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次期トランプ政権は不法移民の強制送還で自分の首を絞める

ニューズウィーク日本版 2025年1月16日 13時24分

クリスティーナ・ルー(フォーリン・ポリシー誌記者)
<トランプが軍を出動させてまで実施すると誓った「外国人労働者2000万人排除」計画は自滅の道?>

「アメリカ史上最大の強制送還を実施する」──ドナルド・トランプ次期米大統領はそう誓っている。不法移民を一掃するためにはカネに糸目をつけないというのだ。しかし移民排除の経済的代償を考えると、作戦実施は自滅の道につながりかねない。

大統領選でトランプは移民問題の早期解決を掲げて有権者の圧倒的な支持を得た。1500万〜2000万人をアメリカから追い出すとまで豪語したこともあるが、J・D・バンス次期副大統領は「手始めに最も暴力的な犯罪者である100万人」を送還すると述べている。

だが新政権発足後に、こうした計画を実施するとなると、ロジスティクス面に加え、法的、政治的、財政的な障壁に直面することになる。実際にどれだけのことを、どれほど迅速に行えるかは疑問だ。しかし仮にトランプが公約に近い規模の送還を成し遂げたら、米経済は大打撃を受けるとエコノミストらは警告する。

「人道的、法的な問題はさておき、(大量送還は)経済に破壊的な影響を及ぼすだろう」と、米シンクタンク・ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長は言う。「有権者がそれを十分に理解しているとは思えない」

アメリカにいる不法移民は推定1100万人前後。アメリカの労働力人口の5%近くを占め、特に農業、建設、レジャー・接客部門で大きな割合を占めている。2017年時点で、不法移民の約66%が10年以上アメリカで生活し、不法移民の親の下でアメリカで生まれた未成年者(市民権を持つ)は約440万人に上ると報告されていた。

不法移民は働き手であり消費者でもある。そんな人たちをごっそり追い出せば、米経済に直接的・間接的影響が及ぶのは目に見えていると、取材に対してエコノミストらは口をそろえる。

「何百万もの人たちを大量送還すれば、アメリカ人労働者の雇用機会は増えるどころか減り、アメリカの経済成長は鈍り、物価は急上昇し、財政赤字が増えるため納税者の負担は増すだろう」と、ジョージ・メイスン大学のマイケル・クレメンス教授(専門は国際移住)は言う。

トランプは大量送還を実施するためには、非常事態宣言を発令し軍を投入することも辞さないと明言している。1期目のトランプ政権で移民政策を取り仕切り、次期政権では政策担当大統領次席補佐官を務めるとみられるスティーブン・ミラーはアメリカ中の職場の強制捜査を監督し、送還対象者を収監する「巨大な収容施設」を(おそらくはテキサス州に)建設すると述べている。

1期目のトランプ政権では移民関税執行局(ICE)の局長代理を務め、2期目には国境管理を仕切ることになるトム・ホーマンはFOXニュースの番組で「ICEの手枷(てかせ)を外し」、手段を選ばず不法移民の流入を阻止できるようにすると語った。

だが大量送還には巨額の資金がかかる。バンスは年間100万人の送還を示唆しているが、それだけの数の不法移民を逮捕、拘束し、法的手続きを取って本国に送還するには、毎年およそ880億ドルの予算が必要になると、移民支援団体・米国移民評議会は見積もっている。

経済的コストはそれだけではない。不法移民は米経済を支える重要な働き手で、特に農業部門では過去30年間を通じて農場労働者の40%を占めてきた。彼らはアメリカ人がやりたがらないような仕事を(しかも多くの場合は低賃金で)担っているのだ。

不法移民は消費者としても経済に大きく貢献し、連邦政府の社会保障制度の恩恵をほとんど受けられないのに、納税義務も果たしている。

「彼らの経済的貢献、生産性、税金を失うという間接的なコスト」を考慮すべきだと、シンクタンク・移民政策研究所の米移民政策担当ジュリア・ジェラットは指摘する。

2022年には不法移民は連邦、州・地方自治体に総額およそ967億ドルの税金を納め、その半分以上は連邦政府の税収となったと、シンクタンクの税制・経済政策研究所は報告している。

ただし、不法移民の納税は「連邦政府には大いにプラス」になるが、州や地方自治体レベルでは事情は異なると、ブルッキングス研究所のエコノミスト、ウェンディ・エデルバーグは言う。州・地方自治体の税収はあまり増えないのに、教育や救急医療など必要な支援の提供を迫られるからだ。

こうした事情も受け、バンスらは不法移民を排除すれば住宅価格の高騰も収まり、雇用機会も増えて、アメリカ人にとっては良いことだらけだと主張する。低賃金で働く不法移民はいわば「賃金ダンピング」をしているが、彼らがいなくなれば企業はより高い賃金でアメリカ人を雇わざるを得なくなる、というのだ。

「アメリカ人はそういう仕事をやりたがらないと言うが、不当に低い賃金が嫌なだけで、まともな賃金なら喜んで働く」と、バンスは昨年10月にニューヨーク・タイムズに語った。

だが過去の事例を見ると、アメリカ人の労働環境は改善されるどころかむしろ悪化しかねない。コロラド大学デンバー校のアンドレア・ベラスケス准教授(経済学)らは、40万人以上の不法移民を強制送還したオバマ政権の政策の効果を検証し、大量送還が労働市場に与えた影響を調べた。

結果、50万人近い不法移民が強制送還かそれに関連した事情でいなくなると、アメリカ生まれの労働者4万4000人が失業していたことが分かった。なぜか。不法移民の大量送還で労働力が不足し、「人件費が上がって、製造コストが上昇した」ため企業の経営が圧迫され、波及効果でアメリカ人労働者が職を失ったと、ベラスケスは説明する。影響を受けるのはアメリカ人労働者だけでなく、米経済全体にしわ寄せが及ぶと考えられる。

ピーターソン研究所の分析によれば、トランプ政権が130万人の不法移民を強制送還すれば、2028年までにGDPの伸び率は1.2%低下し、より大規模な計画実施で830万人が送還されれば、実に7.4%も低下するという。

いずれの場合も、大量送還で物価はさらに上昇し、特に農業部門が大打撃を受けると予測されている。

米経済を支える柱を1本引き抜けば、揺れがどこまで広がるかは想像に難くない。

From Foreign Policy Magazine



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