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カリフォルニアの「2045年ゼロカーボン電力」を阻む「これだけの課題」

ニューズウィーク日本版 2025年1月23日 18時0分

ジェームズ・ビッカートン(本誌記者)
<発電容量や貯蔵容量の拡充を図って、20年間で100%クリーンエネルギーに? 「グリーンエネルギー革命」をめぐる理想と現実>

カリフォルニア州は2045年までに州の電力を100%ゼロカーボンにすることを目指している。しかし、同州では屋上太陽光発電パネルを設置するための行政手続きや工事に膨大な時間がかかるため、今年注文したパネルがその頃までに設置されればいいが......なんて皮肉も聞こえてきそうだ。

煩雑な手続きと高コスト、電力網の老朽化などに阻まれ、州の「グリーンドリーム」は悪夢に変わるのだろうか。

22年9月、同州のギャビン・ニューサム知事は「クリーンエネルギー・雇用・負担軽減法」に署名。35年までに州の電力の90%、45年までに100%のゼロカーボン化を義務付ける大胆なプログラムが法制化された。

目標達成のためにはクリーンエネルギーの大幅な増産が必要だ。米エネルギー情報協会によれば、23年の同州の発電量の内訳は39%が天然ガス、54%が再生可能エネルギー、残りはほぼ原子力による発電だったという。

法制化から2年、取り組みの成果はまちまちだが、太陽光・風力発電で州内のモハベ砂漠を世界最大の再生エネルギーハブに変える計画をはじめ、グリーンエネルギー革命は間違いなく進んでいる。

昨年3〜4月には、州内の電力を38日間のうち30日、15分~6時間、全て再生可能エネルギーで賄うことに初めて成功した。その一方で、同州は規制の厳格さで知られ、目標達成のためには手続きを簡素化するべきだと多くの専門家が訴えている。

電力供給の安定化を支えるバッテリーエネルギー貯蔵システムの建設予定地を訪ねるニューサム知事(23年5月) JOHN G. MABANGLOーPOOL/GETTY IMAGES

さらにカリフォルニア大学バークレー校のエネルギー・資源グループ(ERG)のフィリップ・ファニボンが指摘するように、同州は「インフラの老朽化、新たな需要の高まり、気候変動による自然災害」がもたらす「さまざまな難題」にも直面している。

1月7日にロサンゼルス近郊で発生した山火事も、20万人以上に避難命令が出されるなど被害は拡大。電気料金もハワイ州の次に高い。

州知事執務室の報道官は取材に対し、昨年10月30日に知事が電気料金上昇を防ぎ、その分を再生可能エネルギー利用者に還元する行政命令に署名したことに言及。ニューサムの就任以降、エネルギー貯蔵容量は17倍に増えたと強調した。

コストも手間もかかるが

環境団体エンバイロンメント・カリフォルニアのローラ・ディーハンと、クリーンエネルギー化を推進するNPOパーミット・パワーのニコラス・ジョセフォビッツは昨年10月、地元紙に寄稿。屋上太陽光発電パネル設置と貯蔵システムに関する規制をめぐる「承認と設置後の検査、住宅所有者組合の承認および電力系統連携と承認に時間がかかる煩雑なプロセス」を批判した。

こうした問題のせいで、時として承認プロセスのコストがパネル自体のコストを上回り、設置費用が大幅にかさむ。700社超が加入する企業団体カリフォルニア・ソーラー&ストレージ協会(CALSSA)は22年、この点も災いして同州の屋上太陽光発電システムのコストはヨーロッパの2倍だと報告している。

電力の脱炭素化に伴い安定供給の課題を抱える州政府は、ディアブロ・キャニオン原子力発電所の運転を2030年まで延長すると決めた GEORGE ROSE/GETTY IMAGES

ディーハンらによれば、カリフォルニア州は23年、太陽光発電の余剰電力を州の電力網に送電することで公共料金を7割削減。その結果、民間住宅のパネル設置件数が激減しているという。

NPO「憂慮する科学者同盟(UCS)」の西部諸州エネルギー責任者マーク・スペクトは本誌に対し、クリーンインフラの構築を急ぐべきとの認識が広がっていると指摘。「特効薬はない」が「送電線架設、電力網への連結、新規インフラ計画の認可などのプロセスは全て改善の余地があり、次期議会での検討を期待している」と語った。

ラトガーズ大学ビジネススクールのケビン・ライオンズ准教授も「カリフォルニア州が直面する難題」を解決するカギは災害に強い電力インフラの構築だと本誌に語った。目標達成には「強固でダイナミックな地域・地方のサプライチェーン」が必要だという。

同州でクリーンエネルギーの供給システムを創設するには、多様で時に過酷な気候に対処しなければならない。気候変動とその影響を調査・分析するNPOクライメット・セントラルによれば、20〜23年の州全体の大規模停電の61%近くが「極端な気象」によるもので、5万以上の一般家庭や企業に影響し、300メガワット以上の電力喪失につながったという。

州内最大手の電力会社パシフィック・ガス&エレクトリック・カンパニー(PG&E)の広報担当者もネットメディアのアクシオスに対し、23年はエネルギー絡みの停電で「史上最も衝撃的な年」だったと語った。

山火事は電線が原因となる場合もある。22年3月に科学専門誌サイエンス・アドバンシズに発表された報告によれば、2000年代の山火事は「それ以前の20年間と比べて規模は最大4倍、頻度は3倍に増えている」という。

カリフォルニア州では電力網の老朽化と自然災害の「深刻化」が電力供給への二重の圧力となって、二酸化炭素(CO2)排出削減の取り組みを複雑にしていると、ファニボンは本誌に語った。

州議会に提出された報告書によれば、カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)は電力大手3社に対し、山火事予防と保険料のコストとして19~23年に270億ドルを料金に上乗せすることを許可。コスト上昇率は27年までインフレ上昇率を上回る見込みだ。

貯蔵容量の拡大が急務

一方、貯蔵容量が発電量に追い付かないという問題もある。昨年11月のロサンゼルス・タイムズ紙の調査によれば、同州の過去1年間の発電量は太陽光発電だけで300万メガワット時。51万8000世帯の1年分の電力を賄える量で、17年の8倍に増えている。

電力網の過負荷を防ぐために余剰分を近隣の州に送電し、カネを払って受け入れてもらうことさえあった。そうしたコストは「カリフォルニアで電力料金を払う人々が負担している」と、独立系の発電会社でつくる「西部電力取引フォーラム」の元幹部のゲリー・アッカーマンは言う。

スタンフォード大学の大気・エネルギープログラムの責任者を務めるマーク・ジェイコブソン教授によると、カリフォルニア州で「無駄になる」太陽光発電の電力量は、24年分だけで同州にある「ディアブロ・キャニオン原子力発電所の設備容量2200メガワットの4分の1が必要なくなる量」に相当する。

ジェイコブソンは「電力網の蓄電容量を増やす」ことと、余剰電力を「低温の熱に変換して水タンクや土壌に蓄え、建物の暖房に利用する」ことも提案している。

州の電力システムを監督するNPO「カリフォルニア州独立系統運用機関(CAISO)」は、再生可能エネルギーへの移行によって同州では「近い将来、1日のうちの特定の時間帯や1年のある期間は再生可能資源が余るようになる」と本誌に述べた。

ただし、州内で生産されたグリーンエネルギーの余剰分は近隣の州に送電されており、米西部の広範囲で温室効果ガスの排出削減につながるとも付け加える。

州知事執務室の報道官によると、州のエネルギー貯蔵容量は「19年の770メガワットから現在は1万3300メガワット以上へと増えている」という。これは州が予測する必要量5万2000メガワットの4分の1に相当するもので、「さらに多くのエネルギーを捕捉・貯蔵できるように取り組んでいる」。

コンサルティング企業エナジー・プロフェッショナルズのジム・マザーズCEOは、AI(人工知能)データセンターとEV(電気自動車)の普及によりカリフォルニア州のエネルギー需要は急増する見込みで、全米の供給量を既に上回りつつあると指摘する。

「EVにより全米で負荷要件が大幅に増えていること、従来のデータセンターの100倍のエネルギーを必要とするAIデータセンターの稼働が始まること、日常のさまざまな電気製品により総体的な電力需要が増加することから、アメリカ全体でピーク時の負荷に対応できる発電量が不足する見通しだ」

マザーズはさらに、カリフォルニア州の電力網の「安定化にはエネルギー貯蔵に対して想像を超える投資が必要」であり、「30年までに再生可能エネルギーの割合を60%に引き上げるという知事の目標達成にとって深刻な障害になるだろう」と述べる。

カリフォルニア州の電気料金は1キロワット時当たり34.31セントと米本土で最も高い(スタティスタの最新データでは近隣のオレゴン、ネバダ、アリゾナ州は15セント、13セント、12セント)。

政治情報サイトのポリティコの推計によると、カリフォルニア州の光熱費は過去10年で2倍以上に高騰しており、再生可能エネルギーへの投資や、送電設備の発火が山火事を引き起こすリスクの軽減など、気候変動対策コストが「一因」と考えられる。

搾取型経済からの転換

CPUC公共権利擁護局のマット・ベイカー局長は昨年2月にポリティコに対し、「高額な料金はエネルギー転換を脅かす可能性がある」と認め、「エネルギー転換には世論の支持が必要であり、支持を維持するために、最もコストのかからない方法で実行することになる」と語った。

州知事執務室の報道官によると、昨年10月の行政命令は「電気料金高騰の主な要因として、屋上太陽光発電システムの補助金や、送電設備が山火事の原因になり消火活動を妨げることへの対策、安全監督への継続的な投資など、年々増えていくコストを挙げている」という。

「カリフォルニア州は全米で2番目に高い電気料金と再生可能エネルギーの高い普及率を誇るが、この2つに因果関係があるわけではない」と、ジェイコブソンは語る。「23年10月1日〜24年9月30日の電力需要に対するWWS(風力、水力、太陽光)発電の供給量が全米で最も多い12州には、24年3月に住宅用電気料金が最も安かった10州のうちの6州、電気料金が最も安かった20州のうちの10州が含まれており、電気料金が高いのは2州(カリフォルニアとメーン)だけだった」

カリフォルニア州の電気料金が高いのは「山火事のコストを顧客に転嫁した」ことが原因だと、ジェイコブソンも指摘する。これには送電線を地中化する費用のほか、ガスパイプラインの爆発事故やガス漏れ事故の補償金、老朽化したディアブロ・キャニオン原発の稼働費なども含まれる。また、化石燃料由来のガスを工業利用する際の料金はカリフォルニア州が全米で3番目に高く、「アメリカの平均の2倍以上」に達する。

それでも、UCSのスペクトは、カリフォルニア州は余剰エネルギーの貯蔵に関して前進しており、いずれはコスト削減につながるはずだと語る。「カリフォルニアは全米に先駆けて、環境を汚染する搾取型経済から環境に優しい公平な経済への転換を進めている。再生可能エネルギーの縮小は続いているが、主な原因は供給過剰ではなく送電能力の不足にあり、必ずしも大きな問題の兆候ではない」

「困難が待ち受けているが、私たちが犯し得る最大の過ちは、急速な気候変動に対処するために全力を尽くさないことだ......歴史の重大局面で立ち止まるわけにはいかない」



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