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「2国家解決」で歴史に名を残したい、2人の思惑が合致するとき...サウジの「外交Xデー」はあるのか?

ニューズウィーク日本版 2025年1月16日 15時52分

トム・オコナー(外交問題担当副編集長)
<第2次トランプ政権の発足を受けて、ついにイスラエルとの国交正常化に踏み切る日>

ドナルド・トランプ次期米大統領のホワイトハウス復帰が迫るなか、サウジアラビアはその地政学的な地位の向上と、過去4年の中東情勢の大きな変化を反映した合意を締結する機会を模索している。

昨年の米大統領選でのトランプの勝利は、ジョー・バイデン大統領率いる米政府とサウジ政府が包括的な協力合意の締結に向けて交渉している最中のこと。アメリカがサウジに安全保障を提供するとともに、核開発など幅広い分野での協力を密にすることなどを内容とするものだ。

さらにバイデン政権は、2020年のアブラハム合意で一部アラブ諸国とイスラエルが国交を正常化したように、サウジとイスラエルの国交正常化も促した(実現しなかった)。

トランプがこれを実現すれば歴史的な実績になることは間違いない。だがそのためには、まずパレスチナに国家の地位を与えるようイスラエルを説得する必要がありそうだ。

「サウジが見返りもなくアブラハム合意に参加することはないと、トランプ政権は理解する必要がある」と、サウジ政治の専門家であるサルマン・アル・アンサリは言う。

「サウジがイスラエルとの外交関係を正式に結ぶためには、イスラエルがパレスチナ国家の樹立を認めることが絶対条件になる」

1948年のイスラエル建国以来、周辺のアラブ諸国を巻き込んで続いてきたイスラエルとパレスチナの対立について、アメリカは長年、パレスチナにも国家の地位を与える共存策を中東和平の中核に据えてきた。だが今、この「2国家解決」策は瀕死の状態にある。

サウジは対外関係を多様化させている。アメリカが仲介したアブラハム合意の署名式(20年9月) AP/AFLO

楽観論と悲観論のはざまで

パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが、23年10月7日にイスラエルに奇襲を仕掛けたことに起因する戦争は、従来のアメリカの中東政策を根底から揺さぶっている。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、ガザで執拗なまでにハマス掃討作戦を続けている。しかし連立政権の一角を担う極右勢力は、ガザと並ぶパレスチナ自治区であるヨルダン川西岸の併合も要求している。

つまりネタニヤフはパレスチナに国家の地位を与えるどころか、パレスチナ自治区をなきものにする圧力にさらされている。

これについてサウジは02年、ヨルダン川西岸にパレスチナ国家が樹立されることを条件に、アラブ諸国がイスラエルとの関係を正常化する「アラブ和平イニシアチブ」を提唱。今もこれを中東和平の基本方針としている(イスラエルは同イニシアチブを拒絶している)。

第2次トランプ政権がこの問題にどう対処するかは、まだ分からない。ただしアンサリによると、サウジでは「楽観論と悲観論の両方が聞かれる」という。

「楽観論の根拠は、トランプが第1次政権でサウジと経済協力拡大など良好な関係を維持したことだ。一方で悲観論は、トランプが駐イスラエル大使にマイク・ハッカビー元アーカンソー州知事を指名するなど、極めてイスラエル寄りの人事を次々と発表していることによる」

トランプは第1次政権でサウジとその王室、とりわけ体調不良の国王に代わり、事実上政治を取り仕切るムハンマド・ビン・サルマン皇太子と緊密な関係を築いた。米議会の反対を押し切り、サウジへの武器売却も拡大した。

23年には中国がサウジとイランの国交回復を仲介 IRAN'S PRESIDENT WEBSITEーWANAーHANDOUTーREUTERS

これに対してバイデンは、当初からサウジに対して冷淡だった。20年大統領選の遊説では反体制派サウジ人ジャーナリストの殺害事件を受けて、サウジを世界の「のけ者」にすると発言。大統領就任後はサウジへの武器売却を一時凍結した。

サウジも、22年のロシアのウクライナ侵攻に伴い世界的なエネルギー価格上昇が起きたとき、バイデンが原油増産を直々に要請したにもかかわらず拒絶するなど、アメリカとの関係が目立って悪化した時期があった。

トランプ1期目とは違う状況

だが、サウジは民主党政権とも共和党政権ともうまく協力してきたと、アンサリは言う。とりわけバイデン政権のマイケル・ラトニー駐サウジ大使は、「相互尊重の精神で、両国の協力関係を拡大するべく積極的かつ賢明に努力した」と評価する。

トランプにしても、サウジとの関係がいつも良好だったわけではない。特に20年1月にネタニヤフと共に、「世紀の合意」という触れ込みで中東和平案を発表したときは、サウジを激怒させた。この和平案はサウジだけでなく、ハマスやパレスチナ自治政府にも拒絶されている。

アメリカ大使館の所在地をテルアビブからエルサレムに移したときや、イスラエルによるゴラン高原の併合を認めたときもそうだった。

20年のアブラハム合意にはアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、モロッコ、スーダンが加わり、イスラエル・アラブ関係の大きな転機となったが、パレスチナ側は反発。サウジは現在まで、02年のアラブ和平イニシアチブで示した提案を取り下げる意思を見せていない。

今日の地政学的現実を考えれば、それを受け継ぐ新たな中東和平案をまとめるのは容易ではない。サウジの外交問題専門家で英キングストン大学政治学協会のメンバーでもあるアザム・アル・シュダディは本誌にこう語る。

「今の中東情勢はイスラエルが火を付けた緊張激化など、トランプの1期目から激変している」

イスラエルとハマスの戦争は、親イランの武装組織のネットワーク「抵抗の枢軸」だけでなく、イラン自身にまで飛び火した。

かつてトランプはイランに対抗するアラブの友好国との連携を模索したが、サウジは23年3月、中国の仲介でイランとの国交回復に合意。両国関係を安定させることを選んだ。この合意は中東の混乱にもかかわらず、現在も維持されている。

アラビア半島の情勢もおおむね落ち着いているが、「抵抗の枢軸」の一角を占めるフーシ派が力を持つイエメンは例外だ。フーシ派はイスラエルを標的とするミサイルやドローン(無人機)を発射し続け、近海の商船にも攻撃を仕掛けている。

中国が仲介した合意が維持されている事実は、中東での影響力回復を目指すアメリカにとって由々しき事態だ。「サウジとイランの合意は和平調停者としての中国の試金石だ」と、シュダディは言う。

「この合意は今のところうまくいっている」

シュダディは、今は亡きヘンリー・キッシンジャー元米国務長官の言葉を引き合いに出した。

キッシンジャーは23年3月にワシントン・ポスト紙のインタビューで、イランとサウジの合意を「中東の戦略的状況における質的変化」と呼び、サウジのバランス感覚を、冷戦時代に中国とソ連の緊張を利用しようとしたアメリカになぞらえた。

サウジは長年、アメリカと緊密に連携してきたが、今では独自の影響力を行使できる立場にある。

イスラム教の2大聖地メッカとメディナの守護者としてのアラブ世界とイスラム世界での特別な影響力。アラブ連盟、湾岸協力会議(GCC)、イスラム協力機構(OIC)でも主導的地位にある。20カ国・地域(G20)で最も急成長している国の1つで、中国とロシアが主導するBRICSへの加盟も目前に迫っている。

「他国の利益を損なわずに関係を多様化することで、サウジは国際的課題を克服し得る、信頼できるパートナーになった」とシュダディは言う。

「アメリカの新政権がこの変化に合わせ、地域と世界の安定に資する形でサウジとの戦略的パートナーシップの利益を確保する政策を採用できるかどうか。それが真の課題だ」

一方、イランはBRICSに加盟済みで、やはり中国とロシアが主導する上海協力機構(SCO)の正式メンバーでもある。

それでもシーア派の革命政権であるイラン・イスラム共和国と愛国主義的なスンニ派のサウジアラビア王国との間には根深い確執があり、両者は今も中東での影響力を競い合っている。

サウジ側にはイランの核開発計画加速に対する懸念もある(当のイランは大量破壊兵器の獲得を目指さないと断言している)。

イランのウラン濃縮や遠心分離機製造などを規制する包括的共同作業計画(イラン核合意)は、第1次トランプ政権が18年5月に離脱を表明し、崩壊の危機にある。

サウジも当初は合意に懐疑的だったが、最近の両国関係の変化を受けて、こうした合意の利点を認識するようになった。

トランプがイラン核合意への姿勢を変える可能性はあると、シュダディは言う。

「中東ではサウジとイランの関係が落ち着きつつある。イランは経済的圧力とイスラエルの攻撃を受けて、かつてない柔軟性を見せ、新たな核合意に関する対話が可能になっている。サウジは今後の交渉で重要な役割を果たすだろう」

イデオロギー的な共通点も

サウジの地政学アナリストでコンサルタントグループ「サウジ・エリート」の代表を務めるモハメド・アルハメドは、「最近のサウジとイランの外交的雪解けは、わが国の外交政策が大きく転換したことを意味する」と本誌に語った。

「イランとの開かれた対話ルートを維持することは、わが国が地域の緊張を管理し、自国の利益にならない紛争に巻き込まれることを避けるのに役立つ。ただし、警戒を怠ってはならない」

「イスラエルとイランとの強硬姿勢は中東情勢を不安定にし、サウジの安全保障を脅かしかねない。サウジは国益を優先して、緊張拡大を抑制し対立ではなく対話を促す均衡の取れたアプローチを提唱すべきだ」

トランプは大統領選で7つの激戦州を全て制してカマラ・ハリス副大統領に圧勝したが、経済・外交の多様化を進める産油国サウジはそれ以上に手ごわい相手かもしれない。

「サウジにはさまざまな選択肢があり、アメリカの優先課題に関係なく国益を追求するだろうと認識することが重要だ。核心的利益が一致しなければアメリカは他の国や社会に急進的な政策を押し付けられないことをサウジは承知している」

それでもイデオロギー的には共通点が多い。トランプの孤立主義的な外交戦略「アメリカ・ファースト」は、サウジの次期国王の改革・愛国主義路線と非常に多くの点で呼応する。

「中東はトランプ政権をおおむね歓迎している。彼が国内の発展を重視する結果、国外の紛争への関与は減る。サウジにとっては外圧なしで国益を追求しつつ、アメリカとの関係を強化するチャンスだ。サウジは総じて安定と治安と相互尊重を優先する関係の構築を目指している」

トランプもムハンマドもしばしば中東和平の仲介役を自任するが、皇太子は脱石油依存などを目指す経済改革案「ビジョン2030」を推進する一方、パレスチナ国家樹立の立役者として歴史に名を残したいという思惑もある。

「安全保障条約には必ずしもイスラエルとサウジの関係正常化が含まれるわけではない。合意実現の取り組みは慎重さを要する。サウジは常にパレスチナの権利を強固に支持してきた。この根本問題をおろそかにすれば猛反発を招きかねない。サウジはイスラム世界の盟主なのだから」

アルハメドもアンサリもシュダディもこの立場は揺るがないとみていた。サウジの退役軍人で駐米武官を務めたアブドゥーラ・ビン・ファラ・アル・シャヤも、アメリカとサウジは第2次大戦以降、たいてい妥協点を見いだしてきたと語った。

「両国関係のこうした歴史を思えば、トランプと彼の(政権の閣僚や政治顧問など)政治チームはこの(中東和平への)道のりが協力して共通の利益を実現することに満ちていると理解しなければならない」

さらにトランプ政権は「サウジとの誠意ある協力が重要であることを認識すべきだ。サウジはアラブ世界とイスラム世界、国際社会で主導的地位にある。中東での衝突・紛争、特にパレスチナとイスラエルの衝突において、政治や安全保障を含む全ての分野で戦略的パートナーとして接するには、それが必要だ」という。

「トランプと彼の政治チームは、この問題におけるサウジの立場は公正かつ率直で議論の余地がないと理解しなければならない。(サウジは)この件について自国の歴史的かつ公正な立場の安定にこだわり、イスラエルがアラブ和平イニシアチブを受け入れ、血なまぐさい衝突を終わらせるべきだと国際会議の場で繰り返し主張してきた」

だがネタニヤフは「イニシアチブの受け入れを拒んでおり、サウジはトランプがこの問題で歴史に残るような立場を取ることを願っている」。

そのためにはトランプは「交流を活発化して無益な先送り外交をやめ、政治チームをサウジを含め全ての当事者と本格的に協力させ、この悲痛な紛争の効果的かつ公正な解決・終結に直接寄与する」べきだと、シャヤは語った。

あくまで「歴史的かつ公正」に

アブラハム合意以前、イスラエルと外交関係を樹立したアラブの国はエジプト(1979年)とヨルダン(94年)のみ。モーリタニアも99年にイスラエルと国交を樹立したが、09年にイスラエルと、ハマスが実効支配するガザとの紛争が勃発したのを受けて条約を破棄した。

アメリカは今もイスラエル擁護の立場を崩していないが、今回の戦争は「2国家解決」に向けて国際社会の新たな動きを加速させている。

第2次トランプ政権は国際的影響力を増す非常に重要なパートナー(サウジ)との関係強化を望むだろうが、最も緊密な同盟国の1つ(イスラエル)を取り巻く状況は依然として不安定だ。

サウジは「国益にかない国益を最大化する限り、平和的解決を急いでいる。ただし、パレスチナの大義を犠牲にするわけにはいかない」と、シャヤは指摘する。

「トランプはアラブ和平イニシアチブの受け入れと支持をめぐる最終的立場を表明し、イスラエル指導部に受け入れるよう圧力をかけて、中東の戦火を消し去るべきだ」


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