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トランプ支持者の「優しさ」に触れて...ワシントンで見た、反対派との議論で「溝が埋まる」瞬間【トランプ集会ルポ】

ニューズウィーク日本版 2025年1月29日 15時3分

岡田光世(ニューヨーク在住作家)
<極端な姿を伝えられるトランプ支持者と反対派だが、話し合ってみれば「求めるもの」に大きな隔たりはない。「草の根の議論」で見えた共通点と妥協点>

「教育が全てだ。米中西部の田舎に住む教育のない人々があんな男に投票するから、アメリカが誤った道に進むんだ」

ニューヨークの地下鉄で、私の隣でマーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』を読んでいた男性に話しかけると、ドナルド・トランプの大統領就任をこう嘆いた。1970年代に移住した70代のイラン系アメリカ人だった。

就任式の2日前の1月18日、私はニューヨークから首都ワシントンに向かおうとしていた。

「私がもっと若かったら、この4年間はスイスに逃げるわ。就任式の日はテレビをつけない」

ワシントン行きのバスを待つ間、スイス系アメリカ人の女性はそう語った。

バスに4時間揺られ、夜7時前にワシントンに着く。地面には雪が残っている。20代の白人女性に道を尋ねると、同じ方向だから、と一緒に歩いてくれた。

「この国がどうなっていくのか。不安と恐怖しかないわ」

水質調査の仕事に携わるこの女性は、トランプの話になると笑顔が消えた。

ニューヨークと同じように、ワシントンは極端に民主党色が強い。宿に着くと、ロビーで女性3人がその日に参加した市内の集会について話していた。2人は白人、1人はインド系だった。全米から集まった人々が、女性や移民、LGBTQ(性的少数者)の権利を求め、トランプの政策に抗議する集会だ。

「奴隷制度なしに今のアメリカの繁栄はない。黒人がどれだけひどい扱いを受けていたか」「マイノリティーが権利を得ると、白人が恐怖を覚えて抑圧し始める」と、彼女たちは熱弁する。

勝利集会の長蛇の列に並ぶトランプ支持者 MITSUYO OKADA

私は翌19日、大統領就任式を前に、ワシントン市内の屋内競技場で行われる大規模なトランプの勝利集会を取材する予定だった。2万人収容の施設に先着順に入場する。午後3時開始だが、午前9時に到着した時には、長蛇の列ができていた。

「トランプの歴史的な復帰を祝う瞬間に立ち会いたい」と、全米だけでなく世界各地から支持者が駆け付けている。極端に民主党寄りのこの街を、「MAGA(アメリカを再び偉大に)」の赤い野球帽やマフラーを身に着けた支持者らが闊歩し、「トランプ! トランプ! トランプ!」のかけ声が響き渡る。共和党を意味する「真っ赤」に、街は染まった。

氷点下の寒さの中、雨が降り出し、やがて雪に変わる。支持者たちは「USA! USA! USA!」と連呼し、米国歌を歌い、熱気で寒さを忘れているかのようだ。

トランプ支持者の優しさ

ようやく4時頃、荷物検査までたどり着いたところでトラブルが起きた。ポケットの中の物を全てテーブルに置き、検査を受けた。が、目を離した隙に、財布とスマホ2台がなくなっていた。間違えて持っていかれたか、盗まれたんだろう、と係の人は言う。

呆然としながら会場に入る。規制で一眼レフは持ち込めないと思い、写真をスマホで撮る予定だった。会場の人の波を見ながら、もう戻ってくることはないと絶望する。

と、席に着いた私の元に女性が現れる。毛糸の帽子を逆さに、供え物のように両手に抱えて。中に私の財布とスマホ2台が入っていた。

就任式前日の集会で、筆者の財布とスマホを届けてくれた姉妹 MITSUYO OKADA

「荷物検査であなたの後ろにいたの。係の人が間違えて私たちのバッグに入れたのよ。あなたがパニックしている様子が見えて、きっとあなたの物に違いないと思った」

私の顔を覚えていて、しかも2万人の会場ですぐ後ろに座っているとは。何度も礼を言う私に、彼女が首を横に振る。「私じゃない。神が導いてくれたのよ」

会場ではトランプが現れる前から観衆は総立ちになった。トランプ集会でよく流れる「God Bless The U.S.A.(アメリカに神の祝福を)」の演奏とともに本人が登場し、演説では彼のひと言ひと言に歓声と拍手が湧き起こった。

就任式の20日は急きょ、前日と同じ競技場で中継イベントが開かれることになった。先着順に入場するため、私が午前1時に到着した時には、既に250人ほど集まっていた。

前日に増して厳しい零下5度の寒さで、使い捨てカイロを4つ身に着けても暖かさを感じない。支持者に交じって、地面に横になって仮眠を取ろうとしたけれど寒すぎて眠れない。ある夫婦がみんなにコーヒーを配ってくれた。

「ここまでしても僕たちは、トランプが再び大統領に就任する姿を見届けたい」「歴史的瞬間をこの場で祝いたい」と皆、口を揃える。

午前9時頃、ようやく会場に入った。大きなスクリーンで就任式とその前後の様子を見る。トランプとその家族、実業家のイーロン・マスクが映ると、総立ちで歓声が湧き起こった。就任の宣誓と演説に、会場は熱狂する。逆に、民主党関係者に対してはブーイングの嵐だ。

中継イベントに参加するため床で仮眠を取るトランプ支持者 MITSUYO OKADA

夕方、一連の就任式の行事を終えたトランプが、競技場で待つ支持者の前に姿を見せると、スーパースター登場とばかりに会場は大きな歓声と拍手に包まれ、高揚感は頂点に達する。

伝統的に就任式の後に屋外で実施されるパレードも今回は寒さのため取りやめとなり、代わりに同会場で行われた。トランプはパレード観賞後、再び演説してから、支持者が見守るなか、一部の大統領令に署名した。イベントが終わったのは午後7時だった。

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支持者とアンチの「対話」

今回の取材で忘れられないのが集会前日の18日夜、宿のロビーで前出の反トランプ派の女性3人の会話に私が加わった時のことだ。その日の抗議集会に「I HATE DONALD TRUMP(私はドナルド・トランプを嫌悪する)」と書かれたTシャツを着て参加したという。

トランプが支持された理由を尋ねると、「インフレによる物価高、教育の欠如、政治システムに対する無知、マイノリティーや移民に対する脅威」と答えた。

私がこれまでに共和党と民主党の支持者の多くに耳を傾けてきた感触では、双方のマジョリティーが求めるものに大きな隔たりはない。

例えば移民についてはどちらも、「生命に関わる難民・亡命は別として、国境をオープンにするべきではない。入国前に命を落とす人も多い」と考えている。

トランプ支持者のほとんどは「移民ではなく不法移民に反対なんだ。アメリカは移民の国。僕らの祖先も移民だ」と言う。

穏やかに語り合うトランプ支持者と反トランプ派 MITSUYO OKADA

「でもトランプ支持者は、機能していない移民システムを変えたいと思っていないわ」と、女性の1人が反論した。

「システムを変えて合法的に移民を受け入れるべきと考える人は多いわ」と、私が答える。

「チェックなしに凶悪な犯罪者が国境を越えて入ってくるのは、私も嫌だわ」

「それは、共和党支持者の多くが言っていることよ」と私。

彼女らの1人が「じゃあ、私たちの声に耳を傾けたら、同じことを考えているって分かるのに」と笑って続けた。「こういう会話をマスコミは取り上げず、対立をあおっているのよ。『仲良くやっています』じゃニュースにならないもの」

「どうすれば、アメリカの分断を埋めることができるかしら」と、私が尋ねる。

「今、私たちがしているような会話をするのよ。意見やライフスタイルが異なる人たち、民主党、共和党、双方の支持者が顔を突き合わせて。どちらも想像しなかった共通点が見つかるわ」

別の女性が続ける。「草の根の運動よ。時間はかかるわ。まず、私たちがやらなきゃ。双方で。トランプ支持者だけを責めていては駄目。彼らも私たちも歩き始めた子供みたいにじだんだ踏んで『My way is the higher way.(私のやり方が一番よ)』と主張するばかりで、テーブルに着いて話し合う意志がない。違いが大きいように見えるけれど、妥協点もたくさん見いだせるのよ。穏やかに冷静に、会話しなきゃ」

と、そこへ「MAGA」「TRUMP」と書かれた帽子をかぶった男性2人がロビーに入ってきた。チェックインしている。

「私たちの会話に、2人を誘ってみない?」と私が提案する。

「What!?」と3人が声を上げる。

「あの人たちが同意したら、話してみない? civil discussion(互いに尊重し合う、冷静な議論)を」

私が待ち切れずに駆け寄ろうとすると、「ちょっと、まずはチェックインさせてあげてよ」と彼女たちが笑う。

トランプ支持者の2人は驚いた様子だったが、「いいよ。でも何を話せばいいんだろ」と不安そうな表情でやって来た。

2人には、女性の隣に座ってもらった。ついさっきまで「I HATE DONALD TRUMP」のTシャツを着ていた女性と、トランプ支持者が肩を並べている。

1つのテーブルを囲んで自己紹介し、カジュアルに言葉を交わし始めた。私たちの笑い声や議論を耳にし、「僕も参加してもいいかな」とさらに何人かのトランプ支持者と反トランプ派が加わった。

「人工妊娠中絶について、君たちは女性の権利を叫んで『My Body, My Choice(私の体は私のもの)』と言うけれど、『君の体は君のもの』だけじゃない。子供の体でもある」

「いつの時点で『命』と見なすかで、考え方が変わってくると思う」

「僕にとっては、それは受胎の時だ。問題がなければ、そのまま成長するんだから」

「今、国の制度で差別されているのは、白人、特に白人男性だ。女性やマイノリティーは守られる」

「そうかしら。黒人に対して人種隔離政策が採られていたのは、たった数十年前よ。歴史を深く知れば知るほど、白人がしてきたことがあまりにもひどくて、自分が白人であることに誇りを持てないの」

「過去は過去だ。白人がしてきたプラスの面にも目を向けるべきだよ」

激しく言い合いすることなく、互いの意見に耳を傾け、時にはうなずきながら、あっという間に2時間が過ぎていた。

誰にとっても、こうした体験は初めてだった。「素晴らしい機会をありがとう。私たちは同じ人間だと改めて感じた」と、双方が礼を言ってくれた。

マジョリティーは中間にある

私は家族の反対を押し切って、高校と大学で米中西部に留学した。その後、ニューヨークに長年住み、第1次トランプ政権の4年間は日本のネットメディアで「トランプのアメリカ」で暮らす人たちを取材する連載を続けた。

トランプ支持者と民主党支持の左派グループによる罵り合いや激しい対立を目の当たりにし、分断されたこの国の現実に涙が止まらなかった。

報道されるトランプ支持者のイメージと実際に出会う彼らには、大きな差がある。穏やかで親切で、礼儀正しい人が多い。報道がよく取り上げるのは集会参加者の声で、それは支持者全体のごく一部だ。

また、トランプが再選した今も非難を恐れる「隠れトランプ」はかなりの数が存在するため、さらに素顔が見えにくい。

リベラルな反トランプ派の人たちは「ヒトラーを支持したのも、善意ある市民だった」「ファシストのトランプに投票する人は皆、ファシスト。米中西部の田舎町の人たちは高等教育を受けていないから、洗脳されやすい」と批判する。

既存のメディアやソーシャルメディア、そして民主と共和両党が政治ゲームのためにつくり上げる極端な「トランプ支持者」や「リベラル」の像に、私たちは振り回されがちだ。マジョリティーはその中間にある。

民主党は福祉や教育を政府に委ねることを望み、多様性を重んじる。一方、共和党は大きな政府を嫌い、伝統的な価値観を尊重する。党派や道のりが違っても、私たちの多くが求めるものは同じだ。平和で心身ともに豊かに、そして夢と希望を持って生きることだ。

トランプが支持者だけでなく、全てのアメリカ人の大統領になれるとしたら、その時、初めて、真の意味で「Make America Great」──アメリカは偉大な国になる。

違いは強みにもなる。「Agree to disagree.(不同意に同意する)」。異なる意見に耳を傾ける。

今回、ワシントンで、小さいけれど生まれた草の根の対話に、私は一筋の光を見た。

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