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グリーンランド買収を巡るトランプ氏の野望と「中国問題」...識者3人が語る「北極圏の行方」

ニューズウィーク日本版 2025年1月20日 13時20分

シェイン・クラウチャー
<トランプ氏がグリーンランドをデンマークから購入する構想を掲げた背景には、地政学的な狙いと豊富な資源への関心がある。しかし、独立を目指すグリーンランド住民やデンマークの反発、中国との経済的つながりが、計画の実現を複雑にしている>

次期アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏は、カナダの北東に位置する広大で人口の少ない北極圏の島、グリーンランドに対して野心を抱いていることを明らかにした。このデンマーク自治領は、高価値の鉱物資源やエネルギー資源で溢れている。

トランプ氏はグリーンランドをデンマークから購入する提案をしており、このアイデアはデンマーク政府によって拒否された。さらに最近では、グリーンランドがアメリカにとって戦略的かつ国家安全保障上重要であるため、軍事介入の可能性を排除できないと示唆している。

しかし、トランプ氏の構想には複雑な問題が存在している。主な障害は、多くのグリーンランド住民が独立を望んでいることや、デンマークからの強い反対だ。しかし、もう一つの複雑な要因として挙げられるのが、アメリカの主要な競争相手である中国への大きな共感だ。

多くのグリーンランド住民が北京よりもワシントンとの関係を強化したいと考えている一方で、中国に対しても好意的な見方をする人々が多い。大多数は、アメリカの対中国政策に従うのではなく、独自の政策を進めたいと考えている。

グリーンランド住民はこれまでに2回、外交政策に関する世論調査を受けており、いずれもグリーンランド大学によるもので、初回は2021年、2回目は2024年に実施された。

この間に中国に対する好意的な態度は減少したが、依然として無視できない割合を占めている。2回目の調査では、グリーンランドがアメリカの対中国政策に従うべきか問われた際、79.5%が「従うべきではない」と回答した。

また、2024年の調査では57.6%の回答者が中国の国際的な影響力の拡大を否定的だと考えている一方で、42.4%は肯定的だと答えており、大きな少数派を形成している。ただし、この割合は2021年から約10ポイント減少している。

これに対して、2023年に実施されたギャラップの調査では、中国を好意的に見るアメリカ人はわずか15%で、過去最低を記録している。

トランプ氏が1月20日(月)にホワイトハウス復帰する予定となる中、本誌はグリーンランドと北極圏の安全保障の専門家に対し、中国とトランプ氏の動向について意見を尋ねた。その結果が以下である。

クラウス・ドッズ(ロンドン大学):グリーンランドは中国を「投資者」として期待

グリーンランドのムテ・エーエデ自治政府首相は、将来の独立したグリーンランドのビジョンが、トランプ大統領の大戦略による条件付けられたものではないことを明確にしている。

中国はグリーンランドにとって重要な経済パートナーであり、2022年だけで魚の輸出貿易は3億5000万ドル以上に達した。中国は、鉱業や観光業の発展、さらにはホテル建設への投資者として広く認識されるだろう。

また、中国がチベットや台湾に対して取っている立場を考えると、中国がデンマークとその自治領における関係に干渉する可能性は低いという見方が広く共有されている。

むしろ、トランプ大統領がグリーンランド(およびパナマ運河)について行った発言は、台湾が中国の侵攻や回収によるリスクにさらされる可能性を高めたと言える。

最終的に、独立したグリーンランドはアメリカにとって安全保障上の懸念と広く見なされるだろう。そして、北極圏での中国とロシアの協力が進む中で、この問題は緊急の対応を要するものとなる。

クラウス・ドッズ氏はロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校の地政学教授であり、生命科学・環境学部の執行学部長を務めている。彼の研究分野は、地政学と安全保障、氷の研究、南極と北極の国際ガバナンスに及ぶ。

マーク・ナトール(アルバータ大学):中国との協力はグリーンランドの「広範な野心」の一部

中国はグリーンランドのシーフード輸出、特にエビやハリバット(オヒョウ)の重要な市場であり、これらはグリーンランド経済にとって不可欠な存在だ。

グリーンランドの政治家やビジネスリーダーは、経済的なつながりをさらに強化することを奨励しており、鉱業プロジェクトに興味を持った中国企業が何を提供できるかについての議論を進めている。また、インフラ、技術、科学的協力への投資に関しても中国と話し合いが行われている。さらに、グリーンランドは中国人観光客をより多く誘致することにも大きな可能性を見出している。

ただし、中国との協力は、グリーンランドの「広範な野心」という文脈の中で捉えられるべきだ。それは中国だけでなく、他の多くの国々との貿易関係や経済的パートナーシップを強化することに重点を置いている。

この優先事項は、グリーンランドが経済的な機会を得て貿易関係を多様化し、グローバル経済への参加を拡大し、デンマークや欧州連合市場への依存から脱却するために必要なものだ。

マーク・ナトール氏はアルバータ大学人類学部の教授であり、ヘンリー・マーシャル・トリー講座を担当している社会人類学者だ。グリーンランドでの研究経験を持ち、グリーンランド大学とグリーンランド気候研究センターの客員教授も務めている。

ホイットニー・ラッケンバウアー(トレント大学):中国との貿易と投資推進は続くも楽観論は薄れる

近年、中国のデンマークにおけるソフトパワーの影響力は低下しており(これはデンマークがグリーンランドへの中国のインフラ投資に対して強硬な姿勢を取ることに直接反映されている)、グリーンランドの政治的優先事項は、地政学よりも地域経済の考慮を重視する傾向がある。

それでも、グリーンランド大学のナシフィク(外交・安全保障政策センター)が実施した最新の世論調査によれば、国内問題が外交政策上の懸念よりも優先される傾向がある一方で、55.4%のグリーンランド住民が中国との協力を減らしたいと考えており、59%がアメリカとの協力を増やしたいと望んでいることが明らかになった。

かつての中国投資への期待感が大きく薄れたものの、グリーンランド政府は引き続き貿易や連携を推進し、外国の関心を持続可能な経済発展へとつなげようとしている。

アメリカにとって中華人民共和国は、世界的な「ペーシングチャレンジ(刻々と深刻化する脅威)」であり、北極圏における競争相手とみなされている。中国は経済、科学、軍事的な影響力を拡大し、重要なインフラや資源を支配し、国際的なルールに基づく秩序を再構築しようとしている。

グリーンランドが北アメリカ防衛において重要であることを踏まえると、同地における中国の影響力は「リスク」、場合によっては脅威とみなされている。

ホイットニー・ラッケンバウアー氏は、カナダのトレント大学の教授であり、北極圏の安全保障、歴史、現代政策に関するカナダ有数の専門家の一人である。また、北極圏北米研究所のフェローも務めている。

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