サム・ポトリッキオ
<クリフスCEOの暴言は焦りの表れ? 世論調査が示すアメリカと日本の温度差と、日鉄が一発逆転できる可能性>
昨年の米大統領選で共和・民主両党の立場が珍しく一致した問題が1つある。アメリカ第2の鉄鋼メーカーで株式時価総額80億ドルのUSスチールに対する日本製鉄の買収を絶対に認めないということだ。バイデン大統領もトランプ次期大統領も買収阻止に動いた。
一方で、この問題についての一般メディアの報道は驚くほど少なかった。USスチールは大統領選で最も重要な激戦州と特に深いつながりがある企業なのに、である。
私は何人もの著名な学者や元政府高官に分析や予測を尋ねてみたが、誰もが自信なさげに言葉を濁した。普段はメディア報道を常に把握している彼らの反応は、このニュースがアメリカであまり知られていないことを示唆するものだ。
実際、シカゴ大学の世論調査ではアメリカ人の58%がこの問題を「全く知らない」と答えた。「多少」あるいは「よく」知っていると答えたのは23%だけだ。
知っていると答えた人のうち、この買収が雇用の喪失につながると考える回答者は、そう思わない人の2倍に上った。一方、学者を対象にした世論調査では、雇用喪失につながらないという答えが一般国民の3倍近かった(エコノミストの間ではさらに多い)。この数字は一般国民に対する大統領の反対や選挙運動の影響の強さを物語る。82%のエコノミストが買収は米経済に悪影響を及ぼさないと考えているのに対し、同意見の一般国民は16%しかいなかった。
日鉄がこの逆境を覆して買収を成功させるには、小さな奇跡が必要だろう。1980年代から日本との経済競争を強く意識していたことを考えると、トランプにとってアメリカの製造業復活は重要な政策の柱であり、日本企業への売却を容認すれば文字どおり百八十度の方向転換になるからだ。
バイデンが買収禁止を決め、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプが大統領就任となれば、日鉄の買収が成功する可能性は消えたように見える。しかも同業のクリーブランド・クリフスが、米最大手のニューコアと組んで再挑戦してきた。クリフスは2年前にもUSスチールに買収を持ちかけたが、にべもなく拒否されている。
クリフスのローレンソ・ゴンカルベスCEOの日鉄に対する暴言は、日鉄が大逆転する可能性を示唆しているのかもしれない。買収を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)は日鉄の買収計画破棄の期限を6月中旬まで延長することを認めた。
理屈の上では、日鉄の逆転勝利は全くの夢物語に思える。トランプは大統領選での勝利後も、外国人によるUSスチールの所有に猛反対を繰り返してきた。ただし、トランプは筋金入りの「ディール(取引)」好きだ。
もし周囲の自由市場重視派が日鉄の買収を阻止すれば同業の中国企業が優位に立つと説得すれば、心変わりもあり得るのではないか。あるいは猛反対はもっと有利な買収条件を引き出すための演技ではないのか。
安全保障上の脅威という買収阻止の理由付けには疑問の声もある。日鉄はCFIUSに対し、USスチールの取締役会の過半数をアメリカ国籍とすること、そのうち3人はCFIUSが承認した人物にすること、生産や雇用を国外移転しないことなどを約束している。
いずれもトランプから見れば魅力的な提案だろう。また、この件が訴訟沙汰になれば、関税や防衛費に関する日本政府の譲歩を引き出す交渉材料に使うこともできる。
こうして見ると、日鉄のチャンスは思いのほか大きい。ゴンカルベスの暴言は、日鉄の勝利を本気で懸念している証拠なのだろう。
<クリフスCEOの暴言は焦りの表れ? 世論調査が示すアメリカと日本の温度差と、日鉄が一発逆転できる可能性>
昨年の米大統領選で共和・民主両党の立場が珍しく一致した問題が1つある。アメリカ第2の鉄鋼メーカーで株式時価総額80億ドルのUSスチールに対する日本製鉄の買収を絶対に認めないということだ。バイデン大統領もトランプ次期大統領も買収阻止に動いた。
一方で、この問題についての一般メディアの報道は驚くほど少なかった。USスチールは大統領選で最も重要な激戦州と特に深いつながりがある企業なのに、である。
私は何人もの著名な学者や元政府高官に分析や予測を尋ねてみたが、誰もが自信なさげに言葉を濁した。普段はメディア報道を常に把握している彼らの反応は、このニュースがアメリカであまり知られていないことを示唆するものだ。
実際、シカゴ大学の世論調査ではアメリカ人の58%がこの問題を「全く知らない」と答えた。「多少」あるいは「よく」知っていると答えたのは23%だけだ。
知っていると答えた人のうち、この買収が雇用の喪失につながると考える回答者は、そう思わない人の2倍に上った。一方、学者を対象にした世論調査では、雇用喪失につながらないという答えが一般国民の3倍近かった(エコノミストの間ではさらに多い)。この数字は一般国民に対する大統領の反対や選挙運動の影響の強さを物語る。82%のエコノミストが買収は米経済に悪影響を及ぼさないと考えているのに対し、同意見の一般国民は16%しかいなかった。
日鉄がこの逆境を覆して買収を成功させるには、小さな奇跡が必要だろう。1980年代から日本との経済競争を強く意識していたことを考えると、トランプにとってアメリカの製造業復活は重要な政策の柱であり、日本企業への売却を容認すれば文字どおり百八十度の方向転換になるからだ。
バイデンが買収禁止を決め、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプが大統領就任となれば、日鉄の買収が成功する可能性は消えたように見える。しかも同業のクリーブランド・クリフスが、米最大手のニューコアと組んで再挑戦してきた。クリフスは2年前にもUSスチールに買収を持ちかけたが、にべもなく拒否されている。
クリフスのローレンソ・ゴンカルベスCEOの日鉄に対する暴言は、日鉄が大逆転する可能性を示唆しているのかもしれない。買収を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)は日鉄の買収計画破棄の期限を6月中旬まで延長することを認めた。
理屈の上では、日鉄の逆転勝利は全くの夢物語に思える。トランプは大統領選での勝利後も、外国人によるUSスチールの所有に猛反対を繰り返してきた。ただし、トランプは筋金入りの「ディール(取引)」好きだ。
もし周囲の自由市場重視派が日鉄の買収を阻止すれば同業の中国企業が優位に立つと説得すれば、心変わりもあり得るのではないか。あるいは猛反対はもっと有利な買収条件を引き出すための演技ではないのか。
安全保障上の脅威という買収阻止の理由付けには疑問の声もある。日鉄はCFIUSに対し、USスチールの取締役会の過半数をアメリカ国籍とすること、そのうち3人はCFIUSが承認した人物にすること、生産や雇用を国外移転しないことなどを約束している。
いずれもトランプから見れば魅力的な提案だろう。また、この件が訴訟沙汰になれば、関税や防衛費に関する日本政府の譲歩を引き出す交渉材料に使うこともできる。
こうして見ると、日鉄のチャンスは思いのほか大きい。ゴンカルベスの暴言は、日鉄の勝利を本気で懸念している証拠なのだろう。