発が安全保障と結び付いていることを隠していない。習は24年にも「広大な宇宙を探索して、宇宙強国をつくろう!」と訴えたし、中国の国防法は「宇宙、電磁空間、そしてサイバースペース」で中国の権益を守ると定めている。
中国政府は、「有効な宇宙ガバナンス」の構築にも意欲を燃やしている。
中国は、月への定住と資源採掘、火星と木星への到達、小惑星から地球を守ること、宇宙ゴミへの対処、そして超新星の爆発やガンマ線バーストの監視にも意欲を見せる。24年6月には、無人月面探査機「嫦娥(じょうが)6号」が、世界で初めて月の裏側の土壌を持ち帰った。
アメリカにも同じような宇宙開発目標があるし、保有する衛星は中国よりも多い。軍事目的の宇宙開発計画もある。だが、中国は年間約200個の衛星を打ち上げて、急ピッチでアメリカを追い上げている。
24年8月には、イーロン・マスク率いるスペースXの衛星通信網「スターリンク」を凌駕するべく、低軌道衛星通信網「千帆星座」を構築する小型衛星第1号が打ち上げられた。
やはり政府系の衛星通信サービス「国網」を構築する計画も合わせると、中国は今後少なくとも2万5000基の低軌道小型衛星を打ち上げる計画だ。
24年10月時点の天文台の建設予定地 DIDI KIRSTEN TATLOW
また、中国を本部とする「宇宙環境ガバナンスシステム」を構築する計画や、ロシアなどと進める国際月面研究ステーション(ILRS)計画、「宇宙法」を起草中のアジア太平洋宇宙協力機構(APSCO)などのプロジェクトも進んでいる。
アメリカで19年に設置された宇宙軍の幹部は、中国軍の宇宙開発はここ5〜6年間で急速に進歩したと語る。そして台湾有事など東アジアで紛争が発生した場合、米軍と同盟国の軍を危険にさらすレベルに達していると指摘する。
「彼らは、あらゆる軌道でわれわれの衛星を危険にさらす能力がある。ただ、中国の海岸線から遠く離れた場所で、中国はアメリカなどと戦いたいと考えている」と、宇宙軍で宇宙情報作戦を担当するグレゴリー・ギャグノン少将は語る。「だから習が権力を握って以来、これまでにないスピードで宇宙における軍事能力を強化してきたのだ」
さらにギャグノンは、「今や西太平洋におけるアメリカや友好国の軍事活動は、宇宙から中国に常時監視されている」と語る。このため中国は、はるか遠くの標的もミサイルで攻撃することができる。
中国はその宇宙開発が軍事目的だという非難を否定している。「中国は宇宙の平和利用を唱え、宇宙の兵器化と宇宙における軍拡競争に反対し、宇宙における人類共通の未来を持つコミュニティー構築を推進している」と、中国国防省の張暁剛(チャン・シアオカン)報道官は11月に語っている。
「アメリカは宇宙を『戦闘領域』と見なし、宇宙軍を強化し、軍事同盟を確立して、宇宙を軍事化している」と、張は批判した。「アメリカこそが宇宙安全保障の最大の脅威であり、宇宙軍拡競争の最大の扇動者であることは事実が物語っている」
外部の人間はシャットアウト
乾燥気候で空気が澄み、標高が高いチリは地球上で最も天体観測に適した場所の1つだ。欧米諸国や日本の天文台もあり、世界の大型宇宙望遠鏡の約7割がチリに集中している。
ここは砂塵舞う道路の外れに広がるアタカマ砂漠の丘陵地帯。チリのカトリカ・デル・ノルテ大学(UCN)と中国科学院国家天文台(NAOC)の合弁事業で、面積約26平方キロのベンタロネス天文公園の整備が進もうとしている。
敷地内には約100基の宇宙望遠鏡が設置される予定で、中国側は建物と設備に8000万ドルの初期投資を行った。建設を担うのは100%チリ資本の会社だが、その実態は軍の建設工事を請け負う中国企業「中国建築股分有限公司」の子会社にほかならない。
「中国の今後の宇宙活動にとって、チリは非常に重要だ」と、中国科学院の天文学者、朱磊(チュー・レイ)は本誌に話した。岩だらけの不毛な地が広がり、鉱山開発のノウハウが蓄積されていることも、中国の月探査・基地建設計画に役立つというのだ。
合弁契約は「長く困難な」、そして「ちょっと変わった」8年の交渉の末にまとまったと、UCNの代表を務めたモニビディンは言う。交渉が難航したのは、中国側が施設の利用を制限しようとしたためだ。
「建設費を出した中国が所有権を主張するのはもっともな話だ」と、モニビディンは言う。だが、それではチリ政府は納得しない。
最終的にUCNが折れて、設備を使わないことを条件に敷地への出入りを認めてほしいと要求し、中国側も了承した。「あなた方のベッドやコンピューターは使わないが、ノックしたら入れてくれと頼んだのだ」と、モニビディンは説明する。
中国側がどんな機器を使い、どんなメンバーが何人滞在するかといった詳細は契約書には明記されていない。軍事目的に使えるデータ収集を禁じる文言も盛り込まれなかった。
「機密の活動や情報は望ましくないというわれわれの意向は伝えた」と、モニビディンは話す。UCNは天文公園を学生の教育に利用する予定で、それには中国側も協力するという。
しかし匿名を条件に本誌の取材に応じた3人の情報筋によると、この天文台で中国側がどんな観測を行うかは、UCNは一切関知しないことになっているらしい。天文公園は最終的にチリ領内にあるミニ独立国のようになる。
その公園内でも天文台を取り巻く約1平方キロの一画は特殊な警備フェンスで囲まれ、外部の人間は完全にシャットアウトされると、情報筋の1人は言う。
外国の研究機関や政府が費用を負担してチリに建設した天文台では通常、チリ側のパートナーも観測時間の1割を使う権利を持つ。だがベンタロネス天文台ではUCNが観測を行える時間は極端に限られている。
情報筋によれば、契約書には1カ月に1晩だけ使用できると書かれていて、中国側に継続観測が必要な「重要な科学プロジェクト」がある場合は、それさえも取り消されるという。
本誌はUCNに、ベンタロネスが軍民両用の施設として利用される懸念はないか、また契約書の詳細を明らかにできないかと問い合わせた。「慎重に検討しましたが、残念ながら現時点では貴誌の質問にはコメントできません」との答えだった。
北欧や米本土にも拠点を確保
中国はアルゼンチンのパタゴニアに建設した深宇宙探査基地についても、同様の秘密主義的な方針を貫いている。この基地も中国の国有会社が建設。契約書には、人民解放軍の中国衛星発射測控系統部(CLTC)が運営し、軍の宇宙活動を地上で支援すると明記されている。
アルゼンチン政府は「通常の活動に対する干渉や妨害」はもとより、基地の運営に「大きな影響を与える」こともできない。また、ここに勤務する中国人にはアルゼンチンではなく中国の労働法が適用される。
「科学研究や学術目的の施設であっても、ホスト国が中に入れないのはおかしな話で、懸念されて当然だ」と、米宇宙軍のギャグノンは指摘する。「大使館でもないのに、治外法権が適用されると言わんばかりだ」
本誌の調査で、ベンタロネス天文台のほかに中南米には中国の宇宙活動を支える重要施設が少なくとも15カ所あることが分かった。今後この数はさらに増える見込みだ。
司天計画では将来的な地球規模の「全天監視」ネットワークにメキシコの天文台も含まれることになっている。
パナマも最近、中国とロシアの月面基地建設計画に参加し、中国と共同で深宇宙探査を行うための基本合意書に署名。ブラジルも昨年11月、宇宙開発協力の拡大と千帆計画への参加で中国側と合意に達し、既に共同で衛星を打ち上げている。
中国が目をつけているのは中南米だけではない。なんとアメリカ本土にも宇宙活動の拠点がある。
本誌が入手した情報によると、マサチューセッツ工科大学(MIT)のヘイスタック天文台(Haystack Observatory)はこれまで長年、中国の宇宙活動の安全保障を支える「子午プロジェクト」の観測に協力してきたという。
このプロジェクトを担うのは中国科学院国家空間科学センターだが、ヘイスタック天文台のスタッフがその観測任務を請け負う形になっている。
「協力は結構だが、戦争になって、中国がアメリカの納税者のカネで設置されたアメリカ本土のレーダーにアクセスできるとなると話は別だ」と、データ分析サイト「データ・アビス」の創設者LJ・イーズは言う。
ヨーロッパでは、中国は北欧の3局のレーダーを結び、大気上層を高精度で観測するEISCAT(欧州非干渉散乱)プロジェクトに参画してきた。
中国が北欧諸国との共同プロジェクトを進める場所の1つが、北極圏に位置するスバールバル諸島だ。ここの島々は20世紀前半に成立した条約でノルウェー領となったが、条約加盟国はここを産業活動や極地観測に活用できる。ただし「戦争のような目的」の活動は禁止されている。
「情報は全て中国軍に伝える」
本誌の調査で、中国がスバールバル諸島の主要な島に開設した研究所は中国最大手の軍用エレクトロニクス複合企業の傘下にあり、条約に反して軍民両用研究を行っている疑いが浮上した。
【関連記事】「それが中国流のやり方だ」北極圏でひそかに進む「軍民両用」研究の実態...ロシアとの接近、核持ち込みの懸念も
中国は自国の北極圏での研究調査を「全人類に貢献する平和的な活動」と称しているが、欧米諸国の見方は違う。
「北極圏における中国の研究調査は戦略的・軍事的な目的に利用される可能性が高い」と、ノルウェーのトロムソ大学の政治学教授マーク・ランテーニュは言う。
「当然ながら情報は全て中国軍に伝えられる。それが中国政府の体質だ」
もちろん、自国の宇宙活動を支援するため地球規模のインフラ網を構築している国は中国だけではない。
「アメリカもその同盟国も宇宙開発の拠点を世界各地に築いている」と、コーネル大学の航空宇宙学の助教グレゴリー・ファルコは話す。「ただしアメリカは中国と違って、自国の活動を科学のベールで隠し、ホスト国の目を欺いたりはしない」
経済的な対中依存を深める中南米諸国にとって、中国と共同で進める宇宙開発事業は魅力的に映る。チリの輸出の約40%は中国向けだ。しかもチリの送電網の約60%を中国資本が握っている。
南米における中国の影響力拡大を示すもう1つの事例を挙げれば、最近習国家主席を迎えて大々的に開港式が行われたペルーのチャンカイ港がある。この港を所有し、運営するのは中国国有の海運会社・中国遠洋海運集団だ。
チリ政府は親米路線を維持しつつ、中国と自由貿易協定を結び、米中のはざまで微妙なバランスを保とうとしていると、チリ・カトリック大学のフランシスコ・ウルディネス准教授は言う。「2つの超大国に依存するチリの立ち位置は非常に危うい」
昨年8月、UCNはまたもや中国軍のために研究を行う機関である中国国家航天局(CNSA)の深宇宙研究部門と契約を結んだ。アルゼンチンの深宇宙基地と同様、こちらも軍事目的を疑わせる契約内容で、米軍は事業の進展を注視している。
問題は「ホスト国がデータの共有を求めても、中国は拒否するか、ごくわずかしか提供しない」ことだと、米南方軍の報道官は言う。
外国に築いた拠点を「データを盗むか、破壊するために利用し、西半球で不当に影響力を広げる」中国。その動きには十分な警戒が必要だ。