一田和樹
<能登半島地震で、SNSの偽・誤情報が救助活動業務の妨げになったという記録は存在しない。偽・誤情報の実害の実態とは?>
能登半島地震における偽・誤情報は桁違いに少なかった
偽・誤情報問題で能登半島地震が引き合いに出されることは少なくない。特にXでの投稿数や閲覧数が話題になる。
本稿ではXについて見てみたい。人工地震や偽の救助要請などの投稿が多く閲覧された、偽救助要請が相次いだなどさまざまな表現で能登半島地震において、偽・誤情報の害が大きかった可能性を指摘している。
しかし、よく注意して見てみると、「氾濫した」、「多くが偽・誤情報」といった表現はほとんどなく、被害についても可能性を指摘するのに留まっているものがほとんどである。被害をとりあげているものも、地震発生後数日して警察が様子を見に来たというものだったりする。
確かにそれは問題だが、深刻というわけではない。
大量に起きていれば話しは別だが、報道では発生件数を報じていない。ほとんどの報道において具体的な数字はごく一部の投稿の閲覧数くらいしかない。また、すでに1年経過するというのに偽・誤情報の実害がいまだにまとまっていないというのも気になる。
実は2024年2月27日に総務省の「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会用」に提出された資料「令和6年能登半島地震におけるデジタル空間の偽誤情報流通状況の報告」には偽・誤情報の統計数値が報告されている。
この資料には、2024年1月1日14時から1月3日23時までの間の「地震」という言葉を含む投稿、偽の救助要請、人工地震、原発、窃盗団を含む投稿数の1時間ごとの増減の折り線グラフが掲載されている。これを見ると偽・誤情報の投稿数が桁違いに少ないことが一目瞭然でわかる。
また、いわゆる海外からのインプレゾンビ(日本語使用者以外の複製投稿)は約4千件であり、地震に関する投稿全体と比較するとかなり少ない。
さらに、総務省消防庁は能登半島地震における偽の救助要請が救助活動の妨げになったという文書が総務省消防庁には存在しないことが楊井人文氏による開示請求でわかっている。
以下の画像は楊井人文氏のご厚意によって提供いただいたものである。この回答を見る限り、総務省消防庁にはSNSの偽・誤情報が救助活動業務の妨げになったという記録は存在しない。
公開されている情報を見る限り、他の情報に比べて偽・誤情報が多かったとか、実害を起こしたということはない。報道されているのは閲覧数が多い偽・誤情報があったことや、実害が起きる可能性の指摘なのだ。
多かったのは災害情報と災害関連情報、偽・誤情報の抑止やほんとうの救助要請
次に投稿の内容を見てみたい。下のグラフは筆者が独自に計算した能登半島地震発生後24時間の投稿内容と投稿主体ごとの閲覧数である。ただし、全部を計算対象にすることはできなかったのでリポスト数1万件以上のものに限定した。合計閲覧数は約5億5千回と多い。
抽出した投稿には偽・誤情報は含まれていなかった。すでに削除された可能性もある。すべてではないが、報道で閲覧数が多かったとされた投稿をいくつか検索したが、目立って多いものはヒットしなかった。
ヒットしたのは閲覧数数が多くないものばかりだった。偽・誤情報以外は本人が削除する以外はそのまま残っているので、この検索結果は、偽・誤情報以外にどのような投稿が多く閲覧されたかを知る手がかりになる。
個人(著名人やインフルエンサー)が投稿した災害に関するお役立ち情報などの閲覧が多く、次いで首相官邸やNHK、Yahoo!ニュース、ライブドアニュースなどが多かった。偽・誤情報への注意を呼びかける抑止的な投稿も多かった。お役立ち情報とは、災害用伝言ダイヤルの使い方や災害時のサバイバル方法などといったものである。
NHKやライブドアニュース、Yahoo!ニュースは災害に関するお役立ち情報を発信していたが、こうしたメディアのお役立ち情報の閲覧数よりも個人の発信するものの方が閲覧数が多かった。
救助要請もあったが、偽の救助要請ではなかった。
能登半島地震では有益な情報が多く、個人が自発的に協力していた
ここまでを整理すると次のようになる。
・能登半島地震における偽・誤情報の投稿数はわずかな割合を占めるにすぎない。多くの報道では、「相次ぐ」、「多く」といった曖昧な表現を使用し、巧みに全体に対する割合として高いことを示す表現を避けていたものの、「偽・誤情報の割合が非常に多かった」という印象を与えていた。
・いくつかの問題となった事例(数日後の警察の出動)は報告されているものの、深刻な被害や実害は報告されていない。総務省消防庁での開示請求で、偽の救助要請が救出活動の妨げになったという文書がないことも確認された。
・偽・誤情報以外で多く閲覧されたのは災害に関するお役立ち情報、災害情報、偽・誤情報の抑止だった。災害に関するお役立ち情報や偽・誤情報の抑止は個人が発信している割合が多かった。
筆者の個人的な見解としては、この状況で偽・誤情報に焦点を当てた対策を優先することには疑問がある。どちらかというと、民間のSNS以外の救助要請を発信できる災害時の連絡手段の検討、災害に関するお役立ち情報の発信方法の検討、災害時に有益な情報を発信してくれる個人の組織化など有効な活用方法の検討などを考えた方がいいと思う。
なぜなら偽・誤情報よりも数が多いからだ。
偽・誤情報によって混乱がもたらされたというよりも、有益な情報発信が常に多数を占めた状態で個人が自発的に偽・誤情報の抑止を行っていた、という方が実態に近い。
その状態をよりよいものにしていくことが課題なのであって、偽・誤情報対策を優先して、個人による有益な情報発信や偽・誤情報の抑止をないがしろにするのは優先すべきことではないように思える。
そもそも偽・誤情報対策としてあげられているリテラシー向上というのは、正しい情報を見分け、正しい情報を共有し、偽・誤情報を抑止することだと思うのだが、それは能登半島地震ですでに起きていたことだ。
もちろん、偽・誤情報を投稿した人や拡散した人もいると思うが、全体としての割合は少なく、深刻な実害の報告もない。
現在の偽・誤情報対策は、「偽・誤情報は深刻な問題であり、緊急の対策が必要である」という認識の元に進んでいる。その認識そのものが間違っているとは言わないが、実態を把握し、それから対処を考えるべきではないだろうか?
なお、今回ご紹介したデータは必ずしも充分なものではない。たとえば地震に関する投稿と偽・誤情報の投稿数が桁違いに違うことは投稿の数の統計を参照しているが、偽・誤情報以外で多かった情報の内容については閲覧数を用いている。
精度の高い検証を行うためには多額の費用を負担してXのデータを入手するしかない。大学や研究機関であれば申請して利用することができる。
残念ながら筆者には潤沢な資金も大学や研究機関の肩書きもないので、本来実態調査を行うべき機関の方々がきちんとした実態を明らかにしてくださるのを期待したい。
今、一番必要なのは「実態を調査する」、という当たり前で基本的なことなのかもしれない。
<能登半島地震で、SNSの偽・誤情報が救助活動業務の妨げになったという記録は存在しない。偽・誤情報の実害の実態とは?>
能登半島地震における偽・誤情報は桁違いに少なかった
偽・誤情報問題で能登半島地震が引き合いに出されることは少なくない。特にXでの投稿数や閲覧数が話題になる。
本稿ではXについて見てみたい。人工地震や偽の救助要請などの投稿が多く閲覧された、偽救助要請が相次いだなどさまざまな表現で能登半島地震において、偽・誤情報の害が大きかった可能性を指摘している。
しかし、よく注意して見てみると、「氾濫した」、「多くが偽・誤情報」といった表現はほとんどなく、被害についても可能性を指摘するのに留まっているものがほとんどである。被害をとりあげているものも、地震発生後数日して警察が様子を見に来たというものだったりする。
確かにそれは問題だが、深刻というわけではない。
大量に起きていれば話しは別だが、報道では発生件数を報じていない。ほとんどの報道において具体的な数字はごく一部の投稿の閲覧数くらいしかない。また、すでに1年経過するというのに偽・誤情報の実害がいまだにまとまっていないというのも気になる。
実は2024年2月27日に総務省の「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会用」に提出された資料「令和6年能登半島地震におけるデジタル空間の偽誤情報流通状況の報告」には偽・誤情報の統計数値が報告されている。
この資料には、2024年1月1日14時から1月3日23時までの間の「地震」という言葉を含む投稿、偽の救助要請、人工地震、原発、窃盗団を含む投稿数の1時間ごとの増減の折り線グラフが掲載されている。これを見ると偽・誤情報の投稿数が桁違いに少ないことが一目瞭然でわかる。
また、いわゆる海外からのインプレゾンビ(日本語使用者以外の複製投稿)は約4千件であり、地震に関する投稿全体と比較するとかなり少ない。
さらに、総務省消防庁は能登半島地震における偽の救助要請が救助活動の妨げになったという文書が総務省消防庁には存在しないことが楊井人文氏による開示請求でわかっている。
以下の画像は楊井人文氏のご厚意によって提供いただいたものである。この回答を見る限り、総務省消防庁にはSNSの偽・誤情報が救助活動業務の妨げになったという記録は存在しない。
公開されている情報を見る限り、他の情報に比べて偽・誤情報が多かったとか、実害を起こしたということはない。報道されているのは閲覧数が多い偽・誤情報があったことや、実害が起きる可能性の指摘なのだ。
多かったのは災害情報と災害関連情報、偽・誤情報の抑止やほんとうの救助要請
次に投稿の内容を見てみたい。下のグラフは筆者が独自に計算した能登半島地震発生後24時間の投稿内容と投稿主体ごとの閲覧数である。ただし、全部を計算対象にすることはできなかったのでリポスト数1万件以上のものに限定した。合計閲覧数は約5億5千回と多い。
抽出した投稿には偽・誤情報は含まれていなかった。すでに削除された可能性もある。すべてではないが、報道で閲覧数が多かったとされた投稿をいくつか検索したが、目立って多いものはヒットしなかった。
ヒットしたのは閲覧数数が多くないものばかりだった。偽・誤情報以外は本人が削除する以外はそのまま残っているので、この検索結果は、偽・誤情報以外にどのような投稿が多く閲覧されたかを知る手がかりになる。
個人(著名人やインフルエンサー)が投稿した災害に関するお役立ち情報などの閲覧が多く、次いで首相官邸やNHK、Yahoo!ニュース、ライブドアニュースなどが多かった。偽・誤情報への注意を呼びかける抑止的な投稿も多かった。お役立ち情報とは、災害用伝言ダイヤルの使い方や災害時のサバイバル方法などといったものである。
NHKやライブドアニュース、Yahoo!ニュースは災害に関するお役立ち情報を発信していたが、こうしたメディアのお役立ち情報の閲覧数よりも個人の発信するものの方が閲覧数が多かった。
救助要請もあったが、偽の救助要請ではなかった。
能登半島地震では有益な情報が多く、個人が自発的に協力していた
ここまでを整理すると次のようになる。
・能登半島地震における偽・誤情報の投稿数はわずかな割合を占めるにすぎない。多くの報道では、「相次ぐ」、「多く」といった曖昧な表現を使用し、巧みに全体に対する割合として高いことを示す表現を避けていたものの、「偽・誤情報の割合が非常に多かった」という印象を与えていた。
・いくつかの問題となった事例(数日後の警察の出動)は報告されているものの、深刻な被害や実害は報告されていない。総務省消防庁での開示請求で、偽の救助要請が救出活動の妨げになったという文書がないことも確認された。
・偽・誤情報以外で多く閲覧されたのは災害に関するお役立ち情報、災害情報、偽・誤情報の抑止だった。災害に関するお役立ち情報や偽・誤情報の抑止は個人が発信している割合が多かった。
筆者の個人的な見解としては、この状況で偽・誤情報に焦点を当てた対策を優先することには疑問がある。どちらかというと、民間のSNS以外の救助要請を発信できる災害時の連絡手段の検討、災害に関するお役立ち情報の発信方法の検討、災害時に有益な情報を発信してくれる個人の組織化など有効な活用方法の検討などを考えた方がいいと思う。
なぜなら偽・誤情報よりも数が多いからだ。
偽・誤情報によって混乱がもたらされたというよりも、有益な情報発信が常に多数を占めた状態で個人が自発的に偽・誤情報の抑止を行っていた、という方が実態に近い。
その状態をよりよいものにしていくことが課題なのであって、偽・誤情報対策を優先して、個人による有益な情報発信や偽・誤情報の抑止をないがしろにするのは優先すべきことではないように思える。
そもそも偽・誤情報対策としてあげられているリテラシー向上というのは、正しい情報を見分け、正しい情報を共有し、偽・誤情報を抑止することだと思うのだが、それは能登半島地震ですでに起きていたことだ。
もちろん、偽・誤情報を投稿した人や拡散した人もいると思うが、全体としての割合は少なく、深刻な実害の報告もない。
現在の偽・誤情報対策は、「偽・誤情報は深刻な問題であり、緊急の対策が必要である」という認識の元に進んでいる。その認識そのものが間違っているとは言わないが、実態を把握し、それから対処を考えるべきではないだろうか?
なお、今回ご紹介したデータは必ずしも充分なものではない。たとえば地震に関する投稿と偽・誤情報の投稿数が桁違いに違うことは投稿の数の統計を参照しているが、偽・誤情報以外で多かった情報の内容については閲覧数を用いている。
精度の高い検証を行うためには多額の費用を負担してXのデータを入手するしかない。大学や研究機関であれば申請して利用することができる。
残念ながら筆者には潤沢な資金も大学や研究機関の肩書きもないので、本来実態調査を行うべき機関の方々がきちんとした実態を明らかにしてくださるのを期待したい。
今、一番必要なのは「実態を調査する」、という当たり前で基本的なことなのかもしれない。