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パナマ運河やグリーンランドを取り戻すというトランプの姿勢は、かつてアメリカが自明と見なしていた西半球重視の復活にすぎない

ニューズウィーク日本版 2025年1月23日 15時0分

アレクサンダー・グレイ(第1次トランプ政権の大統領次席補佐官)
アメリカのドナルド・トランプ新大統領が政権移行準備中に矢継ぎ早に行った数々の発言は、数十年にわたって続いたアメリカの「西半球軽視」時代の終わりを意味している。

トランプは単にパナマ運河やグリーンランドの取得について言及したのではない。アメリカの勢力圏である西半球の戦略的問題について就任前から積極的な議論を展開し、この地域に詳しい人物を担当ポストに据えるという彼の幅広い選択は、自国の裏庭に対するアメリカの姿勢が根本的に変わることを示している。

「モンロー主義」と書かれた棍棒を手にして、西半球全体に影響力を広げようとしているアメリカを描いた風刺画 ILLUSTRATION BY BETTMANN/GETTY IMAGES

トランプの西半球重視の態度は明らかだ。内戦後のシリアについてはすぐに非介入を表明したが、メキシコ国境からの不法移民の流入は断固阻止すると明言している。

彼は戦略的に重要なグリーンランドとパナマ運河の取得に興味を示し、メキシコとカナダには安全保障と貿易面で懸念を表明した。しかも国務長官・副長官や中南米担当の特使・地域大使には、中南米に精通している人物を指名。長年にわたり彼の移民問題ブレーンを務めるスティーブン・ミラーを大統領次席補佐官(国土安全保障問題担当)に起用し、南部国境地帯や周辺地域の動向をこれまで以上に重視する。

そうしたトランプの姿勢は、西半球軽視を脱却するというアメリカの重要な転換を示すものだ。

1823年、当時のジェームズ・モンロー大統領は、西半球はヨーロッパの干渉から解放されるべきだと宣言(モンロー主義)。初期のアメリカの外交政策は、広大な西半球で自国の利益を確保することに重点を置いていた。

エイブラハム・リンカーンとアンドリュー・ジョンソン両大統領の下で国務長官を務めたウィリアム・スワードはアラスカの購入に成功し、グリーンランドの購入も提案した。アメリカはパナマ運河建設に向けて長年にわたって取り組み、プエルトリコとキューバを占領し、バージン諸島を購入した。アメリカの外交政策は長年、隣接する地域を守ることは当然という考えに基づいていた。

第2次大戦中にもアメリカは、当時のネルソン・ロックフェラー国務次官補(中南米担当)が主導した「半球防衛政策」に従い、西半球での利益を守ることに尽力。グリーンランドを占領し、ブラジルとメキシコを連合国側に引き入れ、カリブ諸国にある英海軍基地の管理権を掌握するなどした。

だがアメリカの西半球重視の伝統は、数十年前から民主・共和両党の大統領によって放棄されてきた。まず1977年、当時のジミー・カーター大統領がパナマ運河の領有権をパナマに返還することを決める。

アメリカはこれ以降、西半球を過去の政策の失敗という観点から捉えるようになる。かつて戦略的・工学的な偉業とされていたパナマ運河建設は、アメリカの帝国主義を示す例として批判され始めた。冷戦時代にグアテマラやチリのクーデターに関与したり、軍事力を誇示して交渉を有利に進めようとした20世紀初めの「砲艦外交」も過去の汚点とされた。

こうした歴史の記憶から、アメリカの外交エリートたちは西半球への関与を控える道を選んできた。

やがてアメリカがイスラム主義者によるテロとの戦いに重点を移すと、西半球の重要性はさらに薄れた。この地域の政情不安はアメリカの安全保障にほとんど影響を与えないと見なされ、西半球は軽視されていった。

アメリカが中東や南アジアに気を取られている間に、敵対する勢力がその空白を埋めようと動き始めた。中国は2000〜22年で、中南米との貿易を35倍に拡大し、地域の多くの大規模経済にとって最大の貿易相手国となっている。

今や西半球の20カ国以上が、中国の推進する巨大経済圏構想「一帯一路」に参加している。この構想は、中国が参加国に対して強制的な経済的・政治的影響力を握るよう設計されている。さらに中国は18カ国の大規模港湾施設に投資を行い、数十カ国に通信インフラを提供している。

中国はパナマ運河の運営についても強い支配権を握り、アメリカから約150キロしか離れていないキューバに情報収集施設を建設した。中国はブラジルに軍を派遣して合同演習を行い、南極では基地の運用を拡大している。そしておそらく最も重要なことだが、中国産の合成麻薬フェンタニルがメキシコからアメリカに流入し続け、過剰摂取により十数万ものアメリカ人が命を落としている。

ロシアも西半球に関心を示し、キューバとベネズエラの独裁政権を支持したり、カリブ海に艦船を派遣するなどしている。イランとその代理勢力であるレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラも中南米各地で活動を続けており、国際的なカルテルやギャングはアメリカの市民や利益に脅威をもたらしている。

西半球は戦略的に重要ではないどころか、アメリカの安全保障と経済の利益の中心なのだ。これらの利益はアメリカにとって、さらに重要性を増していくだろう。

トランプは米政府の目を再び西半球に向け始めている。これは、ジョン・クインシー・アダムズやリンカーン、セオドア・ルーズベルトといった歴代大統領が自明と見なしていたことだ。

中国や国際犯罪組織といった敵対勢力の脅威が高まるなかで、トランプは西半球で自国の利益を守ることの重要性を改めて主張している。半球防衛の政策は、アメリカの歴史と戦略に深く根差したものだ。その伝統を復活させることは、第2次トランプ政権のレガシーの1つになるかもしれない。

From Foreign Policy Magazine

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