佐々木和義
<非常戒厳令、大統領弾劾訴追案と続く政治的混乱の中、朴槿恵政権時代とは異なる市民たちの抗議活動が示す韓国の新たな分断──>
いま韓国世論は二つに分かれている。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の退陣を求める反尹派と続投を求める親尹派で、両者は大統領官邸があるソウル龍山区漢南洞(ヨンサング・ハンナムドン)で集会を行なっている。漢南は各国の大使館が集まり、成功者が居住する高級住宅地として知られている。
2024年12月3日深夜、尹大統領は非常戒厳令を宣布した。韓国憲法上、大統領は戒厳令の宣布を国会に通告する義務があり、在籍議員の過半数が解除を要求したら解除しなければならない。突然の戒厳令に対し最大野党・共に民主党は国会議員を招集し、全議員300人のうち集まった190人が全会一致で解除要求を可決。非常戒厳令は宣布から約6時間後の12月4日5時過ぎに解除となった。
同4日14時40分、野党は共同で尹大統領の弾劾訴追案を提出し、尹大統領の退陣を求める国民たちによる「ろうそく集会」がはじまった。ろうそく集会は当初、国会議事堂前や光化門広場、また韓国各地で行われたが、クリスマスを過ぎて以降、大統領官邸がある漢南洞で反大統領派と大統領派が気勢を上げている。
2011年の朴槿恵大統領弾劾を求める光化門広場での集会(筆者撮影)
集会参加者たちが8車線道路を塞ぐ
光化門広場は2022年まで大統領執務室や官邸があった青瓦台に近い広場で、反政府デモの主会場だった。8年前、当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領の退陣を求めるろうそく集会も光化門広場で行われた。
一方、尹大統領は就任に際して執務室を龍山区の国防部庁舎に移転、官邸も龍山区漢南洞の外交部長官公館に移した。官邸入口がある道路は漢江の北岸である江北と南岸の江南を結ぶ交通の要所だが、官邸入口を境に北側は大統領派、南側は反大統領派が集会を開いており、参加者たちが8車線道路を塞ぐ形になったため、警察は2つの集会の間に機動隊を配置して警備にあたっている。
大雪警報が発令された1月5日、警察の非公式推計によるとイタリア大使館前で行われた大統領の退陣要求集会は1万人、スペイン大使館やラトビア大使館への進入路を塞いだ大統領擁護デモには6000人が参加したという。
変化したろうそく集会
世界的に注目された今回の戒厳令宣布と国会での大統領弾劾決議だが、一方でろうそく集会は観光業を直撃している。釜山市と釜山観光公社によると旅行キャンセルや問い合わせが相次いでおり、ホテルや観光施設などの1〜3月の予約が前年同期比で65パーセント落ち込んだという。8年前の朴大統領退陣要求デモはソウルで行われたこともあり、地方への影響は小さかったが、今回は韓国各地に飛び火しているのだ。
8年前のろうそく集会は光化門広場、親朴派集会は光化門広場から500メール離れたソウル市庁前広場で行われた。そのときも警察は対立する2つの集会場の間に機動隊を配備した。会場は緊迫した雰囲気で取材カメラを向けた際、怒号を浴びせられるなど恐怖を感じるほどだった。
一方、今回は落ち着いており、恐怖を感じる場面はない。8年前の反朴集会会場と親朴集会会場は、最寄り駅はもとより地下鉄路線も異なっていたが、今回は官邸前での集会とあっていずれも地下鉄6号線漢江鎮駅が最寄りで両派が接触するが、大きな衝突等は起きていない。退陣要求集会参加者から会場を尋ねられた大統領派集会参加者が、懇切丁寧に教える場面もあったほどだ。
着座用発泡スチロールやマットを持参する集会参加者たち(筆者撮影)
8年前との違いはほかにもある。8年前はろうそくの在庫が不足して、増産や追加輸入する事態に陥った。今回はろうそくに代わってペンライトが使われることが多く、なかには交通誘導灯やK-POPアイドルのペンライトを持ち込む人たちもいる。
また8年前は会場で着座用マットなどを販売する光景が見られたが、今回は多くの参加者が発泡スチロールやキャンプ用シートなど持参している。またスペースの関係からか屋台は8年前の3分の1ほどで、温かい飲み物や菓子などをデリバリーで注文する集会参加者もいるという。
地方からの参加者は大きく異なる。8年前は大型バスを手配して早朝に各地を出発、午前中に景福宮などソウルの名所を観光してから集会に参加するツアーで交通渋滞が起きるほどだった。今回も農業用トラクターでソウルに向かった農家と警察が対峙する場面が見られたが、全国各地で集会が行われているからか集会参加ツアーは見られない。
尹錫悦は支持できないが、李在明は嫌い!
世論調査会社韓国ギャラップによる12月末時点の尹大統領の支持率は13パーセントで不支持率は80パーセント、与党・国民の力の支持率25パーセントで、最大野党・共に民主党の支持率は42%だった。だが、韓国人の33パーセントが尹大統領の続投を求めているという調査もある。
尹大統領を支持しないながらも続投を求める理由は次期大統領候補にあるとみられる。尹大統領が辞任した場合、次期大統領は最大野党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表が最有力だ。李代表は12月31日、2日前に航空機事故が起きた務安空港を訪れたが、ある遺族から「宣伝のために来たのか」と糾弾されるひと幕があった。共に民主党の支援を大統領選を踏まえた偽善行為と見做したのだ。
実際、筆者が知る韓国人は、「尹錫悦は支持できないが、それ以上に李在明(の大統領就任)は嫌だ」と話す。尹大統領派集会には反李在明派が相当数加わっているようだ。
【動画】大統領官邸周辺での反尹派と親尹派が対峙
1月4日、大統領官邸周辺では反尹派と親尹派がそれぞれ集会を開き気勢を上げた。 YTN / YouTube
【動画】厳寒の雪の中、座り込みを続ける反尹派
1月5日、雪の降る中、座り込みを続ける尹大統領の弾劾を求める集会参加者たち MBCNEWS / YouTube
【動画】カトリックの修道院が手を差し伸べる
集会参加者たちのため、漢南洞のカトリックの修道院はトイレと本堂を開放した。 JTBC News / YouTube
<非常戒厳令、大統領弾劾訴追案と続く政治的混乱の中、朴槿恵政権時代とは異なる市民たちの抗議活動が示す韓国の新たな分断──>
いま韓国世論は二つに分かれている。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の退陣を求める反尹派と続投を求める親尹派で、両者は大統領官邸があるソウル龍山区漢南洞(ヨンサング・ハンナムドン)で集会を行なっている。漢南は各国の大使館が集まり、成功者が居住する高級住宅地として知られている。
2024年12月3日深夜、尹大統領は非常戒厳令を宣布した。韓国憲法上、大統領は戒厳令の宣布を国会に通告する義務があり、在籍議員の過半数が解除を要求したら解除しなければならない。突然の戒厳令に対し最大野党・共に民主党は国会議員を招集し、全議員300人のうち集まった190人が全会一致で解除要求を可決。非常戒厳令は宣布から約6時間後の12月4日5時過ぎに解除となった。
同4日14時40分、野党は共同で尹大統領の弾劾訴追案を提出し、尹大統領の退陣を求める国民たちによる「ろうそく集会」がはじまった。ろうそく集会は当初、国会議事堂前や光化門広場、また韓国各地で行われたが、クリスマスを過ぎて以降、大統領官邸がある漢南洞で反大統領派と大統領派が気勢を上げている。
2011年の朴槿恵大統領弾劾を求める光化門広場での集会(筆者撮影)
集会参加者たちが8車線道路を塞ぐ
光化門広場は2022年まで大統領執務室や官邸があった青瓦台に近い広場で、反政府デモの主会場だった。8年前、当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領の退陣を求めるろうそく集会も光化門広場で行われた。
一方、尹大統領は就任に際して執務室を龍山区の国防部庁舎に移転、官邸も龍山区漢南洞の外交部長官公館に移した。官邸入口がある道路は漢江の北岸である江北と南岸の江南を結ぶ交通の要所だが、官邸入口を境に北側は大統領派、南側は反大統領派が集会を開いており、参加者たちが8車線道路を塞ぐ形になったため、警察は2つの集会の間に機動隊を配置して警備にあたっている。
大雪警報が発令された1月5日、警察の非公式推計によるとイタリア大使館前で行われた大統領の退陣要求集会は1万人、スペイン大使館やラトビア大使館への進入路を塞いだ大統領擁護デモには6000人が参加したという。
変化したろうそく集会
世界的に注目された今回の戒厳令宣布と国会での大統領弾劾決議だが、一方でろうそく集会は観光業を直撃している。釜山市と釜山観光公社によると旅行キャンセルや問い合わせが相次いでおり、ホテルや観光施設などの1〜3月の予約が前年同期比で65パーセント落ち込んだという。8年前の朴大統領退陣要求デモはソウルで行われたこともあり、地方への影響は小さかったが、今回は韓国各地に飛び火しているのだ。
8年前のろうそく集会は光化門広場、親朴派集会は光化門広場から500メール離れたソウル市庁前広場で行われた。そのときも警察は対立する2つの集会場の間に機動隊を配備した。会場は緊迫した雰囲気で取材カメラを向けた際、怒号を浴びせられるなど恐怖を感じるほどだった。
一方、今回は落ち着いており、恐怖を感じる場面はない。8年前の反朴集会会場と親朴集会会場は、最寄り駅はもとより地下鉄路線も異なっていたが、今回は官邸前での集会とあっていずれも地下鉄6号線漢江鎮駅が最寄りで両派が接触するが、大きな衝突等は起きていない。退陣要求集会参加者から会場を尋ねられた大統領派集会参加者が、懇切丁寧に教える場面もあったほどだ。
着座用発泡スチロールやマットを持参する集会参加者たち(筆者撮影)
8年前との違いはほかにもある。8年前はろうそくの在庫が不足して、増産や追加輸入する事態に陥った。今回はろうそくに代わってペンライトが使われることが多く、なかには交通誘導灯やK-POPアイドルのペンライトを持ち込む人たちもいる。
また8年前は会場で着座用マットなどを販売する光景が見られたが、今回は多くの参加者が発泡スチロールやキャンプ用シートなど持参している。またスペースの関係からか屋台は8年前の3分の1ほどで、温かい飲み物や菓子などをデリバリーで注文する集会参加者もいるという。
地方からの参加者は大きく異なる。8年前は大型バスを手配して早朝に各地を出発、午前中に景福宮などソウルの名所を観光してから集会に参加するツアーで交通渋滞が起きるほどだった。今回も農業用トラクターでソウルに向かった農家と警察が対峙する場面が見られたが、全国各地で集会が行われているからか集会参加ツアーは見られない。
尹錫悦は支持できないが、李在明は嫌い!
世論調査会社韓国ギャラップによる12月末時点の尹大統領の支持率は13パーセントで不支持率は80パーセント、与党・国民の力の支持率25パーセントで、最大野党・共に民主党の支持率は42%だった。だが、韓国人の33パーセントが尹大統領の続投を求めているという調査もある。
尹大統領を支持しないながらも続投を求める理由は次期大統領候補にあるとみられる。尹大統領が辞任した場合、次期大統領は最大野党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表が最有力だ。李代表は12月31日、2日前に航空機事故が起きた務安空港を訪れたが、ある遺族から「宣伝のために来たのか」と糾弾されるひと幕があった。共に民主党の支援を大統領選を踏まえた偽善行為と見做したのだ。
実際、筆者が知る韓国人は、「尹錫悦は支持できないが、それ以上に李在明(の大統領就任)は嫌だ」と話す。尹大統領派集会には反李在明派が相当数加わっているようだ。
【動画】大統領官邸周辺での反尹派と親尹派が対峙
1月4日、大統領官邸周辺では反尹派と親尹派がそれぞれ集会を開き気勢を上げた。 YTN / YouTube
【動画】厳寒の雪の中、座り込みを続ける反尹派
1月5日、雪の降る中、座り込みを続ける尹大統領の弾劾を求める集会参加者たち MBCNEWS / YouTube
【動画】カトリックの修道院が手を差し伸べる
集会参加者たちのため、漢南洞のカトリックの修道院はトイレと本堂を開放した。 JTBC News / YouTube