グレン・カール(本誌コラムニスト、元CIA工作員)
<間もなく米大統領に就任するドナルド・トランプは「自分に服従しない者には容赦しない」。条約はただの紙切れに。大ロシア圏や中国帝国が台頭する「力こそ正義」の国際秩序が待っている?>
2016年の11月、ドナルド・トランプが初めて大統領選に勝利したあの日、私は仕事でウガンダの首都カンパラにいた。翌朝、ウガンダ軍情報部に所属する仲間がやって来て皮肉ながらも善意に満ちた言葉をかけてくれた。お望みならいつでも「政治亡命」を受け入れるぜ、と。
2カ月前にトランプが再び大統領に選ばれたときはベトナムの首都ハノイのホテル・メトロポールにいた。第1次インドシナ戦争中の1953年に作家グレアム・グリーン(Graham Greene)が投宿していて、現地の解放勢力が手榴弾を投げ込んでくるなかでフランスの高級ワインをすすり、時にアヘンに救いを求めていた場所。彼がアメリカ人の悲惨な自己欺瞞に気付き、あの名作『おとなしいアメリカ人(The Quiet American)』の構想を練っていた場所だ。
トランプならきっと「アメリカを再び偉大に」してくれる。2カ月前に投宿していたアメリカ人の中には、喜々としてそう言う人もいた。でも私の目には70年前のグレアム・グリーンの亡霊が見えた。
トランプ2期目のアメリカ(と、この世界)はどうなっていくのか。以下、ポイントごとに予測してみよう。
■条約も協定もただの紙切れ
世界中の国々はアメリカの指導者の弱腰に付け込んで利益を得、あらゆる国際機関はアメリカの自由と権力、富に縛りをかけている。トランプはそう信じて疑わない。
ロシアのプーチン大統領と語り合うトランプ(18年) KEVIN LAMARQUEーREUTERS
1945年以降の米外交の軸となってきた同盟関係や国連以下の国際機関、TPP(環太平洋経済連携協定)や気候変動対策のパリ協定も、トランプの目にはただ弱小国(つまりアメリカ以外の国)がアメリカを食い物にする手段と映る。
だから、ホワイトハウスに舞い戻れば再びパリ協定から離脱することだろう。脱退まではしなくても、WHO(世界保健機関)や国連の権限や影響力を弱めようとするだろう。
【関連記事】そもそも「パリ協定」って何?...知っておきたい、世界共通の「2度目標」と「1.5度目標」
NAFTA(北米自由貿易協定)に代わるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)は2026年に再交渉の時期を迎えるが、トランプはこれを見直すか弱体化させると公言している。そもそもUSMCAは1期目のトランプ政権が、力ずくで押し付けた協定なのだが。
第2次大戦後のヨーロッパに安定をもたらした要の存在として「史上最高に強力で成功した同盟」と評されるNATO(北大西洋条約機構)も無事ではいられない。加盟諸国を関税が襲うし、国防支出を増やさなければアメリカはおまえたちを守ってやらないという脅迫が来る。
1期目にも言っていたことだが、トランプはNATO加盟国に対する集団防衛の義務を果たす義理はないと思っている。NATOの一員でも国防予算をGDPの5%まで増やさないような国に対しては「ロシアの好きなように」させてやるとも述べた。
こうなるとトランプのロシアとの関係は反逆罪に相当するのではないかと、筆者を含めた諜報・外交のプロは考えている。
メキシコ国境で移民の強制送還を訴えるトランプ(24年) REBECCA NOBLE/GETTY IMAGES
何事もゼロサムゲームとわきまえるトランプは2国間の交渉を好む。
もしもウクライナとロシアの戦争に関して、トランプがウクライナの頭越しに、ロシアの大統領ウラジーミル・プーチンとダイレクトに交渉を始めたらどうなるか。それでもウクライナへの支援を続けるか、ロシアへの経済制裁を維持するか、欧州諸国は難しい政策判断を迫られるだろう。もともとロシア寄りのハンガリーとスロバキアは、NATOと決別する道を選ぶかもしれない。
EU(欧州連合)も結束を保つのに苦労するだろう。関税を「辞書の中で最も美しい言葉」と呼んではばからないトランプは、EU加盟国にも個別に「報復」的な関税その他の制裁を課すと脅している。
アメリカから見て「不公正」な貿易慣行や貿易収支の不均衡、さらにはデンマーク領グリーンランドの売却拒否も報復関税発動の理由となり得る。そうやって揺さぶられると、EU諸国の結束にもほころびが生じかねない。
【関連記事】トランプの「領土奪取」は暴論にあらず。グリーンランドとパナマ運河はなぜ放置できないのか
■2国間関係の「肝」は中国
2国間関係で最重要なのは中国との関係だ。既に険悪だが、さらに悪化する恐れがある。トランプはアメリカの雇用と産業を中国が「盗む」のを阻み、米中貿易の不均衡を是正するために中国からの輸入品全てに60~100%の関税を課すと豪語しているが、実際には品目ごとの取引になるだろう。
品目によって一定の輸入量は許容する可能性がある。あるいは、双方が勝利宣言できる程度の経済協定を結んで、根源的な貿易不均衡や安全保障の問題にはふたをするという選択肢もある。
タイム誌の「今年の人」に選ばれればニューヨーク証券取引所の鐘を鳴らす(24年) NYSE GROUPーSIPA USAーREUTERS
日本も関税攻撃を覚悟すべきだ。トランプは1990年代に、「日本はアメリカを笑っている」とよく語っていた。笑わせないために関税をかけ、譲歩を引き出し、特定の品目については交渉次第で妥協する。それがトランプ流だ。
トランプは条約や同盟関係を嫌う孤立主義者でもあるから、日本や韓国、オーストラリアなどとの安全保障上の約束を歴代の大統領ほどに守るとは思えない。中国の外交的・軍事的な横暴にどう対処するかも不透明だ。恫喝や威嚇はするだろうが、その先の出方は分からない。
ロシアや中国と並んで「新たな悪の枢軸」を構成するイランと北朝鮮について、トランプはかねて「最大限の圧力」政策を提唱してきた。圧力をかければイランの核兵器開発も北朝鮮の核・弾道ミサイル開発も阻止できると信じているからだ。
しかし、現実には逆効果だった。イランの中東における代理勢力はイスラエルとの交戦で骨抜きにされたし、イランが通常兵器でイスラエルに勝てないことも明白になった。だからこそ、あの国は核兵器の開発に一段と力を入れている。
トランプは「最大限の圧力」を叫び続けるだろうが、結果は一段の緊張激化と軍事衝突のリスク増大だろう。ただし現在のイランは経済的にも困窮しており、政権基盤も揺らいでいる。くすぶる社会不安が火を噴けば、政権崩壊の可能性もある。
■「力こそ正義」の国際秩序
孤立を好み、敵を増やし、一国主義のトランプ外交の行き着く先は世界的な保護主義の台頭と国際機関の衰退だ。関税攻撃の程度にもよるが、アメリカを含め世界中で物価が上がり、経済成長率は鈍化またはマイナスに転じる。株価は下がり、国際協力は衰退する。
規範とルールに基づく国際社会のシステムは、ついに引き裂かれるだろう。これまでのアメリカは擁護者だったが、これからのトランプは一貫して国際社会を敵視し続ける。
アメリカは今後も地球上で最も影響力のある国であり続けるだろうが、既に世界は複数の大国が競合する多極化の時代に入っている。
強固な同盟関係や国際機関がトランプの孤立主義で弱体化すれば、東欧や中欧の近隣諸国を抱き込んで「大ロシア圏」を構築するというプーチンの夢がかなう可能性もある。
中国は既にアメリカと並ぶ超大国だが、アジアと西太平洋における優位性を一段と強固なものにし、自国を中心に据えた独自のルールと制度を押し付け、アジアと西太平洋に君臨する帝国を樹立しかねない。
台頭する未来の超大国インドは、いわゆる「グローバルサウス」の旗手を自負するだろうが、現実には世界の弱小国を束ねて欧米先進国や中国、ロシアとの交渉で有利な立場を確保しようとする一方、既存の国際機関のもたらす恩恵には「ただ乗り」を続けることになろう。
トルコやサウジアラビアのような地域大国は、ひたすら自国の利益を追求しつつ、中東以外の地域への影響力拡大を模索することになる。
世界の弱小国や貧困国の一部には、人権や民主主義に関する国際規範を気にしないトランプを歓迎する国もあるだろう。しかし今の国際社会が小国に与えている不完全ながらも現実的な保護や支援が失われることになれば、誰もが傷つく。
こうした傾向は2000年頃から見られるが、トランプはこれを加速させる。1945年以降のどの時期よりも力こそが正義となり、国際社会はより冷淡かつ残忍になる。
■減税すれば赤字は増える
私がみるに、トランプの言動は全て注目を集めたい一心から出ている。特段の主義や主張は持たないながら、内政面では共和党の保守的な政策をどんどん取り込んでいる。共和党なくして彼の権力はないからだ。結果、トランプの国内政策は明快だが支離滅裂なものになっている。
選挙戦では、もっぱら不法移民の問題を訴えた。「国家非常事態を宣言し、軍隊を動員してでもバイデン時代の移民の侵略を止め、(何百万もの不法移民を)ごっそり強制送還する」とも約束した。
彼らを追い出せばアメリカの労働者が抱える社会・経済的ストレスは軽減されるとトランプは信じている。だが現実には、そういう移民こそがアメリカに必要な労働力を提供し、経済を支えてきたのだ。
【関連記事】■次期トランプ政権は不法移民の強制送還で自分の首を絞める
トランプと共和党は減税と財政赤字の削減、そして経済成長の妨げとなる規制の緩和を公約している。だがトランプの求める減税を実行すれば財政赤字はさらに4兆ドル以上も積み上がるはずで、共和党が最優先課題とする財政赤字の削減には明らかに逆行する。
そもそも1期目のトランプ政権の減税だけで連邦政府の債務は40%(金額では8兆ドル以上)も膨れ上がった。しかも減税による恩恵の83%を得たのは、全世帯の1%にすぎない最富裕層だ。
トランプが万能薬と信ずる関税も、事実上は新たな連邦レベルの消費税に等しく、物価上昇で国民に年間1700ドル程度の新たな負担を強いることになるという。経済学をかじった人なら知っているはずだが、輸入品にかかる関税を払うのは国内の消費者であり、外国にいる生産者ではない。
「雇用を奪う膨大な数の規制を削減する準備を進めている。新しい規制を1つ定めるごとに10個の古い規制を撤廃する」。トランプはそう言っているが、トランプ政権1期目の実績を見ると、確かに規制の増加ペースは落ちていたが、それでも撤廃した数の2倍の新たな規制が導入されている。
工業部門に対する排ガス規制を緩和すれば企業は潤うが、住民の健康被害が増えて医療費が膨らむ。それでいいのか? いずれにせよ規制緩和は難しい仕事であり、その効果はゆっくりと、漸進的にしか表れてこないものだ。
ともあれトランプには排外的で保護主義的・孤立主義的な道しかない。そして自分に服従しない者は容赦しない。アメリカ政治の分断は進み、もっと麻痺していく。絆はどんどん薄れていく。
客観的な事実は偽情報の洪水に溺れ、公的機関や民主主義への信頼は溶け落ちる。それでもトランプはこうしてこそ「アメリカを再び偉大に」できると叫び続けるだろう。
あの日、トランプ勝利の一報を聞きながらハノイのホテル・メトロポールで飲んだワインは、少し軽めだが優しく、まろやかだった。
あれは70年前の夢破れたアメリカ人にささげるエレジーだったのか、それとも今の私たちは諦めずに戦い続け、いつの日か本当に「アメリカを再び偉大に」してみせるという苦い決意の味だったのだろうか。
<間もなく米大統領に就任するドナルド・トランプは「自分に服従しない者には容赦しない」。条約はただの紙切れに。大ロシア圏や中国帝国が台頭する「力こそ正義」の国際秩序が待っている?>
2016年の11月、ドナルド・トランプが初めて大統領選に勝利したあの日、私は仕事でウガンダの首都カンパラにいた。翌朝、ウガンダ軍情報部に所属する仲間がやって来て皮肉ながらも善意に満ちた言葉をかけてくれた。お望みならいつでも「政治亡命」を受け入れるぜ、と。
2カ月前にトランプが再び大統領に選ばれたときはベトナムの首都ハノイのホテル・メトロポールにいた。第1次インドシナ戦争中の1953年に作家グレアム・グリーン(Graham Greene)が投宿していて、現地の解放勢力が手榴弾を投げ込んでくるなかでフランスの高級ワインをすすり、時にアヘンに救いを求めていた場所。彼がアメリカ人の悲惨な自己欺瞞に気付き、あの名作『おとなしいアメリカ人(The Quiet American)』の構想を練っていた場所だ。
トランプならきっと「アメリカを再び偉大に」してくれる。2カ月前に投宿していたアメリカ人の中には、喜々としてそう言う人もいた。でも私の目には70年前のグレアム・グリーンの亡霊が見えた。
トランプ2期目のアメリカ(と、この世界)はどうなっていくのか。以下、ポイントごとに予測してみよう。
■条約も協定もただの紙切れ
世界中の国々はアメリカの指導者の弱腰に付け込んで利益を得、あらゆる国際機関はアメリカの自由と権力、富に縛りをかけている。トランプはそう信じて疑わない。
ロシアのプーチン大統領と語り合うトランプ(18年) KEVIN LAMARQUEーREUTERS
1945年以降の米外交の軸となってきた同盟関係や国連以下の国際機関、TPP(環太平洋経済連携協定)や気候変動対策のパリ協定も、トランプの目にはただ弱小国(つまりアメリカ以外の国)がアメリカを食い物にする手段と映る。
だから、ホワイトハウスに舞い戻れば再びパリ協定から離脱することだろう。脱退まではしなくても、WHO(世界保健機関)や国連の権限や影響力を弱めようとするだろう。
【関連記事】そもそも「パリ協定」って何?...知っておきたい、世界共通の「2度目標」と「1.5度目標」
NAFTA(北米自由貿易協定)に代わるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)は2026年に再交渉の時期を迎えるが、トランプはこれを見直すか弱体化させると公言している。そもそもUSMCAは1期目のトランプ政権が、力ずくで押し付けた協定なのだが。
第2次大戦後のヨーロッパに安定をもたらした要の存在として「史上最高に強力で成功した同盟」と評されるNATO(北大西洋条約機構)も無事ではいられない。加盟諸国を関税が襲うし、国防支出を増やさなければアメリカはおまえたちを守ってやらないという脅迫が来る。
1期目にも言っていたことだが、トランプはNATO加盟国に対する集団防衛の義務を果たす義理はないと思っている。NATOの一員でも国防予算をGDPの5%まで増やさないような国に対しては「ロシアの好きなように」させてやるとも述べた。
こうなるとトランプのロシアとの関係は反逆罪に相当するのではないかと、筆者を含めた諜報・外交のプロは考えている。
メキシコ国境で移民の強制送還を訴えるトランプ(24年) REBECCA NOBLE/GETTY IMAGES
何事もゼロサムゲームとわきまえるトランプは2国間の交渉を好む。
もしもウクライナとロシアの戦争に関して、トランプがウクライナの頭越しに、ロシアの大統領ウラジーミル・プーチンとダイレクトに交渉を始めたらどうなるか。それでもウクライナへの支援を続けるか、ロシアへの経済制裁を維持するか、欧州諸国は難しい政策判断を迫られるだろう。もともとロシア寄りのハンガリーとスロバキアは、NATOと決別する道を選ぶかもしれない。
EU(欧州連合)も結束を保つのに苦労するだろう。関税を「辞書の中で最も美しい言葉」と呼んではばからないトランプは、EU加盟国にも個別に「報復」的な関税その他の制裁を課すと脅している。
アメリカから見て「不公正」な貿易慣行や貿易収支の不均衡、さらにはデンマーク領グリーンランドの売却拒否も報復関税発動の理由となり得る。そうやって揺さぶられると、EU諸国の結束にもほころびが生じかねない。
【関連記事】トランプの「領土奪取」は暴論にあらず。グリーンランドとパナマ運河はなぜ放置できないのか
■2国間関係の「肝」は中国
2国間関係で最重要なのは中国との関係だ。既に険悪だが、さらに悪化する恐れがある。トランプはアメリカの雇用と産業を中国が「盗む」のを阻み、米中貿易の不均衡を是正するために中国からの輸入品全てに60~100%の関税を課すと豪語しているが、実際には品目ごとの取引になるだろう。
品目によって一定の輸入量は許容する可能性がある。あるいは、双方が勝利宣言できる程度の経済協定を結んで、根源的な貿易不均衡や安全保障の問題にはふたをするという選択肢もある。
タイム誌の「今年の人」に選ばれればニューヨーク証券取引所の鐘を鳴らす(24年) NYSE GROUPーSIPA USAーREUTERS
日本も関税攻撃を覚悟すべきだ。トランプは1990年代に、「日本はアメリカを笑っている」とよく語っていた。笑わせないために関税をかけ、譲歩を引き出し、特定の品目については交渉次第で妥協する。それがトランプ流だ。
トランプは条約や同盟関係を嫌う孤立主義者でもあるから、日本や韓国、オーストラリアなどとの安全保障上の約束を歴代の大統領ほどに守るとは思えない。中国の外交的・軍事的な横暴にどう対処するかも不透明だ。恫喝や威嚇はするだろうが、その先の出方は分からない。
ロシアや中国と並んで「新たな悪の枢軸」を構成するイランと北朝鮮について、トランプはかねて「最大限の圧力」政策を提唱してきた。圧力をかければイランの核兵器開発も北朝鮮の核・弾道ミサイル開発も阻止できると信じているからだ。
しかし、現実には逆効果だった。イランの中東における代理勢力はイスラエルとの交戦で骨抜きにされたし、イランが通常兵器でイスラエルに勝てないことも明白になった。だからこそ、あの国は核兵器の開発に一段と力を入れている。
トランプは「最大限の圧力」を叫び続けるだろうが、結果は一段の緊張激化と軍事衝突のリスク増大だろう。ただし現在のイランは経済的にも困窮しており、政権基盤も揺らいでいる。くすぶる社会不安が火を噴けば、政権崩壊の可能性もある。
■「力こそ正義」の国際秩序
孤立を好み、敵を増やし、一国主義のトランプ外交の行き着く先は世界的な保護主義の台頭と国際機関の衰退だ。関税攻撃の程度にもよるが、アメリカを含め世界中で物価が上がり、経済成長率は鈍化またはマイナスに転じる。株価は下がり、国際協力は衰退する。
規範とルールに基づく国際社会のシステムは、ついに引き裂かれるだろう。これまでのアメリカは擁護者だったが、これからのトランプは一貫して国際社会を敵視し続ける。
アメリカは今後も地球上で最も影響力のある国であり続けるだろうが、既に世界は複数の大国が競合する多極化の時代に入っている。
強固な同盟関係や国際機関がトランプの孤立主義で弱体化すれば、東欧や中欧の近隣諸国を抱き込んで「大ロシア圏」を構築するというプーチンの夢がかなう可能性もある。
中国は既にアメリカと並ぶ超大国だが、アジアと西太平洋における優位性を一段と強固なものにし、自国を中心に据えた独自のルールと制度を押し付け、アジアと西太平洋に君臨する帝国を樹立しかねない。
台頭する未来の超大国インドは、いわゆる「グローバルサウス」の旗手を自負するだろうが、現実には世界の弱小国を束ねて欧米先進国や中国、ロシアとの交渉で有利な立場を確保しようとする一方、既存の国際機関のもたらす恩恵には「ただ乗り」を続けることになろう。
トルコやサウジアラビアのような地域大国は、ひたすら自国の利益を追求しつつ、中東以外の地域への影響力拡大を模索することになる。
世界の弱小国や貧困国の一部には、人権や民主主義に関する国際規範を気にしないトランプを歓迎する国もあるだろう。しかし今の国際社会が小国に与えている不完全ながらも現実的な保護や支援が失われることになれば、誰もが傷つく。
こうした傾向は2000年頃から見られるが、トランプはこれを加速させる。1945年以降のどの時期よりも力こそが正義となり、国際社会はより冷淡かつ残忍になる。
■減税すれば赤字は増える
私がみるに、トランプの言動は全て注目を集めたい一心から出ている。特段の主義や主張は持たないながら、内政面では共和党の保守的な政策をどんどん取り込んでいる。共和党なくして彼の権力はないからだ。結果、トランプの国内政策は明快だが支離滅裂なものになっている。
選挙戦では、もっぱら不法移民の問題を訴えた。「国家非常事態を宣言し、軍隊を動員してでもバイデン時代の移民の侵略を止め、(何百万もの不法移民を)ごっそり強制送還する」とも約束した。
彼らを追い出せばアメリカの労働者が抱える社会・経済的ストレスは軽減されるとトランプは信じている。だが現実には、そういう移民こそがアメリカに必要な労働力を提供し、経済を支えてきたのだ。
【関連記事】■次期トランプ政権は不法移民の強制送還で自分の首を絞める
トランプと共和党は減税と財政赤字の削減、そして経済成長の妨げとなる規制の緩和を公約している。だがトランプの求める減税を実行すれば財政赤字はさらに4兆ドル以上も積み上がるはずで、共和党が最優先課題とする財政赤字の削減には明らかに逆行する。
そもそも1期目のトランプ政権の減税だけで連邦政府の債務は40%(金額では8兆ドル以上)も膨れ上がった。しかも減税による恩恵の83%を得たのは、全世帯の1%にすぎない最富裕層だ。
トランプが万能薬と信ずる関税も、事実上は新たな連邦レベルの消費税に等しく、物価上昇で国民に年間1700ドル程度の新たな負担を強いることになるという。経済学をかじった人なら知っているはずだが、輸入品にかかる関税を払うのは国内の消費者であり、外国にいる生産者ではない。
「雇用を奪う膨大な数の規制を削減する準備を進めている。新しい規制を1つ定めるごとに10個の古い規制を撤廃する」。トランプはそう言っているが、トランプ政権1期目の実績を見ると、確かに規制の増加ペースは落ちていたが、それでも撤廃した数の2倍の新たな規制が導入されている。
工業部門に対する排ガス規制を緩和すれば企業は潤うが、住民の健康被害が増えて医療費が膨らむ。それでいいのか? いずれにせよ規制緩和は難しい仕事であり、その効果はゆっくりと、漸進的にしか表れてこないものだ。
ともあれトランプには排外的で保護主義的・孤立主義的な道しかない。そして自分に服従しない者は容赦しない。アメリカ政治の分断は進み、もっと麻痺していく。絆はどんどん薄れていく。
客観的な事実は偽情報の洪水に溺れ、公的機関や民主主義への信頼は溶け落ちる。それでもトランプはこうしてこそ「アメリカを再び偉大に」できると叫び続けるだろう。
あの日、トランプ勝利の一報を聞きながらハノイのホテル・メトロポールで飲んだワインは、少し軽めだが優しく、まろやかだった。
あれは70年前の夢破れたアメリカ人にささげるエレジーだったのか、それとも今の私たちは諦めずに戦い続け、いつの日か本当に「アメリカを再び偉大に」してみせるという苦い決意の味だったのだろうか。