加谷珪一
<経団連の十倉会長の後任に、日本生命の筒井会長が決定した。このニュースが象徴する、日本の産業構造に押し寄せる「時代の波」とは?>
経団連は、今年5月末で任期を終える十倉雅和会長の後任として、日本生命保険の筒井義信会長(写真)の起用を決定した。金融機関からの選出は初めてで、経済団体にもいよいよ時代の波が押し寄せてきたことをうかがわせる。
日本を代表する経済団体である経団連の会長には、非財閥の伝統的な製造業出身者が就くという慣例があった。非財閥というのは、戦後の連合国軍総司令部(GHQ)による財閥解体が影響しており、製造業出身者というのは、まさに戦後日本の経済成長が製造業によってもたらされてきたことに由来している。
経団連の歴代会長と言えば、東芝社長だった石坂泰三氏や同社会長だった土光敏夫氏、新日鉄会長だった稲山嘉寛氏らの名前が浮かぶ。経団連会長は「財界総理」とも呼ばれたが、稲山氏の時代までは、与党の政策にも極めて大きな影響力を行使しており、まさに「総理」の名をほしいままにしていたといってよいだろう。
特に土光氏は、鈴木善幸内閣や中曽根康弘内閣で実施された行政改革に辣腕を振るい、質素な暮らしぶりから「メザシの土光さん」と呼ばれ、国民からの認知度も高かった。一連の人事はあくまで慣例で、絶対的なルールではなかったが、近年までのこの慣例はかたくなに守られてきたといってよい。
初めて金融機関出身者が経団連会長に選ばれた意味
状況が変化したのは、2006年に会長に就任したキヤノンの御手洗冨士夫氏あたりからである。同社は製造業ではあるが精密機器メーカーであり重厚長大産業ではない。また御手洗氏は創業家出身であり、典型的な財界人とはタイプが異なっている。
御手洗氏の後任として選ばれたのは住友化学会長の米倉弘昌氏だが、ここで非財閥企業出身という慣例が明確に破られることになった。その後、しばらくは製造業出身者が続くのだが、今回、初めて金融機関出身者が会長に選ばれた。
今回の人事は現会長の十倉氏(住友化学会長)による指名であり、同氏は「人物本位で選んだ」としているものの、日本の産業構造の変化が背景にあるのは間違いない。
製造業に従事している労働者は約1000万人と全体の6分の1まで低下している。企業全体が稼ぎ出す利益も非製造業が製造業を大きく上回っており、日本の中核的な産業はサービス業と言ってよい状況だ。
それでも製造業の賃金は相対的に高く、円安の進展で輸出産業の業績が拡大し、賃金が伸びることで消費が増える期待もあった。だが、このところ激しさを増している円安は製造業の業績回復にはつながっておらず、むしろ金利上昇をもたらし、金融機関の業績拡大が予想される事態となっている。こうした時代に保険会社出身者が経団連トップに就任するのは、やはり時代の要請と考えてよいだろう。
既得権益を死守するだけでは経済界の地盤沈下は続く
もっとも近年の経団連はその政治力を著しく落としている。度重なる法人減税にもかかわらず、大手企業は内部留保ばかり積み上げており、大規模な設備投資や賃上げには消極的で、国民からの反発も高まっている。
新しいトップに求められるのは、インフレが進む新しい時代において、いかに企業の業績を向上させ、賃上げを実現していくのか道筋を示すことである。経済のグランドデザインを描けず、既得権益を死守するだけでは、経済界の地盤沈下は続くばかりとなるだろう。
<経団連の十倉会長の後任に、日本生命の筒井会長が決定した。このニュースが象徴する、日本の産業構造に押し寄せる「時代の波」とは?>
経団連は、今年5月末で任期を終える十倉雅和会長の後任として、日本生命保険の筒井義信会長(写真)の起用を決定した。金融機関からの選出は初めてで、経済団体にもいよいよ時代の波が押し寄せてきたことをうかがわせる。
日本を代表する経済団体である経団連の会長には、非財閥の伝統的な製造業出身者が就くという慣例があった。非財閥というのは、戦後の連合国軍総司令部(GHQ)による財閥解体が影響しており、製造業出身者というのは、まさに戦後日本の経済成長が製造業によってもたらされてきたことに由来している。
経団連の歴代会長と言えば、東芝社長だった石坂泰三氏や同社会長だった土光敏夫氏、新日鉄会長だった稲山嘉寛氏らの名前が浮かぶ。経団連会長は「財界総理」とも呼ばれたが、稲山氏の時代までは、与党の政策にも極めて大きな影響力を行使しており、まさに「総理」の名をほしいままにしていたといってよいだろう。
特に土光氏は、鈴木善幸内閣や中曽根康弘内閣で実施された行政改革に辣腕を振るい、質素な暮らしぶりから「メザシの土光さん」と呼ばれ、国民からの認知度も高かった。一連の人事はあくまで慣例で、絶対的なルールではなかったが、近年までのこの慣例はかたくなに守られてきたといってよい。
初めて金融機関出身者が経団連会長に選ばれた意味
状況が変化したのは、2006年に会長に就任したキヤノンの御手洗冨士夫氏あたりからである。同社は製造業ではあるが精密機器メーカーであり重厚長大産業ではない。また御手洗氏は創業家出身であり、典型的な財界人とはタイプが異なっている。
御手洗氏の後任として選ばれたのは住友化学会長の米倉弘昌氏だが、ここで非財閥企業出身という慣例が明確に破られることになった。その後、しばらくは製造業出身者が続くのだが、今回、初めて金融機関出身者が会長に選ばれた。
今回の人事は現会長の十倉氏(住友化学会長)による指名であり、同氏は「人物本位で選んだ」としているものの、日本の産業構造の変化が背景にあるのは間違いない。
製造業に従事している労働者は約1000万人と全体の6分の1まで低下している。企業全体が稼ぎ出す利益も非製造業が製造業を大きく上回っており、日本の中核的な産業はサービス業と言ってよい状況だ。
それでも製造業の賃金は相対的に高く、円安の進展で輸出産業の業績が拡大し、賃金が伸びることで消費が増える期待もあった。だが、このところ激しさを増している円安は製造業の業績回復にはつながっておらず、むしろ金利上昇をもたらし、金融機関の業績拡大が予想される事態となっている。こうした時代に保険会社出身者が経団連トップに就任するのは、やはり時代の要請と考えてよいだろう。
既得権益を死守するだけでは経済界の地盤沈下は続く
もっとも近年の経団連はその政治力を著しく落としている。度重なる法人減税にもかかわらず、大手企業は内部留保ばかり積み上げており、大規模な設備投資や賃上げには消極的で、国民からの反発も高まっている。
新しいトップに求められるのは、インフレが進む新しい時代において、いかに企業の業績を向上させ、賃上げを実現していくのか道筋を示すことである。経済のグランドデザインを描けず、既得権益を死守するだけでは、経済界の地盤沈下は続くばかりとなるだろう。