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タイトルもストーリーも奇妙だけど、甘さと苦みの配合が絶妙な『ガープの世界』

ニューズウィーク日本版 2025年1月23日 15時8分

森達也
<1983年の公開当時、ジョージ・ロイ・ヒル監督の新作なら絶対に見逃せないと考えた。僕の周囲ではあまり評判はよくないが......>

日本での公開年は1983年。劇場の椅子に座って観始めてすぐに、何だかもっさりしていてぱっとしない主演俳優だなと思った記憶がある。この2年前に公開された『ポパイ』は観ていない。つまり僕にとっては、これが初めて見るロビン・ウィリアムズだ。

ジョン・アービングが書いたベストセラー小説を映画化した本作の原題は『The World According to Garp』。直訳すれば「ガープ(の視点)による世界」。奇妙なタイトルだ。映画公開時に原作は翻訳されていない。ネットで予告編や情報を見たり読んだりできる時代でもない。グレン・クローズやジョン・リスゴーなど脇を固めるキャストたちも本作がほぼデビュー作だから、ガープを演じるウィリアムズも含めて知っている名前は一人もいない。ならば僕はなぜこの映画を観ようと思ったのか。

答えは監督の名前。学生時代に観た『明日に向かって撃て!』や『スティング』は大好きな映画だ。その監督であるジョージ・ロイ・ヒルの新作なのだから、これは絶対に見逃せないと考えたのだ。

タイトルと同様にストーリーも奇妙だ。後にガープの母親となるジェニーは看護師で、頭部に銃弾を受けて意識を喪失した兵士にまたがって受胎する。夫は要らないが子供は欲しかったのだ。このときの兵士の名前がガープだ。

高校に入学したガープは、看護師として働くジェニーと暮らしながら学校に通う。特に何かに秀でているわけではない。頭の中はまだ体験していない性への興味と始めたばかりのレスリングで強くなることでいっぱい。実に標準的な男子高校生だ。

同じ学校に通う読書家のヘレンに恋をしたガープは、彼女の気を引くために小説を書こうと決意する。そんなガープに刺激されたジェニーも自伝を書き、それが大ベストセラーとなってフェミニズムの旗手として一躍時の人になる。

数年が過ぎて大学教員となったヘレンと売れない作家のガープは結婚し、3人の子供に恵まれる。でも幸福な日常は長く続かない。物は壊れるし人は死ぬ。世界は理不尽と暴力にあふれている。

観終える頃には、この映画の(つまりガープから見た)世界に僕はすっかり浸りながら感応していた。理不尽と暴力に満ちた世界ではあるけれど、それでもやっぱり人は人を愛し、いつかは赦(ゆる)し合い、そして支え合いながら生きてゆく。......甘いことは認める。でもやっぱりジョージ・ロイ・ヒルは外さない。甘さと苦みの配合が絶妙なのだ。

ジェニーを演じるクローズと性転換したフットボール選手を演じたリスゴーは、多くの映画賞で助演賞を受賞した。ヘレンを演じるメアリー・ベス・ハートの可憐さも別格だ。

これまで観た映画のベスト10を聞かれるたびに必ずタイトルを挙げてきた本作だけど、なぜか僕の周囲ではあまり評判がよくない。ああガープね。好きなのか。ふーん。まあ悪くはないけどね。そんな感じ。

たぶん彼らには、この映画は甘すぎたのだろう。まあいいや。好みは人それぞれ。僕は甘党じゃないけれど、卵焼きは絶対に甘くしたいし、この映画の甘さも大好きだ。

『ガープの世界』(1982年)
監督/ジョージ・ロイ・ヒル
出演/ロビン・ウィリアムズ、グレン・クローズ、メアリー・ベス・ハート

<本誌2025年1月28日号掲載>



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