練乙錚(リアン・イーゼン、経済学者)
<グリーンランドとパナマ運河の獲得を突然ぶち上げたトランプ2期目の外交の特徴はアメリカ一極主義と帝国主義>
アメリカの「国家安全保障」と「自由世界」のために、グリーンランドとパナマ運河を獲得するなら、軍事行動や経済的措置の選択肢も排除しない──。ホワイトハウスへの復帰を約2週間後に控えたドナルド・トランプ次期米大統領が、そう記者団に語ったのは1月7日のこと。たちまち世界中から非難の嵐が巻き起こったのは驚きではない。
もちろん、武力によって外国の領土を奪うことをほのめかすなど言語道断だが、このときトランプが指摘した懸念の多くは正当なものであり、むしろ歴代大統領が取り組んでこなかったことが不思議なほどだ。
地球温暖化により北極圏航路の現実味が増すにつれ、ロシアと中国の船舶(軍用船を含む)が北極圏を経由して、ヨーロッパとアジアを行き来するケースは増えている。
中国はさらに、グリーンランドに3つの空港を新設または整備することをもくろみ、2019年に米国防総省に阻止されていたことも明らかになった。それでもレアアース(希土類)を採掘するための、中国の積極的な投資は続いている。
パナマ運河「奪還」の意欲とともに2期目のトランプ政権は内向きではなく拡張主義に転換する可能性がある AP/AFLO
カーター政権の大きな間違い
グリーンランドはデンマークの自治領で、防衛はデンマーク軍の統合北極圏司令部に頼っている。その構成は兵士130人、犬ぞりチーム6つ、航空機1機、ヘリコプター2機、哨戒艇7隻という簡素なもの(フリゲート艦1隻が加わることもある)。日本の6倍の面積を持ち、赤道の長さにも匹敵する複雑な海岸線を持つ島と周辺海域を守るには、ばかばかしいほど不十分だ。
パナマ運河は、アメリカにとって直接的な重要性がはるかに高い。なにしろアメリカ発着の貨物船の40%が利用するほか、大西洋と太平洋の間で「配置換え」をする米海軍艇のほぼ100%が通過するのだ。
20世紀初めにアメリカの資本で建設されたパナマ運河は、長らくアメリカの管理下にあり、両岸にはいくつもの軍事施設が建設された。ところが1977年、良心的なジミー・カーター大統領が米議会の反対を押し切り、わずか1ドルの対価でパナマ政府に運河の主権を返還した。
だが今は、中国がアメリカに次ぐ運河の利用国となっている。それを反映して、パナマ政府は2017年、それまで承認していた台湾との外交関係を断絶して、中国との国交を樹立した。現在、香港の海運最大手ハチソン・ワンポアが、運河のカリブ海側玄関と太平洋側玄関に位置する港の独占的管理権を保有する。カーターの措置に反対した面々には、先見の明があったのだ。
そうはいっても、トランプが実際にグリーンランドとパナマ運河を獲得する可能性はどのくらいなのか。
「中国の脅威」が口実に?
人口5万6000人ほどのグリーンランドは民主的な自治政府があるとはいえ、その行政は年間5億100万ドル相当のデンマークの補助金が頼りだ。それでも独立の機運があるのは確かで(デンマークはそれを止めようとはしていない)、アメリカが何らかのインセンティブを与えれば、アメリカとの連合(あるいは併合)を問う住民投票が行われる可能性はないとはいえない。
パナマ運河については、カーター政権が当時のパナマ政府と結んだ新パナマ運河条約の第4条に、恒久的に中立の運航を保証することが定められている。トランプはこの条項に基づき、「中国の脅威に対して運河の中立を維持する必要がある」として、アメリカへの主権返還を要求するかもしれない。
アメリカはジョージ・H・W・ブッシュ大統領時代の1989年にパナマに侵攻し、麻薬密輸容疑で米当局に指名手配されていたパナマの指導者を逮捕した。たとえ今、トランプが同様のことしたとしても、日本や韓国、チリ、カナダなどの運河の主要利用国は、強く抗議するメリットをさほど見いださないだろう。
1期目のトランプはアメリカのことだけを考えて、外国のことには関与したがらない「孤立主義者」と非難されることが多かったが、最近は正反対の概念である「帝国主義者」と批判されることが増えている。これはある意味で正しい批判だが、トランプだけの話ではない。いつの時代も、アメリカの振る舞いには帝国主義的な要素があった。
トランプは2期目の外交政策として、3つの基本戦略を固めた可能性が高い。すなわち①アメリカを強化する。②ヨーロッパでは左寄りの政府を威嚇してアメリカに従わせる一方で、右派が政権の座に就くのを後押しし、ロシアを中国から引き離す。③孤立して劣勢に立たされた中国をたたく。それによって21世紀版パックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)を実現しようというのだ。
だが、トランプのアメリカに、それを実現する手段はあるのか。
長年にわたり世界は多極化しているといわれてきた。だが、実際にはアメリカ以外の勢力が「極」と呼べるほど強力になることはなかった。EUのGDPは中国と同レベルで、アメリカの3分の2程度だ。ロシアのGDPはブラジルよりも少ない世界11位。さらに、アメリカの労働者は世界でも指折りの生産性を誇り、中国の労働者の6.8倍にもなる。
こうしたことは全て、世界が再びアメリカ一極の時代を迎えつつあることを明確に示している。トランプが大胆にもグリーンランドやパナマ運河に食指を動かすのは、その表れかもしれない。そしてトランプには、その壮大な構想を実現するチャンスが巡ってきているのかもしれない。
もちろん、それが世界にとって良いことかどうかは、大いに議論の余地があるが。
<グリーンランドとパナマ運河の獲得を突然ぶち上げたトランプ2期目の外交の特徴はアメリカ一極主義と帝国主義>
アメリカの「国家安全保障」と「自由世界」のために、グリーンランドとパナマ運河を獲得するなら、軍事行動や経済的措置の選択肢も排除しない──。ホワイトハウスへの復帰を約2週間後に控えたドナルド・トランプ次期米大統領が、そう記者団に語ったのは1月7日のこと。たちまち世界中から非難の嵐が巻き起こったのは驚きではない。
もちろん、武力によって外国の領土を奪うことをほのめかすなど言語道断だが、このときトランプが指摘した懸念の多くは正当なものであり、むしろ歴代大統領が取り組んでこなかったことが不思議なほどだ。
地球温暖化により北極圏航路の現実味が増すにつれ、ロシアと中国の船舶(軍用船を含む)が北極圏を経由して、ヨーロッパとアジアを行き来するケースは増えている。
中国はさらに、グリーンランドに3つの空港を新設または整備することをもくろみ、2019年に米国防総省に阻止されていたことも明らかになった。それでもレアアース(希土類)を採掘するための、中国の積極的な投資は続いている。
パナマ運河「奪還」の意欲とともに2期目のトランプ政権は内向きではなく拡張主義に転換する可能性がある AP/AFLO
カーター政権の大きな間違い
グリーンランドはデンマークの自治領で、防衛はデンマーク軍の統合北極圏司令部に頼っている。その構成は兵士130人、犬ぞりチーム6つ、航空機1機、ヘリコプター2機、哨戒艇7隻という簡素なもの(フリゲート艦1隻が加わることもある)。日本の6倍の面積を持ち、赤道の長さにも匹敵する複雑な海岸線を持つ島と周辺海域を守るには、ばかばかしいほど不十分だ。
パナマ運河は、アメリカにとって直接的な重要性がはるかに高い。なにしろアメリカ発着の貨物船の40%が利用するほか、大西洋と太平洋の間で「配置換え」をする米海軍艇のほぼ100%が通過するのだ。
20世紀初めにアメリカの資本で建設されたパナマ運河は、長らくアメリカの管理下にあり、両岸にはいくつもの軍事施設が建設された。ところが1977年、良心的なジミー・カーター大統領が米議会の反対を押し切り、わずか1ドルの対価でパナマ政府に運河の主権を返還した。
だが今は、中国がアメリカに次ぐ運河の利用国となっている。それを反映して、パナマ政府は2017年、それまで承認していた台湾との外交関係を断絶して、中国との国交を樹立した。現在、香港の海運最大手ハチソン・ワンポアが、運河のカリブ海側玄関と太平洋側玄関に位置する港の独占的管理権を保有する。カーターの措置に反対した面々には、先見の明があったのだ。
そうはいっても、トランプが実際にグリーンランドとパナマ運河を獲得する可能性はどのくらいなのか。
「中国の脅威」が口実に?
人口5万6000人ほどのグリーンランドは民主的な自治政府があるとはいえ、その行政は年間5億100万ドル相当のデンマークの補助金が頼りだ。それでも独立の機運があるのは確かで(デンマークはそれを止めようとはしていない)、アメリカが何らかのインセンティブを与えれば、アメリカとの連合(あるいは併合)を問う住民投票が行われる可能性はないとはいえない。
パナマ運河については、カーター政権が当時のパナマ政府と結んだ新パナマ運河条約の第4条に、恒久的に中立の運航を保証することが定められている。トランプはこの条項に基づき、「中国の脅威に対して運河の中立を維持する必要がある」として、アメリカへの主権返還を要求するかもしれない。
アメリカはジョージ・H・W・ブッシュ大統領時代の1989年にパナマに侵攻し、麻薬密輸容疑で米当局に指名手配されていたパナマの指導者を逮捕した。たとえ今、トランプが同様のことしたとしても、日本や韓国、チリ、カナダなどの運河の主要利用国は、強く抗議するメリットをさほど見いださないだろう。
1期目のトランプはアメリカのことだけを考えて、外国のことには関与したがらない「孤立主義者」と非難されることが多かったが、最近は正反対の概念である「帝国主義者」と批判されることが増えている。これはある意味で正しい批判だが、トランプだけの話ではない。いつの時代も、アメリカの振る舞いには帝国主義的な要素があった。
トランプは2期目の外交政策として、3つの基本戦略を固めた可能性が高い。すなわち①アメリカを強化する。②ヨーロッパでは左寄りの政府を威嚇してアメリカに従わせる一方で、右派が政権の座に就くのを後押しし、ロシアを中国から引き離す。③孤立して劣勢に立たされた中国をたたく。それによって21世紀版パックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)を実現しようというのだ。
だが、トランプのアメリカに、それを実現する手段はあるのか。
長年にわたり世界は多極化しているといわれてきた。だが、実際にはアメリカ以外の勢力が「極」と呼べるほど強力になることはなかった。EUのGDPは中国と同レベルで、アメリカの3分の2程度だ。ロシアのGDPはブラジルよりも少ない世界11位。さらに、アメリカの労働者は世界でも指折りの生産性を誇り、中国の労働者の6.8倍にもなる。
こうしたことは全て、世界が再びアメリカ一極の時代を迎えつつあることを明確に示している。トランプが大胆にもグリーンランドやパナマ運河に食指を動かすのは、その表れかもしれない。そしてトランプには、その壮大な構想を実現するチャンスが巡ってきているのかもしれない。
もちろん、それが世界にとって良いことかどうかは、大いに議論の余地があるが。