ポール・ローズ(ジャーナリスト)
<「スパイダーマン」の参入でも話題のノンアルコール飲料業界。盛り上がりを見せる背景には衝撃的レベルの「酒離れ」が──>
※前編はこちら:「禁酒ゲーム」が新時代のトレンドに?...今年はアメリカ人の3分の1が参加「ドライ・ジャニュアリー」とは?
社交の最中に飲み物を片手に持ちたいという明らかなニーズと、質の高いノンアルコールの選択肢がないこと──この2つが17年、ヘッジファンド出身のビル・シュフェルトがジョン・ウォーカーと共同でアスレティック・ブルーイング社(Athletic Brewing)を設立したきっかけだった。
同社は今では全米ナンバーワンのノンアルコールビール製造会社だ。アウトドア派のシュフェルトは、13年にアルコールをやめている。ただし、ビールをやめたかったわけではない。
Resolutions make us thirsty. Luckily, we're likely in your neighborhood. Find Athletic at a store near you at https://t.co/D4D3A1XThq #AthleticJanuary pic.twitter.com/ijmmbGhEny— Athletic Brewing (@AthleticBrewing) January 6, 2025
「ビールの風味、料理との相性、飲む場所の雰囲気と人付き合い......全部好きだった」と、シュフェルトは本誌に語る。「でも、とにかくアルコールという酔う成分や飲む行為と社交を切り離したかった。その瞬間、ぱっとひらめいたんだ。『なんで社交の場にアルコールがないといけないのか』とね」
ヘーゼルデン・ベティ・フォード財団のリーも同じ疑問を抱いている。
「終業後の懇親会もその他の職場のイベントも、祝賀会や催し物も、全てアルコール付きというのは、ひどく奇妙な話だ。多くの資金集めパーティーに参加する人たちは『別の何かがあればいいのに』と思うことがあると思う。人付き合いのためには、片手に何か持っていないといけないと感じている人もいる」
「彼らが社交活動に参加できると感じられる別の何か、私たちの文化の枠組みを広げる何かを取り入れる時期は既に来ているのではないかと思う」と、リーは付け加えた。「そうすれば、彼らをパーティーや懇親イベントから排除しなくて済む」
ノンアルビールを作ったジョン・ウォーカー(左)とビル・シュフェルト ATHLETIC BREWING COMPANY
「ぱっとひらめいた瞬間」からフルフレーバーのノンアルコールビール作りに全力を注いできたシュフェルトは、その間に市場が成熟し、若い世代を中心に「ソバーキュリアス」の消費者の存在感が高まるのを実感した。
市場調査会社ニールセンIQによると、飲酒可能な21歳以上のZ世代(90年代後半~00年代初頭生まれ)の消費者の約45%がアルコールを飲んだことがない。一方、ミレニアル世代(80年代~90年代半ば生まれ)は36%、X世代(60年代~70年代後半生まれ)は32%だった。
「アスレティックがこの市場に参入した約8年前、顧客は年配層が多く、男性中心だった。アルコール依存症から回復した人や車を運転しなくてはならないタイプの人が顧客だった。その後、若年層へのシフトが急速に進んだ。今では私たちの顧客の79%が45歳以下で、25~35歳の年齢層が大半を占めているとみている」
「(Z世代は)法的に飲酒可能な年齢に達した時点で、社会的な後ろめたさがないノンアルコールの優れた選択肢を持つ最初の世代だ」と、シュフェルトは言う。
「入手が容易でマーケティングのサポートもあるので、この世代は当然、そちらに流れていくだろう」
俳優トム・ホランド(左)もノンアルビール「BERO」を立ち上げた BERO
Z世代はビールやワインをあまり飲まないことで知られる。飲酒量は1つ上のミレニアル世代の3分の1だ。一方で、ノンアルコール飲料の人気は急上昇している。
統計調査会社スタティスタによると13年以降、アメリカ人のビール消費量は横ばいだが、ノンアルコールビール市場は18〜23年に15%拡大して213億ドルに達した。調査会社フューチャー・マーケット・インサイトによると、この数字は33年までに倍増しそうだ。
こうした見通しを受け、ノンアルコールビール市場には新規参入が相次ぐ。今はほとんどの大手ビールメーカーがノンアル商品を販売しており、成人のノンアルコール飲料市場の85%を占めるとされる。
ビールの代替品ではない
映画『スパイダーマン』シリーズで知られる俳優トム・ホランド(Tom Holland)も「新規参入者」の1人だ。28歳のホランドは、Z世代寄りのミレニアルと言える。かつてはビールをがぶ飲みしていたというホランドだが、2年間の禁酒を経て、24年10月にノンアルコールビールのブランド「ベロ(BERO)」を立ち上げた。
Tom Holland for #Bero, his new non-alcoholic beer company. pic.twitter.com/KC9i7IDNi7— Film Crave (@_filmcrave) October 16, 2024 ノンアルコールビールのブランド「BERO」の広告
「その背景には個人的な経験がある。2年間禁酒して、このライフスタイルと価値観を反映したものを作りたいと思った」とホランドは語る。「アルコールの代わりが欲しい人だけでなく、純粋にクオリティーの高い飲み物が好きで、充実した毎日を送りたい全ての人に贈りたい」
シュフェルトも、自身が作っているノンアルコールビールは「酒に取って代わろうとしている」のではなく、飲酒量を制限したい人や、アルコール抜きのライフスタイルに興味がある人たちに選択肢を提供しているのだと語る。
「それまではパブでビールを4杯飲んでいた人が、1杯だけで我慢するのではなく、途中にノンアルコールビールを挟みながら何杯も飲む形もあり得る」
アルコール・チェンジを率いるパイパーも、たまに酒を飲むと言う。17年にアルコール・チェンジのCEOに任命された頃は、日常的に飲んでいたが、18年1月に初めてドライ・ジャニュアリーを成し遂げたとき、酒との関係を見直し始めた。
だが、何よりショックを受けたのは、翌年、引き出しいっぱいのTシャツを整理していたときだった。「私が持っているTシャツの半分は、アルコール飲料のロゴが入っていた」と、パイパーは振り返る。
「それを見て、『一体私は何をしているんだ』と思った。まるで酒類メーカーの歩く広告じゃないか、とね」
「そういうTシャツを着るたびに、『オレは酒が大好きだ、カッコイイだろう』と暗に言っていたわけだ。愚かだろう? だから、記念に何枚か残して、あとは全部処分した。(アルコール・チェンジは)こうした考え方の変化を多くの人に起こしたいと思っている」
増えるノンアルコールバー
ヘーゼルデン・ベティ・フォード財団のリーは、悪質なマーケティングがアルコール依存に陥りやすい人たちを食い物にしていると批判する。リーによると、デューク大学の経済学者フィリップ・クック教授は近著で、アメリカのアルコール消費の80%は飲酒可能年齢人口のわずか20%によるものだという。
「ここ10年ほど、酒類はロゼワインやクラフトビールなど、非常にクリーンなイメージで売られてきた」と、リーは指摘する。「その結果、飲酒関連のトラブルが大幅に増えた。最近ノンアルコール飲料の市場が急拡大しているのは、おそらくこうした状況に対する有機的な反応だ」
その反応の1つが、「しらふバー」の登場だろう。テキサス州オースティンで薬物依存者のカウンセリングをするクリス・マーシャルは、飲酒を伴わない社交の場がないことに気付き、17年に全米初のノンアルコールバー「サンズ・バー」を開いた。
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全米初のノンアルコールバー「サンズ・バー」
サンズ・バーの利用者の多くは30〜40代半ばの専門職で、女性も多いという。「バーに行くのが楽しいのは、コミュニティーとつながれるからであって、酒のおかげではない」と、マーシャルは言い添えた。
ニューヨークにあるヘケート・カフェのエリオット・エッジ店長も同じ考えだ。モクテル(ノンアルコールのカクテル)が売りのこの店が22年にオープンするまで、「ニューヨークに酒を出さないバーは1つしかなかった」と言う。
当初は知名度も低く、「バーテンダーが見つからなかった」と、オーナーのアビー・エーマンは言う。「今は、バーテンダーが私を探してやって来る」
ヘケートは異性との出会いを求める客が集まるタイプのバーではないが、初デートの場所として人気があるという。アルコールが入らないほうが、よく知らない相手について正しい判断をしやすいからかもしれない。別の店で酒を飲む前に、ヘケートに寄る客もいれば、子供とモクテルを飲みにくる親もいるという。
そして大みそかの穴場でもある。「酒を飲まない人にとって、大みそかのニューヨークは苦痛に近い」と、エッジは言う。「1月1日はドライ・ジャニュアリーの始まりを祝う大パーティーの日だからね」
※前編はこちら:「禁酒ゲーム」が新時代のトレンドに?...今年はアメリカ人の3分の1が参加「ドライ・ジャニュアリー」とは?
<「スパイダーマン」の参入でも話題のノンアルコール飲料業界。盛り上がりを見せる背景には衝撃的レベルの「酒離れ」が──>
※前編はこちら:「禁酒ゲーム」が新時代のトレンドに?...今年はアメリカ人の3分の1が参加「ドライ・ジャニュアリー」とは?
社交の最中に飲み物を片手に持ちたいという明らかなニーズと、質の高いノンアルコールの選択肢がないこと──この2つが17年、ヘッジファンド出身のビル・シュフェルトがジョン・ウォーカーと共同でアスレティック・ブルーイング社(Athletic Brewing)を設立したきっかけだった。
同社は今では全米ナンバーワンのノンアルコールビール製造会社だ。アウトドア派のシュフェルトは、13年にアルコールをやめている。ただし、ビールをやめたかったわけではない。
Resolutions make us thirsty. Luckily, we're likely in your neighborhood. Find Athletic at a store near you at https://t.co/D4D3A1XThq #AthleticJanuary pic.twitter.com/ijmmbGhEny— Athletic Brewing (@AthleticBrewing) January 6, 2025
「ビールの風味、料理との相性、飲む場所の雰囲気と人付き合い......全部好きだった」と、シュフェルトは本誌に語る。「でも、とにかくアルコールという酔う成分や飲む行為と社交を切り離したかった。その瞬間、ぱっとひらめいたんだ。『なんで社交の場にアルコールがないといけないのか』とね」
ヘーゼルデン・ベティ・フォード財団のリーも同じ疑問を抱いている。
「終業後の懇親会もその他の職場のイベントも、祝賀会や催し物も、全てアルコール付きというのは、ひどく奇妙な話だ。多くの資金集めパーティーに参加する人たちは『別の何かがあればいいのに』と思うことがあると思う。人付き合いのためには、片手に何か持っていないといけないと感じている人もいる」
「彼らが社交活動に参加できると感じられる別の何か、私たちの文化の枠組みを広げる何かを取り入れる時期は既に来ているのではないかと思う」と、リーは付け加えた。「そうすれば、彼らをパーティーや懇親イベントから排除しなくて済む」
ノンアルビールを作ったジョン・ウォーカー(左)とビル・シュフェルト ATHLETIC BREWING COMPANY
「ぱっとひらめいた瞬間」からフルフレーバーのノンアルコールビール作りに全力を注いできたシュフェルトは、その間に市場が成熟し、若い世代を中心に「ソバーキュリアス」の消費者の存在感が高まるのを実感した。
市場調査会社ニールセンIQによると、飲酒可能な21歳以上のZ世代(90年代後半~00年代初頭生まれ)の消費者の約45%がアルコールを飲んだことがない。一方、ミレニアル世代(80年代~90年代半ば生まれ)は36%、X世代(60年代~70年代後半生まれ)は32%だった。
「アスレティックがこの市場に参入した約8年前、顧客は年配層が多く、男性中心だった。アルコール依存症から回復した人や車を運転しなくてはならないタイプの人が顧客だった。その後、若年層へのシフトが急速に進んだ。今では私たちの顧客の79%が45歳以下で、25~35歳の年齢層が大半を占めているとみている」
「(Z世代は)法的に飲酒可能な年齢に達した時点で、社会的な後ろめたさがないノンアルコールの優れた選択肢を持つ最初の世代だ」と、シュフェルトは言う。
「入手が容易でマーケティングのサポートもあるので、この世代は当然、そちらに流れていくだろう」
俳優トム・ホランド(左)もノンアルビール「BERO」を立ち上げた BERO
Z世代はビールやワインをあまり飲まないことで知られる。飲酒量は1つ上のミレニアル世代の3分の1だ。一方で、ノンアルコール飲料の人気は急上昇している。
統計調査会社スタティスタによると13年以降、アメリカ人のビール消費量は横ばいだが、ノンアルコールビール市場は18〜23年に15%拡大して213億ドルに達した。調査会社フューチャー・マーケット・インサイトによると、この数字は33年までに倍増しそうだ。
こうした見通しを受け、ノンアルコールビール市場には新規参入が相次ぐ。今はほとんどの大手ビールメーカーがノンアル商品を販売しており、成人のノンアルコール飲料市場の85%を占めるとされる。
ビールの代替品ではない
映画『スパイダーマン』シリーズで知られる俳優トム・ホランド(Tom Holland)も「新規参入者」の1人だ。28歳のホランドは、Z世代寄りのミレニアルと言える。かつてはビールをがぶ飲みしていたというホランドだが、2年間の禁酒を経て、24年10月にノンアルコールビールのブランド「ベロ(BERO)」を立ち上げた。
Tom Holland for #Bero, his new non-alcoholic beer company. pic.twitter.com/KC9i7IDNi7— Film Crave (@_filmcrave) October 16, 2024 ノンアルコールビールのブランド「BERO」の広告
「その背景には個人的な経験がある。2年間禁酒して、このライフスタイルと価値観を反映したものを作りたいと思った」とホランドは語る。「アルコールの代わりが欲しい人だけでなく、純粋にクオリティーの高い飲み物が好きで、充実した毎日を送りたい全ての人に贈りたい」
シュフェルトも、自身が作っているノンアルコールビールは「酒に取って代わろうとしている」のではなく、飲酒量を制限したい人や、アルコール抜きのライフスタイルに興味がある人たちに選択肢を提供しているのだと語る。
「それまではパブでビールを4杯飲んでいた人が、1杯だけで我慢するのではなく、途中にノンアルコールビールを挟みながら何杯も飲む形もあり得る」
アルコール・チェンジを率いるパイパーも、たまに酒を飲むと言う。17年にアルコール・チェンジのCEOに任命された頃は、日常的に飲んでいたが、18年1月に初めてドライ・ジャニュアリーを成し遂げたとき、酒との関係を見直し始めた。
だが、何よりショックを受けたのは、翌年、引き出しいっぱいのTシャツを整理していたときだった。「私が持っているTシャツの半分は、アルコール飲料のロゴが入っていた」と、パイパーは振り返る。
「それを見て、『一体私は何をしているんだ』と思った。まるで酒類メーカーの歩く広告じゃないか、とね」
「そういうTシャツを着るたびに、『オレは酒が大好きだ、カッコイイだろう』と暗に言っていたわけだ。愚かだろう? だから、記念に何枚か残して、あとは全部処分した。(アルコール・チェンジは)こうした考え方の変化を多くの人に起こしたいと思っている」
増えるノンアルコールバー
ヘーゼルデン・ベティ・フォード財団のリーは、悪質なマーケティングがアルコール依存に陥りやすい人たちを食い物にしていると批判する。リーによると、デューク大学の経済学者フィリップ・クック教授は近著で、アメリカのアルコール消費の80%は飲酒可能年齢人口のわずか20%によるものだという。
「ここ10年ほど、酒類はロゼワインやクラフトビールなど、非常にクリーンなイメージで売られてきた」と、リーは指摘する。「その結果、飲酒関連のトラブルが大幅に増えた。最近ノンアルコール飲料の市場が急拡大しているのは、おそらくこうした状況に対する有機的な反応だ」
その反応の1つが、「しらふバー」の登場だろう。テキサス州オースティンで薬物依存者のカウンセリングをするクリス・マーシャルは、飲酒を伴わない社交の場がないことに気付き、17年に全米初のノンアルコールバー「サンズ・バー」を開いた。
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全米初のノンアルコールバー「サンズ・バー」
サンズ・バーの利用者の多くは30〜40代半ばの専門職で、女性も多いという。「バーに行くのが楽しいのは、コミュニティーとつながれるからであって、酒のおかげではない」と、マーシャルは言い添えた。
ニューヨークにあるヘケート・カフェのエリオット・エッジ店長も同じ考えだ。モクテル(ノンアルコールのカクテル)が売りのこの店が22年にオープンするまで、「ニューヨークに酒を出さないバーは1つしかなかった」と言う。
当初は知名度も低く、「バーテンダーが見つからなかった」と、オーナーのアビー・エーマンは言う。「今は、バーテンダーが私を探してやって来る」
ヘケートは異性との出会いを求める客が集まるタイプのバーではないが、初デートの場所として人気があるという。アルコールが入らないほうが、よく知らない相手について正しい判断をしやすいからかもしれない。別の店で酒を飲む前に、ヘケートに寄る客もいれば、子供とモクテルを飲みにくる親もいるという。
そして大みそかの穴場でもある。「酒を飲まない人にとって、大みそかのニューヨークは苦痛に近い」と、エッジは言う。「1月1日はドライ・ジャニュアリーの始まりを祝う大パーティーの日だからね」
※前編はこちら:「禁酒ゲーム」が新時代のトレンドに?...今年はアメリカ人の3分の1が参加「ドライ・ジャニュアリー」とは?