ライアン・スミス(本誌エンターテインメント担当)
<トランスジェンダーをめぐる議論で何度も炎上したものの、米メディア大手ワーナーが問題視せず、ハリポタ新ドラマ制作にも参加する理由>
まさに魔法のような復活劇だ。イギリスの作家で「ハリー・ポッター」シリーズの生みの親であるJ・K・ローリング(J.K. Rowling)は近年、心と体の性が一致しないトランスジェンダーの人々に対する見解をめぐって激しい批判を浴び、一部の関係者から距離を置かれてきた。
だが、ついにこの「文化戦争」で勝利を収めたらしい。
問題視されていたのは、ローリングがトランス女性の性自認に疑問を抱く女性たちを支持し、トランス女性について語る際に男性代名詞をかたくなに使い続けていたことだ。
X(旧ツイッター)で持論を展開するローリングに、セレブたちは非難の声を上げ、SNSのユーザーたちは嫌悪感をあらわにした。トランスジェンダーの権利擁護を訴える活動家たちからは「TERF」とのレッテルを貼られた。
TERFとは「トランス排除的ラディカルフェミニスト(trans-exclusionary radical feminist)」の略で、トランスジェンダーを認めない人に対して否定的なニュアンスで使われることが多い(一方で、ローリングの意見を支持する人が少なからずいたのも確かだ)。
風向きが変わってきたのは最近のこと。
米メディア大手ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)と傘下のケーブルテレビ局HBOは昨年11月、「ハリー・ポッター」シリーズをドラマ化するプロジェクトにローリングが関わっていることを明らかにするとともに、ローリングのトランスジェンダー関連発言をめぐる議論には口を挟まないとの立場を示したのだ。
ローリングには社会状況の変化も味方? MIKE MARSLANDーWIREIMAGE/GETTY IMAGES
HBOの広報は、ドラマに対するローリングの貢献は「計り知れず」、「彼女の関与は作品に利益しかもたらさないはずだ」と発言。トランスジェンダー問題についても「J・K・ローリングには個人的な意見を表明する権利がある」と述べた。
これまでファンの反発を恐れてローリングに関する発言を避けてきたWBDにしては、ずいぶんはっきりとしたお墨付きを与えたものだ。実はトランスジェンダーの人々の権利に関する文化的議論は最近、新たな局面を迎えている。
ローリングが、ジェンダークリティカル(性自認よりも生物学的な性を重視する考え方)な発言をしたために職を失った女性研究者を支持する姿勢を見せたのは2019年のことだ。ツイッターにローリングはこう書いた。
「着たいものを着ればいいし、好きな呼び方で自分を呼べばいい。でも(生まれ持った体の)性別は厳然たる事実だと言ったせいで、女性を職場から追い出すなんて」
20年にローリングは自らのウェブサイトで、トランスジェンダーの権利擁護活動への懸念や、トイレなど男女別のスペースの安全性、そして女性と女の子の権利についての文章を公開。
これに対し、性的少数者の権利を擁護する団体やファン、個人から「ローリングはトランス嫌悪だ」と批判の声が上がった。
映画キャストからも批判
映画「ハリー・ポッター」シリーズの主要キャストであるダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン、ルパート・グリント、それに「ファンタスティック・ビースト」シリーズの主演俳優エディ・レッドメインもローリングの発言を公の場で非難した。
ラドクリフは20年、性的少数者の若者の自殺防止活動を行っている団体に寄せた文章で「トランス女性は女性だ。それとは反対の(彼女らは女性でないとする)いかなる言葉も、トランスジェンダーの人々のアイデンティティーと尊厳を大きく傷つけるものだ」と述べている。
22年、ローリングは主要キャストが参加する映画版ハリー・ポッター20周年記念番組への出演オファーを断った。
そして今、WBDは業績不振に陥っており、ドラマ版ハリー・ポッターに起死回生の魔法を期待している。
WBDは24年の4~6月期に100億ドル近い赤字を出したほか、負債額も400億ドル近くに上る。そこで同社では既存の人気シリーズを活用して収益性を最大限に上げ、ファンを引き付けようという戦略を立てている。26年に放送開始予定のドラマ版ハリー・ポッターは、その目玉なのだ。
つまりWBDがローリング擁護に転じたのは、原作者の制作参加がドラマにもたらすプラスの効果のほうが、世間の反発のリスクを上回ったということにほかならない。
トランプ的狭量さの時代
トランスジェンダーの人々の権利をめぐる社会的・文化的状況の変化も見逃せない。昨年の米大統領選挙では「女性のスポーツから男性(トランス女性)を締め出す」ことを公約に掲げたドナルド・トランプが勝利した。
もちろんアメリカでもトランスジェンダー差別はなくすべきだと多くの人が考えている。ピュー・リサーチセンターによる22年5月の調査では、「仕事や住宅、公共の場所」における差別からトランスジェンダーの人々を守るべきだと答えた人が半数を超えた。
一方、ユーガブが昨年1月に行った世論調査では、トランスジェンダーのスポーツ選手が性自認に合ったチームで試合に出ることに反対するアメリカ人が59%に達した。トランスジェンダーの人が性自認に合ったトイレを使うことにも半数が反対した。
「トランプが再選されたことからも、風向きの変化に驚きはない。こうした考えが一般的になるのでは」と、PR会社レッド・バンヤンのエバン・ニアマンCEOは言う。
企業のお墨付きは得られたローリングだが、PR会社ライティング・ディテクティブの創業者兼CEOのリンジー・チャステインに言わせれば、彼女のイメージは必ずしも改善してはいない。
「SNSの本好きのコミュニティーを訪ねてみれば、今も彼女が問題のある作家として扱われ、冷たい目で見られていることが分かるはずだ」
<トランスジェンダーをめぐる議論で何度も炎上したものの、米メディア大手ワーナーが問題視せず、ハリポタ新ドラマ制作にも参加する理由>
まさに魔法のような復活劇だ。イギリスの作家で「ハリー・ポッター」シリーズの生みの親であるJ・K・ローリング(J.K. Rowling)は近年、心と体の性が一致しないトランスジェンダーの人々に対する見解をめぐって激しい批判を浴び、一部の関係者から距離を置かれてきた。
だが、ついにこの「文化戦争」で勝利を収めたらしい。
問題視されていたのは、ローリングがトランス女性の性自認に疑問を抱く女性たちを支持し、トランス女性について語る際に男性代名詞をかたくなに使い続けていたことだ。
X(旧ツイッター)で持論を展開するローリングに、セレブたちは非難の声を上げ、SNSのユーザーたちは嫌悪感をあらわにした。トランスジェンダーの権利擁護を訴える活動家たちからは「TERF」とのレッテルを貼られた。
TERFとは「トランス排除的ラディカルフェミニスト(trans-exclusionary radical feminist)」の略で、トランスジェンダーを認めない人に対して否定的なニュアンスで使われることが多い(一方で、ローリングの意見を支持する人が少なからずいたのも確かだ)。
風向きが変わってきたのは最近のこと。
米メディア大手ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)と傘下のケーブルテレビ局HBOは昨年11月、「ハリー・ポッター」シリーズをドラマ化するプロジェクトにローリングが関わっていることを明らかにするとともに、ローリングのトランスジェンダー関連発言をめぐる議論には口を挟まないとの立場を示したのだ。
ローリングには社会状況の変化も味方? MIKE MARSLANDーWIREIMAGE/GETTY IMAGES
HBOの広報は、ドラマに対するローリングの貢献は「計り知れず」、「彼女の関与は作品に利益しかもたらさないはずだ」と発言。トランスジェンダー問題についても「J・K・ローリングには個人的な意見を表明する権利がある」と述べた。
これまでファンの反発を恐れてローリングに関する発言を避けてきたWBDにしては、ずいぶんはっきりとしたお墨付きを与えたものだ。実はトランスジェンダーの人々の権利に関する文化的議論は最近、新たな局面を迎えている。
ローリングが、ジェンダークリティカル(性自認よりも生物学的な性を重視する考え方)な発言をしたために職を失った女性研究者を支持する姿勢を見せたのは2019年のことだ。ツイッターにローリングはこう書いた。
「着たいものを着ればいいし、好きな呼び方で自分を呼べばいい。でも(生まれ持った体の)性別は厳然たる事実だと言ったせいで、女性を職場から追い出すなんて」
20年にローリングは自らのウェブサイトで、トランスジェンダーの権利擁護活動への懸念や、トイレなど男女別のスペースの安全性、そして女性と女の子の権利についての文章を公開。
これに対し、性的少数者の権利を擁護する団体やファン、個人から「ローリングはトランス嫌悪だ」と批判の声が上がった。
映画キャストからも批判
映画「ハリー・ポッター」シリーズの主要キャストであるダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン、ルパート・グリント、それに「ファンタスティック・ビースト」シリーズの主演俳優エディ・レッドメインもローリングの発言を公の場で非難した。
ラドクリフは20年、性的少数者の若者の自殺防止活動を行っている団体に寄せた文章で「トランス女性は女性だ。それとは反対の(彼女らは女性でないとする)いかなる言葉も、トランスジェンダーの人々のアイデンティティーと尊厳を大きく傷つけるものだ」と述べている。
22年、ローリングは主要キャストが参加する映画版ハリー・ポッター20周年記念番組への出演オファーを断った。
そして今、WBDは業績不振に陥っており、ドラマ版ハリー・ポッターに起死回生の魔法を期待している。
WBDは24年の4~6月期に100億ドル近い赤字を出したほか、負債額も400億ドル近くに上る。そこで同社では既存の人気シリーズを活用して収益性を最大限に上げ、ファンを引き付けようという戦略を立てている。26年に放送開始予定のドラマ版ハリー・ポッターは、その目玉なのだ。
つまりWBDがローリング擁護に転じたのは、原作者の制作参加がドラマにもたらすプラスの効果のほうが、世間の反発のリスクを上回ったということにほかならない。
トランプ的狭量さの時代
トランスジェンダーの人々の権利をめぐる社会的・文化的状況の変化も見逃せない。昨年の米大統領選挙では「女性のスポーツから男性(トランス女性)を締め出す」ことを公約に掲げたドナルド・トランプが勝利した。
もちろんアメリカでもトランスジェンダー差別はなくすべきだと多くの人が考えている。ピュー・リサーチセンターによる22年5月の調査では、「仕事や住宅、公共の場所」における差別からトランスジェンダーの人々を守るべきだと答えた人が半数を超えた。
一方、ユーガブが昨年1月に行った世論調査では、トランスジェンダーのスポーツ選手が性自認に合ったチームで試合に出ることに反対するアメリカ人が59%に達した。トランスジェンダーの人が性自認に合ったトイレを使うことにも半数が反対した。
「トランプが再選されたことからも、風向きの変化に驚きはない。こうした考えが一般的になるのでは」と、PR会社レッド・バンヤンのエバン・ニアマンCEOは言う。
企業のお墨付きは得られたローリングだが、PR会社ライティング・ディテクティブの創業者兼CEOのリンジー・チャステインに言わせれば、彼女のイメージは必ずしも改善してはいない。
「SNSの本好きのコミュニティーを訪ねてみれば、今も彼女が問題のある作家として扱われ、冷たい目で見られていることが分かるはずだ」