スコット・ミラー(MLB専門スポーツジャーナリスト)
<2019年春、ドジャースのスカウト陣は岩手県の高校生投手に心を奪われた。「彼こそ未来のエースだ」と確信した瞬間から6年。待ち望んだ逸材がついにそのユニフォームに袖を通した>
昨年の12月には大谷翔平と山本由伸の2人と夕食を共にし、寿司を食べに出かけた。今年1月21日にはNBAロサンゼルス・レイカーズの試合をコートサイドで観戦し、偉大な選手レブロン・ジェームズから直々に激励されていた。
その翌日、MLBロサンゼルス・ドジャースは本拠地ドジャースタジアムで盛大な記者会見を開き、佐々木朗希の入団を正式に発表した。日本から来た若き右腕が、晴れてスター選手ぞろいで現役世界王者のチームの一員となった瞬間だ。もちろん気合は十分。明日からでも春季キャンプに入れそうな感じだった。
「今日、こうしてドジャースのユニフォームに袖を通してみて、改めて自分はゼロからスタートするんだと身が引き締まる思い」がすると、23歳の佐々木は日本語で語った。
才能豊かな選手ぞろいのドジャースに、また新たな戦力が加わった。彼を獲得したことで、ドジャースと日本の関係はますます深まり、想像を絶するような成果が生まれるだろう。MLBの残る29球団にとっても、佐々木は登録選手の半数を手放してでも欲しい逸材だった。しかしどの球団も、羨望のまなざしで記者会見を見守るしかなかった。
シーズンが始まり、他球団の打者たちと対戦する日が待ち遠しい。ただし、すぐに世界を席巻する日が来るかと問われれば、答えはノーだ。まだ若いし、ちょっと粗削りだ。まだまだ学びの必要がある。
新たにチームメイトとなる大谷と山本(2024年3月、韓国ソウルで) MASTERPRESS/GETTY IMAGES
では近い将来、球界を代表する投手の1人になり得るだろうか? 少なくともドジャースは、イエスという答えに懸けた。海外からの移籍に関する複雑なルールのせいで当初はマイナー契約(別途契約金650万ドル)だが、すぐにでもメジャーに昇格するものと期待されている。順調なら3月18日に東京で行われるシカゴ・カブスとの開幕戦に間に合うだろう。
17歳の朗希にほれ込んだ
ドジャースのアンドルー・フリードマン編成本部長は強気で、佐々木に熱い思いを寄せている。球団のスカウトは佐々木が高校生の頃から熱視線を注いできた。そして「球界で最も衝撃的かつ有望な逸材の1人」と信じた。「われらの新たな財産となる」のみならず、「ドジャースの歴史の次なる章を開くために不可欠な役割を果たす」だろうと。
フリードマンは、そしてドジャースも、何年も前からそう信じてきた。ゲーレン・カー率いるスカウト陣を、視察のため岩手県の大船渡高校に派遣したのは2019年3月のこと。ドジャースの関係者が佐々木の投球を肉眼で見たのはその日が初めてだった。その日の衝撃ゆえに彼らは執拗なまでに佐々木を追い続け、ついに手に入れた。
カーはあの日に球速100マイル(約160キロ)を記録した17歳の少年を見て、その身のこなし方やマウンド上での存在感にほれ込み、すぐさまフリードマンに熱烈な電子メールを送ったという。その後はドジャースのスカウト団が佐々木の登板試合に必ず現れるようになった。いつの日か契約したい、この少年はドジャースにこそふさわしいと思えたからだ。
そんな6年越しの努力が実った。佐々木もドジャースのフロントの安定感(フリードマンは14年10月からずっと編成を仕切っている)に好感を抱いていた。
しかもドジャースには、徹底して勝負にこだわる一方で、傘下の選手をきちんと育てる風土がある。若い佐々木にはぴったりだ。
ドジャースの資金力は群を抜いているし、現時点ではあらゆる面でMLBのトップに立つ。気前はいいし、編成部門の巧みなトレード術が選手にいい刺激を与えているし、デーブ・ロバーツ監督とコーチ陣が現場で日々勝利への意欲をかき立てている。
佐々木はまだ若いが、既に一人前の大人の自覚があるように見える。昨年11月に、千葉ロッテマリーンズが佐々木のポスティングシステム利用を承認した後、伝えられるところではMLBの20球団が佐々木側に接触した。
佐々木は交渉期間中、面談した8球団に「宿題」を出している。佐々木の平均球速は、かつて時速160キロ近くを記録したこともあったが、昨季はそれより平均3キロほど落ちていた。そこで彼は各球団に、球速が落ちた原因を突き止め、元に戻すためのプランを提出するよう求めた。
それは球界における最高の頭脳の持ち主たちからトレーニングのヒントを引き出すための賢い試みだった。
「各球団が得意分野をアピールする絶好の機会」を用意したのだと、代理人のジョエル・ウルフは昨年12月に記者団に語っている。「あれで各球団の佐々木に対する分析力や、コミュニケーション力を見ることができた」
投手を育てる最高の場
ドジャースは他の球団に比べて投手の育て方がうまい。佐々木と同じくウルフが代理人を務めるドジャースの先発投手タイラー・グラスナウは佐々木に、最高の投手になることが重要ならドジャースは「育成面、スカウトによる選手評価の面、その他の面で」他の追随を許さないと助言したそうだ。勝ちたいなら、そして選手として成長したいならドジャースに来い、とも。
昨年、ドジャースの投手陣はけが人が続出して手薄になっていたが、ワールドシリーズではニューヨーク・ヤンキースを破った。そしてその後も積極的な補強をした。
過去2度サイ・ヤング賞を受賞したサンフランシスコ・ジャイアンツのブレイク・スネルとは5年1億8200万ドルの契約を結んだ。故障でポストシーズンを欠場したグラスナウも開幕には間に合いそうだ。有望な若手先発投手のダスティン・メイとトニー・ゴンソリンは、共に故障で24年のシーズンを棒に振ったが、25年には復帰する見込みだ。
若手先発のボビー・ミラーとランドン・ナックも有望だ。3月で37歳になる伝説の左腕クレイトン・カーショウはFA宣言をしているが、ドジャース残留の可能性が高い。
しかし先発ローテーションの華は、やはり日本から来た3人だ。12年総額3億2500万ドルの契約で入団しながら、昨季は右肩の痛みで約3カ月の欠場を強いられた山本由伸、2度目の右肘の手術により昨季は指名打者に専念したが今季は再び投げるはずの大谷翔平、そして佐々木朗希だ。
この3人は23年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表が優勝した際のチームメイトだ。まだ若いし、これから数年はドジャースで大活躍してくれるはずだ。
球団としては、手術明けで二刀流を復活させる大谷の負担を考慮するとともに、佐々木を一日も早くMLBになじませるため、先発ローテーションを従来の5人制から6人制に切り換える方針を示している。
だからシーズン序盤から少なくとも中盤までは、大谷と山本、佐々木の3人がローテーションの半分を担い、勝ち星を積み上げていくものと期待される。
「彼には先発で登板してもらうつもり」だと編成本部長のフリードマンは、佐々木の起用法について語っている。「春季キャンプから全力で取り組んでもらい、試合に勝つために大きな役割を果たしてもらう」
ドジャースが大谷と山本に総額10億ドル以上を投じたのは、わずか1年前のこと。そこへ今度は佐々木が加わった。
佐々木の契約金は、18年に大谷がロサンゼルス・エンゼルスに入団した際の金額と大差ない。当時の大谷も、佐々木と同じく23歳。25歳になる前に日本プロ野球界からメジャー入りを選択し、プロ経験が6年未満だったため、最初はマイナー契約からスタートし、17年12月に230万ドルでエンゼルスと契約した。
大谷と佐々木は、選手としてはタイプが異なる。投手でありながら打席にも立つ大谷は唯一無二の存在だ。しかし佐々木が成長すれば、同じく世界屈指の投手になると考えられる。ドジャースも、ワールドシリーズ優勝に貢献する働きを佐々木に期待する。
佐々木がロサンゼルスで入団会見を行った1月22日は、くしくもイチローがアメリカの野球殿堂入りを果たした翌日だった。
自身が成績を残したことで、松井秀喜や大谷ら、日本人選手がMLBで活躍する道が開かれたと思うかとの質問に対し、イチローは「それは人が判断すること」と謙虚に答えていた。
7月に行われる殿堂入りの表彰式典を前に、イチローも後輩3人のドジャースでのこれからの活躍ぶりに注目しているに違いない。
「朗希は、選手としてはまだ完成されていない」。佐々木の交渉期限が近づくなか、代理人のウルフは記者団の前でそう話した。
「本人も球団側もそれは承知している。彼は非常に才能がある。だが彼が目指しているのは偉大な選手だ。渡米の目的は、リッチになりたい、巨額の契約金を手にしたいということではない。彼は大投手になることを目指している。私には伝わっている。彼も自分の考えを言葉にしてきた」
「そうした存在になるためには自分自身への挑戦が求められることを、本人も理解している」。ウルフはそう語り、さらにこう続けた。
「朗希に代わって言うのではなく、あくまでも私自身の意見だが、彼が新たな高みに達し、日本のプロ野球だけでなくメジャーリーグでも最高の投手となるためには、アメリカで一流の選手と日々対戦し、メジャーの球団が持つさまざまなリソースを生かす必要がある。それこそが朗希の望みであり、だからこそ彼はアメリカに来たのだ」
<2019年春、ドジャースのスカウト陣は岩手県の高校生投手に心を奪われた。「彼こそ未来のエースだ」と確信した瞬間から6年。待ち望んだ逸材がついにそのユニフォームに袖を通した>
昨年の12月には大谷翔平と山本由伸の2人と夕食を共にし、寿司を食べに出かけた。今年1月21日にはNBAロサンゼルス・レイカーズの試合をコートサイドで観戦し、偉大な選手レブロン・ジェームズから直々に激励されていた。
その翌日、MLBロサンゼルス・ドジャースは本拠地ドジャースタジアムで盛大な記者会見を開き、佐々木朗希の入団を正式に発表した。日本から来た若き右腕が、晴れてスター選手ぞろいで現役世界王者のチームの一員となった瞬間だ。もちろん気合は十分。明日からでも春季キャンプに入れそうな感じだった。
「今日、こうしてドジャースのユニフォームに袖を通してみて、改めて自分はゼロからスタートするんだと身が引き締まる思い」がすると、23歳の佐々木は日本語で語った。
才能豊かな選手ぞろいのドジャースに、また新たな戦力が加わった。彼を獲得したことで、ドジャースと日本の関係はますます深まり、想像を絶するような成果が生まれるだろう。MLBの残る29球団にとっても、佐々木は登録選手の半数を手放してでも欲しい逸材だった。しかしどの球団も、羨望のまなざしで記者会見を見守るしかなかった。
シーズンが始まり、他球団の打者たちと対戦する日が待ち遠しい。ただし、すぐに世界を席巻する日が来るかと問われれば、答えはノーだ。まだ若いし、ちょっと粗削りだ。まだまだ学びの必要がある。
新たにチームメイトとなる大谷と山本(2024年3月、韓国ソウルで) MASTERPRESS/GETTY IMAGES
では近い将来、球界を代表する投手の1人になり得るだろうか? 少なくともドジャースは、イエスという答えに懸けた。海外からの移籍に関する複雑なルールのせいで当初はマイナー契約(別途契約金650万ドル)だが、すぐにでもメジャーに昇格するものと期待されている。順調なら3月18日に東京で行われるシカゴ・カブスとの開幕戦に間に合うだろう。
17歳の朗希にほれ込んだ
ドジャースのアンドルー・フリードマン編成本部長は強気で、佐々木に熱い思いを寄せている。球団のスカウトは佐々木が高校生の頃から熱視線を注いできた。そして「球界で最も衝撃的かつ有望な逸材の1人」と信じた。「われらの新たな財産となる」のみならず、「ドジャースの歴史の次なる章を開くために不可欠な役割を果たす」だろうと。
フリードマンは、そしてドジャースも、何年も前からそう信じてきた。ゲーレン・カー率いるスカウト陣を、視察のため岩手県の大船渡高校に派遣したのは2019年3月のこと。ドジャースの関係者が佐々木の投球を肉眼で見たのはその日が初めてだった。その日の衝撃ゆえに彼らは執拗なまでに佐々木を追い続け、ついに手に入れた。
カーはあの日に球速100マイル(約160キロ)を記録した17歳の少年を見て、その身のこなし方やマウンド上での存在感にほれ込み、すぐさまフリードマンに熱烈な電子メールを送ったという。その後はドジャースのスカウト団が佐々木の登板試合に必ず現れるようになった。いつの日か契約したい、この少年はドジャースにこそふさわしいと思えたからだ。
そんな6年越しの努力が実った。佐々木もドジャースのフロントの安定感(フリードマンは14年10月からずっと編成を仕切っている)に好感を抱いていた。
しかもドジャースには、徹底して勝負にこだわる一方で、傘下の選手をきちんと育てる風土がある。若い佐々木にはぴったりだ。
ドジャースの資金力は群を抜いているし、現時点ではあらゆる面でMLBのトップに立つ。気前はいいし、編成部門の巧みなトレード術が選手にいい刺激を与えているし、デーブ・ロバーツ監督とコーチ陣が現場で日々勝利への意欲をかき立てている。
佐々木はまだ若いが、既に一人前の大人の自覚があるように見える。昨年11月に、千葉ロッテマリーンズが佐々木のポスティングシステム利用を承認した後、伝えられるところではMLBの20球団が佐々木側に接触した。
佐々木は交渉期間中、面談した8球団に「宿題」を出している。佐々木の平均球速は、かつて時速160キロ近くを記録したこともあったが、昨季はそれより平均3キロほど落ちていた。そこで彼は各球団に、球速が落ちた原因を突き止め、元に戻すためのプランを提出するよう求めた。
それは球界における最高の頭脳の持ち主たちからトレーニングのヒントを引き出すための賢い試みだった。
「各球団が得意分野をアピールする絶好の機会」を用意したのだと、代理人のジョエル・ウルフは昨年12月に記者団に語っている。「あれで各球団の佐々木に対する分析力や、コミュニケーション力を見ることができた」
投手を育てる最高の場
ドジャースは他の球団に比べて投手の育て方がうまい。佐々木と同じくウルフが代理人を務めるドジャースの先発投手タイラー・グラスナウは佐々木に、最高の投手になることが重要ならドジャースは「育成面、スカウトによる選手評価の面、その他の面で」他の追随を許さないと助言したそうだ。勝ちたいなら、そして選手として成長したいならドジャースに来い、とも。
昨年、ドジャースの投手陣はけが人が続出して手薄になっていたが、ワールドシリーズではニューヨーク・ヤンキースを破った。そしてその後も積極的な補強をした。
過去2度サイ・ヤング賞を受賞したサンフランシスコ・ジャイアンツのブレイク・スネルとは5年1億8200万ドルの契約を結んだ。故障でポストシーズンを欠場したグラスナウも開幕には間に合いそうだ。有望な若手先発投手のダスティン・メイとトニー・ゴンソリンは、共に故障で24年のシーズンを棒に振ったが、25年には復帰する見込みだ。
若手先発のボビー・ミラーとランドン・ナックも有望だ。3月で37歳になる伝説の左腕クレイトン・カーショウはFA宣言をしているが、ドジャース残留の可能性が高い。
しかし先発ローテーションの華は、やはり日本から来た3人だ。12年総額3億2500万ドルの契約で入団しながら、昨季は右肩の痛みで約3カ月の欠場を強いられた山本由伸、2度目の右肘の手術により昨季は指名打者に専念したが今季は再び投げるはずの大谷翔平、そして佐々木朗希だ。
この3人は23年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表が優勝した際のチームメイトだ。まだ若いし、これから数年はドジャースで大活躍してくれるはずだ。
球団としては、手術明けで二刀流を復活させる大谷の負担を考慮するとともに、佐々木を一日も早くMLBになじませるため、先発ローテーションを従来の5人制から6人制に切り換える方針を示している。
だからシーズン序盤から少なくとも中盤までは、大谷と山本、佐々木の3人がローテーションの半分を担い、勝ち星を積み上げていくものと期待される。
「彼には先発で登板してもらうつもり」だと編成本部長のフリードマンは、佐々木の起用法について語っている。「春季キャンプから全力で取り組んでもらい、試合に勝つために大きな役割を果たしてもらう」
ドジャースが大谷と山本に総額10億ドル以上を投じたのは、わずか1年前のこと。そこへ今度は佐々木が加わった。
佐々木の契約金は、18年に大谷がロサンゼルス・エンゼルスに入団した際の金額と大差ない。当時の大谷も、佐々木と同じく23歳。25歳になる前に日本プロ野球界からメジャー入りを選択し、プロ経験が6年未満だったため、最初はマイナー契約からスタートし、17年12月に230万ドルでエンゼルスと契約した。
大谷と佐々木は、選手としてはタイプが異なる。投手でありながら打席にも立つ大谷は唯一無二の存在だ。しかし佐々木が成長すれば、同じく世界屈指の投手になると考えられる。ドジャースも、ワールドシリーズ優勝に貢献する働きを佐々木に期待する。
佐々木がロサンゼルスで入団会見を行った1月22日は、くしくもイチローがアメリカの野球殿堂入りを果たした翌日だった。
自身が成績を残したことで、松井秀喜や大谷ら、日本人選手がMLBで活躍する道が開かれたと思うかとの質問に対し、イチローは「それは人が判断すること」と謙虚に答えていた。
7月に行われる殿堂入りの表彰式典を前に、イチローも後輩3人のドジャースでのこれからの活躍ぶりに注目しているに違いない。
「朗希は、選手としてはまだ完成されていない」。佐々木の交渉期限が近づくなか、代理人のウルフは記者団の前でそう話した。
「本人も球団側もそれは承知している。彼は非常に才能がある。だが彼が目指しているのは偉大な選手だ。渡米の目的は、リッチになりたい、巨額の契約金を手にしたいということではない。彼は大投手になることを目指している。私には伝わっている。彼も自分の考えを言葉にしてきた」
「そうした存在になるためには自分自身への挑戦が求められることを、本人も理解している」。ウルフはそう語り、さらにこう続けた。
「朗希に代わって言うのではなく、あくまでも私自身の意見だが、彼が新たな高みに達し、日本のプロ野球だけでなくメジャーリーグでも最高の投手となるためには、アメリカで一流の選手と日々対戦し、メジャーの球団が持つさまざまなリソースを生かす必要がある。それこそが朗希の望みであり、だからこそ彼はアメリカに来たのだ」